幼子の誓い、それは「命の価値を問い続ける」というものである。
太平洋の嵐作戦
インド洋のサイクロン戦線
深海棲艦との戦いの最中に、艦隊指揮官がいなくなる。
そのような事態に喜ぶ異様な男が馬鹿元閣下であった。
人類圏に対する真の脅威となることを、閣下は知らなかった。
閣下「はっはっは、これでやり易く成るぞ。」
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春仁「よし、行くぞ、遠泳だ。」
意地で、内火艇(うちびてい)は使わない。
誰が用意されたものに甘んじるか。という偏屈である。
褌こそ、武人の誉れ
古式泳法による瀬戸内海の横断である。
尋常ではない。
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運動は心の基礎である。帝国海軍として叩き込まれている。
春仁はとても良い事だと思うのだ。
(ヘコム暇なぞ、ない。俺は『命の価値を問い続ける』)
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海鳥の鳴く季節、波頭の穏やかな瀬戸内海某所に春仁の実家はある。
かなり、遠い。
彼は、思い出す。
線家は旧家である。
本家、分家と何かと五月蠅い其れは、高貴なる者の証なのか、虚飾なのか。そんな事は、彼には判らないし、関係なかった。
天の采配か偶然にも旧家の長男として産まれたのだった。
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「うーむ、遠いねぇ、おうちまで。」
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お家の後継ぎを絶対と定める父の存在は大きく、叱咤しつつも良く躾ける。
市井の多くの家とは、気風や家柄が違う。
尋常小学校の童たちには「気持ちの悪いマセガキ」あるいは「風変わりな貴族気取り」と認知されるだろう。
「奥の屋敷のぼっちゃま」として、薄っすらと笑われて生きてきた。
大屋敷に対する嫉妬、反感、妬み、嫉み。
教師に授業中に的にされたり、年長組から悪戯に柔道の寝技で殺されかけたこともあった。
卑怯者のクソ野郎に背後から石を投げられた事もあった。
からかいの年少組の毎日に、自己肯定感は薄れた。
「父上、俺は、生きててはいけないのかな。」
父は応えて言う「何を馬鹿な、死んで良い命などない。」
武術の稽古中に、優しく返事をしてくれた。
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「命の価値、それは何だ…。俺は知らない。知りたい。」
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弟が殴られる場面を見るや否や即時介入する事もあった。
心が挫けかけている弟の襟首を掴み、「何をしている、お前も戦え。」と激励する男だった。
その為、弟達からは少なからず憎まれていた。
「兄貴は、肝心の時には居ない。」
「くそ兄貴」
(もはや喧嘩の収支は不明だが、本人は「馬鹿を正す、これは我が家と我が大日本帝国の利益ではあろうよ。」と言い張っている。)
線家は、自らを「線ノ」と呼称している。戸籍法にない呼び方であるが、父は一向に構わず抜け抜けと使っている。帝国の佞臣共とは一線を画すという気概が父にはあったのだ。
父は中学時代、国史の授業では、教諭に対して曽我氏、藤原氏、足利氏を軽蔑するとして、両親を呼ばれた事もあり、学内ではかなりの問題人物だった。
彼の好きな言葉は「ならぬものは、ならぬものです。」
座右の銘は「我に七難八苦を与えよ」というものである。
元々は武家だが、今では商売にも手を出していた。
この度の件、春仁の左遷は、父と家族を悲しませていた。
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春仁「父上、只今戻りました。」
父上「着替えなさい。見っとも無い真似を。」
春仁「はい、済みません。」
女中が世羅茶を入れている。
父上「で、言い訳を聞こうか。」
春仁「ありません。父上。」
父上「成程。それでは、言い訳以外の『事実』を言いなさい。」
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春仁「…うむ、旨い。」
父上「うむ、旨い、じゃない。」
(ポカリ)
春仁「何をご無体な。」
父上「あぁ? 」
春仁「私は何も。」
父上「五月蠅いのぅ、何でもええけぇ説明せぇ言うとんじゃ、この銅鑼息子」
(ばちん)
春仁「…なら、言いますよ。ふんっ。」
父上「何が、ふんっ、じゃ、いばるなや。はよう、説明せぇ。」
春仁「(ぱたぱたと着衣を整えつつ)…馬鹿元閣下をご存じですな。」
父上「知っとる。」
春仁「…では、艦娘との醜聞についてはご存じありませんか?」
父上「知っとる。ほいじゃが、お前やぁ遣りすぎじゃ、閣下に恥をかかしおってから。閣下も人の子じゃけぇの、ちぃたぁ人の気持ちを考えろや。」
春仁「(がたん)艦娘の気持ちはどうなんだっ。艦娘はカフェーの女給じゃないっ!」
父上「…るさいのぉ。」
春仁「うるさいのは、どっちなら!」
父上「親に口応えすなゃ!」
ばちーん
春仁「なんじゃと。」
どかっ
父上「お前の正義はわかっとる。じゃが、遣り方を考え云うとんじゃ。」
げしっ
春仁「閣下に注進した。艦娘の盾になった。それ以外に何ができるんなら、言うのは簡単じゃあ。」
父上「わしがおる。家族がおるじゃろ。なんで相談せんかったんなら。」
春仁「うるさい。うるさいんじゃ、わしが海軍に行く事に反対したくせに。」
ばーーーーん。
父上「おい、わしは反対はしたが、母さんの言葉、覚えとるんか。」
父上「言うてみい。」
春仁「…」
父上「言えんのか。」
春仁「【何かあったら、相談するんよ。】」
父上「馬鹿垂れっ!」
どかっ、どかっ、どかっ
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父上「(はぁはぁはぁ。)ワシも年じゃけぇ。早よう楽隠居さしてくれぃや。」
春仁「…わかっとる、おやじ。わしがわるかった、すまんかった。わしはいちからやりなおしじゃ。」
すみっこの女中「(ヤレヤレ)」
女中「あの、せっかくの、お茶がぬるくなりましたが。」
父上「ああ、澄子さん。すまないね。」
春仁「はい、勿体ないのでこのまま頂きます。」
澄子「では氷をどうぞ。」
父上「よせ。せっかく旨いんが台無しじゃ。」
春仁「ええです。旨いもんは旨いけぇ。」
父上「あー、コホン。其れなら宜しい。」
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春仁「すまんね。うちのオヤジは美食家気取りなんよ。」
澄子「いえ、私の雇用主様は、悪い方では在りませぬ。多分私たちにおすそ分けの意味があったのだと思います。」
春仁「…。確かにな、他家とウチは違って内々の仲が良いらしいな。」
澄子「御家は良い意味で普通じゃないです。」
春仁「うん、よく言われる。」
澄子「尊き事です。虐待する家が普通ですので。」
春仁「父上も出来たお方なのかなぁ。」
澄子「奥様もです。」
春仁「…母上は、俺をよく育ててくれたよなぁ。」
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蒼天をあおぐ二人であった。
世羅茶は duckduckgo で検索しました。
「ある中国の修行僧が、世羅に伝えたと言われている。」