Spica   作:一等星

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 ───────私でいいの? そう問いかけたのを、覚えています。


Planet series
瞬間を重ねた夜に。


「しかし、君の事を振り返る事になるけど。堂々と、臆することなく行ったものだね」

 

「そうするしか、無かったので」

 

「……感性の強い君らしいというか、天才ならではの思考というか」

 

「あなたにお褒めいただき、恐縮です」

 

「こいつ。そんなこと言うキャラじゃ、なかっただろ。まぁでも、懐かしいよね」

 

 ───────始まりは、四月のことだった。あの時の詳細なことのあらましは、今でも思い出せる。

 

 

 

■■■

 

 

 

「ったく、今日も仕事は押し付け気味と言うか、なんというか」

 

 現代日本。会社からの帰路を歩く男性は、困ったように呟いた。見た目からして二十代の中頃ほどか。それなりの見た目に、それなりの身長。それなりの靴。髪は一応丁寧に整えている。何処にでもいるような彼は、何やら愚痴が溜まっているようで。

 

「そもそも、納期を考えずに仕事をとるなよ。俺たち開発組は、楽じゃねえんだぞ」

 

 自宅寮のおんぼろアパートに帰ってくるまで、沢山の恨み言が口からこぼれる。例えば、"あのクソ野郎、失敗を人に回すな。"とか、"仕事ができるから嫌いとか意味わからねーぞ。"とか。留めることも知らぬと言わんばかりに、つらつらと口の端から漏れていくのだから仕方ない。

 

「ただいまー。つっても、誰もいないんだけどな」

 

 家に帰宅しても、返事は全くかえってこない。だが、そんな彼でもささやかな楽しみくらいは存在していた。ゲームアプリ。"ウマ娘。プリティーダービー"こそが、生き甲斐となっていた。

 

「さーて、今日はどんな育成をするかね」

 

 炊事はできるが気力もなく、出来合わせを購入してあって。用意は万全といった様子でアプリを起動。ロードの合間に冷蔵庫へと向かい、キンキンに冷えた缶ビールを手に取れば、今日も今日とて飲みながらのゲームの時間へ。

 

「お、今日から新育成始まるのか。あんまり見た覚えのない告知だが……プラネットシリーズ?」

 

 そんな彼に、都合よく舞い込んだのは新育成シナリオ。ウマ娘は、基本的にこの育成シナリオを周回することによって、イベントなどで勝つことが出来るウマ娘を何度も育成して継承し、作りあげていくのだ。

 

 

「どれどれ、説明文でも読むか」

 

 仕事の疲れを日々愛バで癒すからには、些細な変化でも有難く、すぐさまシナリオの説明を読みこむ。こういう作業は仕事でも使うし、おちゃのこさいさい。把握にはそれほど時間がかからなかった。

 

─────────────────────────────────

 

【新生! プラネットシリーズ!】

 

パーティーの用意は出来ているか!

爛々(らんらん)と美しい、星の名を関するチーム、ここに集結!

列島列強。数々のウマ娘が集い、貴方を世界へ誘う!

ルートルールは貴方におまかせ! 新たな境地へ!

世界へ羽ばたくワールドワイドなウマ娘達は、

相見える為に、今新しく踏み出した!

ルドルフに向かい、ルーニーと名乗るウマ娘が!?

どうなるか分からない怒涛の展開に乞うご期待!

さあ、トレーナー。歓迎! 我らが世界へ!

 

─────────────────────────────────

 

「……なんだこれ」

 

 その結果、意味がわからない。なんて認識のみが残ってしまうとは、つゆにも思わなかったのだが。はっきり言って怪文書と言われても、仕方ない。公式がやるにしても、今日はエイプリルフールだっただろうか。とカレンダーを二度見してしまうほどだ。

 

「まぁ、やるだけやってみようか。……スズカを強くしたいしな」

 

 とはいえ、それを深く気に留めでも無駄だと思えば、早速育成を開始しようと画面をタップ。いつもの見なれた画面が開く。そう思った時、ピロリン。と謎の効果音が鳴った。

 

「あ、なんだ?」

 

 ウマ娘に、そんな効果音は存在しない。SNS含め、ありえないことが起きている。そうして画面を確認しようとした時に、眩い光に包まれ───────。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

"……ですか、だいじ……ぶ……すか!"

 

「ん、あ。ぁあ……?」

 

 どれほど気を失っていたのだろうか。目を覚ませば、見慣れない景色が目に映る。自室でないことは、彼にもわかっていた。声が聞こえる。女性なんて、部屋には入れないはずなのに。この違和感は、なんだろう。考えても、正体は掴めない。

 

「知らない天井だ……」

 

 夢のような浮遊感に任せ、テンプレートを口に出す。一体ここはどかなのだろうか。周りを確認しようとした彼は、起き上が……。

 

「起きました、生きてます。良かった!?」

 

「ごっふぅ!?」

 

 れない。腰も他に抱きつかれ、とてつもない衝撃が体を襲う。目の前の人物は女性なんだろうか。やけにどこかで見たような、真緑の服を着ているが、一向に思い出せない。引っかかる何かは、存在しているというのに……。

 

「お怪我はありませんか!? こう、いきなり上からふってきたんです!」

 

 上から降ってきた。さてはアパートの床でも抜けたか? と勘繰るものの、彼の目には空いた天井なども見えなかった。現実逃避をしたくなって来たが、その前に。

 

「ああ、うん。とりあえずその抱擁を解いてくれませんか……」

 

 体がミシミシと言っている気がした。というか、実際かなり痛いのだ。なるべく顔に出さずに伝えると、女性は赤面しては即離れる。混乱もしていたのだろうか。

 

「ご、ごご。ごめんなさい! その、あまりにも心配で……」

 

 慌てふためくその姿は可愛らしいが、その仕草を眺めている場合ではない。すぐさま返答と質問をすることに。そうしなければ、前に進むことすらままならない状況だとは、薄々感じていたのだ。

 

「いいんですよ。ああ、因みにここってどこでしょう?」

 

 

 "しかし、それはさらなる混乱を招き入れることになるとは思いすらしなかったのだが。"

 

「此処ですか? トレセン学園です。私はこの学園の理事長の秘書。駿川たづなと申します!」

 

 衝撃的な一言。男はボディーブローをかまされた気がした。強烈的すぎて、"腹が抉られたのでは"とすら錯覚するほどの一言は、頭の中で反芻する。

 

「……は? はやかわ、たづな? とれせん、がくえん?」

 

「は、はい。如何致しましたか?」

 

 視界が、グンにゃりと曲がった気がした。鈍器でものすごく強く殴られ、意識が朦朧としている様な気さえした。

 

 男は、その単語を知っている。いや、知っていなければならない。だが、現実として考えればありえない。"自分のプレイしていたゲームの主要人物と、主となる舞台に居る"なんて、本来あっちゃいけないのだから。

 

「だ、大丈夫ですか!? お、お名前は言えますか!?」

 

 だが、いつまでも頭を抱えることは出来ない。早く、目の前の人を安心させなければ。得体の知れない恐怖感を、忘れ去ってしまわねば。

 

「は、はい。えーと……」

 

 かろうじて頷くと、名前を伝えようと口を開こうとする。だが、喉の奥からでてこない。

 

「……あれ」

 

 それどころか、元々の名前に霞がかかったように、一文字すら浮かばないのだ。

 

「もしかして、名前……思い出せませんか?」

 

 今度は、ただ頷くだけにとどめる。男は、よくある憑依系などですらない事も覚った。そういうのは、基本記憶を全てもって無双する。とか、偏見にまみれているせいかもしれないが。

 

「もしかして……あなたがまさか……いえ、それでしたら。分かりました。住むところなどはこちらで手配します」

 

「え、いや。そんな……」

 

 なにやら話が急に動きすぎる。それどころか、負担をかけると思い、咄嗟に彼は、待ったをかけようとした。だが、たづなの右手に制された。その目に宿るは、とても強気決意の表れ。

 

「良いんです! 代わりに、私はあなたに……"トレーナー"になっていただくと思いますから」

 

「……え」

 

 故に、宣言は体を駆け巡り。彼は惚けるしかなく。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 あれから、数時間。あれよあれよと、ことが決まってしまった。トレーナー試験などは必要では無いのか。とか、理事長の判断は。とか、様々な反論をしようとしたところで、"記憶があやふやな人を助けるのは義務だし、理事長からは既にOKされた。"と返されては、男は押し黙るしか無かった。

 

「それで、これから選抜レース、ね……」

 

 さらに言えば、"サブトレーナーとしてではなく、メイントレーナーとして働いてくれ。"とはたづなの弁。たった一人のウマ娘を担当する為に、今からその地に赴かなければならないのだから、男としては複雑な気持ちだ。

 

「ゲームと現実は違うってのに、やれるわけないだろう」

 

 口から出る悪態と、同時に多少気持ちが高ぶる自己に嫌悪。つくづく、楽観的だと自分を責めざるをを得ないほどだ。とはいえ状況だかいに必要なのは、トレーナー業を行うこと。彼は、ほとほと困っていた。

 

『お待たせ致しました。これより、選抜レースを始めます』

 

 だが、世界の時は待ってくれない。自分の考える時間など、最初から多くは用意されていなかった。はぁ。とため息ひとつ。男はレース場へ向かうと、芝二千を走ることとなるウマ娘を眺める。

 

「……違う」

 

 第一走目。目当てとなるウマ娘は居らず、このレースは流す。いや、たしかに気になる逸材はいた。それこそ、彼でも名前を知っているウマ娘だ。本来なら、そこに声をかけて、なりふり構わず行くべきだろう。今の自身は生かされている。その自覚があるのだから。

 

「それでも、ここに来たら、居るんじゃないかと思ってしまうんだ」

 

 だが、第二走目。三走目と進んでいく。本来なら、そのウマ娘はもう獲得されていておかしくない存在だ。ともすれば、出会うことは無いのだろうか。諦めかけたその時だ。

 

『四番。サイレンススズカ』

 

「!」

 

 その名前を聞いた途端、メモ用紙から顔を上げる。周りのトレーナーは、同時に走る別のウマ娘。グラスワンダーを眺める中、男だけがサイレンススズカを見つめていた。なぜ、模擬レースでグラスワンダーが同時に走るのか。そんなシナリオ、なかったような気がする。疑問はつきないが、それをさておいて良いほどの興奮が、彼を襲う。

 

「やっぱり……!」

 

"彼女は、綺麗だ。"

 

 ガタンッ。と音を立て、ゲートは開く。他のウマ娘は目に入らない。いつの間にか、得体の知れない状況への恐怖は消えていた。ありえない光景を目にして、怖がっていた自分なんて、思い出すことすら無さそうだ。

 

 彼の心象が強く彼女を求める中で、レース展開は動きがない。栗毛がなびく、すらっとした体型の体操服のウマ娘。サイレンススズカの戦術は、先行を選んだようだ。しかし、それではなかなか追い抜けないのか、もどかしそうに、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「ッ」

 

 ターフの芝を踏み込めど、こればかりは仕方ない。それどころか、残り七百辺りから、差しのグラスワンダーが悠々と彼女の隣を走り抜け、先頭へと向かうのだから、これはもう手の出しようもなく。終われば、結果は五着。当然最高の走りをしたグラスワンダーに、トレーナー達は群がるだろう。男は一瞥した後、ついに歩みを進めた。

 

『サイレンススズカ。才能はあるんだが……』

 

『どんなトレーナーとも上手くいかない、大物ウマ娘だ。手を出すやつは……』

 

 皮肉の声は、ウマ娘には難なく聞こえるであろう。彼女を取り巻く環境は最悪。その最中であっても、一歩。また一歩と進んでいく。そこから先は、迷わなかった。

 

「サイレンススズカ、だね」

 

「? え、ええ。どうなさりましたか?」

 

 悔しそうな顔を浮かべていた彼女は、とにかく驚く。そうなる事は想定内。じっと彼女の目を見つめては、彼は意を決して歩み寄る。

 

 "───────僕と契約して、担当ウマ娘になってくれないか?"

 




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