エースの部屋に連れて来たマルコはローゼマリアをベッドに寝かせると甲板に戻ろうとした。
ドアに手をかけた時、背後から「こん」と小さな鳴き声が聞こえて振り返る。
「こぉん」
ローゼマリアの腹から下りたロコンがぺろぺろと頬を舐めて起こそうとしていた。
「よい」
マルコが声をかけると「うぅ〜」と唸り出す。近付くと更に尻尾を逆立て牙をむき出した。
「そいつは寝かせときな。身体中ぼろぼろでヒデェ状態だから、体力回復させなきゃいけねェんだ」
「ぐぅ〜っ」
「……俺はそいつの敵じゃねえよい」
敵だと認定したのか威嚇が止まらない。マルコはしゃがんで上目遣いにロコンを見た。ニコッと笑ってみせると、低かった体勢が元に戻り、唸り声も収まって威嚇はしなくなる。
それでも信じられないのかジトっと眺めてきた。
「まだ寝かせといてやってくれ。疲れてるから」
「こん」
「そいつはお前や他のやつも助けようとしててな、優しいやつだな」
「きゅうっ」
とんっ、とローゼマリアを跨いで壁側に向かい、肩に顎を乗せて伏せる。ジッとマルコを観察してくるロコンに笑顔を見せて部屋を出た。
「うゔっ……」
ドアが閉まる瞬間ローゼマリアの呻く声が聞こえた。
マルコが慌てて中に戻り、触診する。気を取り戻した様子のローゼマリアが目だけで周囲を確認しているのが見えた。
「目ェ覚めたかよい」
「……?」
「エースの部屋だ。また気ィ失ったんだぜぃ」
「えー、す、くんの……?」
「もう起きンじゃねえぞ。本来ならひと月以上絶対安静なんだからな」
聴診器で呼吸を確認するマルコは釘を刺す。ロコンが心配そうに覗き込んでいて、ローゼマリアは「心配いらないよ」というように顎を撫でた。
「あの子、は……?」
「エースがやるっつってたよい。そら少し燃やされろ、骨ェくっつけなきゃならねえ」
ボウッと青い炎が全身を包み込む。うとうととしているローゼマリアは、夢と現の間を行ったり来たりしているようだ。出てくる言葉がふにゃふにゃしている。
「よのわー、る……ぷてらの、ぷてらのきおくの、あのかいぞく、「のろ」って……。ぷてらのかぞく、に、ちかづいたら……じゅみょうが、ちぢむように……」
青い炎が悪いものではないと分かっているのかロコンはローゼマリアを気遣うようにスリスリと頬に身体を擦りつけた。頭を撫でながらぼんやりとナニかに指示を出す。一体どこにいるのかとマルコが周囲を見渡していると、ずるりと巨体が現れた。
1つ目の、ふわふわ浮いている幽霊のような。
「うわっ!?」
「よ~の……」
驚いているマルコには目もくれず、恐らくポケモンであろうそれは目を赤く光らせた。眠っているローゼマリアが照らされる。
一瞬にも、何時間にも感じられた照射が止むとソレは再びずるりと何処かへ消え失せた。
「……何だったんだよい」
零れたマルコの言葉を拾う者は誰もいなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ディアルガがきらきらと輝きだした。同時にプテラが淡い青の球体に包まれる。高い咆哮が大気を震わせ、球体の輝きが強くなった。
チッ、チッ、と時計の針が何処かで動いている音がする。目を見張ったのはそれからすぐのことだ。
プテラが徐々に小さくなっていく。ひとまわり、ふたまわり、さんまわり程縮んだところで球体がパチンと弾けてなくなった。今度は鹿のポケモン、ゼルネアスの角が虹色に光り出す。口づけをするように顔をプテラに付けたゼルネアスは数秒したあと光を収まらせた。
グギャグバァ、イクシャァ、互いに鳴いた2体は一度だけ白ひげを覗き込んだあと自らボールに戻っていく。
「……これでコイツは、ロザの憂いは晴れたのか?」
「<ああ。――ネーラは今の感じ取れたか。ヨノワールを出すとは彼女も相当腹に据えかねていたとみえるな>」
頷いたミュウツーはふとフシギバナに視線を移した。軽く鳴いたフシギバナは「当然だろう」とそんな様子である。
「ヨノワール? ロザは何をした?」
エースの問いかけにミュウツーは尻尾を動かすだけで答えようとしない。ニマッと笑ったかと思うとボールに戻ってしまう。「ネーラ」呼びかけられて、片付けをしていたフシギバナはジッとエースを見つめる。
睨み合いにも似たそれが、息が詰まる頃にフシギバナから目をそらした。バッグからシーツのようなものを出すとプテラに巻いて、花弁の下にそのままプテラをしまってのそのそ船首へ歩いて行く。鯨の頭の中に入り込んで欠伸をしていた。
「オヤジ、寝かせてきたよい。……どしたんだよ」
戻ってきたマルコが呆然とする船員たちの顔を見渡して困惑した声が甲板に響くまで、誰一人その場を動こうとしなかった。
「ヨノワールってのは多分、1つ目の幽霊みてえな奴だ。一時的にご令嬢が目を覚ましてな、何処から現れたか知らねえが急に姿を見せて赤く目を光らせた。時間的には合ってるはずだよい」
「幽霊……」
マルコの説明に、別途で集まっていた隊長格は震える者が数名。ローゼマリアが目を覚ましたという情報で立ち上がった者一名。
「落ち着けエース。マルコ、ご令嬢は」
「また寝かせたよい。あんな無茶して何度も意識を取り戻すのは流石にやべえって。ありゃ何度も死線をくぐり抜けた手練れだぜ」
エースを制した白ひげはマルコに目をやると、肩を竦めるマルコが軽く手を振る。船医としての意見に、その場の全員が顔を見合わせた。天竜人としては上げ膳据え膳で、蝶よ花よと育てられていたはずだが、となったところで思い当たるのは「
「一体どんな生活してたら何度も死線をくぐることになるんだよ」
ぼそりとハルタが零す。満場一致の思いであることは確実だ。白ひげが困ったように頭を掻いた。
「一応は預かりものだからな。嫁入り前のお嬢さんを傷物にしちゃァ、俺たちの名前にも傷が付く。まァ傷つくくれぇなら構やしねえが……」
「誰に嫁ぐか分からねえ身の上、仮にも世界貴族のお嬢様。そんな方を傷物にしたとなりゃ海軍はおろかあのお父上も黙ってはいねえだろうな」
白ひげとイゾウの言葉に誰かがゴクリと生唾を飲み込む。ただ。視線はちらちらとエースに注がれていた。
視線に気付いたエースの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。汗をびっしょりかいて、それでもギッと白ひげを睨むように見た。
「お、俺が! ……うわーっやっぱ無し!!!」
「根性なし」
立ち上がったエースは足下が水たまりになるほど汗をかきながら叫ぼうとしたのだが、帽子で顔を隠してしゃがみ込んでしまう。キング・デューがぼそりと呟く声がぐっさりエースに突き刺さる。
「グラララ……エースは先に、お嬢さんに告ってからにしろ」
「ウワーッ」
「だァから言ったろエース。オヤジも知ってんだよ。つか気付いてねえのはあのお嬢様くらいだぜ」
「グワーッ」
白ひげに揶揄されラクヨウには呆れられ、その場に倒れ込んでもだもだと動くエース。
末っ子の恋愛模様は、兄たちや父親からすればいい酒の肴らしい。
「つか、あのお嬢様に恋愛的な「付き合う」っていう概念あンのか」
「なさげ」
「エースが告っても、荷物持ち的に捉えられたら最悪だぞ」
「お貴族様ってお見合いが普通だろ? 世間一般的な恋愛なんか知識もねえんじゃね?」
他の隊長格たちのひそひそ話もばっちり聞こえているようで、ぐさぐさエースに刺さりまくっている。エース自身もそんなような気は薄々していた。
「ロザが! ロザが目ぇ覚ましたら! 告る!」
「まずは帽子を取れよい」
「無理!!!」
「だせえ」
迫真の声だけが響く。「オーケー出たら親父の名前に傷つかねえだろ!」とようやく赤みが引いたのか帽子を顔から外したエースは、渋い顔の面々を見た。
「仮にオーケー出てもな。あのぷてらとかいうポケモン? をデカくした海賊を潰さなきゃ面目は立たねえと思うぜ」
「それこそお嬢さんが目覚めないと何処の誰だか分からねえし。手配書が出てる海賊だと助かるな」
「あとは海賊だと思ってての賞金狩りとかな」
「エースがあのお嬢さんと付き合うことになって、更にその海賊締め上げてお父上の前に出せば、まあ何とかなると思うよい」
つまり俺たちが見守るしか出来なかったことのケツ拭いをする、とマルコが締めれば、「最初で躓きそう」とブラメンコがぼそりと言う。その後も、奥手、童貞、ウブ、と散々好き放題言われ続けるエースが「言ってやるよ!」と叫ぶまで弄られるのが続いていた。