ダンジョンでFE風花雪月無双 作:門番
ナイフでモンスターを切る。
ベルにとっての戦術なんて、我流のヒットアンドアウェイしかない。
ヒーラーもおらず、しかもソロであり、回復薬すら心もとない。急に飛び出してきたから、防具だってない。たった1つのミスが『死』に繋がるダンジョンにいる。今のベルにとっては凄まじい強さを感じたミノタウロスの件もあって、普段よりダンジョンは冷たく感じた。
しかしいつもよりベルの頭は冴えていた。冒険者として冒険をするのでもなく、強さに飢えた狩人としてダンジョンに籠り続けていた。魔石を回収する気もなく、強引なレベリングともいえる。
『雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ』、あの言葉を聞いて、今の自分がどれだけ惨めか思い知らされた。狼人が酒に酔って高らかに述べたその言葉は何度でも頭をよぎる。確かに、かの美しい女性は引く手あまただろうし、自分がその隣に並び立てるようになるまで、その隣が空いたままとは限らない。
急げ、早くランクアップしないと。
『冒険者は冒険してはならない』という戒めが脳裏によぎるが、ベルは首を振ってすぐにかき消す。そしてベルは、再びナイフを握りこんで、蛙のモンスターの腹に刺突した。
「しまッ!?」
安物かどうかよりは、ベルの武器は細身のナイフだ。急所を狙った刺突ならまだしも、基本的に切り裂くということが求められる。無理に刺さったことで抜きづらいナイフを握ったまま、焦りつつもベルは思考を止めない。
「くそっ!」
ナイフの柄から手を放せば、その腕の攻撃を躱すことができる。しかしその後はまず取り返すという作業が必要になる。焦りもあってまるで押し倒すようにさらに突き刺すという暴挙に出てしまった。
「たお、れろォォ!」
声に出るくらい両腕に力を入れて、全身で押し込む。
もしゲームのようにHPがあったのなら、いつか倒せたのかもしれないが、ここは現実のダンジョンだ。もがくモンスターの腕は、鞭のようにベルの身体を打ち付けていく。
さらに、モンスターの断末魔は同種を呼び出してしまった。ベルは気づいていないが、その背中を襲うべく、モンスターが飛び込んでいる。
ドンッという音が背後で鳴る。
「油断するな」
人の声に慌ててベルが振り返ると、黒い上着がまるでマントのように風になびいていた。
その紺色の髪の青年べレトは、凄まじい速さで少年と蛙モンスターの間に入り込み、拳でモンスターを弾き飛ばした。6層のモンスターに本気でやれば身体を貫通するので、手加減もしている。
「貴方はさっきの……」
振り向きざまに、黒い鎧に包まれた腕を振るえば、その速さは今のベルには見えない。ベルの下にいたモンスターの脈を斬り絶命させ、すでにロングソードをまた鞘に納めていた。
返事をする前に、べレトはベルの腕を握って立たせた。
「ディアンケヒトファミリアの剣士、べレトだ。君は?」
「ベルです」
いい名だ、そう伝えたベレトは、剣を抜いて次の敵と相対した。
「来るぞ」
「あれは……人なんですか?」
その幽鬼的な動きは、まるで死体が歩いているようだった。
「異形兵だ」
「イギョウ、ヘイ……?」
鎧を身に付けた姿は冒険者のようで、しかしモンスターのようでもある。赤く光る傷口からは紫煙を吹き出しており、その鋭い瞳も赤く輝いていた。ボロボロになった武器を構えてこちらに向かってきており、今にも襲ってきそうだ。
「た、助ける方法は!?」
「ありません」
焦ったベルに答えたのは金属のブーツを履いた女性だ。身長差もあり、ベルは振り返って見上げる途中で、スカートの下から伸びる白い肌に目が行ったが、少し首を振った。
「もう、モンスターと思って構いません」
「甘さを見せればこちらがやられる」
黒いバトルドレスを身に纏ったアミッドは、べレトよりずっと軽装で動きやすさを重視している。『神秘』で軽量ながら耐久の高い装備にして、さらに発展アビリティで『機先Ⅰ』で魔力と敏捷を上げてもなお、べレトやオッタルに置いていかれそうになるのは悩みの種だが。
「それにしても、私たちがいなければあなたも死んでいましたよ?」
「ヒィ!?」
アミッドが青みがかった紫の瞳で鋭く叱りつけると、ベルは悲鳴を上げた。
しかし、異形兵が迫って来る状況でこうしたやり取りができるのも、余裕の現れなのだろう。少し前に歩いて剣を構えているべレトの背中は、とてつもなく大きく感じた。彼が背負った巨大な剣を使う必要もないのだろう。
「リブロー」
「えっ、傷が一瞬で!?」
アミッドはその背丈より大きな杖を一度振るい、無詠唱の治癒魔法を唱えた。たちまちベルの傷口は消え、痛みも感じられなくなった。さすがに流した血や、穴の開いた服はそのままだが、失った体力による倦怠感すら消えている。
これなら戦えると、ベルは異形兵に向き直った。
背中がなんだか温かく感じ、勇気が湧いてくる。
「やれるか?」
「やります。やらせてください」
なんて贅沢なパーティーなのだろうか。たとえ自分がいなくとも倒せるんだろうけど、これだけ整った環境でこのモンスターを倒しきれないなら、彼女の隣にはずっと立てないままなのだろう。
ベルは再びナイフを構えて、敵を観察する。
「所詮は人型のモンスターだ。弱点は同じと思っていい」
「はい!」
男たちに付き合って、アミッドも杖を構えた。
「光の風、呪いとなれ。駆け抜け、光跡を与えよ」
『トーパーウィンド』という光輝く風の刃を、見切れず直撃した異形兵は一瞬怯むが、その程度の威力では倒しきれない。しかしアミッドの本領はヒーラーでありサポートだ。光の力は時に呪いとなり、相手の力と魔力と敏捷を弱める。
それが始まりの合図となり、異形兵はべレトの威圧に攻めあぐねていたが、本能のままにこちらへ向かってきた。
振り下ろされる剣と、べレトの剣がぶつかり、甲高い音が鳴る。
「そこだァァ!」
両手で握ったナイフを首筋に突き立てたことで、異形兵は吠えるように叫ぶ。
「負けるもんかァ!!」
鎧の隙間の身体はまるで人間のようで、カエルのモンスターとは違っていて、なんだか、ゾクりとした冷や汗が流れるのを感じたが、叫びながら闇雲にナイフを押し込んでいく。全身でナイフを押しこんでいくと、やがて軽くなった。
頭を失った異形兵は膝から倒れ、灰になるように崩れて風に吹かれていった。武具や魔石すら残さず、本当に存在していたかどうかも分からないくらいだ。
「ハァハァ……」
「よくやった」
ベルは両膝をついて、震える手のひらをギュッと握りしめた。べレトが声をかけながら、剣を鞘に納めた。
「さっきの、人だったんですか?」
「甘さを見せればこちらがやられる」
ベルの震える呟きに、べレトは先程と全く同じ答えを返した。
次は、自分で立つのをべレトも待つことにした。
ベルもさすがにホームへ戻ることとなり、地上へ向かってゆっくり歩いていく。毎回へとへとになりながら登っていくベルも、この2人と一緒だからか足取りが軽く感じた。といっても、さっきのことが気がかりではある。
「私たちはもう何年もダンジョンに潜っていますが、ここ3年くらいで現れるようになりました」
ウェーブのかかった銀髪を揺らしながら歩いていたアミッドが、前を向いたまま説明した。
「初めは冒険者の亡霊と言われていましたが」
「俺と同じく異界から来たんだろう」
「べ、別の世界から?」
どういうことか気になって聞いてみると、相変わらず異界から来たという肯定の返事が返ってくる。神ではないが、疑うこともあまり知らないベルは、嘘ではないんだろうと判断した。
べレトもアミッドも、異形兵に関しては発生理由も分からないと伝える。
しかしこんな上層に現れたのは初めてであり、偶然とはいえ、いつも通り討伐ができて運が良かったとも言える。対人戦に慣れてない冒険者にとって、異形兵を相手に命を落とす例は少なくないからだ。ミノタウロスといい、最近は奇妙なことがよく起きている。
「そ、それにしても、すごく大きな剣と杖ですね!」
「まあ、それなりに稼いでいますから」
「団長だからいいんじゃないか」
ベルは明るい話題へ変えるべく、2人の背中を見て何気に言った言葉だが、意外と地雷だった。
レベル6の九魔姫の杖に匹敵する数億ヴァリスのお金がかかっていると思うと、いまだレベル4のアミッドはさすがにこの杖は荷が重いと感じていたからだ。がめつい主神が彼らの金を使って作らせたともいう。それに、マインドの自動回復ができるアビリティ『精癒』を自分自身で持っておらず、代わりに翠色の魔宝石を使った杖の性能に含んでいる。
武器をいつ失うか分からないダンジョンで頼りきりの状態というのも良くないし、ていうか『精癒』があればもっと治療院で働けるし。
「この天帝の剣は壊れやすくてな。それに大きい・重い・運びづらい。だから不壊属性がついた剣を基本的に使っている」
『重いとはなんじゃ!』と子どもの声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。ていうか、不壊属性があるほうがずっと前線で戦っていられるのだから、武器の耐久なんてないほうがいい。
やはり2人はワーカホリックだ。
そして、地上まで戻ってくると。
すでに朝を迎えていたようだ。
「俺たちはギルドに寄ってからホームに戻る」
「何かあった時には治療院まで来てください」
ベルの手を、アミッドはシルクの手袋で手に取り、その上にガラスの瓶を2本置いた。
「え、これは?」
「ポーションです。私たちの主神には内緒ですよ」
少しかがんで、人差し指を口元に当てて微笑んだアミッドに、ベルはまるで湯気が出るように頬が熱くなった。ちなみにベルはミアハ及びナァーザからもポーションを融通してもらっている。
「今日はゆっくり休んで下さいね。体力までは回復できませんから」
「また会おう、ベル」
「は、はい! べレトさん! アミッドさん! ありがとうございました!」
アミッドの隣にはべレトがいて、まだ会って間もないが、お似合いだと感じた。ベルもいつかはああやってアイズさんと歩いてみたいと、憧れを抱いた。
まずは言われた通り、身体を休めようと、ベルはホームに向かって走りだした。