アンハッピー・キス   作:ほろろぎ

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後編

 燃え上がる街の中を、シュウはひた走る。

 先ほどまで悪魔──ひでから逃げに回っていたが、共にいた葛城蓮が勝機を見出し一時離脱。

 残されたシュウは、パートナーであるキサラを探しに戻ってきたところだった。

 

 街中は赤く照らされ、火の手の回っていない建物が一件もないレベルで燃え盛っている。

 今シュウからは姿が見えないが、おそらくひでが炎の剣でもって火災の手を広げていることだろう。

 このまま放置しておけば、ベイロンシティ全体が焦土と化すのも時間の問題かもしれない。

 

 ひでと遭遇するのを避けるため、来た道を迂回(うかい)してキサラのいるである場所を目指す。

 もっとも破壊の跡が酷いコート本社のあった場所。

 その付近で相棒の少女が、瓦礫の中に力なく横たわっているのをシュウは発見した。

 

「キサラ……!」

 

 すぐさま駆け寄り名を呼ぶが、反応はない。

 だが脈はあり、呼吸もしている。

 制服は所々が破け、肌は一部が黒く(すす)けているが、どうやら命に別状はないようだった。

 

 慎重に横抱きにして、急いでこの場から離れようとふり向いた時……

 

「あれ~? おかしいね、誰もいない(と思ったのに)ね」

「ッ!?」

 

 ひでが、目の前にいた。

 炎を背に立つひでの体は赤く照らされ、シュウを笑顔で(にら)みつけるギン目の異様な表情は、まさに悪魔を名乗るに相応しい。

 これまでそれなりに悪魔と対峙し場数を踏んできたシュウも、ひでの放つ異様な雰囲気に気圧され、息を飲んだ。

 

(マズイな……キサラは起きそうにないし、こいつを抱えて俺の足で逃げ切れるか……)

 

 手持ちのピストルでは牽制(けんせい)にもならないだろう。

 次の一手に思考を巡らせる。

 そんなことはお構いなしに、ひではゆっくりと剣を向ける。

 炎があふれ出す。

 

「シュウッ!!」

 

 ふいにシュウは横から突き飛ばされた。

 おかげで、ひでの放つ猛火の直撃はさけられるも、キサラと共に地面に倒れ込む。

 

「アヤノさん!?」

「まったく、ボーッとしてるんじゃないわよ。一応プロのエージェントでしょ」

 

 彼を助けたのは、民間人の避難を終えて現場に戻って来たアヤノだった。

 憎まれ口をたたきながらもその顔は、元カレの無事を確認できた安堵の表情を浮かべている。

 

「うぅ……ッ」

 

 直後、アヤノの顔が苦痛に歪んだ。

 見れば、シュウを(かば)った際に彼女は、代わりにひでの炎を身に受けてしまっていたのだ。

 といっても、それは服の一部を焦がした程度。

 肌には軽い火傷ができているが、今すぐどうこうなるといったものではない。

 

「グッ……ぁあ……!」

「アヤノさん! しっかりして!!」

 

 軽症に近い部類の傷だというのに、アヤノは地面に倒れ苦しみ始めた。

 呼吸は荒く、額には玉のような汗が浮かんでいる。

 

「ぼくの炎は、肉体じゃなく霊体に傷を与えるものなんだよ。だからとっても熱いユ~」

 

 苦痛に(うめ)くアヤノを見て、ひでは嬉しそうに語った。

 悪魔の笑みに感情を逆なでされたシュウは、瞬間的にピストルを構える。

 

「(そんなちっぽけな銃で歯向かおうなんて片腹)痛いんだよぉ!!」

 

 横なぎにはらった剣が、自身に狙いをつけるピストルを両断する。

 同時に刀身からあふれる炎がシュウの体を、彼の霊体を焼き焦がした。

 

「ぐああぁぁぁッ!!」

 

 炎をモロに食らったシュウは苦悶の叫びをあげ、キサラのそばに倒れ込む。

 

 このままでは全滅だ。

 シュウは必死の思いでキサラに近付き、契約によって拘束している彼女の真の力(・・・)を解き放とうとする。

 おそらくそれで、キサラの意識も戻るはずだ。

 

 しかし……。

 シュウの動きがピタリと止まった。

 

(ひでの力はチョーS級……。A級悪魔のキサラが全力を出しても、勝てるのか……?)

 

 問題はそれだけではない。

 シュウにとって一番の問題は、キサラに力を使わせる代償(・・)にある。

 

(D級やC級だって、数ヶ月分の記憶が必要なんだ。A級を超えるS級なんて相手にすれば……俺の記憶、全部持っていかれるんじゃ)

 

 それは、シュウが悪魔と戦う理由を失ってしまうということでもある。

 そして生きる糧となる理由も。

 

 思い悩むシュウの隙を、ひでは見逃さなかった。

 

「ああ逃れられない」

 

 銀の剣が、シュウの首へと迫る。

 

「くっ……」

 

 避けられない! そう思った時だった。

 

「オラァ……ハァ……ハァ……」

 

 横から飛び出してきた葛城蓮が、ひでのボディーに膝蹴りを繰り出し攻撃の手を止めた。

 

「か、葛城さん……!」

「よぉ……待たせたな」

 

 全速力で走って来た蓮の呼吸は荒い。

 それでも彼は、もう安心だと言わんばかりにシュウに笑みを見せた。

 

 蓮は背負っていた大型のバッグからおもむろにコップをとり出すと、それをひでに向けた。

 

「喉乾いただろう、こっち来て、飲み物でも飲みなさい」

 

 コップには透明の液体が注がれている。

 そういえば炎にあてられて暑いな、と思ったひでは素直にコップを受け取り、液体を飲み干す。

 

「うん、おいしい」

「やっぱりな。お前の正体、見破ったぜ。神々しい(・・・・)わよねオルァ、オォ!」

 

 ノドの渇きをいやしご満悦のひで。

 その隙をついてひでの背後に回りこんだ蓮は、バッグから取り出した『聖なるネクタイ』で少年の首をしめあげる。

 

「おじさんはねぇ、君みたいな可愛いねぇ、子の悶絶する顔が大好きなんだよ!」

「おじさんやめちくり~」

「こんなんで止める訳ねぇだろおいオラ、こっち来いやオイ!」

 

 ひでの首を拘束したネクタイを引っ張り、シュウたちの元から引き離す。

 さらにバッグから一振りの竹刀を取りだすと、蓮は威嚇(いかく)するように地面を叩き始める。

 

「ほら四つん這いになれやおい、なれやおいオラァ」

「ハイ……」

 

 あれほど猛威を振るっていたひではどういう訳か、蓮の帰還と共に勢いを失い、彼の言いなりとなった。

 それは蓮の怒迫力に(ひる)んだためか……いや、それだけではない。

 

「お仕置きである」

「ワァーイッタい! うわ! アッー!」

 

 四つん這いで突き出されたひでの生尻を、蓮は容赦なく竹刀でぶっ叩き始めた。

 尻は見る間に赤く腫れあがり、ひでは演技ではない苦痛をあらわにする。

 

「悪い子はお仕置きだど~」

「痛いー! もう痛いよ! ねぇヤ↑ダ! イ゛タ゛ァ゛イ゛も゛ぉ゛!!」

「すごい……」

 

 チョーS級と目される悪魔を一方的にいたぶる蓮。

 これがベテランエージェントの力か、とシュウもその手腕に目を見張った。

 

 竹刀での責めに飽きたのか、ウェポンチェンジで空いた方の手にムチをつかむ蓮。

 今度はムチを振るいひでの裸体全体へ攻撃を始めた。

 

「痛いんだよおおおおおおおおおおおお!! も゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」

「ムチ痛いのは分かってんだよおいオラァ! YO!!」

 

 いくら悪魔とはいえ少年の姿を模したひでを、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく痛めつける蓮。

 目の前の光景に、シュウはだんだん引き気味になっていった。

 虐待おじさん──そんな通り名が、彼の頭に浮かぶ。

 

「あの、葛城さん……そろそろ止めさしてやった方が、いいんじゃないですかね」

 

 だんだんひでが可哀そうになってきたシュウは、せめてもの情けと介錯(かいしゃく)を要望した。

 蓮も、そうだなと同意。

 バッグから一枚のシーツをとり出すと、それを見たひでの目がカッと見開かれた。

 

「ああ^~もうおしっこ出ちゃいそぉ!」

 

 ひでの顔がこれまでにない恐怖に歪む。

 まさに、死を目前にした罪人のそれだ。

 

 このシーツは、救世主イエスの遺体を包んだ聖骸布を、呪術的に再現した布。

 あらゆる超常的存在に絶対の死をもたらす、『即死カーテン』と呼ばれる呪具なのだ。

 

「ネームリムリ! うー☆うー☆……やだ~~~ううううう~~~~! 嫌~!」

 

 死ぬのは嫌だと涙するひで。

 しかし悪魔はこの世に災いをもたらす危険な存在。許す訳にはいかなかった。

 

 涙と鼻水、小便を漏らし、命だけは助けてくれとひでは懇願(こんがん)する。

 その様を見て、蓮は

 

「しょうがねえなぁ……だったら、おじさんの言うこと聞くなら許してやるよ」

 

 と言った。

 ひでの顔に希望が浮かぶ。

 

「ほんとぉ?」

「本当だよ。これからは俺たちと一緒に、悪魔からこの世界を守るために働くんだぞ」

 

 言うが早いか、蓮はひでに口づけをした。

 

「えぇ……」

「ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛~~!」

 

 いきなりのホモ行為にドン引きのシュウを余所に、蓮はこの『アンハッピー(不幸せな)・キス』をすることで、ひでを自らの眷属(けんぞく)としたのだ。

 シュウとキサラが口づけによってその力を開放するのと、真逆の行いだった。

 

「あ、あの、葛城さん。今のは……」

「これでこいつはもう安全だ。俺の支配下に置いたからな」

 

 隷属(れいぞく)され力を封印されたひでは、ぐったりと脱力し横たわっている。

 それを見下ろしながら、すべては終わったと蓮。

 

 いまいち締まりのない幕切れに拍子抜けしながら、シュウは蓮の進めるタバコで一服したのだった。

 

 

 

 

 

 その後は、大幅に遅れてやって来た警察と消防によって規制線が張られ、事態の鎮静化が図られている。

 騒動を横目で見ながら、蓮とシュウ、そしてアヤノとキサラは集っていた。

 

 女性二人は救急隊員によって、すでに応急処置を受けている。

 幸いにも両者ともに、今は命に別状はない段階にまで回復した。

 

「ひでは悪魔じゃない、ですって……?」

 

 包帯を巻いたアヤノが言った。

 事件が落着したこの段階で、蓮は正体を看破したひでについての情報を明かす。

 

「ああ。俺があいつにコップを渡しただろ? あれはな、『聖水』だったんだよ」

「聖水なんて、悪魔にとっては毒と同じ」

 

 とキサラ。

 低級悪魔であれば致命的であり、A級の彼女にとっても、接種してしまえば影響は少なくないだろう。

 

「それを飲んで平然としてるってことは、つまりあの小僧は……」

「「「……天使!?」」」

 

 重なったシュウ、キサラ、アヤノの言葉には、この上ない驚愕が現れていた。

 

「小僧が使ってた剣。あれも炎の天使ウリエル……いや、『ウリクルエル』から渡されたもんだろう」

 

 ひでの名称も『(アンチ)DE(mon)(デーモン)』であり、それはイコール『HidE(A)ngel(ハイド・エンジェル)』。陰(淫)天使を表していたのだ。

 

「じゃあ、私があの子に敵わなかったのって」

「悪魔の嬢ちゃんと天使の小僧じゃ、相性が悪かったってことだろうな」

「なら、おじさんはなんなの?」

 

 キサラの疑問に、蓮は簡潔に答えた。

 

「俺は今の仕事に就く前に、教会で神父をしてたこともあったからな。聖職者なら天使とも相性抜群って訳だ」

 

 さらに性食者でもあったため、ひでを食って支配下にも置けたという訳だ。

 

 蓮は吸っていたタバコを地面に落とし、足でもみ消した。

 そしてはたと思いなおし、消したタバコを拾うとポケット灰皿に入れて処理する。

 

 その時シュウには見えた。

 かがんだ服の隙間から、蓮の肩口に潰瘍の残る肌が。

 おそらく刺青を消した痕で、以前夕桐アキノが『蓮はその筋の人間だった噂がある』と言っていたのは本当だったんだ、と思った。

 

 そんなシュウの視線に気づいた蓮は、彼の誤りを訂正する。

 

「これはお前が思ってるようなもんじゃねえぞ? 神父やってた時に悪魔につけられた傷だよ」

 

 誤解されるから銭湯にも入れねえ、と蓮は小さく愚痴った。

 

 沈黙。

 そして

 

「しかし、どうして悪魔だけでなく天使なんてものまでこの街に……」

「そもそも天使って人間の味方なんじゃないのか?」

 

 もっともな疑いを抱くアヤノとシュウ。

 蓮はなんでもないことといった風に、さばさばとした態度を崩さない。

 

「天使っつっても悪魔と変わんねえよ。あいつら超常の存在は、常にこっち側の世界を狙ってんのさ」

 

 天国も地獄も、人間からすれば同じバケモノの住処(すみか)だ、と蓮。

 それを聞いて、アヤノは不安の色を濃くする。

 

「これからは悪魔の起こすD災害だけでなく、天使の起こす事件にも備えなければいけないのかしら……」

「だろうな。……ったく、面白いことになってきやがったぜ」

 

 これから彼らを待つであろう混沌の時代を予感しつつも、それでも尚蓮は、不敵に笑って見せるのだった。

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