チート転生者かと思ったが特にそんなことは無く、森に引き籠もってたら王様にスカウトされた 作:榊 樹
前話での大厄災は、ケルヌンノスとは無関係です。
何も無い平原。
滅び終わったブリテンの大地で、私は再び目覚めた。
「サーヴァント、ルーラー。妖精妃モルガン、召喚に応じ参上した」
最初に目にしたのは、目の前に居た魔女の
魔術師としては良くて二流が妥当な破綻者と軽く言葉を交わしつつ、事態を把握し、バレないように軽く暗示を掛ける。
「そんでこっちが・・・ふわぁぁ・・・。あー、すまん。欠伸が出ちまった」
「私を召喚したのだ。あまり無理はするな」
「あ? あー・・・いや、それにしては・・・」
「安心しろ、あとは私がやる。お前は何も気にせず、その辺に寝ていろ」
「ん、あー・・・あぁ・・・そう、する・・・」
少し抗いかけた事には驚いたが・・・まぁ、問題は無いか。
念の為、そこらの下級妖精たちに殺されないように結界を張り、本命である島巡りを始める。
「・・・ふむ、なるほどな」
島巡りと言っても、態々足でトコトコ歩いて回る訳では無い。遠見の魔術で見渡し、自身の考察が合っていたことを手早く答え合わせする。
そして、数刻とせずに事態は把握した。唯一、あの大穴の中だけが深過ぎて最奥まで見れなかったが・・・アレの正体が何であるかはこの際問題ではない。
ただ確かなことは・・・生前、決して得ることの出来なかったブリテンを、今度こそ我がモノに出来るかもしれないということ。
そこに立つのが"私"ではなく、別の"私"になるということは僅か惜しい所ではあるが・・・。
「・・・・・・ん?」
遠見の魔術をやめ、思考を整理した所で初めてソレに気が付いた。
平原と言うには、あまりに歪なその場所には・・・何故か、こんもりと盛り上がった毛皮があった。
「・・・・・・おい」
「ッ!!?」
声を掛け、距離を取られた。
ここまで
「・・・安心しろ、何もしない。少し、話がしたいだけだ」
「・・・ほ、ホント・・・?」
「あぁ、本当だとも」
恐る恐ると言った風に近付いて来て、私の足にぶつかって止まる。
「あぅ・・・」と呻く毛皮に、それでは前が見えないだろうと捲ってやれば、私に似た銀髪と幼気な顔が顕になり、そして・・・何もない瞳に息を呑んだ。
「・・・その目は、どうした」
「目・・・? ぁ、あ・・・ご、ごめん、なさい・・・さっき、あげちゃって・・・。あ、あの、が、頑張って治すので、ま、待っててくださいますか・・・?」
「何を言って・・・ 」
なんだ、何を言っている。
あげた・・・? あげただと?
顔に血の跡がある。まだ新しい。
もしや私を召喚する前にマスターがこの子に何かしたのか?
アレの性根はひと目で分かるほどに腐っている。
そんなアイツが執着している物が眼であったのならば・・・・・・いや待て。待て、待つんだ。
まさか、そんな・・・。
この子は・・・・・・あぁ、そうか。
そういう事も、あるのか・・・。
「ほら、これで見えるだろう」
「ん・・・・・・わっ、わわ、ホントです! 見えます! す、すごいすごい!」
そうか・・・そう、なのか。
道理で・・道理で、歪な筈だ。
道理で、気配がしなかった筈だ。
人畜無害にしか見えぬ、この妖精は・・・・・・。
「お前は・・・」
「? ・・・あ、あの・・・どうか、しましたか? ぁ、目を治してもらったお礼に、な、何か・・・」
島に望まれて生まれた存在。
この島を守るためだけにある、"異聞帯ブリテン島"の妖精。
「ずっと・・・ずっと、護ってくれていたのだな・・・。この島を、この世界を・・・」
生前では決して得られなかった己の理解者。そんな彼女の頭へと自然と手が伸びる。
何百年も、何千年もただ一人でこの島を護り続けてくれたことに、枯れた筈の涙が込み上げて来る。
「・・・いいえ、違います」
だが突然、理性的・・・というにはあまりに無機質で、けれども悲しみに満ちた声に驚いて顔を上げる。
治したばかりの瞳が、ただ暗く、こちらを見詰めていた。
「護れませんでした。何も、護れませんでした。全て零れ落ちて、残ったものは何も・・・」
その言葉に、感情の起伏がまるで無い。
ただ事実だけを述べて、私の言葉を否定する彼女は・・・しかし、無表情のまま、両の目から溢れ出る紅い涙が、彼女の心を雄弁に物語っていた。
だが、そう思ったのも束の間。突然、目をぱちくりさせると、不思議そうに首を傾げた。
「あ、あれ? 何を、護れなかったん、だっけ。・・・ご、ごめん、なさい・・・・・・。昔のことは、あまり、覚えてなくて・・・」
「・・・そうか」
意図的に忘れた訳でも、記憶が摩耗した訳でもない。
必要の無いものだから、或いはあったら都合が悪いからと、取り除かれたのだろう。
彼女の役割は、この島の守護。
島に眠るナニカ、いずれ訪れる脅威を恐れ、島が生み出した防衛装置。
多くの妖精の死骸が積み重なり出来上がった、歪な島の"生きたい" という想いが具現化した存在。
だが、だと言うのに・・・島が彼女に与える力は必要最低限。
危機的状況下でのみ、その危険度によって力が段階的に解放されるという、汎人類史の似なくていい所はしっかりと受け継いでしまった融通の利かない守護者。
しかも怒りや憎しみといった、邪精化の原因となる悪意を抱けないようにプログラムまでされている。それはきっと、彼女が邪精化したのならば、彼女と強く繋がった状態のこの島もただでは済まないから。
どれほどその身を痛め付けられようが、自分の大切な物を踏み躙られようが、それらは全て仕方の無い事だと受け入れてしまう。
痛みは感じる。悲しみも、恐怖も抱く。
けれど、やり返すことは決してない。
何故なら、この島が生き続けるには、どうしたって妖精が不可欠だからだ。ブリテン異聞帯の妖精は、死ねばその肉体は永遠に残り続け、大地を広げる糧となる。
その代わり、魂に限りがあるという制約があるのだが・・・・・・この守護者にはそれが無い。
死した肉体は再利用され、新たな守護者として活動を始める。
この子には何度でも次がある上に、恐らく死んでもその痕跡が残らないのだ。
だから、例え殺されそうになったとしても、反撃する、という選択肢を持ち得ない。
もし万が一、短期間に妖精を過剰に殺してしまえば、新たな種の妖精が生まれることはなく、既存の妖精が全滅しかねないからだ。
「・・・・・・」
あぁ、あぁ・・・。
我がブリテンでありながら・・・惨いことをする、と思わずにはいられなかった。
だって、彼女が護るのはあくまでもブリテン島そのもの。妖精個人を護る訳でも、ましてや救う訳でも無い。
そのあり方は、まるで・・・あの忌々しい妹を見ているようだったから。
「お前は・・・それでいいのか。そうまでして、生き続けたいのか」
「・・・?」
「誰にも受け入れられず、誰にも理解されない。救った所で、待つのは自分勝手な罵声ばかり。褒めてくれる者など誰一人として居ない。誰もお前を見てくれない。ずっと一人ぼっちの、孤独な道を歩み続けるのだぞ・・・」
撫でていた手に力が入らず、手を降ろし、
生前、自分が生み出した風景。
人生の全てを費やし、望んだ光景。
誰も居ない。誰もが死に絶えた。
物言わぬ死者が積もるあの丘で、少女がただ失意に嘆く、終焉の景色。
私が欲したモノを全て手に入れたから、私の手で全てを台無しにしてやった。
そんな・・・あまりに、あまりに寂しく、虚しい死を迎えたあの憎き妹が一人で歩き続けた道を。
この子も歩んで来たのかと思うと・・・心が挫けそうになる。
「だ、大丈夫・・・ですか?」
その時、ふわりと頭に手が置かれた。
ぎこちなく、けれども陽だまりのように暖かい手だった。
見上げると、紅と蒼の瞳に心配そうに見詰められていた。
「・・・え?」
なんだ・・・何を、しているのだ・・・。
分からなかった、彼女の行動が。
理解出来なかった、彼女の気待ちが。
だって、だって・・・誰かに心配されたことなんて、誰かに慰めてもらったことなんて・・・。
そんなこと、一度足りとも無かったのだから。
「え、えっと・・・よ、よく分からないんですけど・・・あの・・・お、俺は、だ、大丈夫、です! それで、皆が笑って、楽しく過ごせるのなら、俺は喜んで頑張ります・・・! 」
「・・・・・・頑・・・張、る・・・?」
「だって、それはきっと、良い事なんでしょうから。・・・ぁ、で、でも・・・今はみんな、居なくなって、俺だけ・・・一人、なんですけど・・・え、えへへ・・・」
「ッ・・・!」
「わっ、わっ・・・!?」
無邪気にそう笑う彼女を、思わず抱き締めた。
彼女の心に、嘘も偽りもない。
あるのはただ、何処までも純粋な善意だけ。
それがあまりにも綺麗だったから。
健気で、優しい少女に心を打たれたから―――
―――そんな美しい
彼女の言葉、当たり前のように語られた"みんな"の中に、この子が居ないことを悟ってしまったから。
自分が救われる存在では無いと、救われてはダメなのだと、さも当然の如くそう言う姿が、痛ましくて見ていられなかった。
だから、決めた。
私は、決めたのだ。
「・・・ありがとう。そして、さよならだ」
「・・・?」
「・・・必ず、必ず・・・
やり直す。全てをやり直す。
大丈夫、策はある。
カルデアが編み出したレイシフト、"特異点"が正常な時空間ではないからこそ可能となる、よく出来た魔術理論だ。
実現も、完璧ではないが再現なら出来る。
懸念事項があるとすれば、今のブリテンを鮮明に覚えているこの子がいる事だが・・・恐らく、そこは問題無い。
なんせ、この子は島の"生きたい"という意志そのもの。
私がやろうとしていることを察すれば、自ずと記憶を消されるだろう。
マスターたるベリル・ガットについても意識がない状態であれば問題は無い。いくらかこの島のことを知っているとは言え、所詮は軽く見ただけに過ぎないからだ。成功率は下がるだろうが誤差の範囲だ。
とは言え、ここはあくまでも異聞帯。
特異点では無い以上、サーヴァントである"汎人類史の私"は消滅してしまうだろうが・・・記憶だけなら、この世界に居たであろう"異聞帯の私"に送ることが出来る。
それは同時に、この世界のこの子も死んでしまう訳なのだが・・・痛みも恐怖も無いだろうから、そこは許して欲しい。
出来ることなら、この子の記憶も送ってやりたい所だが、生憎と送れるのは私一人分だけ。そこに別の誰かを増やすとなれば、今度は私の方が失敗しかねない。
まぁ、記憶のバックアップは島が行っている筈だ。その時が来れば、きっと全てを思い出すだろう。
だがそれは、この島の危機を意味することでもあるので、願わくばそのような日が来ない事を祈りたいが・・・。
「大丈夫、全ては一瞬だ。お前が恐れることは何も無い。少しだけ目を閉じていなさい。そうすれば、何もかもが全て元通りだ」
「・・・?」
「私は居なくなるが・・・なに、気にするな。そちらの私がきっと上手くやってくれる」
「あ、あの・・・?」
「だから・・・そう、だな・・・」
冥土の土産、という訳でもないが。
どうせなら、知っておきたい。
私の大切な物を守り続けてくれた、小さき英雄の名前を。
「・・・最後に、
「え、ぁ・・・し、シロ、です。何も無い、目的も無い、ただのシロです・・・!」
シロ・・・シロ・・・。
そうか、シロというのだな。
「・・・・・・良い名だな」
「え、ぁ・・・えへへ、そ、そう、ですかね? 初めて褒められちゃいました・・・」
照れ臭そうに笑う彼女に頬が緩み、頭を一撫でして距離を取る。
魔術の対象はあくまでも私だけだから、この子を巻き込む訳にはいかない。
「魔術理論構築、対象をサーヴァントに変更し、術式を再構築。システムに72の不具合を確認・・・修正完了。魔力装填、術式起動まであと二十秒」
光が拡散。直後に私へ収束し、幾重もの魔法陣が展開される。
この魔術を起動しようとした時点で、成功しようと失敗しようと私はもう助からない。
徐々に崩れて行く霊基を気にせず、魔力の流れをミリ秒単位で調節し、常に暴発寸前の魔力を術式に注ぎ込む。
視界の端で、早送りのように干からびていくマスターが見えたような気がしたが無視する。
起動まであと十秒。
ここまで来れば、あとはもう成るようになるだけ。
そんな時、僅かに緩んだ意識の隙間で・・・ふと、あの子はどんな顔をしているのだろうかと、気になった。
「━━━━━━━あぁ、全く・・・」
薄れ行く意識の中、瞳を輝かせてこちらを見詰めるシロを見て・・・・・・この子の
なんとなく、そう思った。
━━━━━━━━レイシフト起動