魔法科高校の〝ガチ〟劣等生   作:使命

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Step5 囚われの姫

 

 

 退屈。それは日常に蔓延するある種の病原体だ。変わらぬ日々、ルーティンと化した行動、いつも通りの面子。これらが長期間揃い続けることで、この病原体は毒性を帯びる。

 

 未知を、刺激を、非日常を求め体を蝕む。『あぁつまらない』『何か面白いことが起こってくれ』

 

 苦痛に悶えるその慟哭は、涙混じりの欠伸として出力され表に出ることはない。

 

 しかしだ。そうした停滞による退屈は動乱のない平和の裏返しでもある。

 

 法があり、秩序があり、道徳がある現代日本ではそうそう非日常にはありつけない。日常はそれらに守られているからだ。

 

 暇だ暇だと平和で退屈な日常を疎む者たちに、当の非日常に直面している者は、中指を立てて罵声を飛ばすだろう。

 

『ならおまえがこっちに立ってみろ』と。

 

 そして此処。何処かも分からぬ地下室にて椅子に縛られている、今まさに非日常に直面している少年がいる。

 

 西欧人であることが察せられる白い肌。母親譲りの美しい金髪と碧目。幼さが目立つ顔立ちながら、その美貌は人類の臨界点(APP18)に達している。

 

 学校帰りなのか制服姿の少年はキョロキョロと辺りを見渡した後、困惑と諦観の籠った笑みを浮かべ呟く。

 

 

『───Why?』

 

 

 ウェイトリー・アルハズラッド。前世含め、人生初めての拉致被害であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 フレンから父の遺産、ネクロノミコンを授かってからもうすぐ1年が過ぎようかとしていた。

 

 フレンは半月ほど前に亡くなった。最後まで病と戦い抜き、美しいままこの世を去った。

 

 そのとき、ウェイトリーは何を思ったのか。悲しみもある、寂しさもある。今世の母親を喪った喪失感は確かにある。

 

 ……のだが、その心境の大部分を占めているのは諦観と無感動だった。

 

 世界の真理を見たウェイトリーには、死が苦痛でも安らぎでもないことを知っている。

 

 遍く全ては盲目白痴の魔王の見る泡沫の夢であり、死も生も命も過去も未来もまた、ヨグ=ソトースという存在でしかない。

 

 ある意味で命の重さを、その価値を正しく知るウェイトリーの目に肉親の死は───ひどく無価値に思えてしまった。

 

 その事実に当人が1番ショックを受け、1日程自室に引き篭ってしまったのだが、踏ん切りがついたのか翌日には笑顔で部屋から出てきた。

 

 さて、そんなウェイトリーは現在進行形で何者かに拉致されている。たしか学校帰りからの帰り道、学友と談笑しながら帰っていると、前に停まっていた黒塗りの車から突如男たちが現れ、魔法にてウェイトリーだけを眠らせ、此処に連れ去ったはずだ。

 

 

(……()にこのことを話したらきっと面白いだろうな)

 

 

 前世の盟友、宇宙的恐怖の始祖。彼とはよく出かけたりもしたが、専ら彼は手紙での交流を好んでいた。

 

 好む、程度の表現では些か不足か。彼は超がつく文通魔だった。数少ないファンレターには必ず返事を返していた。ファンレターの3倍程の文章量で。

 

 ウェイトリーとの文通でもそれは変わらない。おそらくは受け取った彼の手紙を全て繋げれば、1冊の長編小説が出来上がるだろう。

 

 拝啓 友よ あろうことか私は誘拐されてしまった。さながら気分はランドルフ・カーターだ。窓のないそこそこの空間の地下室で、椅子に縛られながらこれを書いている。助けてくれ。

 

 とでも送れば、長々と所感と感想を書き連ね最後の1文にやっと『怪我はしてないか? 警察を呼ぼう』と書いて送って来ることだろう。

 

 

「目覚めたかな。アルハズラッドの息子よ」

 

 

 そんなことを考えていたら、ドアから12人の男たちがぞろぞろと入ってきた。年齢はバラバラだが、皆同じ型のCADを手に持っている。

 

 

「……え、え〜んここどこ〜」

 

「猿芝居はよせ。老人が幼児の真似事をしているようだ、気色が悪い」

 

 

 どうやら向こうはウェイトリーの為人や事情を知っているようだ。流石に転生者とはバレてないだろうが、少なくとも彼らの目にはウェイトリーが"普通"の少年には見えてはないようだ。

 

 

「─────ハハハ。では御言葉に甘えて、此処は何処だい? 目的は?」

 

「はっ、やはり貴様の本性はそれか。あまりにも肉体と精神の成熟度に差がありすぎる。……実に面白い」

 

 

 なんだか話が噛み合ってない。なんだ? もしかして彼らは発狂しているのではないだろうか。魔法師、もとい魔術師は大概が狂気に染まりやすいものだ。理由としては人一倍強い探究心、好奇心とそれを叶える魔法(技術)があるせいで。

 

 

「おーい、私の話を聞いてるかい?」

 

「あぁ、聞いているとも。……では貴様の質問に答える前にまず我々の自己紹介をしよう」

 

 

 その男は着けていたサングラスを外すと、その切長の目でウェイトリーを見る。瞳の濁りは狂気──とも見間違えるような探究心だ。

 

 

「我らの名は『(ソラ)の智恵派』。魔法の観点から、この世界の真理を探究する魔法師の団体だ」

 

「……ふむ」

 

 

 真理、真理と来たか。この世界もとい宇宙は拡大解釈すればエイドスに属する情報体であり、我々人類もその1部に過ぎない。

 

 ……という()()()な真理では彼らは満足しなかった。それは瞞しだと。叡智を求める我々にはもっとふさわしい"真理"があるのだと信じているのだろう。

 

 

「で、そんな真理を求める魔法師様たちが私に何の用かね? 見ての通り、ただの幼気な少年なのだが」

 

「本当にただの少年を、こうしてリスクを冒してまで攫うと思うか? 『狂える詩人』の息子よ──」

 

 

 何処かで聞いたことがあるような団体名、そして父アブドゥルの名が出てきたことで彼らの欲するものを確信する。

 

 

「───ネクロノミコンは何処だ」

 

 

 禁忌の書。狂気と冒涜の叡智。悍ましき外宇宙に住まう住民たちと、魔法が記された『最新の魔導書』。

 

 アブドゥルが書き遺し、フレンからウェイトリーへと受け継がれた深淵の知識そのもの。

 

 彼らが欲するのはそれだ。

 

 

「今まではあの忌まわしい【黄昏】めが秘匿していたが、奴も死んだ以上最早あれを持っているのは貴様しかいない」

 

「……ん? 黄昏? 黄昏とは誰だ」

 

 

 ウェイトリーの知り合いに、残念ながらそんな男心を擽るような名前の者はいない。盟友は後の世で『御大』と呼ばれたらしいが。ちょっとそんなふうに呼ばれてみたかった。

 

 

「知らないのか? なるほど、それすら隠していたか。……貴様の母、フレンは元米国政府直属の戦略級魔法師だったのだよ」

 

「あぁ、そういえばそんなことを言っていたな。二つ名がどうとか……」

 

「そんなことより」

 

 

 話が逸れたと、会話を仕切り直す。

 

 

「もう一度聞こう。ネクロノミコンは何処だ」

 

「さて、どこにやったかな? ……ちなみに素直に答えなかった場合拷問とかは」

 

「貴様の態度次第だ」

 

 

 さて困った。自慢ではないが、ウェイトリーは平凡かつ温室育ちの坊っちゃんだ。前世から医師の勉強三昧で、特に危険な経験も痛い思いも殆どしたことがない。そんなウェイトリーが拷問なんかに耐えられるわけがない。

 

 ポロッと情報吐く前にショック死で命を落としかねない。

 

 

「まあ粗方目星はついている。──あの胡散臭い神父共がいる教会だろう」

 

「さあね。というか御主の住まう聖なる教会に、あんな背教的な代物があると思うかい?」

 

「ふむ、あくまで口を割らないか。───ならばこうしよう」

 

 

 そう言って男は懐から携帯電話を取り出し、液晶をウェイトリーに見せる。そこには現在の我が家──ナイ神父とタウィル司教の住まう教会が映っていた。

 

 

「正直に言えば、君たちの命は保障しよう。だがもし答えないならば──―神父共を殺す。どうかね」

 

 

「────は?」

 

 

 

 

 

 

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