ぜえはあと苦しそうな船員、名をラチェーアというらしくエースは「助けてやってくれ」とナースたちに懇願した。
すぐさま処置にかかるナースたちの顔が次第に曇っていく。
「……エース隊長、この傷は」
「相手が能力者だった。助けに入った時には既に……」
傍目から見てもラチェーアは助からないだろうと判断できるくらいで、生きているのが奇跡だとしか思えない。
ひとり、またひとりとナースたちの手が止まる。物資の乏しい船内では生死に順番が設けられるのだ。ラチェーアは、後回しにされる部類の重傷加減だった。
「なあ頼むよ! 助けてやってくれ!」
エースの必死の懇願にも、白ひげさえ首を振る。末っ子の頼みなら何でも聞いてやりたいが、こればかりはどうしようもないと言っているみたいだった。
涙を流して無力を嘆くエースの隣にローゼマリアが腰を下ろす。
「それがエースくんの願い? なら、叶えるよ」
「エースくんがこの人を助けたいって願ってるから、叶えたげる」
にこにこと役に立てるのが嬉しそうに笑うローゼマリア。エースはがばっと顔を上げる。
「助けられる、のか」
「うん。うちの子に任せて。……ディアナ、ラプラ、戻って。おいで、カプ・テテフ、カプ・レヒレ、タブンネ、ラッキー」
ウインディとラプラスをしまったローゼマリアは4つのボールを放り投げた。小さなポケモン二体とそれなりの大きさの二体がそれぞれ出てくる。
「かぷぅーふふ!」
「かぷぅーれ!」
「たぁぶんねぇ」
「らっき!」
「タブンネは「いやしのはどう」、ラッキーは「タマゴうみ」でこの人の体力回復。テテちゃん、レレちゃん、傷を癒やしてあげて」
ローゼマリアがそれぞれ指示を出すと、是と頷いたポケモンたち。カプ・テテフとカプ・レヒレはラチェーアの真上に陣取ると、鱗粉と「癒やしの水」を出した。カプ神の中でもカプ・テテフとカプ・レヒレは心身を癒やす力がある。
タブンネの「いやしのはどう」とラッキーの「タマゴうみ」はそれぞれ体力を回復させる技。難しいとは思うがなるべく本人の体力を回復させて、カプ神2体が傷を癒やす時に死んでしまわないように配慮した。
ぱふぱふと両手を叩いて鱗粉と「癒やしの水」を出したカプ神2体。包まれたラチェーアは徐々に傷が治っていく。
「ラチェーア! ロザすげえ! すげえよ!!」
「んひ。エースくん、凄いのはテテちゃんたちだから後でテテちゃんたちに言ったげて」
すっかり傷が塞がったラチェーアはゆっくり目を開けた。感極まったエースはローゼマリアに抱きつく。
「テテちゃん、それと確かたぶん、たぶん……」
「カプ・テテフと、カプ・レヒレと、タブンネとラッキーよ。みんな、エースくんのお願い叶えるのに力を貸してくれてありがとね」
「ラチェーアを助けてくれてサンキューな!」
きゃっ、と嬉しそうな4体。ほのぼのとした空気が流れかけた時、エースがハッと我に返った。
「なァロザ、今のって広範囲にも出来るのか?」
「広範囲? まあある程度制限はあるけど……「タマゴうみ」以外ならそれなりに」
「甲板でまだ怪我してる連中が大勢いるんだ。一番酷いのはラチェーアだけだけどよ」
肩をガッと掴むエース。目を瞬かせたローゼマリアはまたもニコッと満面の笑顔になる。
「うん。治すよ、エースくん」
みんな行くよと声をかけて外に出るローゼマリアを追いかけるエース。残された白ひげは少し考えてからゆっくりとベッドから出る。
「オヤジ」
「動いてはダメですオヤジ様」
「構わねェよ。ラチェーア、お前ェは休んでろ」
そう言い残して甲板に向かう白ひげは図体を物陰に押し込んでローゼマリアを観察した。
頬を染めてエースをうかがい見る姿は、恥ずかしがっている少女のようにも見える。エースの役に立てたことが誇らしいのか嬉しそうにはにかんだ。
「サンキューなロザ。みんな俺の家族だから、なるべくなら誰一人欠けて欲しくねェんだ」
「うふふ。凄いのはテテちゃんたちだよ。私はみんなの力を借りてるだけ。でもエースくんのためならどんなことでも出来るよ」
「俺のため?」
「うん! だってエースくん、
歪んでいるように見えるのは白ひげが長く生きたからか。
エースは何にも気付いていないのかニカッと笑って「そうか」と言った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
船長室へやって来たマルコは、まず被害を報告してから掲げていた旗の海賊名を告げた。人的被害はローゼマリアのおかげで死傷者は出なかった、とも。
「あれに関してはスゲェとしか言いようがねェよい。傷がみるみる塞がっちまいやんの」
「ああ。目の前で瀕死のラチェーアが息を吹き返すのを見たからな。それに関しては感謝しかねェが……」
「……オヤジの言うことを全く聞かなかったってナースたちから聞いたよぃ」
自らの傷を癒やしてくれた、という点で、船員たちの間でローゼマリアの株が爆上がりしている。ポケモンに言うことを聞かせられるローゼマリアが、戦闘で傷ついた自分たちを癒やしてくれた――それはつまり、強大な力が友好を示してくれたということに他ならなくて。
「隊長を除いて殆どがお嬢さんを支持してるよい。アイツらは下手すりゃロクな手当されずに終わった連中もいたかもしれねェ。物資は有限で、島を出てまだそんな経過してねえから無駄遣いもできねえしな」
「ああ」
「どうせエースが頼んだんだろ。オヤジの命令も丸無視だったそうじゃねェかよぃ」
「エースが死ねと言えば死ぬらしい。……大した幼馴染みだ」
渦中の人物は今、エースの自室で仲良く寄り添って眠っているらしい。大活躍のポケモンたちもともに。
「オヤジの目から見てどうだぃ」
「……父親とも話してみないと何とも言えねェが、少なくとも嬢ちゃんは嬢ちゃんの中の常識に沿った「愛」し方でエースを愛してるとみたな。幼馴染みを深く崇拝し、隷属され、盲目的にされたローゼマリア嬢の知りうる限りの愛情表現だ」
「俺も似たような意見だよぃ。ただの幼馴染み同士のじゃれ合いだと
「ああ。手が込みすぎてやがる。長年、それこそ10年以上かけてじっくり仕込まれたように見えたな」
沈黙が下りた。ふう、と同時に溜息を吐く。
「エースに伝えとけ」
「オヤジの言うことを聞くように、か?」
「ああ。奴もエースが命じれば聞く。いざって時に聞いてくれねェと、末っ子を悲しませたくはねェだろう。なァ長男坊や」
ぐりぐりと大きな手で撫でられたマルコは小さく「よい」と呟いた。その表情は、父を独占できた小さな子供のような嬉しそうなものだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
むくりと起きたローゼマリアは、隣で眠るエースをジッと見つめて白魚のような指の先で唇を撫ぜた。
目は据わっているようにも、蕩けているようにも見える。
「バナ」
静寂を破るフシギバナの声。のしのしと近付いてくるフシギバナを一瞥したローゼマリアは再びエースに手を伸ばす。
「バァナ」
しゅるりと蔓が伸びてその手を絡め取った。
「ど、して、じゃまする、の」
「バナバァナ」
「×××、じゃ、ない? じゃ、×××は……?」
「バァナ」
「えー、す?」
エース、と何度か口の中で転がしたローゼマリア。先程世界に名前を消された2人の男のそれと比較するように転がし続けるローゼマリアはやがて眠くなったのか自らエースの懐に潜り込んだ。くうくうと小さな寝息が立つ。
フシギバナは「厄介なことをしてくれたもんだ」と言いたげにひとこえ鳴き、共に旅立ったヒトカゲとゼニガメのパートナーを若干恨みながら彼もまた眠りに就いた。