チート転生者かと思ったが特にそんなことは無く、森に引き籠もってたら王様にスカウトされた   作:榊 樹

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今更ながらに「原作既読推奨」のタグを追加しました。

"妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ" 開幕です。


不思議な二人組

ここへ来て数日が経過した。

私達三人は相変わらず広場とは離れた森の端っこのお家で寝食を共にしており、他の妖精とは全く親睦を深められていなかった。

 

"楽園の妖精" と言うだけで他の妖精に嫌われる私、本来の名前を失ったことで"存在価値が無い、どうでもいいもの" として扱われてしまうエールちゃんとホーちゃん。

 

妖精にとっての名は、それほど大事なものだから、それを失った者に居場所は無い。

自分の存在意義と同義なその名を忘れてしまえば、それは"目的"を果たせなかった落ちこぼれの証。誰も、そんな出来損ないの相手なんかしたくない。

 

そして、"楽園の妖精"とは言わば、彼らに終末を齎す存在。過去に犯した彼らの罪を罰する、妖精にとって凄く嫌な存在。

 

けれど、私はそれでも捨てきれない淡い希望を抱いて村の方へと行き、こちらを一瞥されただけであとは居ない者として扱われ、見事に玉砕。

私が"楽園の妖精" と知らなくともこの扱いだ。寧ろ、仲良くしてくれるエールちゃんとホーちゃんが異質なだけで、こっちが当たり前の反応。

そういうのが疲れたのでここへ来たというのに、何をしてんだか。

 

エールちゃんは元より他者が苦手なのか、村に近付こうともせず、一日中ベッドの端で丸まってる。

でも偶にお話をしたりして、お互いに暇を潰したり・・・まぁ、お話と言っても私はともかくエールちゃんは記憶の大部分を失っているので、そんなに話せる話題は無いのだが。

 

しかし、意外にもエールちゃんは魔術(マーリン式)について知っており、そちら方面で話が弾んだのには驚いた。流石に魔術を扱えるほど詳しくは無いらしいが、簡単な魔術程度なら見ただけで理論がなんとなく分かるのだそうな。

 

妖精にとって魔術なんて、ただの遠回りするだけの無駄なものでしかないのに・・・エールちゃんってもしかして、かなりの変わり者だったのかな? それで変な奴扱いされて、迫害されて、ここまで辿り着いた、とか。・・・考え過ぎか。

 

そんなググッと心の距離が縮まったエールちゃんだが、これまた意外な事に手先は器用で、そこらの木を使って一日もしない内に私のベッドを新しく作ってくれた。

よくよく聞いてみれば、なんとこのお家もボロボロだった物をエールちゃんが作り直したのだとか。

 

意外性の塊のような子に、開いた口が塞がらなかったのはちょっと恥ずかしい思い出。

 

 

そしてホーちゃんだが、嘗てまだ名前があった時の名残りか、彼女は唯一、毎日毎日村まで通ってる。朝早くに家を出て、やる事が無い時はすぐに帰ってきて、夜になればまた家を出て、朝日が昇る頃に戻って来る。

 

理由なんて単純で、ただみんなの役に立ちたくて。困ってる人を放っておけなくて。

それだけのために、毎日毎日、村に通い詰めていた。

 

・・・きっと、元は凄く優しい妖精だったのだろう。

自分ではなく、誰かのために生きることを"目的" とした優しい妖精。

だから、多分・・・使い潰されたんだ。

誰かの頼み事を断れなくて、頼られることが嬉しくて。

 

ずっと、ずっと、押し付けられて、良いように利用されて・・・それこそ、自分の役割が嫌になるほど、傷付けられて・・・。

そうして彼女は今、ここにいるのだ。

 

苦しくは無いのか、辛くは無いのか、と。そう聞いたことがある。

でも、ホーちゃんはキョトンとすると「私のことを心配してくれるのですか?」なんて、的外れな答えを返すと本当に嬉しそうな笑顔でお礼を言ってきた。

そして、その話を聞いていたエールちゃんも、「ホーちゃんを心配してくれて、ありがとう」と。

 

・・・それが形だけの、表面上のものでは無いと、私は分かってしまう。

相手の心が見える妖精眼持ちの"楽園の妖精(わたし)" だからこそ、それが何処までも透き通った、純粋な感謝の気持ちなのだと分かってしまった。

 

 

「・・・・・・」

 

 

だからこそ、本当にただの思い付きだった。

 

自分の役割を忘れてもいないのに投げ出して、逃げた先でも何もしていないこの状況に耐えられなくて。

そんな自分が恥ずかしくて、居た堪れなくなって・・・少しとは言え、心安らぐ時間をくれた二人に恩返しをしたかった。

 

だから、これはただの思い付き。

その場でパッと思い付いただけの、ただの自己保身。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「あ、いや、えっと・・・・・・やっぱごめん、今の無し」

 

 

私の名前、彼女達のように個体を識別するための"目的" を持たない記号ではなく、まだ役割が残ってる私の名前をあげようと思った。

 

自分の役割から逃げ出したいとか、彼女達の方が上手くやってくれそう、とか。そういうのではなく、単に意味のある名前の方が、新しい目的を持てて、生きる活力が湧いてくるんじゃないかって・・・そんな浅はかな、大した考えもない、その場の思い付きだった。

 

 

「「〜〜〜っ・・・!」」

 

 

それなのに感極まった様子で、本当に嬉しそうにしてた癖に、「それは貴女の大事なお名前だから、頂けません」って、そう断られて・・・。

 

でも、その日は初日以来、久しぶりに三人で寝ることになって・・・暖かくて、心地好い、春のような感情を二人から延々と見せられ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからまた幾日が経過したある日のこと。

今日のお仕事を終えて帰って来たホーちゃんがこんな話をした。

 

 

「不思議な二人組・・・?」

「はい・・・見慣れない格好をした方々で、な、なんでも・・・森で死にかけていたとか・・・」

 

 

死にかけていたとは、また随分と穏やかな話ではなかった。

ここ妖精國では、妖精同士で争うことなんてほとんど無くて、戦うとなれば、それは基本的にモース達ばかり。

 

それもモース相手に、侵食されてモース化する事はあっても、そんなボロボロになるまで怪我をすることなんてまずなかった。

 

何やら不穏な感じがして、こっそり様子を見に行った先で私が目にしたものは・・・。

 

 

「いぇーーーい!!」

「ふぅーーーー!!」

 

 

なんか・・・すっごい楽しそうに飲み食いしてる村のみんなと、完全に溶け込んで歓迎されてる見知らぬ二人組だった。

 

 

「え、えぇ・・・私の時と、全然対応が・・・」

 

 

別に分かってたことだし、仕方ない事だと割り切ってるつもりだが、こうもあからさまに格差を見せ付けられると・・・ちょっとヘコむ。

 

でもよく見てたら、特にあの、オレンジ色の髪をした女の子の方。とても会話上手で、妖精國では風と土の氏族のどちらかに付くのが常識なのに、どちらにも肩入れすることなく、彼らの輪の中に入り込めていた。

 

なんだろ・・・私が嫌われてる理由って、もしかして"楽園の妖精" だけじゃなかったりする?

そういう、人として大切な部分が欠けてるからとか、無意識に相手を不快にさせてたりとか・・・?

 

・・・・・・ヤバい、ちょっと心当たりが無きにしも非ずと言うか、それっぽいことがあったような無かったような気がして、否定しきれない。

いや、きっと気の所為・・・だと思う、多分・・・。

 

 

後ろめたさを感じつつも、宴会が終わり、割り当てられたお(うち)に帰っていく彼らの後を追う。途中で世話係を任せられ、彼らを案内し終えたホーちゃんに今日は遅くなるかもと伝えて、彼らの家の中へとお邪魔した。

 

・・・・・・まぁ、もちろん下心ありありと言うか、あそこまで色んな妖精と仲良くなれるなら、私とも仲良くなってくれるんじゃないかなーって。

そういう思惑があって話し掛けてみたものの、その実、思った以上に記憶の喪失が激しかった二人―――名をトリストラムさんとハーミアさんに諸々の説明をすることとなった。

 

"名なしの森" は日常生活に必要な知識とか、そういうのは忘れないって聞いてたけど、まさか妖精國についても知らないなんて・・・。

自分の名前を忘れたエールちゃんとホーちゃんですら、その辺の一般的な知識は普通に覚えてたのに、まさか記憶喪失には結構個人差があったりするのかな?

 

 

それで話し込んでいる内に大分夜も耽けて、私も自分の家に帰ろうとして、二人に呼び止められた。

夜の森は獣が出て危険ではないか、と

 

 

・・・・・・そう言えば、そうでした。いえ、寧ろ、どうして忘れていたのかと、間抜けな自分が恥ずかしくなってくる。

 

けれど、同時にある違和感があった。

森の奥でポツンと一軒家、群れからハグれた絶好の獲物。そんな場所にエールちゃんとホーちゃんの家はあったのに、どうして今まで一度も襲われなかったのか、と。

 

 

疑問に思うも、あまり戻る気になれなかったのは今まで安全だったという確証があったからか。それとも単にあの日以来、毎日私の腕の中で寝るようになっては暖かな感情をぶつけて来る二人にちょっと、胸焼けをしちゃったからか。

 

結局、私はその夜、ハーミアさん達の家で寝ることとなり、後日、私が帰って来ないことに心配したエールちゃんとホーちゃんに一日中引っ付かれるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

(みな)が寝静まった夜。

"名なしの森" に新しい仲間が加わって数日後のこと。

 

ランプの火も消え、月明かりが僅かに届く家の中で、ハーミアは目を覚ました。

 

 

「・・・お目覚めですね、ハーミア」

 

 

こちらを見下ろすのは、自身と同じ境遇の赤い長髪が綺麗なトリストラム。いつもは伏せていた筈の目を開き、片手には愛用している不思議な弓をいつでも放てるように構えていた。

 

まだ暗い時間にどうしたのかと身体を起こそうとして、ソッと手で制された。

 

 

「お静かに、音を立てないで」

 

 

口元に指を当て、静かにするよう言われて大人しく黙る。

何が起こっているのかは分からないが、それでも何かしらの緊急事態であることは理解したから。

 

 

()()()が居ます、すぐそこに。今までの妖精とは比にならない()()()()()()が」

 

 

耳元に口を寄せられ、良い声でボソボソと喋られてゾクゾクしてしまったが、そんな事をしている場合ではないと切り替える。

 

彼の強さは昼間に行った腕試しでよく知っている。

不思議な弓から放たれる不可視の矢と、他者の気配を察知する能力。

後ろで指示することしか出来なかった自分では、まずどう足掻いても敵わない強者が、明らかに警戒をしている。

 

 

「・・・! あの子がッ・・・んむ!?」

 

 

そこでハーミアは思い出す。自分達に知識を与えてくれたナナシという少女とは別の自分達の案内をしてくれた、ボロボロの翅を持った妖精の少女が外で宴会の片付けをしていたことに。

 

だが、声を発しようとした口はトリストラムによって即座に塞がれてしまった。

 

 

「大丈夫、落ち着いて。争ってる様子はありません。もしもの時は私が出ますので、今はご辛抱を」

 

 

真剣な強い眼差しで見詰められ、コクコクと頷くことしか出来なかった。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

それからジッと嵐が過ぎ去るのを待つ二人。

外からは未だに大きな物音はせず、あるとすれば、広場の方であの小さな妖精の少女が片付けをしているであろう物音だけ。

 

あまりにも平和そうな外の状況に、いっそ暴れてくれた方がどれだけ楽かと、その不気味さに冷や汗が流れる。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

それから、どれだけの時間が経過したのか。

物音が止み、トリストラムが警戒を解く。

 

ずっと緊張しっ放しで思わず、大きな溜め息が出た。

ぐったりとするハーミアを他所に、トリストラムは慎重に外を確認する。

 

既に日は上り始めており、少し離れた位置にある広場でゾロゾロと他の妖精達も起きて来た。広場に荒らされた形跡は無く、寧ろ遠目から見ても分かるくらい、昨日の宴会が嘘のようにキッチリと片付けてあった。

 

 

「おぉ、ちゃんと片付けてんじゃねぇか」

「ぇ、ぁ・・・あれ? ぃ、いや、私は・・・」

「終わったなら、もう帰っていいぞ」

「ぁ・・・は、はい・・・」

 

 

どうにも噛み合っていない様子の、"翅の氏族"の妖精と"牙の氏族"の妖精の会話。

 

それに眉を顰めながらも、トボトボと森の奥へと帰っていく小さな背中を、トリストラムはジッと見詰めていた。

 




ハーミア=藤丸立香(原作主人公)
トリストラム=トリスタン(汎人類史)

ここからは原作のお話を沿う形になるので、原作で語られた内容等はほとんどカットになります。ご了承下さい。


(2022年 7月24日)
記憶喪失時の原作主人公の名前を「立香」から「ハーミア」に変更しました。
ご指摘ありがとうございます。

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