シンリョクのターフ   作:ちー助

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一流の脚本家は
“赤”か“白”かという
単純な二項対立を好まず
第三の要素である“緑”を
彩として用意する

優れた語り部は
終止符が打たれたあと
その“緑”を主役に据えた
続編を紡ぎ出して
伝説に厚みをもたらす


――――JRA「名馬の肖像」2021



第1話「スター不在の時代」

 トレセン学園創設当時、ウマ娘によるレースこと競バは、その規模に反してアングラでマニアックな趣味だとされ、さほど人々の注目を浴びるものではなかった。

 というのも、当時の人間社会は経済的な危機を抱え、とても娯楽に目を向ける余裕なんてなかったのである。

 しかし。そこに一人のウマ娘が現れ、競バ界は大きく躍進することとなった。

 地方の大井競馬場から中央へ殴り込みをかけ、皐月賞を制覇したエラボレート。

 まるでシンデレラストーリーのような……いや、そんな綺麗なものではなく、いわば下剋上とも言える大金星に、世間は沸いたのだ。

 それは、まるで当時の人間社会を反映したかのような活躍。地方出身者が不安を抱えたまま都会へ出て、活躍して成り上がる。多くの人々がエラボレートに自らの境遇を重ね、のめり込んでいった。

 もちろんそれは、長く続くものではない。ウマ娘は永遠に走り続ける存在ではなく、いつかはターフを去る時が来る。

 皐月賞を勝った後にもエラボレートは掲示板に残る活躍を続け、グランプリ宝塚記念ではレコードタイムでの優勝を飾るなど、稀代のアイドルウマ娘にふさわしい激走を経て、最後には有馬記念二着という輝かしい成績のままに引退した。

 後進の育成に励むための勇退ではあったものの、ターフの上を駆けるスターを失ったことで、レースファンの熱はあっという間に冷めていく。このまま競バは廃れてしまうかに思われた。

 

 これは、スター不在の時代に現れ、今なお語り継がれる伝説を残したウマ娘たちの軌跡。

 

「会長、これは……?」

 トレセン学園生徒会室。

 テーブルに広げられた三枚の写真に目を落とすウマ娘は、どこかもそっとしたような垂れ目がちな表情で、のんびり屋な印象を醸していた。短く切りそろえられた黒鹿毛で、やや肩幅が広く映る。

 彼女の名はイルミステンド。生徒会副会長であり、その風貌や雰囲気に反して、八大競争が整備される以前に初の三冠を達成した名ウマ娘である。

 一方で会長と呼ばれたウマ娘は、グラウンドの様子が一望できる窓の前に立っていた。やや小柄な体で、踵を浮かせて少し背伸びをするような姿勢は、彼女の癖である。靴は爪先部分に半球の飾りが施してあって、これは彼女のお気に入り。少々変わり者のようにも見えるが、不思議と何者も寄せ付けない威厳があり、神々しさすら備えていた。

「今年の、新入生の写真ですよね。もしかして、会長のお気に入り、ですか?」

 写っている三人のウマ娘。

 一人は大柄な体躯で力強さを感じさせる鹿毛のウマ娘。

 一人は非常に整った顔立ちが美しい栗毛のウマ娘。

 そしてもう一人は――。

 

「シンリョクメモリー。よろしく」

 黒鹿毛の髪を一結びにしたウマ娘は、小さくお辞儀して教室の席に着いた。

 入学式を終えたばかりの新入生たちは割り当てられた教室へ移動し、教員の指示によって一人ずつ自己紹介と称して教壇の前で挨拶をすることになったのだ。

 多くのウマ娘が、出身がどこであるとか、レースでの目標であるとか、趣味であるとか、何か付け加えて話していたのだが、このシンリョクだけは不愛想に名乗るだけ。

 クラスメイトたちが「何あれ」「感じ悪いね」などとひそひそと喋る声がそこかしこに上がるが、それは教壇を思い切り叩く音で静まり返った。

「ゴチャゴチャと……。気に入らねぇってんなら、レースでねじ伏せてから言えってんだ!」

 いつの間にか次のウマ娘が正面に立っており、教室の外にも響くような大声は、並みのウマ娘ならば震え上がるほどの迫力があった。

 黒鹿毛。肩口程度の長さで、特に手入れもされていないような乱雑さ。しかしかえってそれが彼女らしさを演出しており、一目見ただけでアウトローな印象を周囲に与えた。

「あたしはライズエンペラー! 言っとくけど、ダービーだけは絶対ェ譲らねェから。文句がある奴ァ実力でかかってきな!」

 自己紹介を終えたライズが周囲を威嚇するように睨みながら席へと戻る。窓際にある彼女の前の席が、先に挨拶をしたシンリョクであった。

 シンリョクは手に顎を乗せ、ぼんやりと外の様子を眺めていた。何人ものウマ娘たちがそこかしこでトレーニングに励んでいる様子が見てとれる。グラウンドを走る子、重量上げに励む子、販路を何度も往復する子……。

「おい」

 声をかけたライズに、シンリョクが振り向く。

 同時にライズは胸倉を掴むようにして引き寄せ、その髪に顔を寄せて大きく息を吸い込んだ。

 香りを堪能するかのようにしてシンリョクを解放したライズは、不敵な笑みを浮かべる。

 何か言いたげに不機嫌な視線だけを送るシンリョクに向かって。

「いや、同じ匂いがするなと思ってよ」

 得意気に言い放つライズに教室中がざわつく。

 先ほど教壇の前に立った時の様子からこの二人は変わり者であるといった印象はクラスメイトたちの中では揺るがぬものとなっていたが、それにしてもこの奇行はかなり目立った。

 それに言っていることも意味不明。

 頭上に疑問符を浮かべるシンリョクに再び顔を寄せたライズはというと。

「お前も、あたしも。そう、“選ばれない”ウマ娘だ。仲良くしようや、な、シンちゃん」

 まるで意味の分からないことを言って、ライズは自分の席にどっかりと座る。

 一方でシンリョクの方は少し言葉の意味を飲み込もうとして諦めたのか、また窓の外へ視線を移した。

 ざわつくウマ娘たちを教員がなだめ、自己紹介は続く。ウマ娘たちはひと悶着あって萎縮してしまったのか、名を名乗るだけの挨拶が続く。これではシンリョクの自己紹介とそう変わらない。

 だが、一人のウマ娘が前に立った時のことだった。

 美しい栗毛は短く切りそろえられ、一筋の流星にも見えるウマ娘特有の前髪模様。ツヤのある肌にぱっちりとした目つきは、群を抜いた美貌であると共に気品を備え、いわば男役をこなす女優のような凛々しさは、まさに女性にモテる女性の典型のようだった。

「ボクはダイモンジ。ははっ、ちょっと仰々しい名前だけど。みんなと一緒に走る日を、楽しみにしているよ」

 短くも歯切れの良い口調で挨拶を終えたダイモンジは、席へ戻る前に教室内をぐるりと見まわした。恐らく、注目を集めることに対する心構えがそうさせるのだろう。自分の言葉、立ち振る舞いが周囲にどのような影響を与えるのかを常に意識した者の立ち振る舞いだ。

 するとクラスメイトの中に、ほぼ上の空のような目でぼんやりとダイモンジに視線を送るウマ娘がいた。

 ダイモンジはニッコリと笑みを浮かべ、そのウマ娘へとウインクを投げかける。

「はぅわっ!」

 熱視線のウマ娘はあえなくダウン。鼻出血を起こして倒れ込んでしまった。

 随分と騒がしい世代に当たってしまったと教員が溜息を吐く。まだ自己紹介が残っているというのにダイモンジに心を射止められたウマ娘たちが群がり、シンリョクとライズはまるで他人の話を聞いていない。席につけと叫んでも彼女らは全く落ち着く様子を見せなかった。

 こうなったらチャイムが鳴るのを待つしかないのか。教員は自らの力不足を痛感していた、その時だ。

「すみませ~ん! 遅くなりました!!」

 ドアを蹴破らんばかりの勢いで教室に飛び込むウマ娘が現れる。鹿毛の髪を振り乱し、黒板の前で膝に手をついてゼェゼェと息を切らす彼女は、額の汗を手で拭いながらなんとか呼吸を整えようと必死だ。

 その姿を見て、教員は思い出した。体調不良のために遅刻すると連絡のあった子がいたはずだ。

 もう何もかもメチャクチャだと思いつつも、今ここで教室を静かにさせるにはこれくらいのキッカケがあった方が良い。

 せっかくだからと、彼女にその場で自己紹介を促す。

 大きく頷いて、ニッカリと笑った彼女は、どこか誇らしげに胸を張った。

「私はモノノフキッド。そして……」

 そこまで言って、手を高々と掲げると人差し指を空へ向けて伸ばす。

 つられてクラス中が首を上へと向けた。

「夢は、天!」

 キッドはその姿勢のまま教室中を見まわし、また大きな笑みを浮かべる。

 あまりにも堂々としたその立ち振る舞いに、全く意味が分からないと誰もが思いつつ、パラパラと拍手が沸いた。そうさせるだけの強い自信が、彼女には溢れている。

 シンリョクはまるで自分には関係ないとばかりに、ぼんやりと外の景色を眺める。だが、その肩をライズがつついた。

「面白ェのがいるじゃんか。な、アイツとあたし、どっちが強ェと思う?」

 ふ、とため息。面倒くさそうにシンリョクは振り返って、ぼそりと呟いた言葉は、「走れば分かる」という短いものだった。

 この言葉に、ライズは目をキラキラと輝かせ、にんまりとした笑顔を浮かべた。

「そうだな、走りゃァ分かるよな! よーっし、勝負勝負!!」

「まずはデビューしてからだ」

 これが、二人の初めての会話だった。

 ここに集った新入生。彼女らが、競バ界に大きな革新をもたらすことを予感できる者は誰も……。

 

ハレルヤ(祝福を)!」

 一人だけとなった生徒会室。

 会長は窓を開け、吹き込む風に両手を広げて叫んだ。

 緑のターフに、大いなる何かが芽生えようとしている。

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