あぁ、世界の魔法師諸君。今までの数々の非礼を御詫びしよう。
そうウェイトリーは一人心中で本気の謝罪をする。事は母、フレンと共に初めて魔法を学ぶときに起きた。
結論から言おう、ウェイトリーに魔法の才能は無かった。
別に保有する魔力量……この世界での正式名称で言えばサイオンが極端に少ないわけではない。母フレンが優秀な魔法師だったこともあり、魔法を
問題は魔法式にあった。ウェイトリーに分かりやすく教えたフレンによると、魔法を行使するという行為そのものは、事象に付属する情報『エイドス』への干渉と改変であるという。そのために必要なのが、魔法式だ。
これについてフレンは、黒板とチョークを用いて例えた。
「魔法は計算みたいなものよ。あなたは因数分解とか得意だから分かるでしょ。……え? 因数分解は中学から習うはず? ……よく知ってるわね。いい? 優秀な魔法師はあなたくらいの歳からこれくらいはするのよ。ママもあなたぐらいのときにはこういう事を勉強してたのよ」
話が逸れたと咳払いを一つした後、本題に戻す。
「例えば光を出す魔法を使うときは、それに合った式を黒板、つまりエイドスに書かなきゃいけない。その式が魔法式で、チョークがサイオンよ。必要な式を書けば、求めた答えが出るってこと。……但し」
先ほどまで書いていた式を、黒板消しで消すフレン。
「エイドスは綺麗好きだから、すぐに黒板に書かれた式を消しちゃうの。だから式が残り続ける、ていうことはないのよ」
ようはエイドスは『維持』を求めるものであり、魔法での一時的な干渉、改変を元の状態に戻すため、永続的に発動し続ける魔法式は存在しない……ということだろうか。
伊達に前世でオカルトファンの道を歩んだわけではないウェイトリーは、フレンの教授をするすると吸収していく。……そして前世でしっかり勉学に励んでいて良かったとウェイトリーは実感する。まさか五歳には因数分解まで学ぶとは思っていなかった。
「……さて、じゃあさっそく魔法を使う感覚を養っていきましょうか」
「っ! うん、わかった!」
待ってましたとばかりに準備を始めるウェイトリーを微笑ましく見つめるフレン。実際にウェイトリーにとって待ちに待った瞬間だ。前世の憧憬を現実にする第一歩を今踏み込もうとしているのだ。
「じゃあこれを渡すわ」
そう言ってフレンから手渡されたのは、目立たぬ程度の装飾が施された、一般的な大きさのスマホだった。
「これは?」
「それはあなたの魔法を補助してくれる、CADというのよ」
幼児の小さな手にはやや余るそれを受け取る。その中には古今東西の公式化されている様々な魔法式が保存されている。最初に基礎として発動を学ぶのは、光を放つ魔法。先ほどフレンが例に出していたものだ。
「集中して、魔法を使う感覚を身に着けるのよ」
フレンの補助の元、魔力を回す。さぁ、ようやくだ。ようやく我が積年の夢想が叶うときが来たのだ。 CADに登録された術式が組み立てられていく。練り上げられたサイオンが唸りを上げ、希望と始まりを意味する輝かしい光が───────!!
「発生することはなかったと」
「くそぅっ! その通りだとも!」
そして、ウェイトリーの魔法は不発に終わった。やけに取り乱していたフレンが言うには、『全く未知なる魔法式』が構築されたせいで。
既存のどの魔法にも関係しない──強いて言えば精霊などの自然的存在の召喚をもって魔法を行使するSB魔法に類似点がある程度の──魔法式というまさかの新発見で、初期の初期に挫折してしまった。
フレンはその新発見された魔法式の調査のため家を空けているので、こうして心置きなく彼らと会話が出来ている。
「というか最初、木っ端の魔法師よりはマシだとか思っていたのが恥ずかしすぎる……!」
ちなみにウェイトリーの考えていた"木っ端"の魔法師は、長期間の修学の後にその才を開花させる。
ようは
「えぇ──ですが御安心下さい、我が主よ。貴方にも使える魔法はあります」
「……え、本当かい! でも魔法式が……」
「ですから、その魔法式にあった魔法ですよ」
ナイアーラトテップの言葉に首を傾げる。全く新しい魔法式からなる魔法など、結果が未知数だ。未知の数式にどんな変数を入れようと、答えは予想出来る訳がない。それを知ってるとなると──
「……まさかその魔法っていうのは……」
嫌な予感を感じながらも、そう問いかける。ウェイトリーの予想通りならばおそらくは……
「はい、ご明察通り我々が用意させて頂いたものです。──そもそも、我らが主に人間風情が使う魔法など不釣り合いです」
その言葉に予感は確信に変わる。そうだ、最初から勘づくべきだった。非常に嬉しいことに、彼等のウェイトリーへの忠誠は絶対だ。そんな彼等が、自身の主が劣等種と同じ──彼等から見れば爪楊枝にすら及ばない程の──魔法という
無貌の神、あらゆる法則に縛られぬナイアーラトテップと全にして一、
「ではその魔法の内容は?」
疑問ではなく、答え合わせとしてナイアーラトテップに問う。
「貴方が使う魔法は──我々……後世の名称をお借りして、【クトゥルフ神話】の神格の召喚、権能の行使、及び神話に関する魔法全てです」
──どうやら真っ当な魔法使いは、夢のまた夢だそうだ。
いやでもまだ諦めない。彼らの魔法の中にも、煌びやかな魔法は幾つかある。それさえ覚えれば……
「ふむ、よりにもよって何故あの蛸風情が代表格になっているのか……あんなものより、我らが父王の名を冠するべきだろう」
「いえ、父王は描写の少なさからあまり有名ではないようですよ。同じ寝坊助でもまだ描写の多い蛸のほうが……」
本来なら自分たちの神話がどう呼称されようが無関心な筈の彼らだが、人間の化身とあってか、ある程度の感情も有しているような会話をしている。
「いや、だが……しかし……」
そんな中ウェイトリーはどうにか普通の魔法を使えないか必死に考えている。確かに彼らの……仮称するなら、外宇宙的魔法は強力な物が多い。殺傷力が高く、破壊規模が大きかったり、はたまた場合によってはこの世界の真理を知ることができたりと現代魔法には無いアドバンテージも持っている。
だがウェイトリーが考えていたのは、そんな血生臭い魔法ではないのだ。もっと華やかで美しく、多様性のある魔法を覚えたいのだ。我が子らには申し訳ないがここは断らせて貰おう。
「あぁ、我が主よ。1つ申すべきことが」
ナイアーラトテップが静かに言う。柔らかく、優しげな声。しかしその言葉には、何者にも聞き逃させない『圧』があった。
先程の人外の美貌も消え失せた、虚無の貌をウェイトリーに向ける。敬意と嘲りの入り交じった軽薄な雰囲気は消え失せ、超越者の──万物の王の使徒たる神威を撒き散らす。
「貴方の外宇宙魔法習得は、我らが盲目白痴なる魔王の命令の下の"決定事項"です。いかに我らが創造主であろうと、凡ゆる意向は父王の意思に優先されます」
それは忠告だ。例え至高なる創造主、その盟友であろうと、彼は外なる神のメッセンジャー、魔王の使徒。魔王の命令が下ったのであれば、それはウェイトリーの意思決定さえも踏み倒し遂行する。その旨を伝えるための。
「あぁ、分かったよ」
──それをウェイトリーは、神威と存在の圧を涼しげに受けながら簡潔に了承する。
彼ら外なる神は強大だ。人間には太刀打ちできない旧神、旧支配者なども歯牙にもかけぬほどに。存在の格が、持ちうる権能が、などとそんな次元ではない。
彼らは文字通り
そもそもその時点で特例極まりなく、異常事態なのだ。人間で無理矢理例えるならば、蟻を崇拝し従属するようなものだ。
何よりウェイトリーならこう言うだろう。
──魔王ほっぽって人間に媚び売る外なる神とか、解釈違いです──
と。ウェイトリーとしては傲慢に、奔放に上位者として振る舞っていてほしい。そう願って盟友と創ったのだ。
このまま、「気分が変わった」と無造作に殺されても良いぐらいにはウェイトリーは彼らを愛している。
こうして尊重を図ってくれている時点で、ウェイトリーは感無量なのだ。
「よし、じゃあ早速その外宇宙魔法を教えてくれ。望んでたものではないとはいえ……それでも我が憧れの魔法使いには違いないんだ。それに──」
そして未だに捨てられぬ希望を持って言う。
「外宇宙魔法を学べれば、現代魔法も習得できるだろう!」
「……すまぬが主よ。その件なのだが」
何故かヨグ=ソトースが沈痛な、申し訳なさそうな様子で言う。
「ん? どうしたんだい?」
「我が主よ……」
「貴方に、現代魔法の才能は無いのだ」
「…………はい?」
彼の前途多難な人生は、始まったばかりである。
『外宇宙魔法』
現代魔法、古式魔法、現代に残る全ての魔法体系と一致しない全く別系統の魔法。
元米国魔法研究機関所属の魔法師曰く、SB魔法に僅かながら類似点があるとのこと。
それもそのはず、外宇宙魔法は外宇宙に住まう悍ましき神々の権能の一部を、矮小化し行使する物。原理的にはSB魔法と似ているのだ。
無論それ以外もあるが、全ての外宇宙魔法の大元は外神、旧支配者、旧神に行き着く。
現代魔法との決定的な違い、それは超能力を科学的に解明、体系化し魔法と称している現代魔法に対し
──外宇宙魔法は、紛うことなき『神秘』を行使するのだ。