気を失ったローゼマリアは、まだかろうじて生きているとのマルコの診断から安静にするため部屋へ運ばれる。ただプテラをそのままにしてはおけない。白ひげはゆっくり近付いていく。
フシギバナがしゅるりと、こっそり取っていたローゼマリアのバッグ片手にストップをかけた。
「バァナバナ」
「……待てと、言っているのか?」
「バナ」
フシギバナは巨大な花をゆさゆさっと揺らしてプテラを眠らせた後、ボールを手にデオキシスを戻した。そして機械をひとつ手にすると、「バナバ」と呼びかける。
「ケテ!」
「バナバ、バナ、バァナバナ」
「ケテテ! ケッテ」
にゅるんと出てきた羽虫のようなポケモンと何やら話すと、赤いボールが別の色に変わる。カチリとボタンを押すと人型のポケモンが出てきた。
「<私を呼んだか、ネーラ>」
「喋った……!」
「<彼女はいないのか>」
「バナ。バナバナ、バァナ」
「<ふふふ。相変わらずとは言え無茶をする>」
その人型は渋い男性の声で喋った。喋る、というよりも脳内に直接響いてくるような感覚で、白ひげも困惑気味の様子だ。フシギバナとソレは船員たちをとりあえず置いておいて何やら喋っている。
くるり、とソレが白ひげたちを向いた。一挙一動をつぶさに見る白ひげに笑い声を上げた。
「<なるほど。ネーラの言う通りだな。長として正しい判断だ。……私はミュウツー。人間に創られたポケモンだ>」
「ミュウ、ツー」
紫色の尻尾を揺らすミュウツーは、ふん、と笑う。
「バナバナ、ギー、バナ」
「<ネーラ曰く、我々の言葉をお前たちに伝えるため私を呼んだそうだ。――色々と、説明しておきたいことがあるようでな>」
「説明だと?」
フシギバナがずいっと前に出た。ウインディやラプラスたちはロコンの傍で寝そべったりして護るようにしている。寛いでいるように見えてしっかり警戒しているのか耳が動いていた。
白ひげたち海賊に警戒しているのか、主人を半殺ししたプテラに警戒しているのかは謎だが。
「<ヌイコグマに指示した時は、ロコンを痛めつけたのがお前たちだと思ったそうだ。……どういう状況だったんだ?>」
「フシフシ、バーナ、バナフシ」
「<なるほどロケット団に見えたのか。私もそうだがロケット団やフレア団なんかには相当な苦労をかけさせられたからな>」
「ろけっとだん、とやらはポケモンを痛めつけるのか? それでなぜ俺の息子に力を向けた」
ドカッと座り込んだ白ひげに「<目的のポケモンを誘い出すのに子供を甚振るのは日常なんだ>」と返すミュウツー。「<それを助け出してきた>」とも。
「俺は何も知らねえ! ポケモンだなんて、知らなかった!」
「<落ち着け。ネーラの言っている通り、彼女は血が上ると見境無くなる時がある。それにロケット団やフレア団の仕業だって時が大半だったからな、ロコンを鷲掴みにでもしていたんだろう。それがロケット団の団員に空見しただけのことだ>」
「た、確かに鷲掴んで持ってたが……」
動物を持つ時に優しく抱え込むのは一般人のすることだ。大抵は噛まれたり引っかかれたりしないよう、小型の動物では特に背中から鷲掴みにして持ち上げる。大柄な男の多い海賊ではそうする者も多々いる。
「<彼女はドクターを目指して勉学に励んでいた。博士免許も取ろうとしていたな。我々ポケモンを理解しようとしていた。素晴らしい隣人として愛してもいる。だからこそ余計に、雑に扱われたのを見てカッとなったのだろう>」
「雑に扱ったという点においてはこちらの落ち度だな」
「<あの子もすぐに熱くなる。悪い癖だ。ポケモンという存在を、どのような生き物がそうなのかを、知らなければ見分けもつかないだろう。自らの常識は他人の非常識だと知っているはずなのに、
ミュウツーの呆れた声に、フシギバナも賛同した。
白ひげが身を乗り出す。
「幼馴染み、アイツにはエース以外にいるってことか」
それも長年の、傍に居続けている幼馴染みが。
ミュウツーは白ひげの顔をジッと見つめた。白ひげもミュウツーを見つめ返す。ゆらりゆらりと尻尾が揺れているだけで、沈黙が甲板を支配した。
「バナ」
フシギバナがひとこえ鳴く。ミュウツーが息を吐いた。
「<……私たちが暮らす世界、あの子が元いた世界で……誰よりあの子を愛し、あの子を、歪にした男たちだ>」
「<赤が似合うあの男と、緑が似合うあの男>」
「<あの世界は、我々の暮らす場所は、トレーナーの強さが物を言う。――こちらも変わらんらしいな。あの子は頂点に立つ男たちの庇護下にいて歪に愛されていたよ>」
ポケモンというのは表情が変わらないものだと思っていた。だが白ひげはその認識を改めなければならないと感じ目を細める。
ミュウツーは寂しそうに薄く微笑んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「なァマルコ……ロザ、大丈夫だよな」
ベッドに寝かされたローゼマリアの細い指に、自分の武骨な指を絡めるエース。
頭には包帯が巻かれ、「再生の炎」で燃やされている。
「今ンとこって感じだなぃ。あの勢いでブッ飛ばされて壁に叩きつけられて……お嬢様がよく生きてると感心してらぃ」
「それは……確かに」
壁にめり込んだローゼマリアは骨が複雑骨折していてもおかしくないし、なんなら死んでいてもおかしくなかった。
一時とはいえ意識があって這いずることが出来たのは、それだけ
「ん……ふ……」
一瞬ローゼマリアが身じろぎをして、声を漏らす。きゅっと寄った眉はすぐに元に戻り小さな寝息を立てた。
身を乗り出したエースはまた定位置に――床へ座ってベッドにもたれる位置に戻る。
「……なァエース。ちっと聞いていいかよぃ」
「ア? 何だよ」
ローゼマリアから目を離していないエースだが、マルコに話しかけられちらりと片目が動いた。ん、と顎をしゃくり対面に座るよう促すマルコ。しばらく睨み合っていたが、ぐるりと身体を反転してマルコの方を向く。
「……前からオヤジと話してたことなんだけどよぃ。お嬢さんがエースの指示にのみ従うことについて、エースはどう思ってンのか聞いてみたいと思ってよぃ?」
「ロザが俺以外の指示聞かねェ?」
「ああ。と、いうよりもお前の言っていることを否定しない、ってった方が正しいか」
顎を擦るマルコの言っていることに、改めてローゼマリアとの会話を思い返してみれば確かにそうだと頷いた。「うん」「いいよ」「エースくんのためだから」――ニコニコしてくっついてくるローゼマリアが可愛くて気にしていなかったが、エースの言うこと全てを肯定して首を横に振ったことなんてない。
「幼馴染みっていう一種の呪いにかかってるみたいでよ。幼馴染みに支配されることが喜ばしいことだとすり込まれ、やることなすこと全て肯定して、一途に言うことを聞いている――お前以外の幼馴染みに長い間そうやって躾けられてなきゃァああして振る舞うことなんかねェな」
「俺以外の、幼馴染み……」
知らねえか? と問われ「俺が知る限りはサボとルフィだけだ」と小さく答える。でも、と続けたエースにマルコが考え込んでいた顔を上げた。
「一度だけ……名前は掠れてよく聞こえなかったが口の形だけは知ってるぜ」
そう言って動きを真似するエース。「え」の口をしてから「お」の口に変える。「う」の口から「い」に変わって、少し伸ばしたように唇を横にしてから「ん」と閉じた。
「多分、ロザがポケモンと出会った島だか場所だかに住んでるんだと思う。それが何処だか、分かんねえけど」
「こんな生物この世にいねェと思うぜ。いたら、オヤジが知らねえはずがねえ。
「だよなァ」
繋いだ指でローゼマリアの手を擦る。
「俺はそう考えりゃ、ロザのことなンも知らねえんだな……」
天竜人で、命の恩人で、知らない生き物を従えていて――深く考えたことがなかったが、他より知っているつもりで何も知らないことだらけだと気付くエース。初恋を抱いた相手、でも、踏み込んで知ろうとしなかった。自分の知らないローゼマリアがいることは心の何処かで許せないことだったから。何を許さないのかも分からないまま、幼い嫉妬心ばかりが膨れ上がって。
「知りてェなァ……」
呟いたその瞬間、ぱちりとローゼマリアの瞳が開いた。