ナイ神父とタウィル司教を殺す。男は確かにそう言い放った。
初めに感じたのは怒りだ。盟友とともに創り上げ、後継達によって紡がれてきた何よりも愛しい我が子達。それを
しかしそんな怒りをすぐに鎮め、覆い隠したのは困惑と冷笑だ。
この宇宙の外に座し、遍く万物を無価値と断じ嘲弄、冷笑する絶対的な超越者。人類から見れば無限にも等しい宇宙すら、彼らからすれば矮小かつ脆弱な庭。
それが彼らの属する外神という存在。その外神の中でも最上格2柱である彼らを殺す。いよいよここに愚行極まれり、といったところか。
「クックッ……さてどうかね。奴らの命か情報か、決まったかな?」
「…………」
ウェイトリーの反応を怒りと動揺から来るものと勘違いし気を良くしたのか、上機嫌に尋ねる男。
はっきりと言えば、ウェイトリーはここでネクロノミコンの在り処を吐いたところで何も関係はない。
宙の智恵派は教会へ行き、藪をつついて龍に喰われるだけだ。
───だがそれでは駄目だ。駄目なのだ。自身が持ち込んだ厄介事を我が子に放り投げることなど、断じてありえない。彼らは快諾するだろうが、親としてそれは許せない。
それに───
───あなたが、世界を護るのよ
ウェイトリーには約束がある。生前、母と交わした最後の約束が。深淵の叡智を秘匿し、世界の安寧を守護する。狂気の淵に立つのは1人でいい。
肉親の死にすら価値を見出せなくなったウェイトリーが、ただ1つ貫き通す大義の為ならば。それが『人』の美徳であり強さならば。
我が痛みに、命に、それを優先する価値など一銭もない。
「──悪いが、答えられるのは一つだけだ。
「はっ、なるほど。大した根性だ。……ならそうするとしよう」
そういって男は持ってこさせた機材から伸びる、小さな針が付いたプラグをウェイトリーの頭に突き刺した。
「がっ……!?」
鋭い痛みが頭部を襲い、呻きを発するがそれに構わず男はプラグを刺し続ける。
「しかし残念だが、その覚悟は無意味なものだ。……実はそもそも、先ほどのまでの尋問も大した意味はない。我々には便利な──魔法があるからな」
男はCADを起動し、片方の手でウェイトリーの頭を鷲掴みする。
「魔法にて記憶を漁り機材に投影する……拷問より遥かに理に適っていると思わんかね?」
鈍い痛みのなか、ウェイトリーは思考する。彼らは魔法で真理に到達すると言うとおり、その魔法技術は高いようだ。おそらくはそこらの公式の組織よりは遥かに実力者が揃っているのだろう。
というか記憶を直接覗けるなら最初から言って欲しい。約束だの大義だの、一生懸命覚悟を決めていたのが恥ずかしくなってくる。
「さあいよいよだ。……我らが求めていたこの世の真理、それに辿り着く足がかりとなるのだ!!」
部屋中が沸き立ち、男たちの歓声が響く。きっとモニターには映ることだろう。この世界の真理、禁忌の書の在り処が。苦渋の思いでウェイトリーがタウィル司教とナイ神父を呼ぼうとしたそのとき。
「ぁ」
びしゃり、と液体がぶちまけられる音がした。それを皮切りに、歓喜と歓声に包まれていた地下室は、狂気と絶叫が響く地獄へと模様替えしていく。
「あああああああああああああああああああああああああああaaaaaaaa!!!」
「んー! んん──!!」
「ひっ、ひひひひひひひひひひひひ」
「がり、ガリガリ……うん? ガリガリガリ」
「うぁ」
叫ぶ者、笑う者、自身の手を噛み悶える者、CADに一心不乱に喰らいつく者。三者三様の阿鼻叫喚だが、この現象にウェイトリーは体験ではなく、知識として心当たりがある。
これは発狂だ。脳が眼前の情報を理解、処理するのを拒否し、精神の防護を強行する現象。現に彼らの目は狂気と恐怖で澱んでいる。
「ああああああ! ──あ」
びしゃり、びしゃりと、宙の智慧派が一人ずつドロドロの液体になっていく。まるで
最後の一人が汚い液体になったと同時に、手の拘束が解かれる。おそらく魔法を用いて縛っており、使用者の死亡によって解除されたのだろう。頭に刺さったプラグを引き抜きながら、一本だけを残しモニターを見る。
「あぁ、そういうことか」
心底納得した様子でウェイトリーは呟く。
──そこには
万物の創造主にして運命を操るもの。呪われたフルートと狂ったリズムの太鼓に慰められながら微睡み、葦笛を吹くもの。
窮極なる秩序の神であり、神への冒涜そのもの。
この世全てを夢見る、全知全能にして盲目白痴の魔王。あえてその名を口にするのなら
Azathoth
盟友が創り上げた神格の中でも、一切が謎だった神話体系における最高神。
憐れなるは宙の智恵派。彼らはこの瞬間を、あろうことか組織内でカメラを用いて生配信していたのだ。
あらんかぎりの狂気と冒涜は加速度的に広がっていき、全国に散らばる組織は崩壊し……
たった今、一人の少年を引き金に宙の智恵派は全滅した。全てが汚らしい液体となって。
皮肉にも、彼らが待ち望んだ【真理】こそが、彼らの破滅そのものだったのだ。彼の魔王の前に、幸運も例外もありはしない故に。
「……一件落着、かな? イテテ」
最後のプラグを引き抜き、投げ捨てる。しかしまあ痛かった。頭にプラグなぞSFだけと思っていたら、まさか自分が受けることになるとは。
「すまない、迎えを頼むよ」
滴る血で濡れた金髪を掻きながらウェイトリーは虚空に向かって語りかける。すると突如、焦燥した様子のナイ神父が現れる。
「あぁ……! 我が主よなんとお労しい姿に……!」
黒いカソックに抱き締められる。花のような甘い香りが鼻腔を擽り、意識が飛びかけるが何とか平静を保つ。
「大丈夫、大丈夫だよ我が子よ。悪いが治療をお願いしたい。これ些か以上に痛むんだよ」
「かしこまりました……あぁ、髪も顔も血で汚れてしまって……」
嘆きながらナイ神父が手を翳すと、傷も汚れも逆再生かの如く消えていく。おそらく魔法ではなく権能によるものだ。
「ありがとう」
「いえいえ、では帰りましょう」
「あぁ悪いね……
そう、それこそが今回の事態の重大化の原因。本来ならば誘拐を計画、立案した時点で、その輩は存在ごと消滅している。だが今回こうして誘拐が実行されたのは、その外神に不干渉の命があったからだ。
我が子に頼りすぎないようにするため、そして自身の人間らしさを守るため。
神父と司教も渋々ながら了承し、結局今に至る。
ナイ神父が虚空に向かって1歩足を踏み出した瞬間、既に玄関についていた。
「ただいまー……ごめんね心配かけて」
「御身が無事ならば何も」
居間に入ったウェイトリーは、ふと棚の上に見慣れない物を見つける。なにかとその所々に釘の刺さった四角の物体を取り上げてみると
「ギッ、ギチチ……」
それは人間だった。しかも生きたままの。どんな外法を使ったのかは知らないが、四方から均等に凄まじい圧力によって整形されているらしい。なんか変な音発してる。
「あぁ、それは先程我々を覗き見する鼠がいたもので少しばかり歓迎したのですよ」
おそらく釘は拷問だろう。ウェイトリーの居場所を聞くのではなく、単純に痛めつける為だけの。外神の監視を欺けるものなど存在しない故に、情報など無価値だ。
「……まあこれはいいとして」
今度はウェイトリーは机の下に視線を向ける。そこにはビクりと震えて威嚇をする、日本人形のような美しい少年がいた。
「この子、誰だい?」
「おや、そんな所に隠れていたのですか」
ナイ神父が少年を抱き上げるとそれを嫌がり暴れるが、外神に人間の力が勝てるわけもなく、直ぐに諦めた。
「この子は私が拾ってきた……孤児でしてね。今日から新しい家族です。我が主は、この子の兄になります」
「……はい?」
誘拐されている間に、我が子は子供を拾ってきていた。というかいきなり家族になった。
混乱する頭を抑えながらも、ウェイトリーは少年に近づく。
「君、名前は?」
「……りょう」
どうして孤児なのかは気になるが、まずは自己紹介からだろう。唐突だが家族になるのだから。
「そうかリョウか。私の名前はウェイトリー。気軽にウェイトと呼んでくれ」
何はともあれ歓迎しよう。ようこそ日常へ。ようこそ非日常へ。ウェイトリーが母親についぞ与えきれなかった『親愛』を、代わりに君に捧げたい。
「今日から、私たちは家族だ」
あな憎し、あな憎しや。なぜ捨てられなければならない。
何が失敗作だ。何が忌み子だ。なぜそんなことでこんなに痛めつけられ、ゴミのように捨てられねばならない。
あな憎し、あな憎しや。
【では復讐の機会をあげましょう】
…!誰だ
【私ですか?…私はナイ神父。ただの神父です】
【憎いでしょう、あなたを捨てた一族が。あなたを虐げた人間が】
【ならばこの手を取りなさい】
この世の何よりも胡散臭い、嘲笑混じりの申し出。
悪魔の囁き、死神の誘惑。そんなものより遥かに悍ましい勧誘。
…今は受けよう。今はその手を取ろう。邪魔になったら殺せばいい。
あな憎しあな憎しあな憎しィ…!!
この捨てられた恨み、晴らさでおくべきか…!