チート主人公がスローライフを送る為にヒロイン達や試練から逃げまわる話   作:あいうえあ

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仕事

 

 

 目が覚める。見慣れない天井だ。

 

「あ、目が覚めたにゃ」

「ほんとにゃ。おはようにゃ」

 

 目の前には語尾に癖のある美少女が二人。一人は黒髪に猫耳が着いていて大人しそうな印象がある美少女。もう一人は赤茶色の髪に同様に猫耳が生えていて、明るく元気な美少女。そんな二人が僕の顔を覗き込む様にして見ている。

 

「始めまして、クロエと」

「アーニャだにゃん」

「アルトです。おはようございます…」

 

 二人は確か豊穣の女主人でウェイトレスをしていたっけ?分かってはいたが、いきなり原作キャラ尽くしだ。ああ。頭が痛い。久しぶりにふかふかのベットで眠ることが出来て身体の調子はすこぶるいいが、精神的なダメージが大きい。

 

「シルが男を連れ込んだと聞いてどんな人かと見に来てみたけど…」

「なかなかの美少年にゃん…」

 

 今朝は豊穣の女主人に泊めて貰い、一部屋貸して貰った。疲れが溜まっていた為泥の様に眠っていたが二人の顔を見ると一気に眠気が覚めた。

 

「こら二人ともアルトさんの邪魔しちゃだめよ」

 

 そう言って奥から現れたのはシルさんだ。

 

「あ、起きてたんですね。おはようございます」

「ええ。おはようございます」

 

 いいえ。起こされました。

 

「アルトさん。体調はいかかですが?」

「体調?」

「昨夜は夜中でもわかるくらい顔色が悪かったので…」

 

 そんなに顔色が悪かったのか…。まぁそりゃそうか。一晩中川で流され砂利の上で寝て、食べ物は草しか食べて無かったからな。

 初対面なのにやけに親切だなと思っていたが、僕の体調を心配してくれてたのか。ええ子や。 

 

「ええ。シルさんのお陰で元気です」

「いえいえ、私はなにもしてませんし…」

「いやいや、シルさんが声を掛けてくれなかったら結構やばかったかもしれないです。それにご飯もご馳走になりましたし」

 

 そう。実はあの後、シルさんにご飯をご馳走になっていたのだ。

 

「残り物で作った即席のご飯でしたが、上手にできてましたか?」

 

 昨夜はスープを頂いた。味は何と言うかその…

 

「オイシカッタデス…ハイ」

「なら良かったです!!また今度作りますねっ!」

 

 わお(悲鳴)

 シルさんは花が咲いたような笑顔を浮かべ嬉しそうに鼻歌を歌っているが、その様子を僕は正気の無い目で見ていた。

 まぁ、味は兎も角わざわざあんな夜中にご飯まで作ってくれたのだ。まじで感謝だ。原作キャラという理由で無条件に警戒していたが、皆本当に良い人ばかりなんだよな。

 

「ちょっと!なに二人の世界に入ってるにゃ!」

「わたしたちを忘れないでほしいにゃ!」

 

 ずいずいッと身を乗り出し二匹の猫が声を上げた。

 シルさんは少し恥ずかしそうに頬をかきながら言う。

 

「い、いや別に忘れてたわけじゃ無いのよ?」

 

 その時…

 

『あんたら、いつまでサボってるつもりだい!!』

 

 下から怒号が聞こえる。

 

「み、ミア母さんにゃ!」

「す、すぐに行くにゃ!」

 

 二人は蜘蛛の子を散らすように去って行った。

 

「ではアルトさん準備が出来たら降りてきてくださいね。着替えはそこに置いてありますから」

 

 指さした先にはここの制服と思われるものが置いてあった。シルさんは手を振り下の部屋へと降りて行った。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 制服に着替え階段を降りると、ふわっと食欲を刺激するいい匂いが身を包む。野菜を切る音や鍋を混ぜる音。少し遠くからは注文をする声やオーダーを厨房に伝える声が聞こえる。

 グゥ…

 腹が鳴る。

 

「あんたが腹ならしてどうすんだい」

 

 不意に後ろから声がかかる。店主のミアさんだ。

 

「あ、初めまして。アルトです」

 

 自己紹介をし、礼を言う。

 

「気にする事ぁ無いよ。今日の働きでしっかりと返して貰うからね。それから私の事はミア母さんとお呼び。ここでは皆そうしてるよ」

 

 そう言ってミア母さんは豪快に笑う。アニメではベルに無理やり沢山のご飯を食べさせていたイメージが強かったが懐の深そうな人だ。皆に好かれているのも頷ける。

 

「ほれ。お食べ」

 

 そう言って差し出されたのは、お皿に溢れんばかりに盛り付けられた豪勢な料理の数々。とても美味しそうだが余りの量に目を白黒させる。

 

「賄いだよ。なぁんだい?腹空かしてんだろ?腹が空いては戦が出来ないってねぇ」

 

 ご厚意は嬉しいのだが…多すぎる。昨夜のシルさんの料理で胃が完全にブレイクされているのだが…。

 

「ミア母さん、流石に多すぎます。彼も困っている」

 

 救いの手を差し伸べたのはリューさんだ。薄緑色の髪をしたエルフの綺麗な女性。アニメではベルを探しに行く際に活躍していた。リューさんに限った話では無いがここの店員は只者では無い雰囲気を感じる。

 

「今日はお世話になります。アルトです」

「リューです。シルに聞きました。彼女のご飯を完食して頂いたのですよね。ありがとうございます」

「いえいえ…」

 

 ご馳走になったのは僕の方なのに、何故か礼をいったリューさん。まぁ理由は言うまでもないだろう。

 

「あ、アルトさん着替えたんですね!とても似合ってます!」

 

 噂をすれば何とやら。シルさんが客席の方から顔を出す。 

 

「シル。丁度良かった。今日はアンタが仕事を教えてやりな」

「はい!アルトさん今日は一日よろしくお願いしますね」

 

 こうして大忙しな一日が始まった。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

「お?なんだおめぇ?新入りか?」

 

 シルさんに注文の取り方を教わっていると、酔っ払ったお客さんに絡まれる。常連さんだろうか。

 

「はい。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします…じゃねぇんだよ。おめえなぁ、挨拶をする姿勢が悪いんだよ。俺は『お客様』だぞ。そもそも―――」

 

 ああ。酔っ払いの面倒な説教が始まった。作り笑顔を貼り付け、てきとうに相槌を打つ。こういうのはまともに相手するだけ無駄だ。シルさんも同じように考えているのか、てきとうに相槌を打っている。ただ、僕と違うのはその顔は怖いくらいに真顔で、身体からはどす黒いオーラを放っていること。

 おい、おじさん気付けっ!なんか知らないが、この子やばい雰囲気してるって…!?

 

「さっきから目の前でイチャイチャしやがって。なんでシルちゃんが付きっきりでお前のお世話をしなきゃいけないんだよ。前世でどんな得を積んだんだ?」

 

 おや?

 

「…もしかしておめぇシルちゃんの彼氏じゃねぇだろうなぁ!!」

 

 おじさんは感極まったのか涙を流しながら僕に掴み掛かる。

 

 説教かと思えばおじさんのきもい嫉妬かよぉ!?

 

 再びシルさんの方を見るとさっきとは打って変わり、どす黒いオーラは息を顰めニッコニコの笑顔に変わっていた。

 いやシルさん。そこは否定しようよ。

 

「違いますよ。ね?シルさん?」

「ええ。ご飯をご馳走したり、家に泊めたりする仲です」

 

 おいィィィ!?!?

 別に間違っては無いけど、とんでもない語弊がある…。

 

「あ?やっぱりてめぇ。そういう仲じゃねぇか!!許さねぇ」

 

 酔っ払いは胸倉をつかんでいた片手を放し握りこぶしを作った。

 殴られる!?正直避けられない事も無いが、そうするとシルさんに当たってしまうかもしれない…。反射的にその場で目を瞑る。

 

「……」

 

 あれ?拳が来ない?

 

「なにをしている?」

 

 再び目を開けるとリューさんがモップで酔っ払いの手を制止していた。

 リューさんかっけぇ…!

 

「いますぐ帰りなさい。貴方は客などでは無い」

 

 びっくりするぐらい冷たく恐ろしい声でリューさんは言った。

 

「ひ、ひぃぃぃ」

 

 酔っ払いは酔いが冷めた様で、腰が抜けたのか変な走り方をしながら去って行った。

 

「ごめんなさいっ!」

 

 開口一番シルさんは僕に謝罪する。

 

「え?」

 

 正直何のことかわからない。

 

「私が調子に乗ってあんなこと言った所為でアルトさんが危険な目に…」

 

 なるほど。そんなこと気にしてたのか。いや、危険な目に遭ったこと自体は正直どうでもいいのだが、誤解が生まれるような物言いは勘弁していただきたい…。

 

「全然気にしなくて良いですよ!ただ、誤解されるような言い方は…」

「誤解…?間違った事は何も言っていませんよ?」

 

 そう言ってシルさんはあざとく舌を出す。

 この人本当は反省して無いな…。

 

「あんた。怪我はないかい?」

 

 厨房の奥からミア母さんがやってきた。

 

「ええ。リューさんが守ってくれたので。ありがとうございます」

 

 お礼を言うが、リューさんは困ったような顔をする。

 

「いえ。それはいいのですが、その…胸倉を掴まれていましたよね?彼はランク2。もちろん全力で掴み掛かっていたわけでは無いでしょうが、それでもかなりの力を出していた筈です」

「恩恵の無いあんたじゃひとたまりもない筈…と言う事さ」

 

 おっと、それは盲点だった。普通に苦しい位には痛みを感じていたが、恐らく特典のお陰だろう。

 

「えーっと、あはは…意外と手加減してくれてたのかもしれませんよ?」

 

 流石に苦しい良い訳だったのか、依然としてリューさんは困惑したような顔で僕を見ている。

 

「ま、あんたが無事ならそれでいいってことさ。誰しも秘密の一つや二つはある。私にだってね」

 

 少しの沈黙が続き背中にじっとりと冷や汗が滲んでいたが、ミア母さんから思わぬフォローが入った。

 そう言えばダンジョンに潜る時リューさんはマスクをして正体を隠していたっけ?ここの従業員は皆訳アリなのかもしれない。

 

「それと、すみません。不可抗力とは言え僕の所為で常連さんが…」

「ハッ。しょうもないこと気にすんじゃないよ。あんたはここの従業員なんだ。従業員は私の子供。子供の安全を守るのは親の仕事だよ」

 

 なんて暖かい人なんだ…。しかし、昨日今日あったばかりの僕になぜそこまで…?

 疑問が顔に出ていたのかミア母さんは少し頬を緩め口を開く。

 

「あんた、ちょっと苦しそうにしながらも、綺麗にあたしの飯を平らげていたからね。どこから来たかなんて知らないが、飯を粗末にしないやつは皆いいやつなのさ」

 

 いや、とてもうれしい事を言ってくれているのだが、なんかここの一員みたいになってる…。今日働いて恩を返したら、サラっとフェードアウトするつもりだったんですけど!?

 ミア母さんに追従する形でリューさんも口を開いた。

 

「シルは人を見る目がありますからね。そんなシルのお気に入りとあれば、悪い人で無いのは間違いない」

「そうよ。私見る目あるから!」

 

 エッヘンと擬音が着きそうな勢いでシルさんが胸を張っている。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 そんなこんなで一日の業務を終えた。

 

 不可抗力でリューさんの手に触れ綺麗に投げ飛ばされたり、シルさんとの関係について、休憩中にアーニャさんとクロエさんに執拗に追及され『サボってんじゃないよ!』と二人がミア母さんにげんこつを食らっている所を目撃したり…。色々あったが、とても良い経験になった。

 

 因みに、夕食時になると厨房の方に回してもらった。『ロキファミリア』が来る可能性がある為だ。団長『フィン・ディムナ』は勘が良さそうだからな。神ロキも同行してくるとなると嘘も見抜かれるし、万が一絡まれる可能性を考慮しての行動だ。

 

 今日は一日ここに泊まり、明日の朝ここを出てダンジョンに潜る。名残惜しいが楽しみでもあった。

 

 

 

 

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