模擬戦後、ウェイトリーと達也が案内されたのは風紀委員会本部だ。
「では2人とも、ようこそ風紀委員本部へ」
そして部屋に入った2人は揃って絶句することとなる。内部は酷い有様だった。特に生徒個人用と思われる机の上が。山積みにされた資料。そこかしこに散らばっているCADの部品と整備器具。雑然としたこの部屋をして、"少し散らかっているが適当にかけてくれ。"と宣う彼女を見て原因はトップなのだろうなと微笑を貼り付けたままウェイトリーは内心苦笑した。
「……ここ片付けてもいいですか」
「ふむ、 いい提案だ。委員長よろしいですか」
「ん? あぁ、構わない。むしろ頼むよ、日頃から整理整頓はしろと言ってはいるんだがな……」
摩利のぼやきをウェイトリーは微笑みながら黙殺し作業に取り掛かった。しかしまあよくここまで放置したものだ。CADも精密機械であるのに雑に置いてあるし、要提出の書類まで挟まっている。
「委員長、そういえば風紀委員にルーン魔法の配布を行いたいのですがハガラズ以外に必要な文字はありますか?」
「……いや、そもそも私はルーンの種類など分からないからな。ちなみにどんなのがある」
「今共有できるものであれば自己加速術式に該当する
「じゃあそのナウシズとハガラズを配って貰おうか。後、最後のアンサズについては絶対に公表するなよ。世界中の魔法師を敵に回しかねないぞ」
何でもないようにポロッと出てきた最後の魔法が一番不味い。効果もそうだが、どれだけの情報量を圧縮すればその1つの魔法に複数の機能が生まれるのか。
魔法というのはその仕組みや中身がブラックボックスであることが好まれる。技術的な理由もあるが、何より魔法──神秘というのは秘匿するものだ。分からないから強力で、分からないから特別で、魔なる法なのだ。
それを暴くというのは、他者の神秘を否定することだ。当然魔法師の敵だ。まあそもそもウェイトリーの目標は『魔法の普及』なので今更ではあるが。
「はい。存じております。まあアンサズはまだ未完成ですので公表はしませんとも」
「ならいいが……まったく、今回の新人は優秀なのはいいがどうも自覚が足りてないようだな」
そう摩利が溜息をついていると、扉をノックする音が聴こえた。摩利がドアを開ければ、そこにいたのは女子生徒。一言二言交わした後、摩利は申し訳なさそうにウェイトリーたちに近づいた。
「すまん。どうやら教師から呼ばれているらしくてな。ある程度したら戻ってくるから待っていてくれ」
そう言うと摩利は本部から退出し、ウェイトリーと達也は2人ポツンと残された。ウェイトリーはフゥ、と息をつくと片付けを再開する。ついでに期限の近い提出書を纏めながら、手をつけられてない書類を仕上げていく。
暫くはお互い話さずに作業を進めていたが、沈黙を破ったのは達也だった。
「ウェイト。聞きたいことがある」
「……なんだい?」
ウェイトリーは少し間を空けて返事をした。達也の声色に少し違和感を感じたからだ。先の言葉に含まれていたのは強い警戒とほんの少しばかりの敵意だ。達也自身は平静を保ててると思っているようだが、人付き合いにおいて人生経験豊富な年長者相手には分が悪いと言える。
ともかく、何かしら彼に怒られるようなことをしただろうか。脳内でありとあらゆる状況下での言い訳を考えながら問いかける。
「──あれは何だ?」
「あぁ、イェブのことかい。あの子はただの精霊……と言っても納得してくれないのだろうね」
「当然だ。例え精霊でもあの規模の改変を瞬時に行うなど不可能だ」
確かに精霊魔法は、現代魔法より時間はかかるがより大きな事象改変を可能とする。だがそうだとしても先ほどの炎──科学的に存在しえない光を呑むような暗黒で、エイドスを燃やすなど馬鹿げた事象改変、否、事象の創造など有り得ない。
「そもそも情報体である精霊が実体をもって物理世界に干渉など出来ない。考えられるのは──」
────神霊魔法
神霊魔法
精霊を使役する精霊魔法と違い、神霊を使役することを目的とする魔法だ。神霊とは精霊たちの源であり集合体。自然現象そのもの。なるほど、確かに大規模情報体であり国レベルでの事象改変すら可能とする神霊魔法ならば先ほどの現象も幾ばくか納得がいく。しかしだ。
「仮説としては妥当だが、君自身納得していないんだろう?」
「……あぁ。俺が知りえる魔法の中で最も近しいのがそれだが、そもそも大規模情報体を使役することなど個人での魔法では不可能だ。──そしてあれには明確な
達也の視線からは警戒心とともに、虚偽は許さぬという強い意志を感じる。魔法において人並外れた達也にとって……いや、達也だからこそ此度の異常性について追及する必要性を感じているのだろう。だが残念ながらウェイトリーが達也に真実を教えることはない。これは保身のためではなく、達也自身の精神のためにだ。
長年の進化により、獣から遠ざかってきたように見える人類ではあるが、確かに彼らには生物たる獣性が存在する。
それは『開拓』だ。聞こえはいいがこれは文字ほど生易しいものではない。一寸先すら見通せなかった夜闇を火をもって照らしたように、謎に満ち溢れていた森林の向こうを木々を切り開いて明らかにしたように、大いなる存在が潜む大海を横断したように、人類は目の前にある『未知』を踏破し、《既知》へと塗り替えずにはいられない。そのためには他の生命を蹂躙し、星に宿っている神秘すら駆逐することも厭わない。
しかしだ人よ。この世界には知らないほうがいいことが多々あるものだ。不用意に手を伸ばした先にあるものは、例外なく狂気と冒涜のみ。だが人の獣性は止まることを知らない。彼らは戸惑いなく深淵を覗き込もうとする。ならばそれを止める方法は一つ。深淵を知るものがその歩みに待ったをかけるのだ。今回だって達也はここで止まる必要がある。これより先に行けば彼の常識も、理念も、強さも、全てが無価値な泡沫であると知ってしまうこととなる。真由美のように偶然巻き込まれたわけでもない以上、彼が蒙を啓くことは酷だろう。
(しかし……何故君はそこまで知りたがる?)
まさか達也に限ってただの好奇心からというわけではないだろう。もっと何か大きな目的からのと考えている。というのも、出会ってから達也と話すときどきに、彼は特に自身に関連することに関して事細かく聞いてくる節があった。まるで此方の情報を欲するように。若しくは、ウェイトリーの何かを探るように。ウェイトリーにとって探られる可能性のあるものといえば、領域外の存在との関わり、外宇宙魔法……そして、『ネクロノミコン』。
(……『黄印の兄弟団』か?)
最初に思いついた可能性に、ウェイトリーの目がスっ、と据わる。もしそれが事実だった場合、達也はウェイトリーにとって『友人』から【駆除すべき害虫】へと切り替わる。涼には申し訳ないが例え弟の友人だろうとウェイトリーの決定を覆すことはない。
思えば達也は一科生ではないとはいえ高校生とは思えない程優秀だ。──優秀すぎるのだ。その知識も、実力も、佇まいも、明らかに高校生離れしている。そしてウェイトリーのネクロノミコンを狙うに当たり個人での計画など考えられない。もしかすれば……
(……まさかね)
だがウェイトリーはその可能性を否定する。そもそもサバトならばイェブを見てこうして問いかけてくることなどありえないし、達也の瞳にはサバト特有の狂気と度を越した探究心による澱みはない。精神医療については専門外だが、こと狂気において判断するならば彼の右に出る人間はいない。彼をして欺ける程に狂気を隠せるのであればそれまでだが。
ならば彼は何者なのか? 考えるにあたり何処かの組織がバックで関与、或いは所属していることは確定でいいだろう。仮にウェイトリーがネクロノミコンの所有者であることを知っての行動であれば、それなり以上の組織力を持っていなければならないだろう。
例えば『国家権力に属する機関』、または『十師族』。もしくはその両方。前者であれば警察か軍属、後者だけであれば考えられるのはまず"七草家"、次にこの学校の三巨頭の一角である十文字会頭の"十文字家"、最後に組織力の観点から──"四葉家"。
(あの
そして前者後者両方だった場合、事態は一気に面倒なことになる。というか涼は職場で仲良くなったとか言っていたが、いったいどんな職場ならば軍属の四葉家関係者と知り合えるのか。この件に関しては問い質す必要がある。
そうたっぷり──凡そ2秒弱ほど──熟考した後、ウェイトリーは口を開き
「まぁなんだ。実はあの子が何なのか私も分からないんだ」
結局、嘘をつくことにした。
「分からない?」
「あぁ。私には魔法の才がないから何とか使えそうな魔法を手当り次第試していたんだ。そして喚起魔法に手を出したとき、たまたまあの子と繋がったんだ。何なら君、あの子がどういう存在か知るため、というのが私の魔法科高校への入学の理由の1つなんだよ」
「……そうか。すまないな、魔法に関してこうも聞くのはマナー違反だった」
「いやいいんだよ。……あ、ついでに1つ」
作業に戻ろうとしていたウェイトリーはふと思い出したように達也に振り返ると、ニコリと微笑んだまま言葉を続けた。
「あまり人のことを探るのはよした方がいい。あくまで忠告だがね。──例え君が
ピクリと達也の肩が僅かに──ただ見ていただけならば気づくことはなかった程ほんの僅かに──動く。ウェイトリーは相変わらず微笑んだままだ。
「…………なんのことだ」
「いや何、私は君のことについては知らないし、無理して知ろうとも思わない。だが気をつけるんだよ、覗こうとするときは大抵覗かれているものだ。……君からも言っておいてくれたまえ」
そう言ったら満足したのかウェイトリーは作業に戻り、また部屋は静寂に包まれる。
「──ウェイト、おまえは」
(例えおまえが何者だろうと、俺の目的は1つ)
愛する妹の守護。それこそが四葉のガーディアンたる達也の存在理由なのだから。