アンハッピー・キス   作:ほろろぎ

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前編

「ふざけんじゃねぇよオイ! 誰が不正入札していいっつったオラァ!」

 

 葛城蓮は激怒した。必ず目の前のダンピング野郎を除かねばならぬと決意した。

 

「お、俺にとってはこんな仕事、食後の運動みたいなもんで……」

「本気で怒らしちゃったねぇ、俺のことね? おじさんのこと本気で怒らしちゃったねぇ!!」

 

 蓮の怒りの矛先(ほこさき)となっているのは、緑のモッズコートに身を包んだ青年──緒方シュウ。

 二人は同じ職業に従事する、ライバル関係にあった。

 

「ダンピングは犯罪だって学校で習わなかったか、お? だったら教師の言うことを聞けよオラァ!」

「あっスイマセン」

 

 彼らが今いるのは、退魔局がPMC──民間軍事会社に仕事を依頼する時に使っている、バーチャル空間の中である。

 なので、実際にシュウの目の前に蓮がいるわけではない。

 テレビ電話ごしに会話しているようなものだ。

 シュウはそれがわかっていても、連のあまりのド迫力につい、小さく謝罪の言葉をもらしてしまった。

 

 葛城連には普通の仕事がわからぬ。

 サラリーマンから土木工事、飲食店など様々な仕事を渡り歩いたが、そのどれもがしっくりこなかった。

 そして彼は最終的に、『悪魔の起こした事件に対処する』という、危険極まる今の仕事にいきついたのだ。

 

 悪魔が原因でひき起こされる事件は『D災害』と呼ばれ、それは彼らが住むこの街──『ベイロンシティ』では少なくない頻度(ひんど)で発生している。

 今回はシティにある高層ホテル、レジェストンホテル・ベイロンで起きたD災害対策事業のオークションの中で、連とシュウのいざこざは起きたのだ。

 

「はい! 三万九千八百ドル! お客さんに決まりだ!」

 

 怒り心頭の蓮をよそに、退魔局のオークション男は落札者をシュウに決めると、さっさと退室してしまった。

 その流れで、蓮とシュウ以外にいた数人の参加者も

 

「三万九千!? うせやろ?」

「こんっなC級のザコでェ三万九千てぼったくりやろコレェ!」

「ハァ~~~……あ ほ く さ」

 

 と、一様(いちよう)(きょう)が冷めたようで、次々とバーチャル空間をあとにした。

 蓮も冷静さを取り戻し、つかんでいたシュウのコートを離すと、「チッ」と舌打ちを残し同じように退室したのだった。

 

 電脳世界のオークション会場に残されたのは、シュウともう一人。

 最大手のPMCである『トリプルエー(AAA)・ディフェンダー』の社長、夕桐アキノである。

 アキノはおかしそうに口元に手を当てながら、シュウに話しかけた。

 

「厄介な男に目をつけられたわね」

「……社長も見てるだけじゃなくて止めてくださいよ」

「今のあなたの社長はあなた自身でしょう? 私たちだって、一応ライバル企業ってことになるのよ」

「誰なんですか、あのおじさんは? 俺、初めて見ましたけど」

「あなたがAAA(うち)に入る前から悪魔退治を続けている人よ。私も最近は見かけなかったけど……」

 

 ベイロンシティで悪魔が跋扈(ばっこ)しはじめた初期のころから、葛城蓮は対悪魔のエージェントとして活動していた。

 

「ベテランか……なら、こんなC級の木っ端悪魔の駆除なんて、こだわる理由もないだろうに」

「あなたと同じで、お金に困ってたんじゃないかしら? 彼もちょっと問題のある人だから」

「そりゃ問題もあるでしょうねぇ」

 

 シュウはさきほど蓮に恫喝(どうかつ)された際の恐怖がよみがえり、ブルッと身震いした。

 あんなヤクザも真っ青なキレ方をする人間が、仕事でまともな人間関係を(きず)けるはずがない。

 むろん、その原因はすべてシュウにあったのだが……。

 

「実際、あの人昔はそのスジの人間だったって噂もあるから、あなたも気をつけることね」

「悪魔より怖いヤクザなんていないでしょ」

 

 アキノの忠告を笑って受け流す。

 しかし彼女の眼はいたって真剣だ。

 

「え、マジで?」

「これだけは言えるわ。葛城蓮は……『実力だけで言えば最強の変態』よ」

「なんすかそれ(困惑)」

 

 アキノの蓮に対するよくわからない評価に、シュウは思わず素になって返した。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 オークションから数日後。

 シュウはレジェストンホテル・ベイロンで起きたD災害を鎮圧(ちんあつ)することができた。

 ビルに多少の損壊は与えたが、周辺への被害もなく、報酬は満額で払われる……はずだった。

 

「まさか、ギャラの入金が一月後とはなぁー」

 

 想定外の現実に、シュウは肩を落とし歩みを進める。

 そんな彼の隣では、対照的な笑顔を浮かべた少女が肩を並べていた。

 

「シュウくんとデートっ、シュウくんとデート~♪」

 

 ステップでも踏みだしそうな浮かれ気分の彼女の名は、キサラ。

 シュウの運営する民間軍事会社『I&S事務所』に所属する、彼の相棒(パートナー)である。

 

 シュウが金銭に無頓着(むとんちゃく)な経営方針を続けても、いまだに餓死せず生きてこれたのは、ひとえにキサラの手腕のおかげだった。

 彼女の、もやしと塩と味噌の三要素を駆使した食事によって、シュウは最低限度の活動をするためのエネルギーを接種し続けられている。

 その日々の献身(けんしん)的な奉仕(ほうし)への、せめてものお返しにと彼は今日、キサラを街一番の有名スイーツ店へ誘ったのだ。

 

 しかし、それも仕事に対する報酬が事前に支払われていればこそ。

 現実はシュウの金銭管理のずさんさで、ギャラはいまだ入金されず。

 

 さて、どうやってスイーツ代を工面するか。

 もしくはキサラの機嫌を損ねずに、店に向かうのを回避するか。

 

 隣を歩くキサラに気取(けど)られないよう頭を回転させていたシュウの前に、思わぬ救いの女神が現れた。

 

「「「あっ」」」

 

 重なる三つの声。

 一つはシュウ。一つはキサラ。

 そして今現れた三つめは

 

「アヤノさん……!」

 

 スーツに身を包んだ、出来るOLという雰囲気を漂わせる女性。

 彼女こそトリプルエー・ディフェンダーのエリートエージェントであり、社長の夕桐アキノの娘──夕桐アヤノ。

 かつてのシュウの同僚であり、別れた恋人という複雑な関係の女性だった。

 

「「なんでアナタがここに……!」」

 

 次いで重なる二つの声は、キサラとアヤノのもの。

 キサラはアヤノに対し、アヤノはシュウに対し発したものだ。

 

 アヤノがシュウと別れるにいたった経緯(けいい)はハッキリしていない。

 彼女としてはまだ、シュウに未練(みれん)があるらしいのは、周囲からも見て取れた。

 シュウの方でもなにかあるとアヤノを頼りにしてくるため、彼女はいまだ吹っ切れない男への想いから、ついシュウにキツい態度をとってしまうのが(つね)だった。

 

 そんな男女の関係が面白くないのは、現在シュウとパートナーの関係を築いているキサラ。

 女性二人はハッキリとした犬猿の中で、顔を見合わせればトゲトゲしい雰囲気に発展するのが不可避の状態にある。

 

「なんだお前ら、知り合いだったのかよ」

 

 だしぬけに聞こえた四人目の声。

 シュウとアヤノを見回しながらそう言ったのは、シュウの因縁?の相手──葛城蓮であった。

 

「葛城さん、シュウを知ってるんですか?」

 

 アヤノがたずねた。

 

「ああ。オークションぶりだな、おい」

「ど、どうも」

「ベイロンホテルの一件は、お前が対処したんだってな。まあそうじゃねえと、あんな手段で仕事をかっさらったカイが無いってもんだがなぁ?」

「ははは、そっすね……」

 

 いまだオークションでの一件を根に持っているのか、シュウを見る蓮の視線はするどい。

 男性二人のやりとりを横目に、キサラはスッとアヤノに近づき耳打ちをする。

 

「ねえ、あのおじさん誰なの? シュウくんに危害を加えるようなら私が……」

「落ち着きなさい、彼は私たちの同業者よ。今日は仕事の打ち合わせなの」

 

 瞳からハイライトが消え、わずかな殺気をただよわせはじめるキサラを、アヤノが止める。

 

「で、あなたたちはなにやってたの?」

「見てわからない? デートだよ。おばさんはお邪魔だから、さっさと帰ってくれるかな」

「キサラさんすぐ喧嘩腰になるのやめて! アヤノさんはちょっとこっちに!」

 

 シュウはアヤノの腕をひいて、蓮とキサラの元から離れ、ひそひそと話を進める。

 その内容は、誰が聞いても『情けない』の一言で片づけられる代物だった。

 

「要するに、ケーキ一つおごるお金もないけど、キサラ(あの子)の手前それも言い出せないから、代わりに私に出してほしいって?」

「理解が早くて助かります」

「助かるな! 借りにも元カノに、今の彼女へ貢ぐお金を出させる男がこの世のどこにいるのよ!?」

 

 微塵(みじん)も悪びれず、シュウは自分の顔を指す。

 

「まさかあのおじさんに借りるわけにもいかないでしょ? 今はアヤノさんしか頼りにできる人がいないんだよ~、頼むよ~」

「そのまったく誠意のかけらも感じられない頼み方でお金出させようって、逆にすごいわ」

 

 両手を合わせ(おが)みたおすシュウに、アヤノは冷たい視線を向けた。

 とはいえ、かつて愛した男に頼りにされて、内心悪い気はしないチョロい女なのがアヤノという人でもある。

 

「…………」

「…………」

 

 一方、取り残されたキサラは、初対面の不審なおじさんと二人きりという、非情に気まずい時を過ごしていた。

 

「……はぁ……シュウくん、早く戻ってこないかな」

 

 ため息とともにつぶやく。

 女子高生のキサラはつい最近までテスト期間中で、学業に専念するためシュウに会いに行くのを(ひか)えていた。

 それがホテルでのD災害鎮圧を期に、彼の自宅の合い鍵を手にするまでに関係が進展したのだ。

 このまま彼との関係が進み続けば同棲に発展して……ステキなことやないですか~。

 シュウと二人ベッドの中で一つになる妄想が浮かび、だらしない笑顔を浮かべ始めるキサラ。

 そんな卑猥(ひわい)な妄想を、蓮の一言が現実に引き戻した。

 

「チッ……くっせえなお前……」

 

 まさか頭の中をのぞかれた訳ではあるまい。

 体臭が匂うとでも言うのだろうか?

 

「ぇ、くさい? ……くさい?」

 

 キサラは思わず自分の腕を鼻に当て、スンスンと嗅ぎはじめた。

 シュウのために身だしなみは整えている。体だって石鹸で毎日洗っている。

 うん、大丈夫だ。臭くなんてない。

 ではまさか……まさか自分の正体(・・・・・)に感づかれたとでもいうのか。

 

 おじさん()の方を見る。

 彼の顔はまるでキサラには向けられていなかった。

 蓮は一体、なにに対して臭いなどと発言したのだろう。

 

 その視線の先、ベイロンシティに立ち並ぶビル街の向こうから、薄っすらと煙が上がり始めた。




アニメ一話後から二話にいかずに分岐した感じのお話です。
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