次の島は冬島だった。さむ、とぶるりと身体を震わせるローゼマリア。この島に到着して早々、奴隷のひとりが「見覚えがある」と言った。
「この島なの?」
「分かりません。……何しろ、幼い頃のことでしたから」
「とにかく下りて、知り合いにしろ何かしらいるかもしれねェ。探してみようぜ」
着岸した港が一番栄えているらしく人が行き交っている。島内にはいくつか集落があるが、互いの行き来があまりないので顔はよく知らないらしい。
行き来をしている行商人がいる、とのことでその奴隷を連れて行ってもらうかどうかで悩んだ。
「この島はログが数日で溜まるから難しいかもな……」
「行き来はどのくらいかかりますか?」
「そうだな~……全部回る、となると、最低でも7日は見るなァ」
「7日……」
きちんと舗装されていない道もあるため、道中迂回を強いられることもあるのだそう。だから行商人も、この栄えているところから一周するのに正確な日数は分からないと言った。
「お嬢様。私のワガママで眠らせて頂いて感謝しております。他のところで人間扱いされなかった私をお嬢様はお救い下さいました。……もし故郷でなくとも、私はこの島で生きていく覚悟はございます。ですので、どうぞ置いて行って下さいませ」
途方に暮れモビー・ディック号へ戻ったローゼマリアたちは、そう言われて互いに顔を見合わせた。
「でもあなたの故郷は……待ってる人がいるはずだわ」
「もう幼い時の話です。人攫いにあったのか、売られたのかさえ覚えていません」
エースは何も言わない。不安そうに振り返るローゼマリアは、「でも」と繰り返すだけ。
「じゃあこうすればいいんじゃね」
膠着状態を見かねたのか、エースは案をひとつ出した。
それはケーシィを連れて集落を回り、顔を見せて確認することだった。
「もちろんロザが嫌なら他の手段を考える。親父に滞在期間を延ばして貰えるよう聞いてみるのも手だな」
「分かったわエースくん。知らない土地にはケーシィもフーディンも飛べないから……船長さんに聞くしかないわね」
「なら親父のいる船長室だ」
行こうぜ、とエース、ローゼマリアと3人で連れ立って船内へと入っていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「却下だ」
「親父!」
ベッドに横たわる白ひげは、にべもなく言い放つ。管が増えているのがローゼマリアは少し気になった。
「この海域は海軍も立ち寄りやすい。お前ェ知ってんだろうがエース。このアホンダラ」
「でもよ……」
「海軍ならばわたくしがどうとでもします。アレらはわたくしたち天竜人の部下。命じれば立ち寄ることはありません」
食い下がるエースとローゼマリアの言葉も、緩く首を振るだけ。
「島の周辺海域に配置されりゃァ難しいぜ。俺は息子たちを危険に晒すわけにゃいかねェ」
「お嬢様。船長さまもこう仰っておりますわ。それに島での行き来も断絶しているわけではございません。ほかの船に乗って探しに行くことも出来るのですわ」
にっこりと笑った彼女は行商人について集落を回ることにした。白ひげもログが溜まった日の、日の入りまでは待つと約束してくれたため、その日からずっと船の外に出て行商人が戻るのを待つことにした。
「ロザ、さみぃだろ。俺の着てな」
「ありがとエースくん」
「アラバスタで着てたやつだ。砂漠の夜も寒くてなァ」
「……アラバスタってとこ、行ってみたいな」
リヴァース・マウンテンの向こう、前半の海だからな、と吐いた息が白くなる。上から粉雪も降ってきた。
ちらりとローゼマリアを盗み見たエースは、「んー」だの「あー」だのと言葉にならない唸りを上げたかと思えば背後からローゼマリアを抱きしめる。
「エース、くん?」
「……俺湯たんぽなんだろ」
ローゼマリアはドキドキ高鳴る胸の意味が分からずにキョトンとしつつ、その暖かさに目を細めふにゃりと顔を緩めた。
「ロザは」
互いの頬がぴっとりと触れ合うほど近づいたエースはそのまま話し始める。
「……ロザはアイツらを故郷に、家族の元に返したいんだな」
「ん……」
肩から回る太い腕に触れる、細くて白い指。
「私の憧れはね、」
少し緩んだ腕が今度は腹に回った。すり、と鼻を寄せる。
「憧れ?」
「うん。マリージョアに単身乗り込んできた冒険家、知ってる?」
「あァ知ってる。親父がナワバリにしてる魚人島の出だ。確か七武海のジンベエと関わりが深い……名前は確か」
「――フィッシャー・タイガー」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あれで告ってねェってマジかよぃ」
「マジです。……そんなに驚きます?」
船の甲板から見下ろしているのはマルコ、と気配もなく現れたルルンとガロ。
口から心臓が飛び出たマルコはいまだドクドクうるさい胸を抑えた。
「お、おっさんを驚かすんじゃねえよぃ!」
「あなたそれでもNo.2なのです?」
「ダメですガロ。この者は不意の奇襲に弱く死ぬタイプです」
「うるせぃよぃ!」
今のは確実に不意をつかれた、と自己反省するマルコ。首をゴキゴキと鳴らし再び甲板のヘリにもたれ掛かった。
「あンだけくっついてて、距離感バグりすぎだろぃ」
「お嬢様は“お友達”を信頼しております。現在までは、ですが」
「まあ、アンタらのお嬢さんはエースが告れば否やとは言わねェだろ~がな」
「お嬢様は“お友達”に嫌われることを何より恐怖しております。旦那様の一件もございましたので」
「ええ。エース様のご命令には何をおいても遂行せよと我らにもお命じになられたほど」
そりゃ筋金入りだな。と肩を竦めた。
「――フィッシャー・タイガー、という冒険家をご存じです?」
「フィッシャー・タイガー? 魚人族のか」
「ええ」
マリージョアへと単身潜入を果たしたフィッシャー・タイガー。
彼はまだ幼いローゼマリアに多大な影響を及ぼした。
「彼がマリージョアに現れた時、お嬢様はまだ幼く、しかし既に天竜人としての教育を嫌がるようになっておりました」
「他の子供は遊ぶように奴隷に鞭を打ちます。そうしろと親から教わるからです。しかし、お嬢様は旦那様が甘やかしても、宥めても、叱りつけても決して鞭を振るおうとはしませんでした」
「それどころか奴隷を友達だと言うのだと、当時の旦那様は頭を抱えておりました」
そんな中現れたフィッシャー・タイガー。彼が成した奴隷解放はローゼマリアの心に深く刻み込まれた。
「それとエースの言うこと以外聞かねえことと、関係あンのかぃ」
「ええ。その数年後の話です」
「いつの間にかゴア王国で友達を作られていたお嬢様はある日を境に、一時期部屋から出てこなくなってしまったのです」
喉が潰れても叫ぶように泣き続けるローゼマリア。魚人島での一件以来真人間となった父ミョスガルドを罵り、食事さえ拒否するようになっていたという。
「部屋から出てこられたお嬢様は、旦那様のことを嫌いだと言いまして。……お友達に嫌われた、と」
「恐らく、エース様に一度嫌われたことで同じ事を繰り返さないようにしているのかと。お嬢様の何が、そこまで“友達”に執着をするのか私どもにも分かりかねますが」
眼下で何やらくっつきながら話している2人。カイロ代わりなら適当なポケモンがいるはずなのですがね、と零した。
「それと同じくらい、奴隷たちをきちんと故郷へ戻すことに執着なさっておりますね」
「フィッシャー・タイガーの件があってから奴隷を解放することを夢見てきたお嬢様は、“友達”を救えず奴隷ひとり自分では解放することもできず、随分歯がゆい思いをされてきております」
「……エースの言うことを優先することで嫌われることを回避し、さらに奴隷解放への足がかりにしている、ってか。最優先をオヤジにしねえ辺りはエースが関係してンのか?」
「さあ、そこまでは分かりかねます。私はお嬢様ではございませんから」
そう冷たく言い放ったルルンは、「ですが」と続ける。
「お嬢様の深層心理ではエース様を
ご本人はまっっっったく、気付いておりませんが。と締めくくった。
「もしや奴隷解放も、エース様をこの船へ戻すための口実やもしれません。……あるいは、の話ですが」
「まあ本人は船に残ることを渋ってたからなぃ。一緒にいたい口実じゃァねえってのは確かだろうが……」
ローゼマリアの意図がよく掴めねえな、と眉をしかめるマルコ。何にせよ、と口から出る白い息を鬱陶しそうに眺めた。
「エースの言うことだけを聞くって今の状況は、ちとマズい。嫌なことにならないといいんだけどよぃ」