ウェイトリー・アルハズラットはこの町を心から愛している。都会過ぎず田舎過ぎず、都心へも程近い。バスや自転車で行ける範囲には、かの有名な国立魔法大学付属第一高校もある。
今年、ウェイトリーが涼のコネとなけなしの現代魔法の実力と有り過ぎる知識を限界まで使って入学しようとしている高校だ。
此処の住民は、異国人であるウェイトリーと教会の家族を快く受け入れてくれた優しい人々だ。
近所の──近年において絶滅危惧種である駄菓子屋の老女は、ウェイトリーが幼い頃からその成長を見守ってきてくれている。亡き母フレンがよく連れてきてくれたこの店は、ウェイトリーの散歩ルートの一つだ。
中年の女が経営している花屋は、この町の著名スポットの一つだ。色とりどりの花々が可憐に、華やかに飾られており値段も安上がりだ。フレンへの見舞いの花もここで買っていたものだ。
そんな思い出深いこの小さな──しかし懐の大きい町を、休日の朝昼晩の計3回を散歩するのがウェイトリーのルーティンだ。
この町の暖かさを再確認する為。この駄菓子屋の老女と談笑する為。そんな平和を味わう為で有り、
──その日常を壊そうとする愚者を殲滅する為でもある。
ここ最近、涼が言うには正体不明の魔導書絡みの魔法犯罪者組織、通称サバトの活動が活発化してきているらしい。彼らは世界中に潜伏しており、日本でも活動が見られるという。首都圏のみならず辺境でも検挙あったとのこと。
つまり、そんな不届き者がこの町にも忍び寄っているのかもしれないのだ。
許しておけない、黙っておけない、放っておけない、生かしておけない。
正体不明の魔導書というのもウェイトリーからすれば心当たりしかない代物だ。何らかの原因で流出したネクロノミコンの断片か、はたまた別の魔導書か。
とにかく、此度のその騒乱はウェイトリーにも責任がある。彼というこの世界のイレギュラーにして余所者、そしてこの世界そのものを侵食したであろう外宇宙の神々の創造主、その片割れが転生してきたからだ。
だからこそ、ウェイトリーは責任を果たそう。その気色の悪いサバトとやらの殲滅を。愛するこの町の守護を。
そして──
ふと、キョロキョロと辺りを見回す少女を見つける。場所を探しているのかスマホを片手に忙しない様子だ。見ればやや大人びた雰囲気だが年齢はウェイトリーと同じ──無論、肉体的な意味だ。1つ上ほどであろうか?
美しくふわりとした巻き毛の黒髪に整った顔立ち、同年代と比べれば低身長であるにしては、平均以上に発育の良い起伏に富んだ肢体をジャケットとスカートに包んでいる。
「もし、そこのレディ?」
「? あら」
──困っている女性を助けるのも、ウェイトリーの役目というものだ。
◇
七草真由美
名高き国立魔法大学付属第一高校の生徒会長であり、射撃系魔法競技者の間では『妖精姫』という異名で呼ばれている実力者。物質を多元的に知覚することができる知覚魔法『マルチスコープ』を先天的にその眼に備える、現代の異能を持つ。
その異能により世界屈指の遠距離精密魔法の使い手とも称される、若き天才だ。
そんな彼女は、休日を利用してとある場所を目指していた。ここ最近、学校の生徒──主に女子生徒の間で話題になっていることがある。
【──近くにある教会には、絶世の美青年の神父と司教がいる】
半ば眉唾物だったその噂は、実際に教会へ訪れた女子生徒の証言で事実であったことが知れ渡る。
そして美青年目当て、物好きな生徒はこの辺りにはない教会の見学目当てで赴き、多くのその生徒は教会に通い詰めるようになった。……だけならばよかったのだが。
その通い詰めるようになった生徒達が、こぞってカトリックへの信仰、改宗を始めたのだ。これだけならまだしも、中には譫言のように神父や司教の名前を呟きを繰り返すなどの只事ではない様子の生徒まで報告された。
そんな明らかにきな臭く、怪しさ満点の教会へと調査──と僅かな個人的な好奇心を理由に──に赴くために来たのだが──
「……迷ったわね」
絶賛迷子中である。スマホのマップアプリを駆使して来たのだが、思いの外入り組んだ道行きのせいで現在地があやふやだ。どうしたものかと辺りを見回していると
「もし、そこのレディ?」
「? ──」
後方から男に声を掛けられ振り向き──息を呑んだ。
男は異国人だった。185はあるだろう身長に、スラリと伸びた脚。そよ風に吹かれ揺れる髪は陽射しに照らされ美しく煌めいている。
絵画の世界からそのまま飛び出て来たように芸術的なまでに整った顔立ち。温和そうに弓形に細められた碧眼は深い叡智──外見に似合わず、どこか老練さを感じさせる──を思わせる。
美しい。それ以外の感想が思い浮かばない、
「──あら、どうされましたか」
「いえ、辺りを頻りに見回しているようでね。何かお探しで?」
どうやら青年は迷っていた彼女に対して、親切にも声をかけてくれたようだ。誘い口調はナンパそのものではあったが。
「えぇ……今、南沢教会を探しているのですけど」
「おや、教会に用が? お若い──と言っても私よりは上でしょうが、これは珍しい」
「そうです──え?」
なんとこの青年、真由美よりも歳下らしい。大人びている──と形容するには些か印象との乖離が激しい。真由美からすれば、近所に住む親切なお爺さんと話している感覚だった。
「……もしかして、今年受験生?」
「えぇ、魔法大付属第一高校への入学を目指しておりましてね。……魔法の実力は皆無に等しいですが、なけなしの知識を頼りにしようかと」
そう言う青年の雰囲気は知恵深そうで、謙遜の言葉とは真逆に自信を滲ませている。十師族──日本最強の魔法師に送られる称号──に選ばれる資格を持つ二十八家の内の一つ、名門七草家の長女として産まれた彼女は只人以上に、権力を欲し近づいてくるような輩など、裏の顔を持ち腹に一物あるものどもを見てきた。
そのせいか、はたまたそのおかげと言うべきか、彼女はある程度他者の心情や本質を読み取ることが出来るようになった。そんな彼女の鍛えられた洞察力は、青年の言葉に【否】という答えを出した。もしかすれば、今からでも筆記はクリア出来るやもしれない。
そんな青年が自身の高校に入学しようとしている。実技がなければ残念ながら一科生に入るのは難しいだろうが、模試での成績が良ければ二科生ならば有りうる。ならば今の内に先輩、そして生徒会長としての姿を見せておくのも吝かではない。
「じゃあお言葉に甘えて。まだ名前を言ってなかったわね。私、その第一高校の生徒で生徒会長を務めてる七草真由美と言います」
「おぉ、そうなんですか! ……っと、先に名乗らせてしまい申し訳ない。私はウェイトリー・アルハズラット。見ての通り異国の血筋ですが、日本産まれの日本育ちです」
右手を胸に当て、優雅に会釈をするその姿はさながら紳士のようだ。ますます彼が歳下であることが信じられなくなってきた。
「では歩きながら話しましょう。よろしいですか?」
「えぇ。ありがとう」
そうして会話しながら、入り組んだ道を進んでいく。真由美が此処に来た理由をウェイトリーに話すと、彼は納得した様子で苦笑した後、「彼なら仕方もないか……」とどこか親しい様子で諦念を込めて呟いた。
「いやはや。まさかかの『妖精姫』とこうして相まみえるとは」
「……その名前で呼ばれるのは少し恥ずかしいわね」
「何を恥ずかしがるのか。貴女のその実力と美しさに相応しい異名でしょう」
「ありがとう。褒めるのがお上手なのね、ウェイトリー君は」
「いえいえ。……折角の機会だ、一つ見せたいものがあるのですがよろしいか?」
「? えぇ、私でよかったら」
有難い。と少し気恥ずかしそうに笑いながら、ウェイトリーはバッグからタブレット端末を取り出し起動する。そこに映っていたのは、魔法式だった。
一見ただの魔法式に見えるそれにしかし、真由美は静かに瞠目した。
──その魔法式は、
古式魔法の弱点として、発動速度の遅さが挙げられる。短くて10秒、長ければ1分以上はかかる──行使には、正しい神への祈祷文を詠唱しなければならないものもある外宇宙魔法に比べれば比較的ましだが──ところを、現代魔法と遜色ない速度で発動でき、種類にもよるが既存の魔法より更にサイオンの消費を抑えることが出来るようになっている。
問題は魔法式の複雑さだが、優秀な魔法師ならば然程苦労はしない程度だ。古式魔法を基盤に、そのデメリットを払拭した魔法式を独自で編み出したというのか。
「……これ、貴方が作ったの?」
「えぇ、自信作でしてね。私には使えませんが面接のときはこれで合格を貰おうかと……」
試験もなにも、こんなものを見せたら合格は確定だろう。いや、即座に国の魔法研究機関への内定すら約束されかねない。
そんな代物をウェイトリーはなんでもないように真由美に見せてきた。
「他にあったりするの?」
「ん? あぁ、試作が色々あるのですが如何せん私に魔法の才がなくてですね。試す機会がないのですよ」
はっきり言って、これはある意味魔法を使えることに勝る才能だ。上級魔法を自在に使いこなす魔法師は、言ってしまえば少なくない。だが
「……ねぇウェイトリー君。なんで貴方は魔法科を目指すの?」
気紛れに投げかけた問いは、そんなありきたりなものだった。類稀なる才能を持ち、その才能を生かすのならその部門を学ばうとするのは当然だろうに。
だが彼女は無性に彼の答えは及びもつかないものではないかと感じた。
「ふむ……何故、か」
その問いにウェイトリーは腕を組み、顎に手を当てる。その一つ一つの所作も様になっているのは、本人の立ち振る舞いか、その美貌からか。
「……真由美さん。貴女は魔法についてどう考えていますか?」
「魔法について……?」
そう問われれば深く考えたこともなかった。真由美からすれば紙に記すときペンを用いるように、食事に箸やスプーンを使うように、幼少期から鍛えられてきたその魔法技術は、『当たり前』のこととして処理されていた。
「魔法とは超能力を科学で解明し、技術として確立したものだ。しかしその超能力という非科学的なものが原型のせいか、魔法の行使には血統などの先天的才能が必須になり、一部のものにしか扱えない」
「……」
「実に不便だ。科学の行く末とは『普及』に他ならない。才能ありきの技術などもっての外だ」
「──なるほど」
つまりはウェイトリーが何を言いたいかと言えば
「ウェイトリー君、貴方……魔法を誰でも使えるようにしたいのね」
「えぇ、そういうことです」
魔法を血統関係なく、紙とペンのように、携帯電話のように、遍く普及させ"特別な技能"から、"便利な技術"にすることこそがウェイトリーの目標なのだ。
「……今までずっと魔法に関わってきたけど、そんなこと考えたこともなかったわ」
「この国の教育の怠慢ですよ。彼らは魔法を【兵器】という側面でしか見てない。──『こうあったらいい』『こうだったらいい』という人々の幻想と理想こそが本来の魔法なら、更なる発展が必要だ」
──どうやら真由美が出会ったこの青年は、真由美の想像以上……予想以上に傑物らしかった。
昨今の魔法界を大きく変える可能性を持った秀才。ますます彼の入学が楽しみになってきた。
「だったら頑張って合格しなきゃね、ウェイトリー君?」
「全くもってその通りです。理想の前に目の前の現実につまづいてるようでは話にならない」
そう朗らかに、笑顔を見せながら話すウェイトリーと真由美。見目麗しい2人に──
【……見つけたぞ、アルハズラットの長子】
「ッ!?」
【解け、
──魔の手が伸びる。