ザザァザザァと波が船に打ち付ける音が聞こえる。ゆったり動くこの巨大鯨の背で黄昏れるローゼマリアをエースは話しかけることをせず見守っていた。
「なあ、……まだ怒ってる、か?」
やがて沈黙に耐えきれず尋ねれば、目を閉じて潮風に髪を遊ばせていたローゼマリアがゆったりとエースを見る。
「怒ってない」
「……ソイツ、ずっと傍にいンだけど」
ローゼマリアの返答にエースは反対隣に陣取る大ガエル、フシギバナを指さした。
彼女はモビー・ディック号に乗船してからずっと、フシギバナを傍に置き、何処に行くにも何をするにしても一緒にいる。それがエースには気に食わない様子だ。
ハァッと溜息を吐いたローゼマリアは後ろを振り返った。
「手厚い信頼をされてるからね」
エースは振り返らなくてもそれだけで理解した。近くに隊長格が、隠れている者も含め3名がじっとりとローゼマリアを監視している。その隠された悪意をフシギバナだけで牽制しているらしい。
今日はマルコもいやがるし、と隠すつもりもない気配で感じ取ったエースは、欄干に肘を突いて頬を膨らませた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
一緒に乗船することをミョスガルド聖から許可されている、奴隷たちが全員故郷へ戻るのをその目で見届けて欲しいとあの手この手で言い含め、ローゼマリアはモビー・ディック号にいた。
お目付役はもちろんエース、と言いたいところだが彼は幼馴染みとして特別な関係だというフィルターがあり、万が一の時冷静な判断が出来ないだろうとエース抜きで行われた隊長会議での満場一致の意見で、お目付役は隊長たちが日替わりでと相成った。
与えられた部屋と甲板の往復以外は極力外に出ようとしないローゼマリアも、時々様子を見に来る隊長たちの意味が分かっているのだろう。乗船してからひと月が経とうとしている現在では「さすがに息が詰まる」と鬱陶しがっている。
「ルルンやガロたちはどんな様子?」
「ん? ああ、大体は故郷に帰れることを喜んでるな。お前の侍女してた連中はちょい渋り気味だったけど」
「海軍船に乗せたら、奴隷を逃がしてることが他の家に伝わると思ったとはいえ……長い間マリージョアにいさせちゃったからかなぁ」
絶対ェ違うと思うけどな、とは言わないエース。
露骨な話題転換だと思ったのかそれ以上何も聞かず、ただとりとめのない話を続けた。
「ところでこの船、どこ向かってるの?」
「次の島だな。この
「針3つもある……」
どう見るのか分からない、と首を傾げるローゼマリア。
「その、ろぐぽーす、とかってのが行き先教えてくれるんだ」
「……ホントに何も知らねえんだなぃ」
興味津々にエースの
「箱入りですから」
「どうかしたのか? マルコ」
背後、とまではいかないがローゼマリアの近くに立つマルコは「いンや」と緩く首を横に振る。
「堂々とした監視だよぃ。お嬢さんも悪く思うなよ、オヤジの決定でもあるしこの船の平和のために必要なことだ」
監視という言葉にあからさまにムッとするエース。眉間と鼻の頭に皺を作った彼を宥め、ええ、と頷いた。
フシギバナのじっとりした視線をものともせずマルコは「理解があって助かるよぃ」と笑う。
ぶすっとした顔のエースは、乗船してからのローゼマリアがずっと自分やポケモンたちや元奴隷たち以外には貼り付けた笑顔しか見せていないことには気付いていた。
それは白ひげやマルコ、他の隊長たちもだ。
「お嬢さんはいつでも笑顔が素敵だねぃ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
「なんだよマルコ。急に変なこと言い出して……」
「いつも思ってたことを言っただけだよぃ」
「あ?」
エースくん腹芸出来ないんだもんねえ、とくすくす笑うローゼマリアは自然に笑っている。ぶすくれたままのエースは、その一点だけでちょっと優越感に浸れた。
「それで? 本当に何のご用ですの?」
「お嬢さんもかぃ。ンまあ本当の用事は、コイツだよぃ。借りてくぜ」
肩を竦めたマルコはエースの髪をぐしゃぐしゃと撫でる。何だよ、と睨むエースだが「隊長会議、忘れてンのかよぃ」と言われハッとした。
「でもアイツらは……」
「監視だっつってんだろアホ。オラ来い」
「構いませんよ、1番隊隊長さん。部屋に戻りますから、隊長さんでなくとも」
「ロザ……でもお前、気分転換してェって」
「うん。もう平気。あんまり潮風に当たりすぎると髪の毛痛んじゃうし」
そう言いながら船室へ戻ろうとしているローゼマリア。ビスタとハルタはそれを見送り、適度に距離を取りながら後を着いていく。
完全に姿が見えなくなってから、エースはギッとマルコを睨む。
「だァから、オヤジの意向でもあるっつったろぃ。侍らせてるアレらは彼女を害そうとすれば自発的に牙を剥くだろうし、そうでなくともお嬢さんの気分次第でどうにでもなる。分かるかよぃ? いつ爆発するのか分かんねェ
「ロザはんなことしねェ!」
「お嬢さんはしねェかもしれないが、傍に侍らせてるアレらが本当にしないと言い切れるか?」
互いに引かない睨み合いはマルコがふっと笑うことで終わった。エースの髪をぐしゃぐしゃ乱す。
「お前ェの女を疑うつもりじゃねえが、万が一の芽も摘み取らねえとだろ。集団で暮らすってのはそういう調整も必要だぜぃ」
「おっ、おっ、女じゃねェよ!!」
顔中どころか首まで真っ赤に染まるエースをマルコは揶揄う。
お前が彼女に惚れてるのはバレバレだよぃ、とエースを引きずりながら頬を突いた。ちなみにオヤジも当然気付いてるよぃ、と言った時のエースの顔は、マルコたちの酒の肴になった。