フーパが船の上に「お出まし」するには少し大きくないかな、と不安そうなローゼマリアに、エースは大丈夫だと力強く頷いた。
「親父がおんなじくらいの大きさだからな、船はそれよりデカいし」
「フーパ、体重が500キロ近いんだけど……転覆しない? まあ一応足は付けないように言うけど」
「ああ、まあ大丈夫だろ」
室内では流石に狭いようで「ときはなたれし姿」のフーパが縮こまっている。
「ふーぱ、おでまし、していい?」
「うん。ゼクロムのとこに「お出まし」してくれるかな」
「いしし! お~で~ま~し~!」
エースとローゼマリアを交互にちらちら見ていたフーパは、ローゼマリアの裾をくいくい引っ張った。いたずらっ子のように笑ったフーパはリングを開く。そのままヌッと向こう側に入っていった。
何があるか分からないから先に私が行く、と上半身だけリングを通るローゼマリアは、敵意むき出しで武器を向けられている状態に目を瞬かせる。
「あらぁ……」
「まま。ふーぱ、まちがえた? ぜくろむ、まちがえた?」
「ちょっと待っててねフーパ。ゼクロムも攻撃しちゃダメよ」
うん、と大人しく膝を抱えるフーパ。近くに居るゼクロムは指示を聞いて上空へと行った。
上半身を自室に戻したローゼマリアは、船員たちが本当に白ひげ海賊団の面々なのかを確認してほしいとエースに頼む。
「多分ロザの友達とやらが見慣れないから警戒してるだけだろうぜ。マリンフォードで親父も流石に無傷じゃいられなかったし、ぴりついてんだろ。それとあの戦争で隊長格は最前線にいたから覚えてるだろ?」
「覚えてないよぉ~。ルギアの背中にエースくん引っ張り上げてマリージョアにどう帰るかで頭いっぱいだったし」
ひょこひょこ、とエースとリングから身を乗り出すローゼマリア。途端に顔を輝かせて「マルコ!」とリングを乗り越えていくエースを見送った。
「え、エース! お前あの天竜人に……一体、何がどうなってんだよぃ!?」
「合ってた? 平気?」
「おう」
「じゃあ先に話ししちゃおう。ルルン! ルル~ン、ガロ~」
一度リングの向こう側にローゼマリアが消え、その場にエースが残される。白ひげ海賊団の仲間たちは突然現れたエースに泣いたり笑ったりと大騒ぎだ。
「でも悔しいな……マルコの力でも焼き印は消せねえんだろ。また彫り直さなきゃいけねえ」
「ああ。コイツは特殊なインクらしくてよ。消せるみてえだぜ」
誰かが悔しそうにエースの背中にごつりと拳をあてる。くっきりと残る天竜人の奴隷の証を、どうにかして消したいと思っているのがありありと分かった。
「ロザが俺を救ってくれた。……俺の魂の一部を、穢さねえでいてくれたんだ」
海賊を奴隷にしていると分かれば、他の「そういうコレクション」をしている天竜人から貸与の話が舞い込んでくる。それを防ぐためにも、ローゼマリアは屋敷から外に出さなかった。万が一焼き印でないことが知られれば本当にエースの背中に痛々しく刻まれてしまうから。
ドンキホーテ家は奴隷を持たないという偏見もあってか、マリンフォードから連れて帰った奴隷はいつの間にか姿を消したとまで噂されているのを聞いていた。
ホッとした顔でローゼマリアの話をするエースのことを「騙されてるんじゃないか」という船員もいた。ただ隊長格はかつて「ロザ」という天竜人の令嬢にエースが仕出かしたことを聞いたことがあったからか、全てが事実なのだと理解していた。
「親父はどこだ? 話があるんだ」
「親父ならいつもの部屋だよぃ。……あの娘も連れて行くつもりか?」
「いや、俺一人で行く」
リングの向こうからひょっこり顔を見せたローゼマリアを見つけたエースは、「親父に話しておくから待っててくれ」と言い残す。
「え? ちょっとエースくん!」
私から伝えた方がよくない? と小さく呟きながらリングを抜け、ゼクロムを呼んだ。
「ありがとね。長旅お疲れ様、ゆっくり休んで。あとでポフィンとかポフレあげるわ」
「ふーぱには?」
「じゃあ今あげるね。ポロックと、ポフィン、ポフレ、ああマラサダとポケマメ……ボンドリンクも作ればあるわ」
「ふーぱ、どーなつがいい」
「ドーナツの形したポフレならあるよ」
「じゃーそれたべる」
ボールにゼクロムをしまっていると、フーパが顔を覗き込んでくる。腰に付けたボディバッグの中を覗いて今あるだけのおやつを上げれば欲しいと手を出してきた。
モンスターボールを手にして軽く放れば、ピカーッと光って中から大きなドーナツポフィンが現れる。大きな口を開けてフーパがかじった。
「……お前、天竜人なんだよな」
「はい。ドンキホーテ・ミョスガルドが娘、ローゼマリアと申します」
「その口上……マリンフォードで聞いたよぃ。エースを奴隷にするっつって連れて行った天竜人だな」
「ああその節は大変ご無礼なことを……」
嬉しそうなフーパをにこにこ見守っているローゼマリアに、マルコや船員たちが遠巻きに取り囲む。
世界貴族という身分に恐れおののきつつ、エースの言う通りの人柄かどうかを見極めている様子でもあった。
「ロザ!」
「エースくん」
しばらく船員が睨んでいるような状況が続いたが、エースの声が静寂を破り捨てる。満面の笑みを浮かべるエースは遠慮無くローゼマリアを抱きしめてきて、身長差のある男が容赦なく全体重をかけてくるものだから後ろへひっくり返りそうになった。慌てたフーパの空いている手が布団になってくれる。
「ありがとフーパ。エースくん! 危ないでしょ」
「悪ィ悪ィ。親父には話したぜ。許可は出た」
「本当? 良かった」
ホッと胸を撫で下ろしたローゼマリア。すぐにリングの向こう側に「サーナイト」と呼びかける。ぐぐぐ、とリングが二回りほど大きくなり、サーナイトが眠っている奴隷たちを連れて通り抜けてきた。
同時に船室から白ひげ、エドワード・ニューゲートが甲板に上がってくる。
「親父だ。親父! 紹介するぜ、俺の恩人のローゼマリア。コルボ山の時からの友達だ」
「……わあ、確かに身長だけならフーパと同じくらい」
大巨漢の白ひげを見上げるローゼマリアの口はポカンと開いている。「だろ」と太陽も隠れてしまうような笑顔がローゼマリアに向いた。