「娘がおかしい? それはまたどういう……」
マリージョア、ドンキホーテ家にて、直通として渡していた子電伝虫が鳴り響いたミョスガルド聖は、まさか娘に何かあったのではと恐怖しながらも応答した。相手は娘を託した海賊団の船長で、内容は娘に関するものではあった。
「幼馴染みの意見を最優先にし、ポケモンたちの力を貸す。俺の言うことも聞いちゃくれねェじゃじゃ馬姫だな」
「おさな、それはエース君を最優先にするということでいいのか、ニューゲート」
「ああ」
友達の言うことなら聞いてもおかしな話ではないが、対等な関係には到底見えないという。まるで隷属されることが当たり前というか、支配されたがっているというか、と白ひげの説明も要領を得ない。彼自身も上手く掴めていない様子だ。
「娘とエース君が屋敷にいた時は特にいつもと変わらずだったが。エース君を優先、とまではいかなかったな。娘も天竜人としてしなければならないことが沢山あった。そちらではやることがないからそんな姿しか見れないだけじゃないか?」
「横から失礼するよぃ。1番隊隊長マルコだ。……単刀直入に聞くが、そちらではエースとご令嬢を「幼馴染み」と扱っていたかどうかを教えて欲しい」
ミョスガルド聖と白ひげとの間に割って入るマルコ。その無礼を諫めることもせず、ミョスガルド聖は「ふうむ」と唸る。
「幼馴染みではなく、彼と我が娘は「友達」だと扱っていた。あの2人もそう言っていたからな」
「
「友達と幼馴染みの間に、鍵があるってことか……?」
恐らくそういうことだろうな、と話をしていると「マルコ! オヤジ!」と7番隊隊長ラクヨウが部屋へ入ってきた。
「ラクヨウ今、大事な話を――」
「大変だ! 天竜人がガレリアにバケモンけしかけやがった!」
マルコの話を遮ったラクヨウの叫びに、白ひげは勿論、子電伝虫の向こうに居たミョスガルド聖も驚きを隠せない。ぜえはあ、ひいはあ、と久しぶりに息を切らしたラクヨウが「とにかく甲板に来てくれ!」と叫ぶ。
3人で慌てて甲板に向かうと船首側に人だかりが出来ており、かき分けて前に出ると威嚇するポケモンたちとその奥で何か必死に作業しているローゼマリアがいた。
「大丈夫かガレリア!」
「い、いてえ……」
「今治すよぃ!!」
うずくまるガレリアに、マルコは近付いて「再生の炎」で治癒を開始する。白ひげは目線でエースに説明を求めた。
エースも戸惑った様子で信じられない光景を目の当たりにしたと顔色を青くしている。
「ガレリアが、なんかを手に持ってたんだ。その「なんか」は俺たちには分からなかったが、ロザは一目見て「離して」と言った。離せって叫んだ後にあの小さい熊がガレリアに飛びかかって、縦に回転した」
「何持ってたんだガレリア?」
「小さいボロ雑巾みたいに汚くて弱ってた生き物だよ、オヤジ! 俺ァあれが何だか知らねェけど……」
「俺も見たことねえ。でもロザがあんな必死になって助けようとしてンだ。多分、アレもポケモンだ」
「ポケモンとやらはご令嬢が手にしてる小っちぇえボールの中に、それも決まった数しか出せねえンだろう?」
「ポケモンを大事にして愛してるロザが、あんな小さい奴から目を離すわけねェし……」
威嚇するフシギバナ、ウインディ、ピジョットの3体を睨み付ける白ひげ。その奥のローゼマリアの一挙一動を、全てを睨めつけていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「大丈夫よ、大丈夫。すぐに良くなるからね」
か細い虫の息をするロコンを前に、ローゼマリアは手を休めない。「ふっかつそう」に「ちからのねっこ」を粉にして、オレン果汁で纏め上げる。「げんきのかたまり」を砕いて「おいしいみず」で練り、漢方粉末薬と混ぜ合わせた。
オボンの果汁でそれを伸ばしていき――
「お口開けてあーんして」
「こんっ」
「いいこいいこ。ねえロコンあなたは良い子ね。元気になれるお薬飲もうね」
「きゅーうっ」
ロコンを抱き上げたローゼマリアは薬をスプーンで飲ませていく。味を誤魔化すようにオレンやオボンの果汁を使っているが、苦いのかイヤだと首を振り身をよじるロコン。
ぐわっと牙を剥き、ローゼマリアの細い手首に躊躇無く噛み付いた。めりめりと牙が肉を食い破り、骨さえ砕かんとする強い力がびりびり感じられた。
「っ! ……大丈夫よ。苦かったね。でも飲まないと元気になれないから頑張ろう。全部飲み終わったら何か好きなきのみあげようねえ」
からんからん、とスプーンが甲板に落ちる音が響いた。フーッフーッと威嚇するロコンを抱きしめ、ゆったりと身体を撫でる。敵意を見せず、痛みを誤魔化し、興奮するロコンを落ち着かせた。
だらだらと流れ出る血が雨となって甲板を汚す。変な汗が額を伝っているが、拭うことなくロコンに薬を飲ませることを優先した。
全てを飲ませ終わり、体力を回復させるためロコンが眠ったその瞬間。ぐしゃりと初めて酷く顔を顰めるローゼマリア。
「バナ!」
「……ねー、ら……ろこんが、おきる、から……しずかに……っ」
フシギバナが心配そうに近付いても指を唇に当てて静かにするよう合図した。
「馬鹿! ンなこと言ってる場合じゃねッだろ!」
「……? あ、れ……?」
「ロザ、早く治さねえと」
エースがしゃがみ込むと汗で閉じかけたまぶたをこじ開けて混乱したように顔を見つめる。まるで、違う人物が今まで見えていたようなリアクションだ。
「なあマルコ! 早く治してやってくれよ!」
「……エース、そいつはオヤジの約束事を破ってガレリアを攻撃したんだぞ。その意味分かって俺に頼んでンのかぃ」
「今ンなこと言ってる場合かよ! 早くしねえと出血多量で死んじまう!!」
その場の誰もが白ひげの様子を窺う。エースも、半ば睨むように白ひげを見た。当の白ひげはジッとローゼマリアを見つめている。
フラフラとローゼマリアが立ち上がった。着ていた服は、パンツにべったり血液が付いていて二度と着られないくらいに汚れている。顔も青白く、血の流れ出ている左の手はもう紙より白くて赤が余計に映えた。
「立つなロザ!」
「……こと、ちゃん、……っ、はぁっ……「はがね」……「の」、「つばさ」……!」
震える手で指差した方向にピジョットはその自慢の翼を鋼に変える。その先には、大巨漢の白ひげがいた。