魔法科高校の〝ガチ〟劣等生   作:使命

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Step17 蠢く影

 

 

 世界が止まる。"ような"という先ほどのような比喩ではなく、事実世界の全てが完全に停止する。

 

 だらしなく蕩け切った表情のままの男子生徒が、机に突っ伏していた状態から起き上がろうとした女子生徒が、注意深く彼女を観察する達也が、天上から落ちる目に見えない小さな埃が、誰かの頭から抜け落ちていく毛髪が、この森羅万象の悉く全てが彼女への不敬を怖れるように、機嫌を損ねないようにその一挙一動を止めている。

 

 ただの意思だけでイデアを完全に掌握した彼女はその微笑みを、妖艶かつ淫猥に歓喜に打ち震える笑顔に変える。

 

 

 Shub=Niggurath

 

 狂気と深淵たる宇宙的恐怖の神話を書き上げた盟友とウェイトリーが創造した神格であり、ウェイトリーにとって最も思い入れのある創造物(子供)

 

 かの全にして一、外なる神の副王たるヨグ=ソトースの妻であり地属性最大神格にして、外なる神最強たる一角。

 

 ヨグ=ソトースを初めとした様々な神格と交わり落し仔を産み落とし、この宇宙とは別次元である鋭角宇宙の創造にすら関わったとされる宇宙全ての大地母神。

 

 その存在格は最早語る必要はないだろう。あらゆる生命を産みながら、その全てを冷笑する生命の母にして冒涜者。それが何を間違えば人間の通う1高校カウンセラーなどをやっているのか。停止した世界の中でウェイトリーは1人だけ自由に立ち上がり彼女と正対する。

 

 

「──嗚呼、偉大なる我らが創造主の元祖にしてその片割れ。▅▅●◑……いえ、ウェイトリー様。貴方にこうして再び相見えることを心待ちにしておりました」

 

「──やぁ我が愛しい母神よ。久しぶり……といっても、君たちにとっては時間の概念など関係ないだろうが」

 

 

 陶酔した様子でウェイトリーの前で立礼する彼女を愛おしげに眺めるウェイトリー。それはまるで子の成長を喜ぶ親の姿であり、愛する女性の晴れ姿を見る夫のようでもあった。

 

 

「ところでどうしてここに?」

 

「勿論貴方の守護の為にございます。人間における『保護者』としての立場はヨグ=ソトースとナイアルラトテップが完璧にこなしておるため、学校における立場に在る守護者として顕現しました」

 

 

 神威のほんの一端を開放したことによりギチギチと世界が悲鳴を上げる中、至って微笑ましそうに会話を続ける1人と1柱。これでも世界にとっては優しい方だ。仮に彼女の"本体"が侵入しようとせんものなら、容量に耐えきれずにこの三次元宇宙は粉々になるのだから。

 

 

「そうか……分かった、ありがとう。帰ったらゆっくりお茶でもしようじゃないか」

 

「ありがたき幸せにございます。……では」

 

 

 そうして彼らは元の位置に戻り、世界はまた動き始める。男子生徒は蕩け切った顔をなんとか戻し、女子生徒は起き上がって柳子の尊顔をもう一度拝もうとし、達也は瞬き、埃と抜け落ちた毛髪は落下を再開する。

 

 

「……ということで私はこれで。小野先生、後は頼みますね」

 

「はい。千子先生、ありがとうございました」

 

 

 そう言うと柳子はヒラヒラと生徒たちに手を振り、名残惜しそうにする彼らを無視して教室を出た。

 

 

「……さて、じゃあガイダンスを始めるから退室しても構いませんよ」

 

 そうして1人の生徒だけが退室し、予定通りにガイダンスは行われた。その間ウェイトリーは作業するふりをしながら未完成の新型魔法式を完成させグッ、と机の下で拳を握り静かに歓喜に打ち震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリエンテーションが終わってからウェイトリーは西城と達也、美月、エリカとともに工場見学に行き、昼食の──途中、達也たちと一緒の席に着こうとした深雪が、同クラスであろう一科生に絡まれ止められるという事態も発生したが達也の配慮により事なきを得た──後、午後は真由美の所属するクラスの射撃演習の見学にも赴いた。

 

 相も変わらず高精度の射撃を事もなげに熟す彼女にはいつも感心させられてばかりだ。──ちらりと此方と目が合った真由美がウェイトリーに向かって手を振ったことで見学に来ていた多数の生徒に注目されたことは勘弁してほしかったが。

 

 そんなところで今日の日程も終了し、ウェイトリーと涼は待ち合わせしている達也らを待たせ現在、誰もいなくなった教室で向かい合って話をしていた。教室の外から彼らを視認できないよう涼による認識阻害の魔法を施したうえでだ。

 

 

「……さて例の件、なにか動きがあったか聞こうじゃないか」

 

 

 そう涼に促すウェイトリーの声は、普段の彼と想像つかない程に酷く無機質で冷淡だ。そしてその表情も同様で、その端正な顔は嫌悪感を僅かに醸す無表情だ。

 

 

「あぁ。昨日ナイ神父から報告のあった近隣に潜んでいるであろうサバト組織『黄印の兄弟団』だが……。今日、その構成員がまた別組織に接触したらしい」

 

「サバトか?」

 

「いや、その組織とはどうやら『ブランシュ』のようだ」

 

 

 ブランシュ

 

 魔法能力による社会差別の根絶を掲げる反魔法国際政治団体。大層な理想を持ったテロ組織をよさげに呼称しているだけで、2人にとっては煩わしい羽音を鳴らす羽虫の群れであり、平穏を食い荒そうとする害虫そのものだ。

 

 

「ほう? 薄汚いテロ組織に与する汚物か。しかしあれら二つが協力する理由は? 魔法を忌み嫌うブランシュと、魔法により叡智を求めるサバトでは馬が合わないだろう」

 

「単純な利害の一致かと。どちらもどうやら近くに拠点を構えているようだからな……おそらくブランシュはこの高校に関する情報。サバトは──言わずもがなだ」

 

 

 品行方正な日頃の振る舞いとかけ離れた態度で忌々し気に舌打ちをするウェイトリー。ちなみにブランシュやサバトについては、国が隠蔽処置をしている。噂が漏れ出たのか、彼らには()()()人間の国家の隠蔽など関係ないのか。

 

 

「それで兄上どうする? 必要ならば俺が諸共滅ぼすが……」

 

「いや、君も私も学生の身だ。そう派手には動けない。奴らが動くまでは生かしておく。いいね? 我が騎士(おとうと)よ」

 

「──御意に。我が(あに)よ」

 

 

 片膝を付き首を垂れる弟の頭を兄が優しく撫でた後立ち上がらせ、荷物を持って教室を出る。2人の間には先ほどの物騒な雰囲気はなく、朗らかに会話している。

 

 

「……はぁ。真由美の件以来、どうもトラブルが多くなっている気がするよ」

 

「案外この学校そのものが疫病神なのかもしれないな」

 

 

 金髪碧眼の異国人の美青年と、黒髪黒目の日本人の2人が並んで歩くとそれだけで絵になる。通りすがる生徒たちは2人を二度見したり黄色い歓声が上がったりする。

 

 

「取り敢えずは今感じる悪い予感さえ当たらなければいいが……」

 

「いい加減にしてください!!」

 

 

 突如として美月の怒鳴り声が聞こえる。見てみればそこでは待ち合わせをしていた西城たちと一科生の生徒たちが向き合い一触即発の空気ではないか。

 

 

「……」

 

 

 早速舞い込んで来たトラブルに顔を向き合った後、兄弟は深々と溜め息をついた。

 

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