日本国某所。政府の申請を受け派遣された国防陸軍第101旅団・独立魔装大隊は現在、首都某区内の地下施設に潜伏していた非合法魔法師組織との戦闘中であった。国内の精鋭の中の精鋭の集団である魔装大隊の一部隊員と、非合法ながらも、国内でも上位の魔法師に比肩するであろう実力の外法の魔法師集団の戦いは、高度な攻撃魔法が飛び交う苛烈なものとなっていた。
「クソッ! また例の
「口より手を動かせ! 突破されるぞ!」
『近隣住民の避難、完了しました!』
「奴らを一人も逃すな!」
近年、世界中で非合法の魔法師組織、通称『サバト』の増加が問題となっている。町や工業地帯、公共施設、果ては政府機関など様々な場所に構成員が潜伏しているため、根絶は困難極まっている。
「政府の犬どもを殺せ!」
「蒙昧な愚者が!」
「我らが探求の邪魔をするな!!」
しかも厄介なのが、共通してこのサバトに属する魔法師は国の抱える中級魔法師、上級魔法師クラスの実力を持つということ。本来ならばこの手の組織の鎮圧に彼ら独立魔装大隊が派遣されることはない。警察の特殊部隊か、自衛隊の下部組織で事足りる。
こうして軍でも上位の実力を持つ部隊の派遣が必要になるのも、問題の一つだ。
そして────
「!? ぼ、防御術式貫通!」
「なッ! がぼっ!?」
「チッ! また未知の魔法か!」
突如、隊員の一人が口から大量の海水を溢れさせながら倒れる。これこそが外法の魔法師を上級魔法師クラスまでに引き上げている要因。既存の魔法のどれにも属さない──既存の術式が通用しない──未知の魔法の数々こそ最大の脅威だ。
「ガッ!?」
「怯むな! ここを耐え……ガァァァァァ!?」
ある者は手足が炭化、萎縮し、ある者は陸地で溺れ、ある者は赤き呪印に。現代魔法とは一線を画す残虐な魔法は、禁忌の書の写本の写本、ばら撒かれた狂気の叡智の断片が齎すもの。
「まだだ!
その魔の手がまた一人に伸ばされようとしたそのとき。
「……は?」
飛び交っていた魔法が、魔法式が、隊員に害なす魔法全てが
「がぁっ!?」
「うぁぁぁ!!」
「これは……! 大黒特尉!」
威力、精度ともに他を隔絶した魔法を行使しながら、一人の男が現れる。
大黒竜也。弱冠ながらも魔装大隊にて『特尉』を戴くもの。その実力は非公式に一国の鬼札たる『戦略級魔法師』と認められている。そして彼の実力を知る者は口を揃えてこう言う『世界最強』と。
「──状況は」
「はっ、負傷者数名。全員が例の未知の魔法によるものです」
「分かった……っと来たか、涼」
そして一人、竜也の魔法と反撃の魔法が飛び交う中を悠々と歩む男がいる。装備も付けず、漆黒のカソックに身を包み、胸元で十字架を揺らす戦場でもなお輝く美貌の青年。片手には刀型のCAD──偃月刀が握られている。
【──天仰げ 空高く 今宵 星戻る 目覚めよ 我が主よ 封印は既に無く】
怒号と魔法の音が吹き荒れる戦場の中呟かれたそれは、神託の如くこの場にいる全ての者に静かに、荘厳に響き渡る。
【主が戻る 人よ知れ 新しき 恐れを 主は示す 真の名を】
それは祈りのようだった。それは歌のようだった。この世で聞いたこともないような、震え上がるように恐ろしく、悍ましい旋律。暗いカソックと相俟って、それは神に捧げるキャロルのような歪な美しさを醸し出していた。
【闇を望め 希望はなく 無知なる人から 主は取り戻す】
「ひっ」
誰かが恐怖の声を上げた。魔法を物ともせず、冷たい無表情のまま抑揚もなく歌いながら歩いてくる青年。
理解が出来ない。訳が分からない。理解出来ないから怖い。目の前の青年が何よりも恐ろしい。本能的、根源的な未知への恐怖が、あの写本の断片で散々味わったはずのそれが身を蝕む。
「こ、殺せ!! 今すぐ、今すぐに!!」
悲鳴のような叫びの後、青年に怒涛の魔法が襲い掛かる。だがその魔法は青年に着弾する前に露散する。
「は、何故ッなんで!?」
【星々が破滅する 定めの時が今 至上の星辰と 至上の恐怖が】
「ッ! うぉぉぉ!!」
青年が偃月刀をゆっくりと掲げる。その刀身に膨大なサイオン──一般の魔法師が一日かけて行使できる量の──が満ちていく。刀身が赤熱化し、辺りの空気を燃やし喰らう。
【天仰げ 空高く ──我が兄が生きる世界に、貴様ら羽虫が住まう場所なし。渇き、餓えたまま無に還れ】
眼前に群がる羽虫のような魔法師たちを睨みつけ淡々と、忌々しげに吐き捨てる。
【
赫き斬撃は眼前全てを飲み込み──悲鳴を上げる暇もなく、外法の魔法師は一人残らず灰になった。
◇
魔装大隊の隊員が引き上げている中、スマホを見ながら優しく微笑む一人の青年。スマホには、青年と共に笑顔を浮かべる金髪碧目の異国人の美青年の写真が映っている。
そんな彼に近づく人影が一つ。
「お疲れ様です、刈谷特尉。コーヒーを持ってきましたがお召し上がりに?」
「──やめろ司波。おまえの敬語など寒気がする。おまえはその実力通り、傍若無人であればいい」
「フ、冗談だよ。だからここでは大黒竜也と呼んでくれ」
刈谷涼。大黒竜也──本名、司波達也──と並び、独立魔装大隊に所属する『特尉』の階級を戴く非公認の戦略級魔法師。缶コーヒーを受け取りながら軽口を交わす姿には、先ほどの幽鬼のような佇まいの面影もない。
「しかし達也、おまえも面倒なことをする。態々偽名を使うなど」
「俺たち特尉、及び非公認戦略級魔法師の存在は国家機密だ。それ相応のことはする。寧ろどうやっておまえは本名で通ったんだ」
「上層部にこうお願いした。『嫌なら俺は軍に従わん』とな」
「それはお願いじゃなく脅しと言うんだ」
互いの表情は乏しい。涼は生粋のもの、達也はその自由を剥奪された為に。しかし彼らの間に流れる空気は穏やかだ。
「よくおまえを尊敬するよ俺は。どうしておまえはそんなに強く振る舞えるのか」
「なに、初めから俺もこうだったわけじゃない。……ただ真の意味での『強者』を知ったからな」
「……おまえ程の男がそう評価するか。いったいどんな」
「我が兄だ」
それを聞いた途端、達也はうんざりした様子で涼を見るが、涼の意識は既にスマホに映る兄の姿に向いていた。瞳は法悦に満ちており、その笑みに蠱惑的な美しさを醸していた。
「ハァ……本当におまえはその──ウェイトリー「さんを付けろ」同級生だろう? ……ウェイトリーさんが好きなんだな」
「ふん、当然だ。あの人は俺を復讐心の沼から救い上げ、俺を人にしてくれた恩人だからな」
「……復讐だと?」
さらりと聴こえた不穏な単語に思わず問いを投げる。涼は達也から見ても怪物と称す領域の実力者だ。恐れず、堕落せず、靡かず、徹底して己の価値観の下に生きる傑物。そんな彼が復讐に囚われる姿など、俄かには信じ難い。
「ん? 言ってなかったか。俺はとある名家の捨て子でな。魔法師になるため造られたが失敗作、忌み子として破棄されたところを神父に拾われ、混ぜものにされ、兄に会ったんだ」
「…待て、そんな重要なことを簡単に──」
「そこで我が兄は────」
「──あぁ」
暫く止まらないやつだ。悲惨な過去をあっけらかんと白状し、自分の世界に入った友人に問い詰める気も起きず、達也は静かに聞き手に回った。