Nag&Yeb
ウェイトリーが盟友とともに創造した双子神、旧支配者の一柱。その出生は、全にして一たる副王ヨグ=ソトースと、地属性最大神格である大地母神シュブ=ニグラスの間に産み落とされた仔だとされている。
宇宙各地で崇拝されてはいるが、この陰陽の双子はそのあまりの恐ろしさから、その実態を語るものは少ない。
かの外なる神二柱の落し子であるその双子は、クトゥルフやツァトゥグァなどの旧支配者の産みの親でもある。その存在格だけでいっても、それこそ同じく副王を父に持つ風属性の最大神格か、遙か太古に金星人によって信仰され太陽系を支配していた名の失われた三柱などしか比肩しえない、旧支配者最強の一角。
──ネクロノミコンは、主の意思を汲み最適な存在を選択した。
【黒き連祷】においてこの神は黒き竜と赤き竜とされ、来たる日に黒き炎をもって星々を
門の先に在るソレらが歓喜の咆哮を上げる。遙か永劫の空間の座にて放たれたそれは、ソレらの周りを漂っていた不定形の蠢く粘液で構成された身体を持つ奉仕者たちを余さず轢き潰し、また奉仕者たちは再生する。
素晴らしい。偉大なる両親の創造主の始祖、その片割れが他でもない自身らを求めていることもだが、何よりその召喚の際に流れ込んできた意思が。
『目の前の不快なクソを洗浄しろ』。混じり気のない純粋かつ強烈で、1人の人間から旧支配者たる自身へ命にすれば余りにも傲慢な意思。それでこそ、それでこそ我ら狂気と深淵の住人の主だ。
この身そのものを降臨させたいところではあるが、生憎それは創造主の望みに反するだろう。
しかしそれになんの不満も抱いた様子もなく、頗る上機嫌に双子はそのガス状の身体と触手を絡め合いながら手頃な化身を形取り、門に
◇
見えた。視えた。観えた。見えてしまった。その魔方陣で象られた門から来たるモノを。
蒸気のガスと固形物で構成された、身悶え腐り果てた肉塊に生えた無数にある目と口から、絶えず体液と唾液を垂れ流し、鉤爪や蹄のある肢体を伸ばしては本体に吸収されるあまりにも不快かつ醜悪で悍ましい、この世の全ての生命を冒涜するようなそれらの姿を。
「あ……うぉえ」
脳に伝わるあまりの情報量の多さに昼食を全て吐き出す。目の前に散乱した吐瀉物のほうが遥かに清らかであろうその双子の情報に付随して、濁流の如く何かの記録が流れ込んでくる。
沈むルルイエ。大いなるクトゥルー。失われしハイパーボリアの地下、寝転ぶ蟇蛙。ヨ■AΣ□◑♁ー/。shub●灬★ゞ*₩AỦϖ”:。
あぁ、駄目だ。と削られていく理性が叫んだ。それを知ったら最後、今まで人が積み上げてきた文明が、社会が、秩序が、魔法が、科学が、常識が、ルールが、全て無価値なものであると気付いてしまう。
なにせ、その悍ましく偉大なる彼らにとってそんなものは吹けば飛ぶ代物でしかないのだから。
認めてはならない、認めてはならない、認めたくなどない。産まれてずっと自身の瞳に宿る異能を、初めて心の底から恨んだ。
掌で眼球を押し潰すように覆う。願わくばこのまま、失明すればいいと思える。
何なのかあれらは。あの醜悪で恐ろしい、異常極まりない、しかして神の如く強大な存在はいったい何なのか。頭の端に浮かんだその疑問を抱いた瞬間──
そうか。彼らは神なのか。であれば話は根底から変わってくる。あれが異常なのではない、あれこそが正しいのだ。
世界は美しいものだ。人が、自然が、科学が、神秘が織り成す世界には確かに善だけでなく悪も存在するが、その全ての要素がなければこの世はこの世足り得ない。
そう信じていた。否、そうだと知っていた。
だが間違っていた。世界は美しくなどない。世界の真の姿とは、あの異形のように酷く醜く、悍ましいのか。
溶けていく。解けていく。今まで『七草真由美』を構成していた何かが、ドロドロに
目の前が暗く、黯く、闇に包まれていく。1片の光すら許さない闇黒の中に放り出され
──ふと、眩く光る星を見つけた。
◇
何かの咆哮が聴こえた後、魔方陣から眩い光が放たれる。その光が収まるころに、その姿が見えた。
古風なメイド服に身を包み佇む、身長、体型からして12歳から13歳の2人の少女。片方は黒曜石のように静かに、美しく輝く黒髪と瞳。片方はルビーのように鮮烈に、煌びやかに輝く赤髪と瞳。
その肢体は庇護欲を掻き立てるようにあどけなく、触れることを躊躇わせるように精巧であり、小児性愛を彷彿させる危なげな色気を持つ。
APPは20。人外が持ちうる美しさだ。
「初めまして創造主様」
「私は黒き炉、ナグ」
「私は赤き松明、イェブ」
「2人合わせて」
「『ナグとイェブ』」
あまりにもそのまますぎる自己紹介の後、2人揃って華麗にカーテシーをする。
「……えぇ」
ウェイトリーからすれば知識として知っていたあの見るも悍ましく醜悪で淫堕な姿で来るものかと思いきや、何とも可愛らしい──人の域は遙かに凌駕しているが──少女の姿で現界してくるという、予想外の現状に困惑を隠せない。
「あぁ、ぁあぁあ!!」
「ひっ、ひぃぃ! ぎぃぃい!!」
だがその姿は違えどその身から溢れる神威を誤魔化すことは出来ないようで、現にローブの男2人はその存在圧にあてられ、恐怖と狂気に染まった顔で悲鳴を上げ喚いている。
「創造主様」
「えっ、あぁ……なんだい」
「仕事、してもいい?」
無表情のまま、夏風に煽られ爽やかに鳴る風鈴のような透き通った声で軽く問うナグ。そういえばそうだったと、想定外の事態に吹き飛んだ怒りの原因を思い出す。
「そうだね。やってくれたまえ」
「ん。──ではこれより、我らは浄化の儀を行う」
───それと同時に、すぐ側にいるはずの同伴者のことも。
「……あっ、真由美さん!」
やっと思い出し慌てて真由美の方を見ると、そこには嘔吐したのか吐瀉物のすぐ横で体を抱え横たわる彼女の姿を見つける。
「真由美さん、大丈夫か!」
「あ……う……あぁ」
「『我が身は炉。我が身は松明。灯すは黑き聖火。偉大なるや Yog-Sothoth Shub-Niggurath 外なる神々よ。御身が降臨に相応しき清浄の地を此処に』」
外なる神には遙か及ばぬとはいえ、彼の身は旧支配者。当然人が直視すれば発狂は免れない。彼女は今、狂気と恐怖の底にいるのだろう。
普段のウェイトリーならば、このような事態にはさせなかっただろう。だが怒りに呑まれ、私情を優先した己の愚かさを恨む他はない。
「ナグ、イェブ!! 悪いが中断だ! 止めてくれ!」
「『浄化せよ。浄化せよ。この不浄なる存在を。この不浄なる星を』」
「ちくしょう! 聴こえてないな!!」
だがそれも仕方ないことではある。彼、彼女らの役割はそれなのだ。外なる神々が降臨するに足る場をその黒炎にて創り上げるのがかの神の使命だ。
そもそもたかが人間如きの言葉を旧支配者が聞き入れようと思うのが間違いだ。ウェイトリーが特別なのであって、本来彼らからすれば人間など蟻、もしくはそれ以下の塵芥だ。
手を繋ぎ、祈祷を述べる彼女らから発せられるサイオンが更に高まっていく。最早身から漏れ出るそれだけでエイドス、イデアに干渉し現実を書き換えることが可能な程だ。
「ぁ、ウェイトリー……くん」
「『我が父よ。我が母よ。照覧あれ』」
「真由美さん! くっ……『我が子』よ!!」
焼却の寸前、断腸の思いでこの世界に、否、この宇宙の外にまで伝わるよう呼びかけたその瞬間。
「『黒炎』」
炎にして形ある神威そのものが放たれた。
◇
さて、ウェイトリーの呼びかけは間に合ったのか。目を開けたら地平線どころか星の表層全てが洗浄されし焦土になってなどいないか。
サバトは消し飛ぶだろう。だが真由美は、この町は大丈夫なのか。恐る恐る眼を開ける。
「──やれやれ、その話を聞かない猪突猛進さはいったい何方に似たのやら。まあ十中八九母親でしょうが」
そこにはナイ神父が、掌サイズにまで縮小された黒炎を持って立っていた。サバトだけが消え失せ、真由美に、町には何一つ被害はない。
「叔父さま……!」
「はい叔父さまです。久しぶりですね恐ろしき双子。そろそろ親離れしてはどうです?」
嘲笑と軽視を隠そうともせず態度に出すナイ神父。呼びかけが間に合ったことに安堵の息を吐く。
「……叔父さまの仰ることも尤もですが、私たちは──ふぎっ」
そしてそんなウェイトリーの目の前で不可解なことが起こる。彼女らが急に何かの圧力で潰れ始めた。それも上からだけでなく、四方から、或いは空間そのものから
「くっ……ぎぃ……が……ぁ」
「ぇぁ」
ぐちゃりと骨や血、肉などが一遍に潰れた音がした後、夥しい量の血と肉片が投げ捨てられる。
「──莫迦者が。あろうことか我らが創造主の言の葉を無視し、私事に走ろうとは。恥を知れ」
そう空間そのものから声が聞こえ、一部分が陽炎のように揺らめき、人の形を作りタウィル司教が現れる。心做しかその無表情に怒気を孕んでるように見える。
「……申し訳ありません。父上」
「ごめんなさい……」
血溜まりと肉片から瞬く間に再生し、しゅんとした様子で謝意を示す2人。流石に可哀想になってきたので助け舟を入れよう。
「まあまあ司教。そんなに言わなくてもいいじゃないか。こうして彼女らは現界し、私の意思であるサバトの除去を達成してくれたのだから」
「……寛大な御心に感謝を」
そんな間に肩の痛みが消えていた。ふと見ると炭化した跡がキレイさっぱりなくなっている。2人の内どちらか治療してくれたのだろうか。世界から心を和らげるような穏やかな音楽が流れている。
「ほらほらナイ神父もそんなに弄らない。その炎ってインテリアに使えるかい?」
「えぇ、ランタンにしてみましょうか。或いはこれで料理でもしてみますか?」
遠慮しておく。と苦笑いしながら、ふと気づく。真由美が自分の足で立ち此方を見てる。先程、発狂の症状を確認出来た。もしかしたら奇跡的にダイスロールで大勝ちしてるかもしれないが。取り敢えずナイ神父に頼んで記憶の処理も頼まなければ。
「ウェイトリー君」
意外なことに真由美が言葉を発した。まさか本当にクリティカルだったのか。兎に角まともな意思があるのかどうか
「おや、喋れるのかい? ……まあ今までの光景については説明しよう。だが今はともかく」
「貴方って───神様なの?」