とある島に上陸したモビー・ディック号は、3番隊を船番として残してほぼ全員が下船した。
もちろんローゼマリアもエースとともに下船し、島内を観光することにしていた。
「ここで
「うん、いいよ」
「お嬢様! わたくしもご同行を!」
「わたくしもご一緒に参ります!」
久方ぶりの揺れない地面の感触をブーツの底で感じたローゼマリアの頭上からルルンとガロの声がする。見上げれば駆け寄ってくる二人。
「いいよ。いいよねエースくん?」
「俺は構わねェけど」
息を切らした二人は身だしなみを整えてピッと背筋を伸ばす。
本日のローゼマリアのお供は「テレポート」を覚えたケーシィだ。船にフーディンを出しておくことで瞬時に戻ってくることが出来る。
さあ行こう、と歩き出したところでローゼマリアは振り返った。タラップの向こう、船室からこっそりと窺っている3人がいるのだ。11番隊隊長、キングデュー。13番隊隊長、アトモス。14番隊隊長、イゾウ。いつもの監視だろうと視線を外す。
「……お嬢様をいつまでも監視するなど、海賊は品位に欠けます」
「そんなこと言わないの。船長さんのご厚意で乗せてもらって故郷に帰れるんだから。それくらい我慢するし組織の長なら当然のことだわ」
「お嬢様はお優しゅうございます! このガロ、感服致しました」
「大袈裟よ」
ルルンとガロは、元奴隷の中で唯一ローゼマリアに監視が付いていることを良しとしていない。それは既に確定事項で覆せないものだと知ると、白ひげ海賊団に粛々と仕える――フリをしてどうにか弱みを握ろうとしていた。いち早く気付いたローゼマリアが、他の奴隷たちの立場が無くなるから止めろと言わなければ今でも続いていただろう。
特にルルンはローゼマリアが幼い頃から屋敷にいた存在だ。歳を取っていないがそれなりの年齢になるはずで、「老婆心ながら、なのかな」とローゼマリアは思っている。閑話休題だがガロは気が付いたらいた。どこから来たかも分からないが恐らく故郷はあるのだろう。時々遠い目をしていた。
「悪ィなロザ。流石に隊長会議で決まったことは俺の独断じゃ覆せねえ。親父も噛んでるってんじゃ相当だ」
息苦しいよな、としょんぼりするエースのくせっ毛をよすよすと撫でるローゼマリア。ギシ付いた髪をさらさらと指が通っていく。
「だから本当に平気なのよ。それよりエースくんが心配だわ、色々と肩身狭い思いとか立場悪くなったりとか、してない?」
「俺ァ大丈夫。これでも2番隊隊長だしな」
この島の季節は冬なのか少し肌寒い。ローゼマリアが名を知らぬその島は食事処が豊富で、エースはあちこちと目移りしている。どこもホコホコと湯気が立ち上っていて美味しそうな匂いがしてきた。
周囲も着込み気味のここで、エースの半裸はさすがに目立つ。バッグに上着入れてたよな……とガサゴソ漁っていると、腕を取られた。
「あそこ行こうぜ! 魚が煮込まれてる」
「え? う、うん」
太陽みたいに満面の笑みで覗き込まれてローゼマリアの心臓がどくんと音を立てる。びっくりした、と胸を押さえながら連れて行かれた先は、地元密着型みたいな食堂だった。戸が開いていて、中で魚の煮込みを作っているのが確かに見える。
アレをくれコレをくれと、メニューを片っ端から頼んでいるんじゃないかと思う量を注文するエース。大宴会でも始めるのかと疑われたが、運ばれる先からエースの腹に収まるところを店員があんぐりと見つめていた。
「エースくんそれちょうだい」
「おう」
積み上がる皿と全くペースが落ちない食欲、と突然の睡魔。ガコン! と派手な音をたてて食事の上に突っ伏すエースを「食い過ぎで死んだのでは」と戦々恐々としている店員を横目に、じっくりマイペースで食しながら意に介さないローゼマリア。
「ケーシィおいで~」
ケーシィに食事を分ける余裕すらあり、店員たちや後から来た客が遠巻きにする中んばっと起き上がったエースがぽつりと「寝てたわ」と呟き「だね」と返事した。
「スープの上に突っ伏すのだけは止めなさいね。危ないから」
「きをつけ」
言ってる傍から、とスープを取り上げるローゼマリア。黄金の出汁で作られた魚のつみれ汁は、潔く具がつみれとネギのみ。それが深い味わいで舌鼓が打てるのだから相当だ。ガロが作り方を聞きに行くくらい気に入った様子で、ルルンも「美味しい」と肩の力を抜いている。
「お嬢様、このトマト煮込みも美味しゅうございますよ」
「んんホントだ。エースくんのご飯嗅覚凄いねえ」
ぱくぱく食べ進めていくと、「んごっ」と声をさせてまたエースが起きた。ふああぁ、と大きく欠伸をするエースの口にスプーンを突っ込む。
「うめえ」
「ね、美味しい」
皿が全て空になるころにはエースの腹もはち切れんばかりに膨れ上がる。それもすぐ萎んだが、ルフィと似ていて思わずローゼマリアがくすりと笑った。
ガロがお会計を済ませている間に店を出た3人は続いて露店を巡る。とはいえ余計なものは買わない船旅。主にウインドウショッピングだ。後は航海中にエースが焦がした服の調達など必要物資の買い出しも済ませてしまう。
綺麗なビーズで作られたブレスレットは島で人気の代物らしく、店主にデートと勘違いされたエースが販促されていた。
「なんか欲しいものでもあれば買うぜ」
「んーん。特にないかなぁ」
そうか……と若干がっかりしたようなエースに首を傾げる。ひそっとルルンが「こういう時は安いものでもいいので何かが欲しいと言うのですよ」と耳打ちした。
しなびた犬みたいな顔つきのエースを見たローゼマリアは露店の商品とを見比べて、ひとつを指さす。
「じゃあエースくん、お言葉に甘えてこれ欲しい」
「! おう」
ローゼマリアが欲しがったのは、太陽に照らされれば輝くように反射しそうな黄色のビーズで作られたブレスレット。燃え上がる炎のような赤いブレスレットもあったがローゼマリアはあえて黄色を指さした。
購入されたそれは、右手首に付けられる。左手首は「バトルに必要だから」という理由だ。
嬉しそうに天にかざすローゼマリア。前をよく見ていなかったため、前方から来る男に全く気付いていなかった。ケーシィやルルンたちが動く――前にエースが動いた。
「わ」
ぐいっと腕を引いて身体を引き寄せ、ぐっと腰を抱く。体勢を崩したローゼマリアはたたらを踏んでエースにもたれる形になった。
「ほら危ねえぞ。前見ろ」
「あ、ごめん」
メラメラの実を食べたからなのか人より高い体温はこの島では心地よいもので、少し耳が冷えていたローゼマリアはついでにと耳をぴったりくっつけて暖を取る。エースの腕を取ってもう片方の耳も暖め、エースの腕で挟まれているような形となった。
ぎゅうううんっ、と途端にエースの心拍数が急上昇し、心音もバクバクとうるさいくらい高鳴っている。同時に体温が数度上がった。
ルルンとガロは「あーあ」とでも言いたげな顔で、しかしローゼマリアを諫めることも止めさせることもせずに生暖かく見守るのみ。
「あれは天然か?」
「計算なら相当な悪女だぞ」
「あーあー、エースのやつ上半身ぜーんぶ真っ赤じゃねえか。童貞かよ」
監視役の3人も好き勝手に評価を下す。それは全てエースには聞こえているので口パクで「ウルセェ!!!」と怒鳴っているが隊長たちは意に介していない。
ぶすくれた顔を作りながら「あのなぁ」とローゼマリアを覗き込めば、暖かさを享受している幸せそうな顔と出会い何も言えなくなる。
「エースくんって人間湯たんぽだね」
「お前ェなァ……あんま男に引っ付くもんじゃねえぞ?」
「引っ付くのはエースくんにしかしないよ?」
キョトンとした顔のローゼマリアに、エースは下唇を噛みしめてこみ上げてくる諸々を抑え付けた。
「あっごめん嘘吐いた! エースくんと、ルフィくん、サボくんにしか、しないよ!」
「ぐっ……そ~~~ういうことじゃねえけど、クソ、嬉しいって思っちまった自分にムカつく……」
それってつまり幼馴染みにしかしないってことですかね、とガロがぼそりと呟く声を拾ってしまう。直後にルルンが「シッ!」と素早く口止めしているところも聞こえた。片手で顔を覆うエースはあわあわしているローゼマリアを横目に捉え、挟んでしまっている方の腕で頬をぶに、と潰すことにした。照れ隠しなのはローゼマリア以外の全員に気付かれている。
わちゃわちゃとしているその時。目の前を数人の暴漢が取り囲んだ。