対ありでした。またお願いします。   作:春日野つばき

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第二章 救いと怒り
第24話 目覚め


 ローゼマリアが眠ってからひと月が経った。食事は果実の汁を流し込んで与えられ、侍女たちが二日に一度固く絞った布で清潔を保っている。その間に2つの島に到着し、うち1つは元奴隷の出身島だったらしく下船した。

 マルコの見立てでは完治はしていないが骨はくっついているので動かしても大丈夫だということで、エースが暇を見つけては部屋を訪れ、時折腕や足を動かす体操をさせている。ぴくりと指が動き、瞼が開いたのはそんな時だ。

 

「ロザ! 目ェ覚めたか!」

「……?」

 

 口をぱくぱくさせて小さくケホッと咳き込む。エースが介助して起こすと、傍にあった水差しで喉を潤した。

 珍しくシャツを着ていたエースの袖をギュッと掴む。

 

「あ゙……え゙ーす、ぐ……」

「無理に喋るな。具合はどうだ?」

「んん……」

 

 こくこくと頷くローゼマリアにほっとした顔をするエース。すぐさまマルコを呼ぶと、あちこちを調べられてから「船内を歩くくらいなら」という条件でリハビリが始まる。長い間眠っていた影響で筋肉が衰え、よちよち歩きしか出来ないくらいの脚力になっていた。

 

「壁伝いには何とか歩けるだろ。しばらくは歩いてリハビリだよい。エースお前手伝ってやれよい」

「分かった。ロザ、ちょっと聞きたいこともあるし歩く練習兼ねて食堂に行こうぜ」

 

 ん、と頷いて立ち上がろうとしたローゼマリアがふらついてマルコにしがみつく。「うう」ぺしぺしとエースを呼ぶローゼマリアに引き渡され、ゆっくり背中にしがみつかせて歩き出す。

 ローゼマリアが寝かされていた空き部屋から食堂まではそこそこの距離がある。本来なら最下層で与えた部屋もしくはエースの部屋で寝かせると主張したのだが、「嫁入り前でまだ付き合ってもいない男の部屋で寝かせるわけにはいかないし、最下層は遠すぎる」との判断である程度の階層で空き部屋を作り、そこで寝かされていた。

 

 階段はまだ流石に上がれないから、と壁に一度もたれさせてからお姫様抱っこで持ち上げて上がっていくエース。首に腕を巻いたローゼマリアは間近で見るエースの顔に心拍数が上がったような感覚になって、キョトンとする。

 

「ん? どうしたよ」

 

 胸を押さえたローゼマリアに、下ろしていたエースは不思議そうに尋ねた。具合でも悪くなったか、と心配そうなエースに、ううんと首を振る。

 

「な゙んでも、ない゙」

「ならいいけどよ……。声もガラッガラだな、食堂着いたらまず水飲むか」

 

 ん゙、と首を縦に振るローゼマリアはまた背中にしがみついてゆったり歩き始めた。

 道中ですれ違う隊長たちは目覚めたローゼマリアを見て何かにピンと来たらしく、元きた道を引き返してまで食堂に向かう。

 

「えー゙すぐ……」

「ん? どした」

「なに゙か、あ゙っ゙た?」

 

 流石に異様さを感じ取ったのか、不安そうなローゼマリアがエースの顔を見ようと覗き込んでくる。背中を掴んでいた手は前に回り、微かに震えていた。

 その手の甲をぽんぽんあやすように叩いたエース。

 

「ま、ちっとな」

 

 お前が怖がることじゃない、と宥め、また歩き出した。

 食堂に到着すると既にマルコを除いた隊長たちが全員揃っていて、ジッとエースたちを眺めている。

 

 お姫様抱っこへと変えたエースに抱かれたローゼマリアは不安そうに眉をひそめ、シャツの襟を掴んだ。

 

「だぁいじょうぶだって。おいお前ら、あんま睨んでっから怖がってんだろ」

「ああ。悪い悪い」

 

 いや急にフレンドリーになってもそれはそれで怖いけど、とは口に出さなかったが、若干顔には出ていたらしく苦笑される。

 椅子に下ろされて隣にエースが腰掛け、周囲をきょろきょろ見渡して「おい」と話しかけた。

 

「親父は?」

「聞いたらマルコが連れてくるってよ」

「ああ。俺が食堂行くっつったからか」

 

 あ、水な。とコップに水を貯めてローゼマリアの前に置く。ちみちみと飲みながら様子を窺っていると、みな雑談しながらも視線はローゼマリアを捉えている。

 本当に一体何なんだ、と不愉快気に顰め面をしたその時入口からどすどすと足音を立てて白ひげとマルコが入ってきたのが見えた。

 

「起きたか、お嬢様」

「……ご迷惑をおかけしたようで、恐縮ですわ」

 

 固い態度のローゼマリアの一礼に笑って流した白ひげは少し離れた位置で腰を下ろす。真正面にはマルコが陣取った。その手には大量の紙束が抱えられている。いくつか纏められているそれがローゼマリアの前に並べられた。

 ナニコレ、と無言でエースの方へ顔を向ける。

 

「ロザが言ってただろ、プテラを大きくしたのは海賊だって」

「うん……」

「この中にその海賊がいるのか、教えて欲しいんだ」

 

 ほらプテラの家族も心配だしさ、と慌てて付け足すエース。適当に手にした紙には「トラファルガー・ロー」と書かれている。

 

「それは「ハートの海賊団」船長だ。こっちはユースタス・キッド。これは「ファイアタンク海賊団」のカポネ・ベッジ」

「……分かんない」

 

 誰も彼も、見覚えがない。そう言ってしゅんと悲しそうな顔をしながら何枚もめくっていく。

 やはり海賊じゃ無くて賞金狩りを見間違えたのではないか、とそんな空気になってきた中、ピタリとローゼマリアの手が止まる。

 

「どうしたロザ。……!」

 

 見ているのは手配書では無く、王下七武海に関する書類。その中にいた人物をエースはよく知っていた。とても、とてもよく。

 

「まさか、コイツか!?」

「エースどうした。誰なんだよい」

「……この人。プテラの記憶に出てきた海賊。――マーシャル、D、ティー……チ」

 

 白ひげ海賊団に属している者なら、その男を誰もが知っていた。衝撃が走る。思わずエースは肩を強く掴み「おい!」と問い詰めた。

 

「本当に、本当にティーチか!? あの野郎が……!」

「いっ、痛いよエースくん……!」

 

 ギチギチと音が鳴りそうなほどに強く掴んでしまっていたのか薄ら涙が浮かぶ。「わっ、悪い……」慌てて飛び退いたエースは、改めて書類の顔を指差した。

 

「間違いないんだな? 本当にコイツなんだな?」

「う、うん。間違いないよ。何ならヨノワールにも確認させようか? 「のろい」をかけた時に相手の顔見てるはずだから」

「ヨノワールってポケモンだろ? 呪いをかけた?」

「うん。プテラの家族に近付くだけで寿命が縮むように「のろい」をするようお願いしたの。ヨノワール、おいで」

 

 本当はそういう技じゃないんだけどね、と付け足すローゼマリアは足下に向かって声をかける。影が揺蕩い、巨体がずるりと現れた。

 1つ目の幽霊みたいなポケモン、ヨノワールがきょときょとと周囲を見渡してローゼマリアを見つけ、パッと明るい表情になる。

 

「よの~」

「ご機嫌いかが、ヨノワール」

「よ~の~」

 

 とっても嬉しそうなヨノワールに抱きつかれ、されるがままのローゼマリア。人がたくさんいて嬉しいのか、腹にあるギザギザの模様がぐぱりと口を開けた。瞬間ローゼマリアが顔色を変える。

 

「ヨノワール止めなさい。この場にいる人たちは誰も連れていってはだめ。良い子だから、お口を閉じて」

 

 半ば叫ぶようにヨノワールに命令するローゼマリア。ちらちらとある方向を見て「ほしい」とでも言っているように人差し指を口に当てていたが、マスターには逆らえないのか「よの……」としょんぼりしながら閉じた。

 

「そう、良い子ねヨノワール。あなたに聞きたいことがあるの」

「よの?」

「そうよ。あなたに。「のろ」って欲しくて頼んだ時に私の記憶を見たわよね。その時にいた海賊はこの人で合ってるわよね」

 

 ヨノワールはローゼマリアの言葉に書類を覗き込んだあと「のーわ」と合っているというように首を縦に振った。それを見た周囲は間違いなく「黒ひげ」マーシャル・D・ティーチが元凶なのだと納得する他ない。

 書類をもう一度まじまじと見つめるローゼマリアはエースの様子がさっきからおかしいことに気付いてはいたがその理由までは分からなかった。

 

「この人……。ティーチさん? って人、知り合いなのエースくん」

「知ってるも何も、エースがマリンフォードで公開処刑されそうになったのはコイツが元凶だよい」

 

 捕まったのもコイツが引き渡したからだよい、と怒りの表情で震えて言葉にならない様子のエースの代わりに答えるマルコ。何処となく吐き捨てるような口調になったのはマルコも少なからず腹に溜め込んだものがあるということだ。

 

「以前コイツはエースの隊にいてな。だが「鉄の掟」を……4番隊隊長だったサッチを殺して、サッチが手に入れてた悪魔の実を食って逃走した。エースはそれが許せなくて仇を討とうと単独で追いかけ……」

 

 マリンフォードに、とナミュールの説明を耳にしたローゼマリアは特に何を言うでもなくただ「そう」と呟くだけ。

 マーシャル・D・ティーチと書かれた名前と、顔写真。つう、と白い指が顔に爪を立てるようにしながら顔をなぞった。

 

「エースくんを、酷い目に遭わせた人」

 

 初めて知ったわ。と無感動に平坦な声で呟くローゼマリアを誰も直視出来なかった。否、しようとしたが背筋が凍り付いて本能で恐怖してしまったという方が正しい。

 

「ヨノワール」

 

 ふと、傍でふよふよしていたポケモンに声をかける。手招きをして、近付いたヨノワールの頭を数回撫でてから「影にお戻り」と囁いた。

 一体何の指示を出すのかと冷や汗をかきながら見つめていた隊長たちは、意外にも戻すことだったことに安堵の表情を浮かべる。ローゼマリアのことだから、マーシャル・D・ティーチをポケモンに命じて痛めつけ返すのではと若干恐れてもいた。エースのためという自分の心に従って。

 

「よの?」

「海賊の顔、私以外誰も見ていなかったから。確認。ありがとう」

「のわ」

 

 分かったよと首をコクコク振るヨノワールが、ローゼマリアの影の中にどぷりと戻っていく。

 どんな力を持っているかは分からないが、少なくとも誰かを呪えるという時点で恐ろしいポケモンなのだろうと思っている隊長たちは知らずホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「ああ。みんなに伝えてちょうだい」

 

 言い忘れてたとでも言いたげに伝言を頼むローゼマリア。なぁに、とヨノワールがひょっこり顔を出す。

 

「お腹が空いたよね、って」

 

 ご飯、最近食べさせてあげられてないからね。ごめんね。とヨノワールの頭をもう一度撫でるローゼマリアに、1つ目をキラキラ輝かせたヨノワールは実に嬉しそうに「よのよの~」と鳴きながら今度こそ影の中に戻っていった。

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