魔法科高校の〝ガチ〟劣等生   作:使命

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好きだよ真由美、愛してる。魔法科高校で1番愛しているんだ。


Step11 紳士と淑女とサバトと双子と

 

 

「──ッ! 『障壁の創造』!」

 

 

 ウェイトリーがその言葉を唱えた瞬間、真由美の前に半透明の壁が現れる。ジュッ、という何かが溶解するような音が聞こえ、その半透明の壁が黒ずむ。

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

『障壁の創造』が間に合ったのは、半ば奇跡だった。散歩の目的がサバトの見回りでなければ気を抜いていた。

 

 

「ぎっ……! がぁっ!」

 

 

 だが自分への展開がギリギリ間に合わなかった。ツンとするような刺激臭の後、ウェイトリーの右肩の1部が黒く変色し、萎縮する。

 

 身体を無理やり腐らせ、欠損させるほぼ即死の呪文だ。直撃は免れたとはいえ、その痛みは地獄の苦しみだ。

 

 

「ウェイトリー君!」

 

「動くな!」

 

 

 先程の品行方正な口調を崩し、荒々しい真由美への指示に彼女は足を止める。

 

 

「……ほう、萎縮を防ぐか。あの狂えるアラブ人の息子なだけある」

 

「賞賛してる場合か。必要なものを奪いしだいずらかるぞ」

 

 

 そう現れたのは2人の黒いローブを纏ったCADを持つ男だった。そしてウェイトリーと真由美に放った『萎縮』は、現代魔法には存在しない──外宇宙魔法の1種。

 

 間違いない、サバトだ。

 

 

「萎縮……? そんな魔法聞いたこと」

 

「ぐっ……、いいかい真由美さん。その障壁は一定の害ある干渉を防ぐ魔法だ。勿論限界はあるが、ないよりマシだ。少し動かないでくれ」

 

「……さっきからこんな魔法、あるはずが」

 

「あるんだ。存在するんだ。君たちにとって埒外の魔法が」

 

 

 外宇宙魔法。領域外のものどもを起源とする、正気と命を糧にする神秘の行使。外宇宙魔法の真に脅威となる点は、現代魔法に対し圧倒的に優位なことにある。

 

 既存の防御術式をすり抜け、穴を突き、無に返す。現状、現代魔法師が外宇宙魔法の干渉を防ぐ方法は、魔法式そのものを破壊するか、当人の魔法耐性能力──サイオン保有量によって決まる──でレジストするしかない。

 

 しかも厄介なことにたった今男が行使した『萎縮』は、ウェイトリーの使うそれよりも威力が数段高い。

 

 事実、ウェイトリーの『萎縮』ならば10発は耐えるであろう『障壁』の耐久値が大きく削れている。残り2発もあれば貫通されるだろう。干渉力がウェイトリーの比にならないようだ。

 

 

「ハァッ、ハァ……さて、何用かね君たち。見ての通り私は何の変哲もない中学生なのだが」

 

「フンッ、何の変哲もない男の前に我々がこうして現れると思うか? 『アルハズラットの長子』よ」

 

 

 あぁ、この展開、記憶に心当たりがありすぎる。あの忌まわしいナントカの智慧派に攫われたときのように、今日のような昼下がり教会に襲撃されたときのように、彼らはあれを求めてやってくる。

 

 

「さあ、禁忌の叡智『ネクロノミコン』を渡してもらおう」

 

「──全く、君たちは揃いも揃ってそれを欲しがる。はっきり言ってあげよう、その書に人類に有益な情報は一つたりとも無い。歴史を犯し、文明を侵し、秩序と常識を冒す、狂気と恐怖のみが記されたものだ」

 

 

 うんざりと、忌々し気にウェイトリーは語る。どいつもこいつもこの邪本を欲しがるが、これは外なる者に魅せられた狂人の書き殴った遺書である。そのうえ自身の記憶と外なる神に授けられた叡智を持つウェイトリーからすれば、情報の欠落が多い稚拙なものだ。

 

 

「それがどうした? 我々の目的は真なる神に信仰を捧げ、比類なき知恵を得ることだ。社会のことなど知ったことか」

 

「何を言うかと思えば。狂える詩人の息子も存外に俗物だな」

 

 

 ケラケラと嘲笑う2人の男を注意深く観察しながらウェイトリーは思考する。最優先事項は真由美を逃がすことだ。何とも腹立たしいことに外宇宙魔法師は正気と法の加護を代償に、異端の叡智と高い実力を手にする。

 

 ウェイトリー自身の身を守るだけならともかく、真由美を守りながらサバトを撃退するのは至難だ。

 

 思考の間にも炭化した肩から血が流れ、痛みを訴える。

 

 

「……待て、そこの女はどこかで見覚えがある」

 

「ッ!!」

 

「ん? あぁ、七草家の長女だな。確か名は──七草真由美だったか」

 

 

 突如向けられた視線に真由美の背筋が凍る。秩序を嗤い、法を無視し、己が知識欲を満たすためだけに人を殺す──狂気と純粋な殺気で濁った瞳だ。ウェイトリーのように見慣れたわけでもない彼女は恐怖で身がすくむ。

 

 

「死体の処理も面倒だ、貴様に興味はない。命は助けてやる。消えろ」

 

「え……?」

 

「……願ってもないことだ。ついでに私も」

 

「逃すと思うか?」

 

 

 やっぱりか。と諦めた様子で苦笑するウェイトリー。2人の男の意識はウェイトリーにだけ向いている。仮に真由美が背を向けたとて、彼らは見向きもしないだろう。男2人から目を離さずにウェイトリーは端的に告げる。

 

 

「ということだ。真由美さん、君は逃げたまえ」

 

「でも、それじゃあウェイトリー君が!」

 

「私はいい。君には、君が先頭に立って導くべき生徒が、家系が、魔法師の未来があるはずだ。こんなところで君を喪うわけにはいかないね」

 

 

 ぎりっ、と周りにも聴こえるかと想うほどに歯を噛み締める。確かに彼女はこの場においては役に立たないかもしれない。

 

 まずウェイトリーを害した『萎縮』なる魔法。この世に登録されている魔法式にそんなものは存在せず、その不可視の一撃はしかし人体を容易に炭化させる威力を持つ。

 

 そしてウェイトリーの使った『障壁の創造』はその魔法の干渉を制限があるとはいえ完全に阻止する効果を持つ。

 

 自身の知りえない魔法の行使の数々は、未知ながら彼らの実力高さを思わせる。現にあのローブの男たちの立ち振る舞いに、油断も隙もない。

 

 ──されど、己がこの場を逃げていい理由にはならない。

 ウェイトリーは重症だ。気丈に振舞ってはいるが、グズグズに炭化した肩の痛みと出血によって意識が朦朧としている。美麗な顔に脂汗を滴らせ、それでも自らを鼓舞するかのように不敵な笑みを浮かべている。

 

 だが気持ちだけではどうにもならないのが現実だ。辛そうだから手を抜く、などとそんな甘ったれた思考を目の前の男たちは持ってないだろう。むしろウェイトリーに向けられる殺意は微塵も衰えず、逆にこの場を好機とみて昂っている。

 

 恐ろしい。産まれて初めて体験する直接的な殺意が。眼に映る狂気が。今から殺し合いをするであろうこの場の空気そのものが。

 

 この空間を構成する要素の全てが怖くて仕方ない。足は震え、今すぐこの場から背を向け逃走するべきだと、本能が訴える。

 

 怖い、怖い

 

 逃げたい、逃げたい───

 

 

 

 

「『障壁』……なんのつもりだ。()()()()

 

 

 ──だが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 真由美が音もなく放った攻撃魔法は、ウェイトリーが使用した障壁──耐久値でいえば込められたサイオンの差からウェイトリー以上──と同系統の魔法で容易く防がれる。

 

 

「っ! 真由美さん!」

 

「いいえウェイトリー君、逃げるのは貴方よ!」

 

 CADを男たちに向け真由美は声を上げる。ウェイトリーだけに向いていた殺意はすでに真由美にも向いており、先ほどよりも更に大きい悪寒が走る。

 

 

「さっき私が言ったことを聞いてなかったか! 君はこれからの魔法社会の要となり得る女性だ! こんなところで君が死ぬようなことがあっては」

 

「それは貴方もよウェイトリー君。貴方の才能は、存在はこれからの魔法社会に革新を齎すものよ! こんなところで失うものですか!」

 

 

 それに今から戦闘があるなら、真由美が戦うことのほうが合理的でもある。片腕が使い物にならず、意識も絶え絶えのへっぽこ魔法師ウェイトリーと、国内でも名高い遠距離魔法の使い手の『妖精姫』だったら、明らかに後者のほうが勝率がある。

 

 

「だが奴らの使う魔法は君たちとって未知なるものだ! 知るものと知らないものでは雲泥の差が──」

 

 

「あら、これでも私魔法の実力はそこそこあるのよ?」

 

 

 ボロボロのウェイトリーを押しのけ、真由美は前に出る。胸中の色々な感情を全て飲み下し、CADを握る手に力を込める。

 

 

「だから──貴方は逃げて、ウェイトリーさん」

 

 

 そう言って真由美は2人の外宇宙魔法師と対峙する。はっきり言えばあの2人の魔法の実力は真由美と同程度かそれ以上だろう。

 

 更に言えば彼女と彼らでは踏んできた()()が違う。彼女が如何に非凡な才を持つとはいっても所詮は学生だ。命のやり取りの経験などなく、今も向けられる殺意と狂気に足を震わせている。

 

 されど前に立つ。何も特別な理由など無い、ただ道を教えてくれた親切な彼を守るため。彼女自身の善性に応えるため。魔法師の未来を守るため。

 

 震える足を誤魔化して、CADを構えるは妖精姫。

 

 

「ハッ、態々貴様は見逃すと言ってやっているのに死を選ぶか」

 

「存外、名高い妖精姫も蓋を開ければ愚かなガキだな」

 

 

 その在り方に、その気高さに、その背中に、その美しさに──純白に煌めく人間の輝きに

 

 

「……いや、そんなことはない」

 

 

 眼を焼かれながらウェイトリーは一歩踏み出した。

 

 

「ッ! ウェイトリーさん!」

 

「ありがとう真由美さん。久しぶりに、本当に久しぶりに美しいものを見させてもらったよ」

 

 

 そして懐から取り出したのは一冊の小さな手帳サイズのCAD。一見何の変哲もなく見えるそれは、知識ある者からすれば恐ろしく、かつこの上なく悍ましい禁忌の叡智が詰まった代物であることが分かる。

 

 

「それがネクロノミコン……!」

 

「あれに我らが神をお呼びする手段が!」

 

「悪いが中身はシークレットだ。君らみたいなこの町に這い寄る蛆虫には過ぎた物だろう?」

 

 

 そう、あれらは蛆虫だ。知識欲しさにウェイトリーの愛する町に侵入し、あまつさえウェイトリーだけでなく真由美にすらも危害を加えようとする救いようのない愚者だ。

 

 

「汚れて、穢れるんだよ。君たちのようなのがいるとね……!」

 

 

 だからこそ、汚れ(穢れ)は綺麗さっぱり()()しなければいけないだろう。そんな怒りに呑まれたウェイトリーの意識に共鳴し、ネクロノミコンに非幾何学的な、狂気的な程に精密な模様が走る。

 

 

「いあ いあ なぐ たうぐん いぇぶ うぇぐ よぐそとほーと しゅぶにぐらす 」

 

「……ま、待ってウェイトリーさん? それは……それは()()()()!?」

 

 

 真由美が悲鳴に近い叫びを上げる中、何重にも重ねられた魔法陣がウェイトリーを守護するように周囲に展開される。そしてその魔法陣で象られた門に書かれた意味を──その奥に住まうモノを──知識を持つがゆえに、そして1人は異能を宿す瞳を持つせいで。

 

 正しく認識し、理解した──理解してしまった。

 

 

「ば、馬鹿な! そ、それが、それが人間1人如きの招来に答えるだと!?」

 

「ひっ、こ、殺せ! 殺せぇ!!」

 

 

 酷く恐怖し動揺した2人がウェイトリーに魔法を放つが、尽くが魔法陣に阻まれウェイトリーには届かない。その間にも奴らが、双子が近づいて来ている。

 

 

「ふんぐるい うるああがな ふたぐん いあ」

 

「やめろ……! やめろやめろやめろやめろやめろぉ!!」

 

 

 咽ぶような、微笑むような、唸るような、叫ぶような、祈るような詠唱は止まることなく、眼前の愚者を嘲笑い完遂し──

 

 

「いあ ──Nag taugn Yeb(ナグとイェブ)

 

 

 蒼き星に旧き支配者が降り立つ

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