「いい加減にしてください!!」
事の発端は、待ち合わせをしていた達也らに深雪が合流したときだった。達也と帰りたい深雪は何度もその意を伝えたのだが、勝手に着いてきた一科生が許さなかった。ことあるごとに理由をつけて自分たちと帰ろうと言い寄る彼らに達也は例のごとく穏便に済ませようとしたのだが、予想外なことに温厚な美月がこれに激昂。普段からはありえないほどに剣幕を上げ今に至る。
「深雪さんはお兄さんと帰るって言ってるんです! いったい何の権利があって2人の仲を引き裂こうとしてるんですか!!」
「──やだっ、『引き裂く』なんて……! み 美月ったら何を勘違いしているの!!」
「何故おまえが焦る? 深雪」
我慢ならないと剣幕を上げ続ける美月と何故かオロオロとしだす深雪をよそに彼らの間の空気はどんどん剣呑とした様子になっていく。
「これは1-Aの問題だ! 他のクラス、ましてや
「同じ新入生なのに入学した時点で、私たちと貴方たちにどれだけの差があるというのですか!」
余りにも此方を見下した差別的な発言に、いよいよもって彼らの溝は深まっていく。今にも殴り合いでも始まりそうな空気に辺りも騒然とし始めるがお構いなしに論争は激化していく。
「知りたければ教えてやるさ!」
「面白ぇ……。見せて貰おうじゃねえか!!」
「いいだろう。よく見るといい……」
その西城の言葉を皮切りについに最後の理性という防壁は決壊した。西城と言い合っていた男子生徒は紛れもない害意の下、腰のホルスターに手を伸ばす。
「これが才能の差だ!」
そして目にも止まらぬ速度で引き抜くと、その攻撃特化のCADを西城に向けたときには既に魔法構築を完成させていた。優等生の称号に騙りなく、確かにそれは絶技ともいえる技術だ。
「うぉっ!? くっ、野郎!」
「ッ! お兄様!」
ロックオンされた西城は何とか迎撃しようと苦し紛れに突撃する。しかしもう彼のスピードでは発動は止められず、止むを得ず達也が行動しようとした瞬間だった。
「Set
「ッ! なっ!?」
現代では聞けない、流暢な古代ゲルマン的な発音の詠唱が響いた後、男子生徒が発動していた起動式にHの文字が刻まれると共に、起動式が崩壊する。それに間髪入れずにエリカが肉薄し、警棒状のCADで銃型のCADはキンッ、と音を立てて弾かれた。
「この間合いなら、身体動かした方が速いのよね。それより……」
「──やれやれ、こんな所で騒ぎを起こすものじゃないだろう」
「ウェイトさん!」
そう言いながら少し疲れた様子で現れるウェイトリーと無言の涼。ウェイトリーの手元ではノート型のCADが起動し、紋様などもなく淡く発光している。
「……ウェイト、今のは『ルーン魔術』か?」
「おぉ、流石は達也君。その通り、今のは霰や雹、崩壊を意味するハガラズという文字でね。私では保有サイオンの4割を持っていかれたよ!」
「……平凡な魔法師だとしても1割程度しか消費はしないはずなんだがな……」
あまりにも貧弱すぎる兄に嘆く弟。その2人を達也らは唖然と──達也は少しばかりの呆れを滲ませながら──見る。
ルーン魔法
それは古代北欧、ゲルマン系が使用したとされている神秘の術。魔法の祖、死と戦争を司る北欧の主神オーディンが世界樹に己自身を捧げ会得した原初の18からなるその魔法はその文字を刻むことによって発動する。現代ならば古式魔法に分類されるものではあるが……
「あ、有り得ません! ルーンによる魔法は
驚愕に塗れた深雪の言葉の通りルーン魔術は古き神秘の時代が過ぎた後、その使い手と効力は失われ現在では占術としてのルーン文字しか存在しないはずなのだ。
「だから兄上が復元したのだ」
「正確にはリメイクだね。太古の魔術、ルーン魔術の性質と特性を現代魔法で再現、対応させ新しい魔法式として製作したのさ。分類的には設置型かな。言わば現代版ルーン魔術……『疑似古式魔法:ルーン』かな?」
あっけらかんと言ってのけるウェイトリーに唖然を通り越して呆然とする一同。これは最早学生の領分ではない。それこそ失伝した魔法の復元という魔法史に残る偉業だ。
達也が言えたことではないが、それこそそんな人間は魔法科高校に通う
「事の重大さを分かってるのかいないのか……」
「……間違いなく分かってねぇだろ、あれ」
──そして、そんな状態だったからこそ1人の生徒への反応が遅れた。
「こんなはずじゃ……私はただ司波さんと……!」
突如サイオン光が放たれ、女子生徒が魔法を行使する。起動式は既に完成しかけており起動する寸前だ。
気づいたときにはもう遅く、エリカと西城が動くも対応は間に合わないと思われたそのとき、弾丸の如く飛来したサイオンが本日再び起動式を破壊した。
「止めなさい! 魔法による対人攻撃は校則以前に犯罪行為ですよ!」
そう厳しい口調で女子生徒を止めたのは得意の遠隔魔法により魔法を妨害した真由美だった。そしてそのすぐ横には今期風紀委員長──渡辺摩利の姿があった。
「風紀委員長の渡辺摩利だ。君たち、1-Aと1-Eの生徒だな。起動式は既に展開しています、抵抗すれば即座に魔法を発動します」
そう警告する姿は様になっており、風紀委員長の威厳を感じさせるものだ。こういうトラブルを起こす生徒も多いのか、実に冷静で場馴れしているようだ。涼がやや興味ありげに眺めていると、達也が摩利の前を遮るように出てきた。
「すみません。悪ふざけが過ぎました」
「悪ふざけ?」
「はい。森崎一門の『早撃ち』は有名ですので、後学の為に見せて貰うだけだったのですがあまりのスピードについ手が出てしまいました」
流石に無理があるだろう。思わずウェイトリーが内心で苦笑を浮かべるような言い訳を見るも真剣そうな面持ちで話す達也。どうやら彼は意外に狸なようだ。現に摩利は怪訝そうな顔をして、先ほどの女子生徒が行使しようとしたのではないか? という真っ当な疑問を達也に問う。
流石に助け船をだしてやろうかとウェイトリーもそこに加わる。
「失礼、風紀委員長殿」
「ん? 君は確か真由美の……」
「私はウェイトリー・アルハズラットといいます。さて、その件に関しましては私が
「ッ……! あぁ」
何故かやけに周りから──特にやや不機嫌そうに此方を見る真由美から──の視線が痛いがそれを無視しながら説得にかかるウェイトリー。ついでに後のことはよろしくと達也に摩利の関心を振っておくことも忘れずに。しかし彼女の興味はウェイトリー当人にも向いたようだ。
「ほう……? どうやら君たちは起動式を読み取れるようだな」
起動式とは、魔法式を構築するためのデータの塊である。しかしまだ魔法式として形になってないそれの情報量は膨大で展開する本人すら処理するだけで精一杯だ。故に……
「そんなことは不可能だ」
「……実技は苦手ですが、分析は得意です」
「ふむ……、まあ私は読み取ると言えるような高等なものではないのです」
驚愕の後、やや恨みがましそうな達也の視線に軽い目礼で答えながらウェイトリーは先の彼女の言葉を否定する。
「というと?」
「達也君は存しませんが私に分かるのはあくまでどういった分類の魔法かのみです。私は同じ分類の起動式の一部の共通点を暗記しているだけですので」
今度は驚愕に目を見張る摩利を見た後、後は達也に話を聞いてくれ。と騒ぐ彼女を押し付けて真由美に歩み寄るウェイトリー。すると彼女はピクリと肩を動かすとフイッ、とそのままそっぽを向いてしまった。
「……あー、さえ──いや、真由美さん?」
「あら、何か御用? アルハズラットさん」
これは本当に不機嫌だ。今まで一回も使ったことのないウェイトリーの苗字で呼んでいることから、十中八九この前のことだ。百人に聞いて百人が怒ってると答えるであろう見事な愛らしい膨れっ面を見せる彼女に思わず表情が崩れそうになるが流石に堪える。
「いや、まあ随分と虫の居所が悪そうだと……」
「気にしないで下さい! 摩利と楽しくお話してたら? ……私のことはあんなに冷たく突き放したのに」
「……ふむ」
どうやら彼女はあのときのウェイトリーの言動が気に食わなかったようだ。あのときの行動は最善策だった筈なのだが。生憎ウェイトリーには前世含め女性との交際経験がないので女心などは分からないが、それは妻帯者であった盟友曰く時に外宇宙の者どもを凌ぐ理解不能さらしい。
ここは変に誤魔化そうとすれば逆に悪化させることになりそうだ。ならば
「真由美さん」
「……何?」
「申し訳なかった」
この場において適切なのは、真摯な謝罪だ。そうしてウェイトリーが行ったのは人間として原点にして頂点の謝意の示し方。足を揃え背筋を伸ばし斜め45度に上半身を折り、頭を下げる──最敬礼だ。
「ッ!? ちょ、ちょっとウェイトリーくん」
「いや謝らせてくれ。私はあのとき、あれがあの場を切り抜けるのに最善だと思った。……だが貴女を傷つけてしまったのならば話は別だ」
「……」
「確かに君からすれば冷たく感じたのだろう。──しかしだ、私に貴女への隔意だけはないことだけは分かってくれ。お詫びもしよう」
頭を下げたまま言葉を紡ぐウェイトリーにしどろもどろしながらも、彼の謝意が伝わったのか真由美は頭を上げるように伝えると表情を和らげ、少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「……私こそ大人げなかったわね。ごめんなさい、ウェイトリーくん。……なら少し聞きたいのだけど」
「えぇ。何でも」
「あの1-Aの女子生徒が何故魔法の出力を抑えていると分かったの? 起動式を判別……? できるのだけでも凄いのだけど、それだけじゃ出力は分からないわよね? そもそも性格のことを理由に挙げてたけど彼女と貴方って面識があったの?」
真由美の問いにふむ。と何時もの癖で顎に手を当てた後、微笑みながら答えた。
「……いや、彼女と会うのは初めてだ。というのもそれについてはただの推察でしかないのだが」
生徒に教鞭を振るう教師のように人差し指を立て、ウェイトリーは語る。真由美が疑問を問いかけ、彼が答える。一連の流れは真由美がウェイトリーの家たる教会へと赴き、魔法講義を受けたときからのお決まりの流れだ。元々の知識量に加え、未知への理解力も高く話していて楽しいとはウェイトリーの談だ。
「私が彼らを止めるまでに少しだけ様子を伺っていてね。見ていれば先ほどの女子生徒ともう一人、止めようにも止められず……といった雰囲気だったんだ。特に彼女は目に見えて狼狽えていたからね。もう一人は分からないが、気が弱く優しいタイプだと仮定できる。そんな彼女があの場面で人に怪我を負わせる魔法を使えるとは思えない。事実、攻撃魔法ではなく閃光魔法だったしね。以上から威力は推測……いや、推理できるのだよ」
そしてその推理は実際に正しいものだった。達也の
「……凄まじい観察眼ね。前に貴方に貸してもらったあの元英国の医者と探偵が活躍する古典みたい」
「その言い方は止めてくれたまえ。古き良き王道ミステリーだ」
さて、こうして会話してくれるように機嫌を直してくれたみたいだ。一先ず安心だが今後再発しないように気を付けなければ。
「……じゃ、そろそろ行こうかしら」
「おや、いいのかい? 事情聴取とか色々……」
「いいのよ、怪我人もいないみたいだし。今回はね」
そう言って摩利のもとに向かう真由美の寛大な処置に感心するとともに、ふと何か思いついたのかウェイトリーは悪戯っぽい笑みを浮かべ口を開く。
「じゃあまた今度2人で──
ピシリと石化したように固まる真由美。敬称を外しただけでどうやら効果覿面の様子。端正な顔を木に立派に熟した桃のように赤く染め、ワナワナと此方を見る姿はとても愛らしい。
「なっ……! いやっ! え、えっと……」
「どうしたんだい真由美?」
「も、もうウェイトリーくん!!」
耐えられなくなったのか小走りで摩利に近づくと半ば引っ張るようにこの場を離れると伝える。
「もういいじゃない摩利! 見学のようだしね!」
「な、おい真由美……! 全く、会長がこう仰られていることでもあるし、この件は不問にします! 分かった真由美! 引っ張るな……!」
「ありがとうございます。風紀委員長殿。では真由美、また──」
「もう、お姉さんを困らせないで──!」
ウェイトリーの追撃を振り切り足早に去っていった2人。その様子に周りがポカンとしていると。ケラケラと笑い声が響いた。
「はっはっは! なんだ彼女。大人びているが存外、乙女じゃないか」
「……兄上よ。流石にあれはどうかと」
そこには自分の容姿と状況すら計算に入れて悪戯に回る兄に呆れる涼と、そんなウェイトリーを警戒して観察する達也の姿。兎も角、事態は終息することとなった。