魔法科高校の〝ガチ〟劣等生   作:使命

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Step8 刈谷涼の独白.Ⅱ

 

 

 刈谷涼

 

 名家であった刈谷家が、近年堕ちつつあった威信を取り戻すために()()()()デザインベイビー。刈谷家の血筋に存在しなかった優秀な魔法師を造り出し、政界への影響力を高めようとした画策の下に、彼は生を受けた。

 魔法師に必要な血統を補うため、数々の違法と外法によって産み出された彼が最初に見たのは、人間の欲望だった。

 

 

「やった! やっと産まれた!」

 

「これで我が刈谷家の権威は……」

 

「実験の成果次第では私のポストも……!」

 

 

 彼に望まれたのは刈谷の傀儡であることだった。鎖で繋ぎ魔法を教え、暴力の痛みで縛り教育を施し、恐怖で括り付け作法を学ばせた。外法で造られた彼の肉体は3年ほどで7歳ほどの成熟度を迎え、そして──

 

 ──失敗作の廃棄物として破棄された。涼には魔法を使う才能は無かった。

 

 こうなるはずではなかった。こんなゴミを造ろうとした訳じゃない。役立たずが、この恥が、薄汚い木偶人形めが。

 

 誕生への祝福をただ一つも受けることなく、代わりにあらんばからりの憎悪と呪詛を浴びせられ、山奥の廃棄場に放り投げられた。

 

 

 何故? 何故? 何故自分は捨てられたのか。痛いのも、怖いのも、苦しいのも、辛いのも、皆が言うから耐えてきたのに。()()()()()()()()()()()()()()()我慢したのに。

 

 何故産んだ? なんの為に? 受けてきた躾と名付けられた暴力で出来た傷が痛む。鞭で打たれた心が痛む。

 

 痛い──痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い───憎い。

 

 自分にしてきた仕打ちが、自分を捨てた奴らの所業が、自分を産み落とし、害してきた遍く全てが憎くて憎くて仕方がない。

 

 

「──憎し、憎し憎し憎し憎し憎し憎しィ……! 捨てるなら何故育てた。棄てるなら何故産んだ!! あの痛みも、恐怖も、何一つ無意味だったのか!!」

 

 

 ゴミ溜めの上で怨嗟が響く。降ってきた雨の音を掻き消すように。憎悪の狂歌を唄うように。仰向けのまま空を見上げ、世界に響くように。

 

 

「許さない……! この恨みを……痛みを……奴らに! 刈谷家に……!」

 

 

 ──そして怨嗟の絶叫は、()に聞き遂げられた。

 

 

「──ふむ。随分とあれらを……いえ、世界を憎んでいるようですね」

 

 

 ゴミ溜めの上に、低く落ち着いた柔らかな声が聞こえた。涼が前を見ると、そこにはこの場所に似合わない──雨が降っているのに、髪の毛すら一滴たりとも濡れていない──漆黒のカソックと十字架を身に着けた、褐色の肌と黒髪黒目の人間離れした美貌の神父がいた。

 

 

「……おまえは」

 

「? 私はナイ神父。ただの一介の神父ですよ」

 

 

 ナイ神父と名乗る男はにこりと微笑む。柔らかく、この世のどんな絵画よりも美しいそれは、眼前の存在を嘲弄しようとする悪魔の笑顔に見える。

 

 

「さて……憎いでしょう、貴方の一族が。貴方を虐げた人々が」

 

「……」

 

「復讐を望むなら──生を望むなら、この手を取りなさい」

 

 

 ナイ神父が手を差し出す。白の手袋に包まれたそれを取れば、きっと言葉通りに助かるのだろう。復讐の機会を寄越すのだろう。……そして、破滅の道へと転がり落ちるだろう予感がする。

 

 ──しかし、だからどうした? 今のこの激情に比べれば、憎悪と憤怒に比べれば、破滅などクソ食らえだ。気に入らない、信用ならない……だが不要になれば殺せばいい。

 

 

「力を寄越せ……! 奴らを殺す力を!!」

 

 

 神父の手を握り潰さんとするほどの力で掴み取る。笑みを深めた神父の背後に、燃え上がる嘲笑の形に歪んだ三つの眼を幻視する。

 

 

「では差し上げましょう。──まあ劣等種ですが、実験としては十分でしょう」

 

 

 どうでもよさげに、それでいて真剣さを纏う物言いの直後、今まで受けてきたありとあらゆる苦痛が過去に化すほどの激痛が流れ込んでくる。

 

 

「ガッ……!? ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「凍てつく蒼き炎、風に乗りて歩むもの、蛸の長子、怠惰な狸か熊。下等も下等と言えど、あれらもれっきとした旧支配者。その因子。『人間を素体とした旧支配者の作成』……中々面白くなりそうですね」

 

 

 目の前で苦しむ少年に一片の興味も抱かないような──実際に1µmたりとも興味を示してないのだろうが──ただ自身の好奇心のみで動く、神父にあるまじき背教。

 

 怖い。眼前の神父の、否、人間の皮を被っただけの冒涜そのもののような怪物が怖い。剥き出しの臓物を炎で炙られるような痛みの濁流の中で、底なしの闇に直面した恐怖が襲う。

 

 

「直に痛みも止まるのでご安心を。そうですね貴方は……あの方の弟になってもらいましょう」

 

 

 脳にあまりにも膨大な情報が流れ込んでくる。この世の何よりも悍ましく、矮小な人間が仰ぎ見ることしか許されない強大なものたちの情報が、浮かんでは消え、浮かんでは消える。

 

 

「お……ッ、おまえは……!!」

 

「?」

 

「おまえは……! アアァ゙! おまえは()()()()!」

 

 

 ──そして、そんな悍ましい怪物どもよりも尚悍ましく恐ろしい神父はなんなのか。その問いに神父はより一層笑みを深め、せせら笑いながら答える。

 

 

「──神父です。ただの神父ですよ、刈谷涼くん」

 

 

 ──その貌には、ぽっかりと虚無の穴が空いている。何処からか賛美歌が聴こえてくる。暗黒のファラオを讃える歌が、至上の外なるものを讃える唄が。

 

 

 

 

 

 

「あ」

「あぁ!」

「あ、あ゙あ゙あぁぁ゙ぁ゙ぁぁぁ……!! 」

 

 

 最高潮になった痛みと恐怖に晒されながら、引き裂かれるような絶叫の後、彼の意識は消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がついたら教会の住居スペースのベッドの上だった。ナイ神父はこちらを見て

「おや、生き残りましたか。おめでとうございます」

 と微塵も敬意も称賛も感じられない、抑揚のない拍手を送った後、そことなく急いだ様子で何処かへ消え去った。

 

 住居スペースに飾られている小さな聖女像の前で佇んでいた白髪碧眼の司教は涼を無感動に見つめ、仏頂面のまま呟く。

 

 

「──例の混ぜ物か。あれの奔放ぶりも困ったものだ、使徒にしては些か以上に混沌と動き回る。……いや、それも父王の意思か」

 

 

 此処にはいない、ナイ神父に向けてであろう言葉の中には理解できない単語が複数あったが、それが何であろうと知る気にもならなかった。こちらを睥睨する美しい瞳をすっと細めると、今度はこちらに向けて言葉を投げる。

 

 

「ようこそ、八王子南大沢教会へ。我々は君の()()を歓迎しよう。その復讐の為の刃も、存分に磨くがいい。──努、振るう切っ先を間違わぬようにな」

 

 

 その長身を低く屈め、視線を合わせる司教の──極彩色に輝く瞳と目が合った。吐き気を催すような薔薇の香りを漂わせ、万物を冷笑するように微笑んだ後、また聖女像の前で黄昏始めた。

 

 

「……あぁ」

 

 

 どうやら此処は教会などではない。寧ろ、神への冒涜そのものの怪物が住み着く巣穴だったらしい。

 

 もうこの空間にいるのも怖くて、とにかく身を隠したく傍の机の下で蹲った。

 

 ──自分が身を委ねた悪魔の囁きは、想像以上に破滅と絶望に満ちていた。涼は一人自身の行く末を思い浮かべ身震いする。

 

 だがそれだけだ。己の内で燻り、爪を擡げ唸りを上げる復讐心に比べれば、その恐怖はそよ風に等しい。また湧き上がってきた憤怒に身を蝕まれていたそのとき

 

 

「この子、誰だい?」

 

 

 聞き覚えのない、初めて聞く──おそらく同年代であろうが、どこか老練された特有の雰囲気があった──声にびくりと体を震わせ、その声の主を見る。

 

 

 産まれて初めて見る美しい金髪と白い肌。その碧の瞳は、深い知性と叡智を感じさせる。絵画からそのまま出て来たような美少年は涼を訝しげに見つめている。

 

 

「おや、そんな所に隠れていたのですか」

 

 

 神父の声がしたと同時に無造作に体が持ち上げられ、そのまま抱っこされる形になった。

 

 どうにか剥がれようと藻掻くが、いくらやってもビクともしないので諦めた。

 

 

「……なにか混ぜたかい?」

 

「慧眼、真に素晴らしく。実は混沌めが色々と……」

 

 

 涼に聞こえないように小声で話す司教と少年。ややあって笑顔でこちらを向くと、親しげに声を掛けてきた。

 

 

「君、名前は?」

 

「……涼」

 

 

 無視するならいくらでも出来たはずなのに、思わず口走ってしまう。刈谷家の侮蔑とも、神父の嘲笑とも、司教の冷笑とも違う純粋な好意の籠った態度に絆されたのか。

 

 

「何はともあれ歓迎しよう。──今日から私たちは家族だ」

 

 

 美しく、優しい微笑みと共に差し出された手を掴む。

 

 家族の証の握手だ。と笑う少年に思わず見蕩れる。

 

 その外見は人としての極地であるのに、涼が感じた美しさはもっと別の──上位者に、神に対して抱く畏怖と崇拝が入り交じったものだった。

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