チート主人公がスローライフを送る為にヒロイン達や試練から逃げまわる話 作:あいうえあ
オラリオに行って情報を集める。それが今の目標だ。
ベルと関わることで原作に影響が出るのが怖いしできるだけ早くここを出たい。しかし、脳裏に浮かぶのは「オラリオへ行かないで」と僕を引き留めるベルの姿だ。
その姿を思い出すたびに後ろ髪を引かれるような思いになり、オラリオへと旅立つのを先送りにしていた。
◆◆◆◆
朝、太陽と共に目が覚める。
腕が重い。そして暑い…
「すーすー」
腕にはベルがくっついていた。
窓から差し込む朝日に照らされ、きめ細やかな白髪は艶やかに輝いており、背中に届く程に伸ばされた髪は無造作に乱れている。
くっついて寝ていた為か寝汗で仄かに髪に潤っていて、どこか色気を感じさせる。
まったく。また勝手に潜り込んで…
オラリオへと行く事を打ち明けてから、時たま布団に潜り込んでくるようになってしまった。
すーすーと寝息を立てながら気持ちよさそうに眠っている。
小さな両腕で柔く、しかし確かに僕の腕を抱きしめている。
早起きした理由は日課の畑仕事をする為だ。こうしている今も畑でおじいさんが待っている。
しかし起き上がろうとするといつも、逃がさないとばかりに華奢な体躯からは信じられない程の強い力で僕の腕を締め付けてくる。
普段のベルは純真無垢と言った感じだが、この時だけはベルのドロッとした感情を感じる…気がする。
ベルを起こさない様に気を付けながらゆっくりと布団から脱出する。
◆◆◆◆
「おお。来たか」
「おはようございます。遅れてすみません」
「良いのじゃよ。…なんじゃ?ベルといちゃいちゃしておったのか?」
「してませんよ!」
まったくこのエロ爺は…。
初めは真意が読めなくて警戒していたが、ふたを開けてみれば唯のスケベな
「そうなのか?年頃の若い男女なのに勿体ないのぉ~」
「いや、流石に若すぎませんか?」
僕は14でベルが13だっけか?若いというよりまだ幼いという言葉の方がしっくりくる年齢だ。
…正直に言うと今朝のベルは少し色っぽいと感じてしまったが。
「そうか?儂はお主等位の年齢の時には既にハーレムを作っておったぞ?」
「ハーレム?」
「そうじゃ!オラリオへ行くのじゃろ?なら目指すはハーレムじゃなぁ!!」
「はぁ…」
わっはっはっはと豪快に笑うエロ爺を横目に溜息をつく。
冗談じゃない。そんなのは絶対に嫌だッ!!
少人数でゆったりと暮らしていきたいのだ。ハーレムなんてもってのほか!!
「ふむ。聞き忘れとったがお主はどうしてオラリオに行きたいのじゃ?」
「―――
「ほぅ…」
不意の質問に一瞬反応が遅れたが、いかがだろうか!この嘘は決してつかず、かといって転生者だというヒント一切与えない回答は!相手の解釈に任せる事でそれ以上の追従を避ける事が出来る。
おじいさんは手に持っていたクワを地面に突き刺し僕の両肩を力強く掴んだ。
「
「え?ええ。まぁ」
予想以上の反応に少し驚いてはいるが何とか切り抜ける事が出来た様だ。
朝っぱらから元気だなこのおじいさんは…。
◆◆◆◆
「それじゃあアル。ベルをよろしく頼むぞ。ベル、アルの言う事をしっかりと聞くのじゃぞ」
「ええ。任せてください」
「もぉ、子ども扱いしないでよ!」
おじいさんは魔石を得る為にモンスターを狩りに行く。しかし、その恰好はとても狩りをしに行くとは思えないものだった。寝巻の様な布の上下に手には武器を持っておらず、持っているのは魔石を入れる為の袋だけ。攻撃力も防御力も0に等しい。
流石ゼウス。手刀で十分なのだろう。
「「いってらっしゃ~い」」
夕方までには帰ると言い残すとおじいさんは家を後にした。
と言う事で今日はベルと留守番をすることになった。
年齢的に、僕はベルのお兄さん的な立ち位置になっている。まさか転生してこんなに可愛い妹分が出来るとは思いもしなかった。
おじいさんが留守の間にやっておくべき事はいくつかある。畑の手入れと夕飯づくり、そして掃除だ。いつまでも客人ではいられない。ここに住まわせてもらう以上僕も働かなくてはいけないのだ。
「さぁ~て、何から取り掛かろうか?」
「う~ん、お腹が空いたからまずはお昼ごはん!」
「…そう言えば食べて無かったね」
和やかな空気が流れる守護者の居ない小屋を、草むらからギラギラとした相貌が見詰めていた。
アルは知る由もなかった。試練が始まろうとしていたことを。
◆◆◆◆
「っとこんな感じかな」
農作業を終え、手に着いた土を払う。
少し年季の入った木造の荷台には様々な野菜が詰め込まれている。今晩の食料だ。
小麦に人参にジャガイモ。この世界の食料は元居た世界とあまり変わらない。
小屋は丘の頂上にあり、麓には小麦色の田園風景がが広がっている。食料は主にここから賄われている。
心地いい北風が吹き身体を優しく包み込む。農作業で火照った身体を熱から冷ましてくれる。この風は正にオアシスだ。
西日に照らされ黄金色に輝く小麦の海が音を鳴らしながら波打つように揺れている。
「平和だな」
ポツリと呟くとベルが後ろからひょっこりと姿を現した。
「みて!おっきなジャガイモ!!」
キラキラとした目で拳ほどあるジャガイモを差し出す。
頬は少し土で汚れていて、やや長い髪は無造作に乱れていた。
その様子に思わず頬が緩む。
愛くるしい奴だ。とばかりに溜息を吐き頬の土を拭ってあげる。
「あ、ありがと」
少し照れ臭そうにベルが言った。
その頬が赤く見えるのは西日の所為だろうか。
「よし。帰ろうか」
「…うん!」
ベルがジャガイモを荷台に入れると二人で小屋へと向かって歩きだした。
「アル兄!今日お昼に作ってくれたフライ
「フライ
おじいさんが留守中は僕がご飯を作っている。生前、自炊をしていた甲斐があってか僕の作るご飯をベルは気に入ってくれている。オラリオでのんびりと飲食店を営むのもいいかもなぁ~。
「もちろん。また作ってあげるよ」
「やったぁ~」
ぴょんぴょんと跳ねながら喜んでいる。ベルが白兎と呼ばれている事をどこかで見た事があったが、正に兎の様だ。
ふとベルの向こう側の小麦畑に目を向けると不自然に揺れている小麦の一群が目に入った。
気付けば太陽は雲に隠れ、風は止んでいた。にもかかわらずその小麦は揺れ続けている。
なんだあれ?
言葉に出来ない違和感と恐怖が脳裏をよぎる。
僕の勘が危険だと知らせていた。
「ベル!!走れッ!!」
「アル兄!?」
気付けば荷台から手を放し、ベルの手を掴んで小屋へと一直線に走っていた。
ベルは驚いたような声を上げるが、すぐに状況を察すると走り出した。
「ッ!」
揺れている草は徐々にこちらへと近付き、やがて正体を露にした。
「ギギギィ…」
あれは…!
ゴブリンだ。緑色の身体に長い耳、鋭い牙。基本的な特徴はゴブリンに他ならなかったが、僕の知っているモノとは明らかに異なっていた。
額には立派な二本の角が生えていて、体格は通常のモノよりも二回り以上大きかった。手には剣と盾を持っている。
大きな体格にも関わらず小麦畑を掻き分け物凄いスピードで向かってくる。
間に合わないッ!!
ベルの手を放し足を止める。
「アル兄!?」
ベルは今にも零れ落ちそうな程の涙を目尻に溜め、肩で息をしながら僕を見つめる。
そんなベルを落ち着かせるためにもゆっくりと落ち着いた声音で言う。
「ベル。小屋へと走るんだ」
「アル兄も一緒に行くんだよね?」
「ごめん。行けない」
「え?」
このまま走っても小屋にたどり着く前に追いつかれる。そもそも小屋に逃げ込んだところであの体格なら小屋何て吹き飛ばされて終わりだ。
だったら…
「僕が囮になる」
「!アル兄いやだよ!一緒に逃げようよ!」
「ふっふっふ…実はね。アイツをやっつける為の作戦があるのだよ」
「作戦…?」
「ああ。とっておきのね。だからベル。走るんだ」
「……わかった。気を付けてね!絶対またフライ
「ああ」
ベルは再び小屋へと走っていった。
だからそれじゃあポテトが飛んでる事になっちゃうって。
さてと…
「フッ…」
不敵な笑みを浮かべ、小屋とは反対方向へと走る。
アイツを倒す為の作戦?ないよそんなの。
あれはベルを納得させるための嘘。必要悪と言う奴だ。許しておくれ。
「おーい!ウスノロ!!こっちだ!!」
「ギギギィィィ!!!」
言葉が解るのかゴブリンは激昂しこちらへと向かってくる。
できるだけゴブリンを
小麦畑を抜けると森がある。
ゴブリンの体格はざっと見3m以上ある。平地ならともかく森なら木が妨げになって撒けるかもしれない。
◆◆◆◆
…と思っていた時期が僕にもありました。
木が鬱蒼と生い茂る森の中の道なき道を走っているが、木なんて関係なしにバッタバッタと薙ぎ倒しこちらへと一直線に向かってくる。
ああ。そう言えば運動会のハードル走で、ハードルを一切跳ばずに全て薙ぎ倒し1位を取っていった○○君元気にしてるかな?
どーでもいい事を頭に過らせながらも足は決して休めない。
恐怖心で今にも足がほつれ転びそうになるが、不思議な事に体力もスピードも前回ゴブリンに追われた時よりも格段に向上している。
「はぁはぁ」
だからと言っていつまでも持つわけでは無い。
仕方が無い。あまりあてにして居なかったが、神様に貰った特典『メニューを出すやつ』を発動するしかないッ…!
でろ!メニュー!!
出し方なんて知らないが縋る思いで念じる。するとピロリン♪という電子音が脳内で聞こえ、同時に目の前に以前目にした『メニュー』が姿を現した。
「でたッ!」
メニューにはアル・クラネルと言う名前の下にステータスと思われるものが映し出されていた。
じっくり見てみたい所だがそんな余裕は無い。ゲームでは戦闘中にメニューを開くと親切に敵も停止してくれるが、残念ながらそんな事は無い。
前世で培ったゲームに関する勘を頼りに、今使えそうなものを求めスワイプを繰り返す。
ある項目が目に留まる。
『戦技』
良く分からんが、これだ!
迷うことなく選択する。すると『戦技』の中に隠れていた項目が現れる。
【身体狂化:必要スキルポイント100P】
正に戦闘にうってつけのスキルだ。
必要スキルポイント100Pと書かれていて上の方には120Pと書いてあった。恐らくこの120Pとは現在所有しているポイントだろう。
ポイントを消費しスキルを取得していくタイプか。
酸素不足で頭がうまく回らないが何となくは理解できた。しかし100Pか。相場が分らないが習得すると20Pしか残らない。
仕方が無い。と言うか今取得できるスキルがこれしか無い。
苦渋の思いで『身体強化』を習得する。
ピロリン♪
【身体狂化を習得しました】
電子音と共にアナウンスされる。
「よし―――あッ」
足元の木の根に足を取られる。
メニューに気を取られ足元が疎かになっていた。
勢いがついていた為、膝をすりむく程度に留まらずゴロゴロと盛大に山の中を転がる。やがて木にぶつかった。
「っいたたた…」
身体中が酷く痛みとても立ち上がれない。おかしい。『身体強化』を取得したはずなのに…
もう一度スキル欄に目を向ける。もう一度よく見るとそこには『身体狂化』と書かれていた。
「あははは」
乾いた笑い声が出る。
あの転生神…変な能力攫ませやがって。…いや、今回ばかりはよく確認しなかった僕が悪いか。
ああ。意識が朦朧としてきた。近くに滝でもあるのだろうか。仄かに水の音がする。
もう何も考えたくない。
唯一残っていた希望も打ち砕かれ、今はただ仄かに聞こえる水の音をぼんやりと聞いていた。
「ギギギ」
遅れてゴブリンが姿を現す。少し息を切らしながら、ボロボロになった
ああ。なんかむかつく。このゴブリンに、転生神に、そして平穏な生活を望みながら自ら危険を冒している自分自身に。
まったく何でこんなことに…僕はただ、平穏な生活を送りたいだけなのに…
せめて一発だけでも…
目の前のゴブリンを睨み付ける。良いだろう。ここでお前に食われてやる。だがその前に一発だけ。一発だけぶん殴らせてくれ。
拳に最後の力を込める。
すると拳が光りだした。やがてバチバチと電気の様な物を纏う。
信じられない程の力がその拳に宿っているのがわかる。この拳なら目の前の理不尽を全て吹き飛ばせそうだと思う程だ。
これが『身体狂化』の力だろうか?
ゴブリンが剣を振りかぶる。それに合わせ拳を構える。
体格が3m程の剣をモンスター対神の恩恵の無い非力な少年。誰が見ても勝敗は目に見えていた。しかし、少年に迷いはなかった。
「ッ―――」
溜めていた力を全て開放する。その拳は速く、ゴブリンの剣がその身に到達するまでに腹に命中した。
命中と同時に辺りには落雷の様な轟音と共に紫電が広がる。
その衝撃に両者とも後方へと吹き飛んだ。
ゴブリンは岩に命中し意識を失い、体の軽い少年は崖まで吹き飛ばされ底にある川へと落ちて行った。