──あぁ、なぜだ。なぜ私は知ろうとしてしまったのだ。
無知であれたなら、ただ物を知らぬ童のように、既知による安寧の中を過ごせればよかったのに。だが私は知ってしまった。愚かな好奇心故にこの宇宙の、世界の悍ましき真実を。
決して世に出してはならない。未知を疎む私と同種の人間が、あの偉大なる旧き神々を蘇らせないためにも。これは秘匿されなければならないのだ。
私は今から自害する。奴が、見えもせぬが確かに私を追い回す獣に喰われる前に。
これを、この真実を愛する妻と産まれたばかりの息子に託す。あの蒙昧な一家が信ずる神霊などという矮小な存在など及びもつかぬ神々と魔法を此処に記す。
いあ!ヨグ=ソトース! 我が子らに慈悲を…!
魔法を学んでから2年の月日が経った。相変わらず現代魔法は習得出来ず、魔法に関する人並み外れた知識だけが蓄積されていくだけだ。
反対に外宇宙魔法の習得は順調だ。対人魔法は魔法式が単純で覚えやすく、1度に複数の魔法を習得することも出来た。逆に習得が難しいのが、神格召喚や権能の一部行使だ。
魔法式が複雑かつ、魔力量、対象への深い理解が必要となる。
外宇宙魔法には最大のメリットがある。それは特定の才能が必要ないことだ。現代魔法の才覚は基本的に血統、遺伝によるものが大きい。どれだけ魔法を学び、理解しようが、その家系に魔法師の血がないのなら、ウェイトリーのような魔法式の展開すら不可能だ。
比べて外宇宙魔法に必要なのは、知識と代償だ。然るべき知識、払うべき対価──サイオンと正気度──。この2つが揃っていれば、例え童だろうが素人だろうが、魔法を行使可能だ。
「──まあしかし日常で使えるものが殆ど無いな」
「代わりに、戦闘に関しては人間基準なら高水準ですよ」
「ナイアーラトテップ、君は私に、前世から受け継がれる圧倒的『運動音痴』の血を完璧に受け継いだこの私に、戦闘をしろと言うのかね?」
「いえ、滅相もございません」
「昨日など学校の体育で鉄棒をやらされたんだ。皆が順当に逆上がりを熟していく中、1人だけ悪戦苦闘する私。そんな私を恐るべき純粋な善意の下、同級生君たちが寄って集って応援し始めたのだ。君達に分かるかこの屈辱が!」
「……主よ、今世でも貴方は相変わらずなのか」
しかしこと便利さ、多様さにおいては現代魔法に軍杯が上がる。
CADに登録されている現代魔法は、公式化されているものだけでも相当な種類がある。ウェイトリーにとっての最優先リベンジ対象である発光魔法や、火関連、水関連、風関連、地関連、そこから更に派生していき……兎に角、色とりどりの魔法が存在するのだ。
無論、中には日常でも使える便利な物も。
だが外宇宙魔法は違う。外宇宙魔法の理念は凡そ原始的なものだ。如何に効率良く殺せるか、身を護れるか。それが重視された魔法が多い。
その理由は、おそらくだが本来外宇宙魔法は、人が扱う代物ではないからかもしれない。
外宇宙魔法の文字通り、この地球外の生命……有り様に言えば
これは、自著にヨーロッパの魔術しか登場させてないし、かの盟友も深く描写してなかった為、後世の作品か或いは流行ったTRPGの影響によって創作された物だと知らない故の仮説だ。
だからこそウェイトリーは日々新しい発見の楽しみを味わえているのだが。
さて、今現在この会話は車内で行われたものだ。這い寄る混沌の巧みなハンドル捌きにて公道を緩やかに進む車──黒塗りの前時代的外国車──は、病院へと向かっている。
ちなみに車に乗る際、外神内で一悶着起きていたりする。
その発端は『どちらがウェイトリーの隣に座るか』というもの。混沌対副王の宇宙が何個有っても足りないような喧嘩が起きかけていたため、ウェイトリーの提案によって公正たる【ジャンケン】が行われた。
内に宿る窮極の混沌を滲ませる虚無の貌と、吐き気を催す薔薇の香りと光り輝く極彩色の瞳による睨み合いの下、未来視と因果律操作、現実改変が飛び交う超次元ジャンケンは五度の相打ちの末、見事副王が握り締めた拳にて混沌の両刃を打ち砕く結果となった。
──周りから見れば、人間離れした美貌の聖職服の異国人の青年2人が車の前で本気のジャンケンをし、一喜一憂しているのを愉快そうに眺める、これまた異国人の少年という光景が広がっていたのだ。KPがKPならSAN値チェックを要求しかねない。
そんな内に病院に着く一同。今時珍しい聖職者、それも超弩級の美貌の持ち主2人に挟まれてる中、感じる奇異の目線を無視しながら病室に向かう。
扉を開けた先には、ベッドの上で窓際に供えられた花を眺める儚げな美女──母フレンの姿があった。
フレンはこちらに気づくとその美貌を綻ばせ、嬉しそうに話しかけてきた。
「まあウェイトリー、来てくれてありがとう。……それに
「こんにちはフレンさん。体調は如何ですか?」
「今は良好です。我が子の顔は百薬にも勝るのですよ?」
「……アルハズラッド氏よ、公務以外では私も一介の神父に過ぎん。司教はおよしいただきたい」
「あら失礼。フフフ」
低く、落ち着きのある声で体を労るナイ神父、無表情ながらも優しげに語るタウィル司教と愉快そうに笑うフレン。今までウェイトリーはこの2柱の存在をフレンにも隠蔽し続けていたはずが、今こうして彼らは平然と対面している。
事は半年前に遡る。
◇
フレンを蝕む病が、急激に悪化し始めた。日常の殆どを病院で過ごさねばならなくなり、これでは魔法の修学、それどころか家事育児も儘ならない。
どうしたものかと悩んでいた矢先、
それが長身痩躯に黒いカソックを着た褐色の肌と黒髪の美しい青年、ナイ神父と、全身白のカソックに単なる脱色ではなく、【純白】としか呼べぬ白髪と深い碧目の美青年、タウィル司教だ。
「なるほど、御体が病気で」
「御子もまだ幼き身。ご苦労を……」
ウェイトリーからすれば、つい昨日まで外宇宙魔法の講義を受け、歓談していた者達が急に他人面して我が家にやってきたのだ。まるで
……まあ彼らが今世の
「えぇ……私は元魔法師なのですが、あの子に魔法を教えているのです。その勉学も儘ならず……」
「ほう……進捗は如何ですか」
一瞬だけナイ神父の目がウェイトリーに向く。その目は揶揄うように弓形になり、直ぐに微笑に戻る。
──ホントにそういうとこ性格悪いぞ、我が子よ。
「……実は」
ここまでの会話で、彼らが信頼に能う人物と判断したのかウェイトリーの魔法について話し始める。
「ふむ。……フレンさん、提案があります」
「 ? はい」
「我が教会に、お子さんを預けてはくれませんか。私も昔は魔法師を志した身、魔法の修学に関しても力になれるかもしれません。よろしいですね、タウィル司教」
「……惑う人々を助けるのは聖職者として当然。そしてアルハズラッド氏よ、その魔法式に関して伝手を当たってみよう。どうか我らを頼ってはくださらぬか」
「ッ……! それはこちらとしても願ってもないことですが……よろしいのですか?」
「えぇ。そちらから魔法についての教材を送っていただくことになりますが」
「……ウェイトはいいの?」
矛先がこちらに向く。ナイ神父もタウィル司教もこちらを見ている。フレンの、迷う中子の意思を尊重しようという思いを感じる。
吐き出しかけた溜息を嚥下して答える。
「僕は……神父さん達を信じるよ」
なんとも感動的な、まるで物語の始まりのような……
───おあつらえ向きな茶番劇だった。
◇
「さて、ウェイト。今から大事な話があります」
真剣な顔つきで言うフレンに、思わず背筋を伸ばす。
「おや、ならば私達は退出しておきましょうか」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「いえいえ、では」
2人が退出した後、フレンが話を続ける。
「ウェイト。今から教えるのは、あなたの……お父さんに関わることです」
産まれて1度も話題に出たことがなく、ウェイトリーもさして気にしていなかった父。そういえば名前すら知らなかった。
「お父さん?」
「えぇ……あなたを産む前に逝ってしまったあの人。あの人も私と同じ魔法師だったの。とっても理知的で、知識欲旺盛な、とびっきり優秀なね。それがある日から──」
その日のことを思い出してなのか、悲しそうな、何かを恐れているかのような目をしながら続ける。
「あの人が言う【神】を知ってしまってから可笑しくなってしまったの。私には頑固として教えてくれなかったけど……これだけは託してくれた」
傍の机にあった小箱から小さな黒い物体……SDカードらしき物を取り出す。
「この中に、全てが詰まってるの。あの人が言っていた悍ましい知識が、冒涜的な叡智が。これの名を──」
──ネクロノミコン
思わずウェイトリーは目を見開く。その名が、ウェイトリーにとって決して無視出来ぬ程に
「かつて『アラブの狂える詩人』と呼ばれ、その禁忌の叡智を政府に狙われた、元アラブ首長国連邦政府直属魔法師──アブドゥル・アルハズラッド」
ウェイトリーの手に、それを託す。狂い果てた彼が力を振り絞り遺した、言うならば『最新の魔導書』にして、冒涜と狂気の智恵。
「父の名と、遺物をあなたに託す。……不甲斐ないママでごめんなさい。でもこれだけは、決して世に、例え政府にも知られてはならないの。いい、ウェイトリー。あなたが──」
──世界を護るのよ
対話を終え、病室から出る。2人は他の患者やナース達と談笑していたようで、こちらに気づくと短く挨拶を残し戻ってきた。その一挙一動にも小さな黄色い歓声がナース達から起きている。
歩きながら、ウェイトリーは口を開く。
「……ナイ神父、いやナイアーラトテップ」
「……如何なさいましたか」
「君、
「いえ。そのような事実は」
「ヨグ=ソトース」
「いや、こちらからの個人への干渉は一切無い」
ならば何故? 何故父……アブドゥルは外宇宙の神々を知覚しえたのか。《原典》的に考えればナイアーラトテップが1番怪しかったが、ヨグ=ソトースが断言している故、その線も消えた。
「おそらくは我々がこの世界そのものに干渉した際、なんらかの毛先でも感じ取ったのでしょう。或いはこの世界に化身とはいえ我ら外なる神が侵入した故の……」
「──存在強度による、世界のテスクチャへの侵食か。全く、とんだ規格外だな君達は」
「あなたの
「───あぁ、嬉しいねそんなこと言ってくれるとは。……とにかく、これで理想の魔法使いに近づいたね」
「ほう?」
SDカードをCADに差し込み、喜色満面の笑みでそれを眺める。
「──魔法使いに、魔導書は必須だろう? あ、あと杖とか」
ウェイトリーの魔法使いへの道は確実に近づいている。
──本人のそぐわぬ形で。
小話
実はウェイトリー君、転生先候補にFateシリーズがあったんですよ。魔法科と悩みに悩んで、結局こっちになっちゃった。