チート転生者かと思ったが特にそんなことは無く、森に引き籠もってたら王様にスカウトされた   作:榊 樹

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Twitterの方で躍動感溢れる素敵なイラストを頂きました。
https://twitter.com/00n_kreo/status/1588859010274709504


それはそれとして、汚物を消毒するお時間です。




ブリテン島を覆うほどの光の雨。

それは妖精とモースが入り乱れる町中であろうとも容赦なく降り注ぎ、しかし妖精に当たることは決してなく、モースのみを余すことなく滅していった。

 

最初は戸惑いがあろうとも、自分達に害がないと見るや否や何処からともなく歓声が上がりだす。

しかし、今妖精國を襲っている驚異はそれだけではない。

 

ノクナレアの死によって北と南の妖精達は未だ争い、厄災の影響で独りでにモース化する者は後を断たず、またある所では醜悪な生物に失望した獣の厄災が覚醒し、破壊の限りを尽くしていた。

 

光の矢が裁くは厄災(モース)のみ。そうでない妖精共の争いに光は一切の関与をせず、ただ機械的にモースを駆除していく。

 

そんな未だ混乱極まるブリテン島で、その影響はここノリッジにも出ており、街が炎に包まれている中で彼は一人、部下達が逃げようと意に介さず、自身が最も信頼する城の中で立て籠もっていたのだ。

 

 

「逃げる? 馬鹿め、この美術品を残してまで行く場所などあるものか」

 

 

彼の名はスプリガン。土の氏族の長でありながら、権謀術数を好み、その頭脳で持って今の地位まで上り詰めた傑物。

されどその正体は妖精に(あら)ず。

汎人類史において、ナカムラ某という名を持った、ただの人間であった。

 

海外への渡航中に突如として異邦に流された哀れな被害者。何も分からず、周囲は自分を簡単に殺せる化け物だらけ。

信じられる者も、頼れる者もおらず、それでも彼は必死に生き続けた。

 

妖精に捕まり、奴隷にされようとも。尊厳を弄ばれ、生き恥を晒そうとも。

歯を食いしばり、いつか訪れるその日を夢見て耐え続けた。

 

そうして紆余曲折あり、今こうして氏族長にまでなった彼が。

あれ程までに生に執着していた筈の彼が、命を賭してでも守り、最後の時まで共に居ることを願った物とは・・・室内に多く飾られている美術品の数々だった。

 

 

「100年かけて鐘撞き堂を補修改築した、ブリテンで最も強固な鉄の塔。モースごときが何匹来ようと、この塔だけは崩れるものか!」

 

 

しかし、いくら頑丈であろうと外からの衝撃までは殺しきれない。

部屋を揺らすほどの振動に、いくつかの美術品が揺れ動き、今にも落ちそうになるのを彼は必死で防ごうとしていた。

 

 

「やめろ、やめんか!? 貯めに貯めた美術品が傷付いたらどうする!? 誰が保証してくれるというのだ! 誰もいない! そう、誰も!」

 

 

多くの美術品が危ない中で、彼は叫びながらも縋り付くように真っ先に守ろうとしたものがあった。

頑丈そうなガラスケースの中に、大切に保管された数点の美術品。

 

それは、一枚の風景画だった。

それは、一枚の絵画だった。

それは、一冊の本だった。

 

幻想的な空と大地の夕暮れの景色。

こちらに背を向ける勇ましき英雄の姿。

そして、この世界の歩みを記した歴史書。

 

絵の方はどちらも修復された跡が目立つが、本に至っては新品同然。

そして、そのどれもに等しくある名前が印されていた。

 

シロ。

 

故郷を思い出させる、この世界では使われていない筈の文字に。

彼が(おの)が人生を捧げ、まだ見ぬ作者を追い求めるには、それだけで十分過ぎた。

 

 

「モルガンでさえ、これらの価値は理解しなかった! 確かに9割は偽物、中身のないガラクタだ! だが1割━━━━━そう、泥の中より現れる奇跡のような真作があった! 真理とも言える"芸術"があった! この國でしか生まれぬ、至高の作品が━━━━━━━━━━!」

 

 

そんなAVの時間停止物のようなことを言うスプリガンが居る金庫城を、突如として天からの極大の光が包み込む。

 

ブリテン島に降り注ぐ光の雨、その何倍もある威力で、明確な殺意を持って放たれたその一撃に。

 

彼は自身が死んだことも知覚出来ぬまま、人生を捧げて集めた宝物と共に跡形もなく消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・違う」

 

 

静まり返る廊下を、一人歩く。

 

乱れた髪に、僅かに()けた頬、焦点の合わない(まなこ)と、それを覆う濃い隈。

 

妖精國一と謳われた美しさなど、最早そこにはなく。

彷徨う幽鬼のように、ふらふらと歩みを進める。

 

 

「・・・・・・オーロラは・・・違うんだ・・・」

 

 

まるで自分に言い聞かせるように、何度も呟く。

 

事の始まりは、同僚から貰った三冊の本。

あまりに執拗く頼み込んで来るものだから、渋々了承したちょっとしたお使い、その報酬に貰った暇潰し程度の代物。

 

所詮は作り物。

最初はそう思いながらも、自分たちをモデルにしただけに既視感のある登場人物が織り成すハラハラドキドキの恋物語に手が止まらず、胸の鼓動が高鳴っていった。

顔を覆いたくなるほど甘酸っぱく、けれどじんわりと染み渡るような心地に、メリュジーヌは気付けば二冊目に手を伸ばしていた。

 

まぁ、それなりに面白かったんじゃない?

 

日が沈み、夜になり。また日が昇ろうとそれに気付かず。

数々の障害を打ち破り、数々の苦難を乗り越え、漸く彼女に想いを伝えると、最後は熱い口付けを交わし・・・。

 

自身が思い描き、夢見た理想の一つが、そこにはあった。

恋焦がれ、渇望して、何度も諦めた筈の真実の愛が・・・そこにはあった。

 

二人は結ばれハッピーエンド。

お話が終わったことの僅かな喪失感と、胸を満たす得も言えぬ幸福感。

 

目を閉じるだけで、自身と愛する者をトレースしたその光景が、瞼の裏に鮮明に映り出す。

 

はぁ・・・・・・はぁぁ・・・♡

 

そこでふと、まだ続きがあることを思い出した。

これ以上の幸福が、これ以上の幸せがまだあるのかと、緊張した面持ちで最後の一冊を手に取る。

 

次は、一体どんな理想郷があるのか。

 

あの人の笑った顔が、脳裏に焼き付く。彼女の隣に立ち、共に笑う自分の姿が、容易に想像出来た。

まだ1ページ目だと言うのに、もう何年も過ごしたかのような錯覚を前に、傍にあった抱き枕に意味もなく抱き着く。

 

その体勢のまま、本のページを捲っていく。

そして、期待通り・・・いや期待以上に、物語はこちらの想定の遥か先を行った。

 

何度も見悶えるくらい理想的で、羨まし過ぎる程に甘々な日々。果てには、情熱的な一夜まで過ごした彼女達に、何故か下腹部が熱を持ち、胸の奥がキュンキュンする未知の感覚に抗うことが出来ず、堪らず抱き枕を強く抱き締める。

 

衝撃だった。

内容もそうだが、まさか・・・まだこんな序盤から、ここまでぶっ飛ばしてくるなんて、思いもしなかった。

 

彼女の感触すら想像出来てしまうその鮮明な描写の数々に、鼻血が出るのもお構い無しに、食い入るように読み進めた。

 

読み進めて、読み進めて・・・・・・何やら、雲行きが怪しくなって来た。

 

全ての始まりは、何倍もの国力を持つ他国からの使者が告げた、姫の身柄の引き渡し。

大人しく渡さなければ戦争を仕掛けると脅され、決断の日の前夜に姫は騎士に提案した。

 

私と一緒に逃げましょう、と。

 

騎士は少し悩み・・・そして頷いた。

国を見捨てることになるのは分かっていた。

その結果、故郷が、家族が、そして友が、その悉くが蹂躙されることなど目に見えていた。

 

だがそれでも、騎士は姫を取った。

だって、愛してしまったから。

どうしようもなく、愛してしまったのだから。

 

だから逃げた。

 

何もかもを捨て去り、ただ一人の女のために手を引き、逃げ続けた。

 

そうして風の噂でとある国が滅ぼされたという話を聞くようになった頃、彼らはそことは無関係の国の端っこで穏やかにひっそりと暮らしていた。

 

幸せだった。その幸せの下にいくつもの死体が積み重なっていようとも、そんなこと忘れてしまいそうになるほどの笑顔で、その日あった街での出来事を話す彼女との生活は、満たされていた。

 

でもお姫様は、お姫様だから家事なんか出来なくて。

お金の使い方も荒く、国を出る時にどうせ滅びるからと頂いておいた貯蓄も底を付いた。

 

でも、それは仕方のないこと。

だってお姫様なんだから。彼女を幸せにすると誓ったのだから。

 

だから、姫のために毎日毎晩、馬車馬のごとく働いた。

不自由なんてさせない。ずっと笑顔の君で居て欲しいから。

 

けれど、いくら騎士とて限界はある。

 

寝る間も惜しんで働き、まるで介護のように隅々まで姫の世話をして、疲れ切った身体ではあちらの方も満足に出来なくて。

 

そんなある日のこと。

珍しく日を跨ぐ前に終わったお仕事の帰り道で、それを見た。

 

なんとなく覗いた酒場で、見知らぬ男達に囲まれ、楽しそうにお酒を飲んでいる美しき女性の姿を。

そして、自分から誘うように男たちの手を取り、酒場の奥へと消えていく愛した者の姿を。

 

 

最初は見間違いかと思いたかった。

極度の疲労で見せた幻覚だと信じたかった。

 

けれど、あの美しき妖精のような姫を見間違える筈もなく、ガランとした我が家へと帰り、騎士は全てを悟った。

 

だがそれでも、投げ出す訳にはいかなかった。

だって、決めたから。国も、家族も、友も捨て、それでも姫を守ると誓ったから。だから、もうこれ以上逃げ出す訳にはいかなかった。

 

朝、女性からは香る筈もない(にお)いを纏い、騎士が居ないことに疑問すら抱かず、鼻歌を鳴らして帰って来た彼女を見送り、物陰からひっそりと仕事へ向かう。

大丈夫、大丈夫と、呪詛のように繰り返して。

 

 

でも、そんな痩せ我慢が長く続くはずもなくて。

 

それから数日後、再びあの酒場で数人の男たちと共に奥へと消えた彼女を見掛けた彼は後を追いかけ、そして酒場に併設されてあった宿の一室で行われた祭りに目を疑った。

 

聞いたこともない声だった。

見たこともない乱れようだった。

 

何人もの男に囲まれ、彼らに媚び諂い、貪るように腰を振る愛しき者の成れの果て。

そして自身のことを貶し、何処の馬の骨とも知れぬ男共に愛を叫ぶ雌の姿に、騎士(彼女)の中で何かが━━━━━プツンと切れた。

 

 

 

 

 

扉を開く。

 

背を向け、災禍に包まれた街を見下ろしていた、自身が愛し、一生を捧げると誓った者が、驚いたように振り返る。

 

 

「誰!?」

「・・・僕だ、オーロラ」

 

 

思わぬ騎士の登場に、お姫様は笑みを浮かべる。

曇り一つ無い、無邪気な笑顔を。

 

 

「まぁ━━━━━そうね、そうだったわ。貴女が居たわ、メリュジーヌ! ずっと部屋に引き籠もってたから心配してたのよ! 無事なようで良かったわ! 出会った時から少しも()()()()()私の大切な騎士。本当、良い所に来てくれて・・・やっぱり頼りになるのは、貴女だけね」

 

 

その笑顔を前に、色褪せた騎士は目を逸らすように俯く。

 

━━━━あぁ、分かっていた。最初から、分かっていたとも。

彼女の心に、己の存在など便利な道具程度の認識でしか無いことくらい。

でも、それでも・・・。

 

 

「オーロラ、一つだけ・・・答えて欲しい」

「? ・・・良いけど、早くしてね。だって、ソールズベリーはもうおしまい。このブリテン島だって、そう長くは持たないでしょうから」

「うん、分かってる。一つだけ、たった一つだけでいいんだ。どうか偽りなく、君の本心で答えて欲しい」

「メリュジーヌ・・・?」

 

 

普段とは違う彼女の様子に疑問に思いながらも、早く質問してくれないかなと少しの苛立ちを抱くお姫様に、騎士は俯きながら問い掛ける。

 

 

「オーロラは、僕を愛してくれるかい?」

「?? ええ、もちろんよ! さ、私のかわいいヒト。早く外へ━━━━━」

 

「━━━あぁ、それは良かった・・・」

 

 

顔を上げたそこには晴れやかな笑み。

 

ドスッ、とお姫様の胸に剣が突き刺さった。

 

 

「・・・え?」

 

 

訳も分からず、血を流して倒れるお姫様。

そんな彼女を、ドス黒い瞳で無表情の騎士が見下ろしていた。

 

 

「オーロラ、僕も君のことを愛してる。心の底から、誰よりも。君が願うことならどんな事だって叶える。君が望むなら、なんだってする」

「・・・なにを、メリュジーヌ・・・?」

「君の言葉もその場限りのものだとしても、それはきっと本心で、嘘なんかないんだろう。あぁ、でも・・・君は、心変わりがしやすくて、我が儘なお姫様だから、だから・・・」

 

 

姫を見下ろす騎士の姿が徐々に変異していく。

 

鎧の隙間から、黒い瘴気が薄っすらと立ち上る。

 

 

「・・・僕には君が、必要なんだ。君が居なければ、僕は肉塊に戻る。君がそれを望むのなら、僕も本望だけど・・・君は、僕を愛しているんだろう?」

「メリュジーヌ・・・? ええ、そうよ・・・愛してるわ・・・だから」

「愛してる者同士は報われるべきだ。お姫様と騎士はハッピーエンドを迎えるべきなんだ。でも、その結末へ辿り着くには・・・あまりに障害が多過ぎる。いくら守ろうとしても、美しき花に汚らわしい蝿どもが(たか)ってくる」

 

━━━━━だからね、考えたんだ。

 

━━━━━誰にも奪われないように、誰にも()られないように、どうすべきかを。

 

 

 

その言葉を皮切りに燃え上がるように、黒い瘴気が湧き出した。

 

突如として巻き起こった暴風に、部屋が荒らされていく。

 

そうして、瘴気は徐々に収まり、中から現れたのは一体の黒き竜。

 

無機質で機械的で、けれど強い想いを宿した瞳で、目の前に転がる獲物を見据えていた。

 

 

 

「やめ、て・・・いや、いや・・・」

 

 

首を振り、抵抗しようとするも、メリュジーヌから受けた傷は致命傷。

すぐに死にはせずとも、ブリテンに破滅を齎す竜を前に、今の彼女に出来ることなど(たか)が知れている。

 

口を開き、ゆっくりと近付いて来る竜の顔に、ただ怯えることしか出来ず、そして━━━━━。

 

 

「誰か、誰か助け━━━━━ッ!」

 

 

助けを呼ぶ声も虚しく、美しきお姫様は、一片たりとも残さず、口の中へと消えて行くのだった。

 

 

 

 

 

━━━━━ずっと、一緒ダヨ・・・・・・オーロラ・・・。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

愛しき者とひとつになり、姿を変えた白き竜は、極光の翼を広げ、大空へと舞い上がる。

自身が過ぎ去りし空の道に、美しき涙を残しながら。

 

何が正しいことなのか。

何がやりたかったのか。

ソレにはもう、何も分からない。

 

ただ、迷子の幼子のように宙を漂う光の粒子が、雪のように静かに舞い落ちる。

 

そんな季節外れの雪景色に魅了され、心奪われた妖精が、竜の涙へと手を伸ばす。

 

それが、自身を犯す猛毒であるとも知らずに。

何処までも無邪気に、けれど光に触れた彼らは次々とその身をモースに堕としていく。

 

 

なんのことは無い。

何処かのアホが書いた、気高き騎士と美しきお姫様の愛の逃避行。その結末が、穢れを知らぬ純粋な白き竜にとって、あまりに残酷だっただけのこと。

 

たった、それだけのことだが。

けれど彼女にとって、それこそが目を逸らし続けた真実であり、愛する者から突き付けられた現実だった。

 

だから、かの竜が目指すはただひとつ。

狂い果てても尚消えぬ怒りの炎でもって、吐き気を催す邪悪を滅ぼす。

 

もう自分のような悲劇を生み出さないために。

全てを終わらす、その為にもこんな地獄を守るあの妖精は邪魔以外の何物でもない。

 

だから、未だ幾本もの光の矢が空へと昇るその場所へ、白き竜は死の雪を撒き散らし、極光の翼を羽ばたいて飛翔するのだった。

 

 

 

 

 




愛の力でパワーアップ()。

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