チート転生者かと思ったが特にそんなことは無く、森に引き籠もってたら王様にスカウトされた   作:榊 樹

33 / 42
描けた。


真実

美しき姿を(かたど)った悪魔に誑かされ、見るも無惨な末路を迎えた気高き勇者。

 

それはモルガンにとって無視出来ないほど悲しい事実であったが、かと言って今は感傷に浸っている場合では無い。

 

戦場を支配する己(おの)が分身、それらと対峙する者たちはまだ生きている。

手を抜いた訳では無いし、生かす道理もないが、それでも彼らは生きていた。

 

だが、それもここまで。

想定より時間が掛かったのは事実だが、最早どこの陣営も動くことすら出来ない。

あとはトドメを刺すだけ。それが終われば、今度は別の仕事が残っている。

 

このブリテンを我が物とする為の大仕事。

我がブリテンを永久とするための大仕事。

 

そして、あの子を救うための・・・。

 

 

「・・・・・・ごふっ?」

 

 

胸を、何かが貫いた。

目を向けると、そこには自身の身体から生える一本の剣。

 

・・・否、突き立てられた忠臣の(ハルバード)だった。

 

 

「・・・メルディック、なんのつもりだ」

 

 

書記官メルディック。

常にモルガンの傍に仕え、その仕事を陰ながらに支えてきた騎士の奇行に胸を深々と刺されたモルガンは冷静に問い返す。

 

だが、兜越しにも分かるほどの怒気を持って、メルディックはモルガンを睨み返す。

 

 

「なんのつもりだと? 知れたことを。貴様のような魔女は王に相応しくない。貴様のような王を誰も認めはしない」

 

 

それは明らかな拒絶。

 

だが元より、他者を信じることを止めたモルガンにとって、別段思うことはない。それが例え、ウッドワスや妖精騎士の次に長い時を過ごした騎士であろうとも。

 

裏切ったのであれば殺す、ただそれだけだ。

 

 

「だから、だから私が・・・私、が・・・・・・ぁ、ぁれ? 私は、何を・・・」

 

 

これ以上の問答は不要だと、一息に殺してやろうとしたが・・・メルディックの様子がおかしい事に気付く。

 

先程までの怒りは何処へやら。

まるで突然見知らぬ土地に飛ばされたかのように呆然とすると、次第に自身が行った愚行を理解したのか、震えながら一歩、また一歩と後退る。

 

 

「ぁ、あぁ・・・! あぁ・・・! 申し訳、ありま・・・せん、陛下・・・」

 

 

その言葉を最後に、メルディックはモースと化し、そして跡形もなく消え去った。

 

 

「・・・・・・」

 

 

何が起こったのか、モルガンの思考に空白が生まれる。

 

胸を貫かれていると言うのに傍から見ればいつも通りに、けれどその内は疑問で溢れ返っていた。

 

情報を整理しつつ、胸のハルバードを引き抜く。

 

ウッドワスはまだ分かる。騙され、嵌められた上の見当違いな怒りではあったが、それでもなぜ騙されたのか、どうして狂ってしまったのか、まだ理解は出来た。

 

だが今のメルディックの有り様はどうだ。

 

積年の恨みとでも言わんばかりの怒りを抱き、かと思えば次の瞬間にはそれが嘘のように消えた。

 

自身の愚かさを悔いて、怖気付いたにしては、あまりに異様。

まるで何者かに操られていたかのような・・・。

 

 

「・・・何事だ」

 

 

思考を打ち切り、慌ただしく入って来た無礼者に視線を向ける。

玉座の間に続々と侵入し、室内全体に展開された統率の取れた一団。

 

上級妖精を囲い、そして背後の大穴以外完全に包囲されてしまった玉座にて、一人の男がモルガンの前に歩み出る。

 

 

「・・・なるほど、ウッドワスを手引きしたのは貴様か。長生きに飽いたか、スプリガン」

 

 

土の氏族の長たる男スプリガン。

鉄の武器で武装した兵士を伴った彼は、厭らしい笑みを浮かべて、モルガンの視線を正面から受ける。

 

 

「えぇ、まぁ。寿命については相も変わらず悩みの種ではありますが、結局、彼は使えませんでした。何処で野垂れ死んだかは知りませんが・・・今となってはどうでも良いこと。彼の代役は先の騎士が担ってくれましたから。こう言ってはなんですが、陛下は意外と人望が無いのですね」

「・・・・・・」

 

 

あんな奴らの人望など欲しくないから当然であるが、それを部外者に指摘されるのは僅か腹が立つというもの。

 

随分と盛大な自殺を企てたものだと、自身の勝利を疑わぬモルガンは目を細める。

 

 

「しかし、貴女の妖精國は素晴らしかった。ひとりの為政者が二千年ものあいだ君臨した例は他にありますまい。・・・ですが、ちと退屈でしたな。異文化交流を禁じられては芸術の芽も出ない。貴女が知っているあの作品の作者をお教えいただけると言うのであれば、少しは違ったかもしれませんが、生憎と貴女にその気はまるでない」

「・・・やはりとは思ったが、まだ隠し持っていたか」

「えぇ、えぇ、勿論ですとも。あのような素晴らしい作品の数々、誰の目にも触れず消え去るのはあまりに惜しい。であればせめて、芸術のなんたるかをそこらの妖精に比べれば少しくらいは理解しているこの私が大事に保存し、(きた)()る御方との出会いの日まで傷一つ付けることなく保管しておこうと思うのは、全く自然なことです」

「・・・・・・」

「ですので陛下、貴女様は端的に言えば邪魔です。ここは貴女の庭では無い。少女らしい夢からは覚め、ブリテンの輝かしい未来のために大人しくご退場願いたい」

 

 

そう締めくくると、スプリガンの兵士が前に出る。

どれも取るに足らぬ、鉄で武装しただけの人間どもだ。

 

問答は終わり。あとは殺すだけ。

上級妖精共も巻き添えになるだろうが、元より彼らの生死などどうでもよい。

 

ただ冷徹に、モルガンは己が杖を掲げる。

 

 

「・・・・・・舐められたものだ。例え首だけになろうと、雑兵に負ける私では━━━━━━」

 

 

杖に集まる光が、霧散する。

 

スプリガンの手によって、兵士達の間から広間へ投げ出されたソレを見て、モルガンは目を見開いた。

 

 

「━━━━━━バーヴァン・・・シー・・・」

 

 

それは、ただの人間が女王へ致命傷を与えるには、あまりに十分な隙だった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

目が覚めると、そこは薄暗い洞窟の中。

ボヤける視界が徐々に鮮明になっていくと、目の前には真っ白な蛾が居た。

 

 

「お前は・・・確か、オベロンの・・・」

 

 

なんでこの子がここに居るのだろうか。

 

近くに彼の姿は見えないが・・・もしかして、来ているのかな。

 

オベロン、英雄様のお話をする時以外は、ウェールズの森に帰って来てもよく隠れてたくらいにはお茶目な王様だ。人がぶっ倒れてたってのに、物陰でコソコソと覗き見してても不思議では無い。

 

結局、一度も見つける事は出来なかったけど、この子が居るってことはつまりそういう事なんだろう。

 

森が焼かれてたから心配したけど・・・そっか、生きてたのか。

 

 

「・・・あ、そうだ。モルガン様!」

 

 

・・・っとと、今はそれより急いで確認しなきゃいけないことがあった。

何があったのかは分からないが、あのモルガン様が突然消えるなんて、ただごとじゃない。

 

戦力的に予言の子一行に負けるなんてことは考えられないが・・・うーん、ここで頭を悩ませても仕方ない。とにかく今は急がないと。

 

だからごめんね、蛾。英雄様のお話はまた今度ね。

 

 

「・・・今行きます、モルガン様」

 

 

そう言えば、心()しか体の痛みが少し引いたような・・・・・・オベロンが何かしてくれたのかな。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

静寂に包まれる玉座の間で、玉座から引きずり降ろされ、床に倒れるモルガンは呆然と天井を見上げていた。

 

先のメルディックの傷が癒えていない状況での、スプリガンの兵士による致命傷。

今すぐにでも玉座に戻り、回復しなければならないというのに、モルガンの中では疑問が渦巻いていた。

 

 

(おかしい・・・何かがおかしい・・・)

 

 

瀕死で、周りは敵ばかりで。まるで自分がこれから死んでしまうかのような状況を、モルガンは理解出来なかった。

 

全ては小狡いスプリガンの手のひらの上だった、というのはどうにも違う気がした。

あの死に損ないのクソ虫が裏で糸を引いているにしては、悪意が毛程も感じられなかった。

 

何かが、己に牙を向いた。

もっと、致命的な何かが・・・自身を裏切った。

 

 

 

━━━━━━━キャメロットで戦う皆様、どうかお聞き下さい。

 

 

その時、あの妖精の声がした。

 

風の知らせ、風の氏族のみが扱えるその技術から聞こえて来た無垢だからこそ邪悪極まる声に、それでもモルガンは首を横に振ろうとして・・・気付く。

 

 

(あぁ、そうか・・・お前達、だったのか・・・)

 

 

すとん、と腑に落ちた。

道理で死にかけている筈だ。道理で悪意を感じぬ筈だ。

 

何のことは無い。

誰が糸を引いていた訳でも、誰かが策謀を企てた訳でも無い。

 

守ろうと背を向けたモノに、背後から剣を突き立てられた。

ただ、それだけのことだった。

 

 

「━━━━━━━━━━━ッ!」

 

 

身体を剣が貫く。

風の氏族の長たるオーロラにより、女王モルガンの真実を知った臣下達が、怒りに身を任せて彼女へ殺到する。

 

何本も、何本も、何本も・・・。

 

寄って集って、無邪気な悪魔達が嗤い、己を見下していた。

 

あぁ、またこれか・・・、と何度も繰り返した結末に諦観の念を抱く。

 

 

「・・・・・・」

 

 

どうでも良かった。

耳障りな声も、身体を引き裂く痛みも。

 

だって、どうしようも無いから。ここまでやってダメだったなら、それは・・・。

 

だから、もう・・・どうでも━━━━━━━━。

 

 

「━━━━━━━━ふざ・・・ける、な・・・」

 

 

身体は見るも無惨に滅茶苦茶に引き裂かれ、声も空気が抜けた音のようなものしか出ない。

 

それでも、諦める訳にはいかなかった。

ここで終わる訳にはいかなかった。

 

例えそれが、叶わぬ未来だと知っても。

最早、それを望んだものにすら、裏切られていたとしても。

 

それでも、あの子が居るから・・・こんな所で立ち止まることなど出来なかった。

 

 

「うわっ、まだ動くぞ!」

「なんてしぶといんだ!」

「うげぇ、気持ち悪ー!」

 

 

まだ辛うじて動く腕で這って、玉座を目指す。

進む度、床に擦れた身体が徐々に離れていく。

 

どうでもいい。腕が動くなら、首があるなら、どうでもいい。

 

 

(あと、少しだ・・・・・・あと、少しだったんだ・・・)

 

 

遠い、遠い。

手を伸ばせば届きそうな玉座が、あまりに遠い。

 

 

(嫌だ・・・嫌、だ・・・・・・死にたく、ない・・・。だって、約束・・・したから・・・助けるって・・・絶対に、救うって・・・)

 

 

それでも僅かに、少しずつ這いずり、手を伸ばす。

 

お前たちに認められずとも良い。

お前たちが拒絶しようと関係ない。

 

あと少しで果たされる筈だった願いをその手に掴むために、玉座へ伸ばした手を━━━━━━━剣が、貫いた。

 

 

「ッ!?」

 

 

そこで、終わった。

 

貫かれた腕に、何度も剣を突き立てられ、肉を断たれ、千切れ、肉塊と化す。

残った上半身も、片腕もまとめてミンチにされていく。

 

己の肉を切り裂く音が、骨を砕く音が、それらをぐちゃぐちゃに掻き混ぜる音が、ヤケに鮮明に聞こえた。

 

あぁ、ここで死ぬのか、と消え行く意識の中で、最後に思うのは・・・やはりと言うべきか、一人しか居なくて・・・。

 

 

「助けて・・・■■・・・」

 

 

その言葉を最後に、モルガンの頭部へと剣が振り下ろされた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

罪都キャメロット、勝ったかと思えば戦況をひっくり返され、終わりかと思えば、絶望が擬人化したような魔女は忽然と姿を消し、混乱しつつも生き残った事実に喜ぶ者たち。

 

それは今にも全滅寸前だった予言の子一行たちも例外ではなく、不可避の筈だった死を回避した安堵から呆然としていると・・・何処からか、声が聞こえて来た。

 

 

━━━━━━キャメロットで戦う皆様、どうかお聞きください。

 

 

美しき声だった。

悲しみに満ちた声だった。

 

悲壮に暮れた声から紡がれるは、女王モルガン・・・否、救世主トネリコの真実。

 

過去の英雄たる彼女の目的。

厄災を引き起こしていた張本人。

二千年前の大厄災、そして全滅した筈の今の妖精たちの真実。

 

あまりに衝撃で、悪辣で、非道な所業の数々。

 

全ての妖精が女王モルガンに対して怒りを向けるには十分過ぎた。

二千年もの間、自分たちを守り続けてきた王への尊敬が、憎しみに変わってしまうには十分過ぎた。

 

 

ただ一人を除いて。

 

 

「なっ・・・!? こ、今度は何!?」

 

 

突然、予言の子一行が居る場所から地響きが聞こえて来た。

まるで何かをぶち壊すかのような音の正体は、直後に地面を破壊し、飛び出して来た白い影によって判明した。

 

 

「エーちゃん!?」

 

 

目を剥く立香に、エーちゃんこと妖精騎士ベディヴィエールは、一瞥することも無く空を駆け上がる。

 

駆け上がり、城の大穴の方へと回り込んでいく彼女の顔には、見たことも無いほどの焦りがあった。

 

 

(嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ! だって、だって、それが本当なら、俺は、俺はッ・・・!)

 

 

女王がいつものように座っているであろう玉座を目指す。

 

いつものように、城を回って、最短ルートで空を駆ける。

 

きっと、そこに居るはずだから。

いつものように、人払いをして。

いつものように、仏頂面で待機してて。

いつものように、俺が来ると嬉しそうに目尻を下げて。

そして、いつものようにお膝に乗ってお話をするんだ。

 

大丈夫、だってモルガン様だから。

負ける筈が無いんだ。そんな筈がないんだ。

 

 

(だからやめろ、変なことは考えるな。今は少しでも早く、モルガン様の下へ・・・)

 

 

城を回り込んだ時、何かが大穴へと落ちていった。

 

まるで、使い古されたボロ雑巾のようだった。

なんだか、見覚えのある姿だった。

どうにも、見逃してはいけないと心の奥で何かが叫んでいた。

 

でも、今の彼女にそんな余裕は無くて・・・。

 

目的地に着いて、空から見下ろす玉座の間に広がる血の海と、そこに沈む自身がよく知る(よそお)いの残骸、そして嗤う羽虫共を目にして・・・妖精騎士は叫んだ。

 

 

「━━━━━━貴様らぁぁ゛ぁあ゛ぁぁッ゛!!!」

 

 

殺した。

 

殺した。

 

殺した。

 

殺した。

 

 

殺して、殺して・・・・・・殺し尽くした。

 

初めて妖精を手に掛けた。

初めて妖精をこの手で殺した。

 

全てが終わった時、抱く感情(もの)は何も無くて。

薄汚い血に塗れた身体で、ヨロヨロと玉座の前にある肉塊へと歩を進める。

 

足だった場所も、頭だった場所も、最早分からなくて。

血の海の中心で、膝を突く。

 

 

「・・・・・・」

 

 

呆然とただ下を見詰める。

 

何を考えている訳でも無い。

何も考える事が出来ないだけ。

 

あまりに多くのことが起き過ぎて、処理がまるで追い付いていない。

 

だがそれでも、ボロボロになった衣服の中で一つだけ、やけに綺麗な一枚の布を見つけた。

 

 

「・・・・・・ぁ・・・」

 

 

ゆっくりと手に取り、見詰める。

 

紅い血が滴る、真っ黒な帯状の紐。

 

女王が常に身に付けていたリボンの紐。

 

 

「・・・これ・・・って・・・・・・」

 

 

それは、紛れもなく、あの時、あの場所で、自身が英雄様と慕うあの人にプレゼントした物だった。

 

その長くて綺麗な髪に惹かれ、無意識に作ったプレゼント。

助けてくれたお礼に上げた、なんてことの無い贈り物。

 

それを、彼女は・・・何千年も・・・・・・。

 

 

「ぁ、あぁ・・・そん、なぁ・・・」

 

 

 

今更になって、気付いた。

 

言われて初めて、気が付いた。

 

でも全てが、遅過ぎた。

 

それを知るには・・・何もかもが、遅過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喉が痛かった。

 

 

 

 

 

誰かの叫び声がした。

 

 

 

 

 

あまりに喉が痛むので気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

叫んでいたのは━━━━━━━

 

 

 

 

「ぁあ゛ッ ァア ゛ ぁ゛ッあ゛ぁぁ゛ アアッ゛ ぁ゛っ ゛あぁぁ゛ッあ゛ぁ !!!!」

 

 

 

━━━━━━俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

終わりはいつだって突然。

 

でも、そこへ至る結末は確かに記されていた。

 

それに気付かないから、彼らは女王を討ち倒した。

 

民を苦しめる悪しき王だと、切り捨てた。

 

 

 

その結果がこれだ。

 

彼らが望んだ結末がこの有り様だ。

 

本来なら起こることの無かった悲劇。

 

突如出現したブリテン島全土を覆うモースの大群。

 

 

過去に類を見ない大厄災が・・・今、始まった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。