シンリョクのターフ   作:ちー助

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第11話「走る者と走れぬ者」

 夏の暑さは鳴りを潜め、秋の便りがちらつく頃。

 トレセン学園J組所属のウマ娘たちにとって、ある意味で最も過酷な時期が訪れていた。

 というのも。

「あ、ライズだ!」

「ホントだ、この間なんて全然だったよね」

「ダービーを取るとか何とか言っちゃって、掲示板に残るので精一杯じゃ絶対にムリよねー」

 教室内では、こんな言葉が囁かれるようになっていた。

 競争では結果が全て。そこで何を得て、何を学んだかなど、第三者にとってはどうでも良い。

 傍から見れば、長いこと北海道に滞在していたくせに、結局勝ち切れないまま帰ってきた、「結果を出せないウマ娘」として、ライズは見られるようになっていたのだ。

 J-1教室に入るなり聞こえてきた陰口。ライズはチラリとそちらの方に視線を流しただけで、何も言わずに自分の席へ。

 先に来ていたシンリョクメモリーはその様子を見て立ち上がる。

「いい加減にしろ。ライズはいつだって全力だ。手を抜いて走ってなんかいない。それを嗤うのは……」

「全力だ、だって!」

「それで勝てないんだからもう底が見えたようなものよねー!」

 ルームメイトが、友人が悪く言われることに対し、流石のシンリョクも我慢がならなかったと見える。

 無言を貫くライズに代わって抗議するも、それは燃料を投下するに過ぎなかった。

 言わせておけば、と拳を握り、今にも殴りかかろうとするシンリョクを止めたのは、外ならぬライズだ。

「ありがとよ、シンちゃん。あたしの代わりに怒ってくれてンだよな。でもいーの。あたしは気にしちゃいない」

「悔しいと思わないの? レースで結果を出せなかったって、一番気にしてるのはライズ自身じゃないか。それでもライズは、ただ負けたわけじゃない。なのにこんなに好き勝手言われて、本当に悔しく――」

「悔しいさ!!」

 机を叩き、弾みで立ち上がる。

 教室内のざわつきが一斉に引き、数秒の間の後、クスクスとした笑いがそこかしこから漏れる。

「おうおういいぜ笑え笑え! どうせあたしゃロクな結果も出せてねェ。だが忘れンなよ、それでもデビューから二か月、今ンとこ二度勝ってンだ。文句がありゃダービーに出てこい! そンで……そンで、レースで負けたヤツを笑いたきゃ、あたしのことだけ笑え! いいな!!」

 啖呵を切ってなお、それなら遠慮なくといった様子で最早声を抑えることもなく教室中がライズのことを嗤っていた。

 フンと鼻を鳴らしたライズはどっかりと座り込み、シンリョクは何とかしてやりたくてもどうにもできずオロオロするばかり。

「……こんなのはあんまりだ」

「これ以上はいーンだよ、シンちゃん。あたしは、代わりに受け止めなきゃならねェんだ。あたしの代わりに戦ってくれたヤツも、あたしの代わりに怒ってくれたヤツもいる。だから、あたしも誰かの代わりに、この罵倒を受け止めてやりたいンだ」

 そう言いながらライズは教室内のとある席に視線を送った。

 空席。荷物はキレイに片づけられ、そこに着く者はもうこの学園にはいない。

 この夏、何人かのウマ娘がデビューした。中にはダイモンジのように華々しい勝利を掴む者もあり、ライズのように勝ち負けを繰り返す者もあり、あるいは惜しいところで結果を出し切れないウマ娘もいる。

 しかしその席の主は、デビュー戦でひどい負け方をしてしまった。

 短い距離でのレースだったというのに、先頭からは大差。圧倒的な最下位でこの先勝ち上がる見込みもなく、夢破れて早くも学園を去る者もいたのだ。

 陰口とは恐ろしいもので、二度と姿を見せない者よりも、本人に影響が及ぶところで囁かれやすい。

 だからライズは、涙と共に学園を後にしたウマ娘が負け組のレッテルを貼られないように、彼女らの名誉のために、敢えて自分が非難を受けようというのだ。

 視線の先を辿ってライズの意図を汲み取ったシンリョクは、寮に戻ってから少し優しく接してやろうと考えた。そんな時に。

「やぁみんな。随分と賑やかだけど、何かあったのかな?」

「ダイモンジ様! おはようございます!!」

 朝の練習メニューを終えたダイモンジが教室に姿を見せた。

 途端に、ライズを笑っていたクラスメイトたちが目の色を変えて彼女の周囲に群がってゆく。

 クラスメイトたちは口々に、ライズがいかに情けないか、結果が中途半端でかっこ悪いか、ということを訴えて、ダイモンジの共感を得ようとしていた。

 ふぅん、と声を漏らし、ダイモンジが教室内の様子を見まわすと、一つ頷いて口を開いた。

「では、まだ負けたことがない子だけが、ライズを嗤うといい。そして、一度でも負けたら、彼女に謝るといい」

「ち、違うんです! ライズは大見栄切ったクセに、ダイモンジ様みたいな勝ち方ができなくて、そんなんでダービーを勝ちたいなんて笑っちゃうよね、と」

「それならば!」

 大きく腕を広げて何か言いたげなクラスメイトたちを黙らせる。

 こういった時のカリスマ性は流石といったところか。教室内が一瞬で静まり返った。

「キミたちは、何のためにトレセン学園にやってきたのかな。今、この場で、夢を言えるかい? 言ってごらん。そしてキミたちが口にした夢を、このボクが一笑に付そう! よくも身の程をわきまえずに大口を叩けるものだ、と」

 また騒然となった。

 夢中になって慕っている彼女が言えば、その破壊力は計り知れないものだろう。

 恐らく誰もが、ダイモンジがライズを庇うとは考えていなかったはずだ。だから堂々と本人を目の前にして陰口を叩くし、同意を求めるかのように話すのだ。

 しかしその目論見は外れた。

 いや、その理由を、シンリョクだけは知っていた。ダイモンジには、ライズを嗤うことなんて決してできないのだ。

「ライズクン!」

「……何だよ、お坊ちゃん」

 ダイモンジが名指ししたことで、二人を結ぶ直線からウマ娘たちが捌ける。

 ライズは視線を合わせようとせず、窓の外を眺めていた。

「日本ダービーで待っているよ。キミの夢と力を、そこで見せてくれたまえ。それまでに、一緒にレースに出ることだってあるかもしれない。だが、ボクはキミと走り、キミと決着をつける場は、ダービーに決めた。全力でかかってきたまえ、ボクのライバル(・・・・・・・)!」

「おう」

 短い返事。彼女は決してその表情を見せることはなかった。

 何を思い、何を感じたか、それはきっと彼女自身にしか分からない。

 

「会長、その写真は?」

「ここに加えるべきか、迷っていてね。ちょっと花を飾るだけだと思っていたけれど、意外と頑張ってくれそうだよ。こっちの写真と入れ替えてもいいかな」

 生徒会室では、執務机に写真を並べたハレルヤが顎をしゃくりながら何か考え事をしているようだった。

 副会長であるイルミステンドは、雑務の片手間に声をかける。

 そういえば以前、会長のハレルヤは三枚の写真を並べて今後の展望を語っていた。

 役者が増える、もしくは入れ替え。ハレルヤの頭の中で何か予想外のことが起きているに違いない。

「この間は見事に罠にかかっていたけどね。スタート直後の上り坂、いつもと違うペースで走らされ、その後自分のペースや位置取りを惑わされ。最後にはスパートしたくても身体が今までよりも速く前へ出る感覚を忘れて上がり切れない。うーん、よくできた術だった」

「でしたら、その写真を加えるのは何故です?」

 疑問を投げかけられ、ハレルヤはニタリと笑みを浮かべた。

「忘れたかい? 彼女はどんな罠にかかろうとも、何かが弾ければ(・・・・・・・)フィジカルで押し切ってしまうだけの底力を持っている。それにね」

 机に並べられた写真を一枚手に取り、元々手にしていた写真をそちらに入れ替えた。

 役者の交代、ということだろう。

「彼女にとっては不本意だろうが、いずれ彼女は智慧を手にするよ。その時こそ、物語の主役に躍り出るのかもしれない」

「では、今入れ替わった写真のウマ娘は……」

 小さく首を横に振って、写真は机の引き出しにしまわれた。

 少なくともしばらく出番はない、ということだろう。

「しかし、どうにも胸騒ぎがしてね。祝福と呪いは表裏一体だよ」

 そこまで言うとハレルヤは席を立ち、カンカンと靴の飾りを鳴らしながら部屋を出て行ってしまった。

 見送った後、イルミは机の上に置かれたままの写真に興味を惹かれて視線を移す。

 今、会長が入れ替えて新たに並べられた写真。それには、何故かシミのような色の抜けた部分が点々と散っていた。

 これは、この入れ替えは、ただの祝福ではない。

 そう予感させるものであった。

 

 トレセン学園では当然、授業だけでなくトレーニングも行われていて、授業の合間やいわゆる放課後などに多くのウマ娘たちが走っている姿が見られる。

 その日もやや陽が傾き始めたグラウンドで走り込むウマ娘の姿があった。

「うん、すっごくいいペース! これならデビューももうすぐだね!」

 モノノフキッドは用意されたコースを一周。そのタイムを幼馴染のチーラヒメに図ってもらっていた。

 ウマ娘のデビュー時期に関しては学園がコントロールしているとはいうものの、当然ある程度の実力が認められなければ出走は叶わない。それはトレーニングで一定の距離をある程度のタイムで走りきる実力が試される。

 しかしながら。キッドは既にデビューに足るタイムを叩きだしている。後は学園の判断を待つだけ、なのだが。

「ありがとう、ヒメ。でも、なんというか……これじゃダメなんだ。今の走りじゃ、ダイモンジには追いつけない。もしかしたら、ライズにだって。しっくりこないんだ、どうしても」

 タイムを確認し、キッドは脚の具合を確かめるように地面を何度か踏む。蹴り上げる力に不足は感じない。脚は軽やかに上がる。しかし北海道でレースを見てからというもの、自分の走り方に大きな疑問を抱くようになっていたのだ。

 これは彼女自身にしか分からない感覚なのだろうか。走る様子を見ていたヒメには、違和感の解決方法も、ましてや何がキッドを悩ませているのかも、全く見当がついていなかったのだ。

「お、なんや、ダイモンジのツレとそのまたツレやないか。そろってトレーニングかいな」

 多くのウマ娘がトレーニングしているために、当然顔見知りと出くわすことも少なくない。

 声をかけてきたのはジュブナイルポール。J-3組所属で、ダイモンジのルームメイトだ。クラスが違うことで普段会話することは滅多にないが、こうしてたまに顔を合わせると、キッドとポールは妙に親近感を覚えることも多い。

 キッドが感じた、走りの違和感。これを相談してみるのも良いかもしれない。

 もしかしたら、第三者の立場から見て気づけるものだってあるはずだ。

「実は……」

「何や、そやったんか。ほんなら、ウチと一緒に走ろか?」

 それは良い提案だった。

 お互いの走りを見て研究することもできるし、自分では気づけない弱点を指摘してもらうこともできる。

 とはいえ夕暮れも近く、今から走ってお互いに指摘し合うのでは少々時間も足りない。

 そこで二人は改めて日取りを決め、ヒメが立ち会うことになったのだった。 

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