トリニティの隠れ悪魔はシャーレの先生を倒したい 作:エガンドロ
『ブルーアーカイブ』の知識を
ただし、その知識は中途半端だった。
ゲームである以上、その世界の全てが描かれる事はなく、必ず知らない空間と時間が発生する。
授業を聞きながら知識と現実を照らし合わせてみた所、おそらくこの世界における晩夏――9月が俺の知識の限界だ。
メインストーリーVol.3 エデン条約編、補習授業部による退学回避。その直後のトリニティ生徒それが私が先生に対してアドバンテージを取れる期限だ。
目的の為にはそれまでに先生に勝たないと。
今日も終業の鐘が鳴る。
永久に続くと思われる授業を受け、待ちに待った放課後。
「オトハさん、放課後私達と――」
「ごめんなさい、今日は用事があるの。またの機会にね、誘ってくれてありがとう! さよなら!」
「お買い物に――え、ええ。さようなら」
友人の誘いはすぐに断る。私に時間はない。
BDの再生が終わりを見届けると共に、バッグをひっつかんで即教室を飛び出る。
ここ1週間はこの体と記憶を馴染ませるために友達と遊んでいたが、それも今日で終わりだ。
ゆるふわお嬢様学校生活から離れ、伝説はここから始まる。
私は学園を後にするとバッグから1枚の白面を取り出し、弄ぶ。
さて、手始めにどこから侵略してみようか。
トリニティ自治区外郭――その外れ。
トリニティの敷地は広く、学園校舎がある地域から離れても、まだまだ学園で見た顔と出くわしてしまう。
だから私は学園前から電車を幾つか乗り継いだ先にあるこのスラムに来た。
トリニティとゲヘナの中間のこの場所は治安が悪い。
壁に振りかけられたスプレー、裏路地からこちらを覗く不良生徒、どこかから漂ってくる火薬の匂い。
そして――
「丸腰でこんな所に来るなんて、やっぱり優等生さんは駄目だね」
「なあにその仮面、ふざけてんの?」
眼前に突き付けられる銃口。
行く手を阻み立ち塞がる数人の不良達。
この様に、正義実行委員会でも自警団でもない一般生徒が1人で出歩けば小一時間と経たない内にカツアゲにあう。
不良達の口ぶりから察するに、彼女達は成績不振で寮に入れず、この辺りで暮らしているのだろう。
自分達の居場所を守る為、そして遊ぶお金を手に入れる為、彼女達はこうして銃を向ける。
そして偶然迷い込んでしまった生徒は、自分の判断ミスを呪いながら財布を取り出すのだろうが私は違う。
「ふ……ふふふ……こんなに上手くいくなんて。なんてテンプレ。さすがキヴォトス」
思わず笑みがこぼれる。私はこうなる事を狙ってここに来た。
学生の勉強なんて前世の記憶を持つ私からすれば、あくびが出るくらい退屈だった。
刺激に飢えていた。
以前は心待ちにしていたスイーツも、友達とのショッピングも、初めて手にしたアサルトライフルも、どれもすぐに私の興味から外れていった。
「チッ、なに笑ってんだよ。舐めやがって! そのマスクごと余裕を剥がしてやる!」
不良生徒の1人がだらりと下げていたマシンガンの銃身を持ち上げて、照準を私に定める。素顔を隠す私の仮面を狙い、今トリガーに指が掛けられた。
「私がここに求めているのは――」
呟いて身を横に倒す。
マシンガンから火が吹き、私の顔の残像を曳光弾の軌跡が貫通する。
「スリルと」
私は倒れた勢いをそのままに横に跳躍。
不良達は各々の銃器を慌ただしく構えようとする。
だがもう遅い。
「配下と」
私を丸腰と言った不良には、見えていなかったのだろう。
腰に取り付けられたこのガンベルトが。
「腕試しだ」
大腿の位置から取り出したるは、黒のフレームに金の彫刻が入った1丁のリボルバー。
敵の数は5、装弾数も5。
撃つべき場所を網膜上に刻み込み、半ば自動的に左手を撃鉄に沿えてトリガーを引き続ける。
「くっ、銃を撃ち落とされた! 私が拾ってる間、あいつが倒れた所を狙って!」
私の銃撃と同時に、不良のリーダーらしき生徒が大声で指示を出す。
正確な指示だ。
このまま私が倒れれば、その瞬間は無防備。そこに銃弾を集中砲火されれば、たとえリーダー格が銃を撃てなくても、私は行動不能になるだろう。
だが、その想定は甘い。
「……?」
静寂が路地に反響した。
誰も銃を撃たない。
「も、もう誰も銃を持ってないっす、リーダー……」
不良の1人がリーダーに訴える。
オイルの切れたロボットみたいに、リーダーがゆっくりと後ろを振り返る。
そこに映っていたのは部下の4人全員が、立ち尽くし、足元に銃を取り落としている光景だった。
「ま、まさか今の射撃で一気に全員の銃を狙って……?」
「そのまさかだ」
「ど、どんな技量してるのよ。あなた。しかもその……シングルアクションの古い銃でよくそんな技巧があるわね」
撃ち尽くした弾を一発ずつ再装填しながら、唖然とするリーダーの前に立つ。
ここまでは余興、ここからが私の本当にやりたかったことだ。
「お褒めの言葉どうも。それで本題だが、お前ら私の部下になれ」
「は? えっと、何を言ってるかよく分からないんだけど……」
「なんでだ。簡単な事しか言ってないだろう。私はお前達に勝った。不思議じゃない。……私について来れば大金を稼げるぞ?」
戸惑い始める不良達。
リーダーなんて開けてた口を更にぽっかり開けてバカみたいだ。
言い方が悪かったのか? それとも私が気に入らないのか?
「えっと……それじゃあ私のセーフハウスを1つ貸し出すってのは? 見た所ここら辺に住んでるんだろ。だったら多分ここより良い居場所になるはず……」
「だからそういう問題じゃねえって言ってんだろ! 信用できねえってんだよ! ぶっ殺す」
不良の1人、最も口が悪い少女が落としたライフルを拾い上げ片手でトリガーを引いている。
悲しい事に交渉は失敗したようだ。
やはり私1人では役者が足りない。もう1人、この場に誰かが居てくれたなら。
劇的に場を回してくれる、そんな役者が。