シンリョクのターフ   作:ちー助

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第2話「それぞれのデビュー」

 J組という括りは、主に入学したばかりのウマ娘が年度末まで所属する組のことである。

 シンリョクやライズらもここへ配属となったわけだが、実はJ組というのも人数が膨大なために、J-1やJ-2など細分化される。ちなみに彼女らはJ-1に振り分けられた。どういった基準でクラス分けがなされるかは、理事長の直感と気まぐれとされている。

 まずは一勝を目指すことが彼女らの大目標。もちろん、勝利することができなかったとしても進級は可能なのだが、あまりに成績が振るわないと、そのまま学園を去るウマ娘も毎年履いて捨てるほど。

 学園という和気藹々とした空間の中にあっても、その実態は厳しい競争社会の縮図とも言える。

 だからこそ。

「何だよぉ~、そう突っかかってこなくたって」

「だーかーらー、あたしと勝負しろってンだ! 『夢は、天』とか言いやがってさァ。え? 面白いじゃねェかってンだよ。だからどっちが天を掴むか、決めようじゃねェかよ!」

 教室内でのモノノフキッドとライズエンペラーのケンカ(といってもライズが一方的に食って掛かっている)も、J-1組の名物となっていた。

 全ては自己紹介をしたあの時に始まった。とにかく気に入った、あるいは気になった相手とは勝敗をつけずにいられない性分らしいライズは、最も大胆な夢を語ったキッドとの勝負をつけようと躍起だった。

 しかしトレセン学園の学則によると。現役ウマ娘同士のレースは、URA(中央)もしくはNAU(地方)それぞれのウマ娘レース協会主催のレースのみを正式なものと認め、私的なレースの開催を禁ずる、とある。

 つまるところ。

「ボクらはデビューすらまだの身さ。トレーニングと称した模擬レースだって、学園の許可がいるというのに。つい数週間前に入学したばかりのボクらが申請したところで――」

 不本意に絡まれるキッドに助け舟を出そうとするダイモンジ。自分の席についたままひらひらと手を振って、窓際に立つ二人をちょっと得意気に窘めた。

 これが良くなかった。

「ンなこたァわかってンだよ、お坊ちゃん!」

「なっ! ボ、ボクはれっきとしたウマ娘であって、お坊ちゃんと呼ぶくらいならせめてお嬢ちゃんと呼びたまえ!」

 ライズは噛みつく先を切り替えて吠える。

 騒がしい教室内。いつしかこれが日常の風景となっていた。

 傍から見れば、仲良くじゃれ合うクラスメイトたちに映るだろう。ただ友人同士で遊んでいるように感じられるだろう。

 しかしそれも、いつかは互いの身を削り合う宿敵になっていくのだ。今は彼女らに、その実感がなくとも。

「席に着けー。重大発表だ」

 入学式の日はすっかり空気のような存在だった、若い男性の教員が教壇の前へ立つ。

 すっかりクラスの雰囲気にも慣れた様子で、流石にパワー溢れるウマ娘たちを管理する学園の者というだけあって今ではクラスをまとめるのも朝飯前といったところだろうか。

 それに。

 入学後のウマ娘にとっての重大発表といえば、アレしかない。

 その時のために日々学業に励み、トレーニングに勤しんできた。誰よりも早く、認めてもらうために。

 ガタガタと音を立てて一斉に着席していくウマ娘たち。いつもは自分のペースを崩さないような彼女らも、この時ばかりは素直だった。

「お察しの通り。このクラスからデビューが決まったウマ娘を発表するぞ。呼ばれたら起立するように」

 そうだ。この時だ。

 ウマ娘にとって生涯に一度しか訪れぬ、デビュー戦。

 入学から数週間。まだ力をつけきらないウマ娘も多い中、この時点で出走が決まるのは今後進級していくにあたって大きなアドバンテージとなる。

 それはもちろん、J組所属というのは年度末までの期間であり、早い内にデビューできればそれだけレースに出走する機会が増え、翌年のクラシック戦線の候補へのし上がるチャンスが増えるわけだ。

 誰の名が呼ばれるのか。期待と緊張が飽和し、J-1教室内が静まり返る。

「えー、ライズエン――」

「ぃよっしゃァ!!」

 教員が名を呼び終えるよりも早く、ライズは渾身のガッツポーズと共に立ち上がった。

 クラスで最も早いデビュー。それは、レースに耐えうるだけの成熟が見られたと学園が認めたことに外ならず、誰よりも己の力を証明したかった彼女にとって、これ以上ない追い風だったことだろう。

「な、な? やっぱあたしがダービー最有力候補ってワケよ! おい、シンちゃんよォ、アンタもあたしが一番だって思うよな!」

「まだデビューが決まっただけだろう」

 喜びのあまりか、すぐ前に座るシンリョクメモリーの肩をバシバシと叩きながら豪快に笑うライズ。

 教員が何とか収めようとするも、舞い上がった彼女の耳には届かない様子で。

「おいおいおいキッドさんにお坊ちゃんよォ! 悪いケド先にデビューさせてもらうかンな! 来年の主役はこのあたし、ライズエンペラー様に――」

「いい加減にしろ」

 あろうことかモノノフキッドやダイモンジにまで絡み始めたライズを黙らせたのは、他でもないシンリョクであった。

 右手で顎から口を鷲掴みにし、左手はライズの右腕の下を通して背後から右肩を掴むように。そのまま下方へ体重をかけて強制的に着席させる。

 席が近いこともあり、また妙にライズから気に入られたシンリョクは、そのあしらい方や黙らせ方をすぐさま身に着けていた。

 不思議なことに、ライズは彼女にちょっかいはかけるものの、大人しく従うような素振りを見せていた。以前ライズ自身が言っていた、同じ匂いがするという感覚によるものだろうか。

 あまりにも一瞬でライズを鎮めたことで、教室内で小さなどよめきが起こる。が、これを教員が咳払いで一蹴。

「ともかく。デビューが決まったライズエンペラーには必要な書類を渡すので、後で取りに来るように」

 さぁ、次にデビューが発表されるのは誰だろうか。キッドか、ダイモンジか、はたまた。

 クラス中が固唾を飲んで教員へ視線を送る。

「じゃ、ホームルーム始めるぞ」

 次に出た言葉。これは、デビューが決まったJ-1組のウマ娘はライズエンペラーただ一人という事実。対戦相手はJ-2組やJ-3組のような、他J組のウマ娘たちだろう。

 これには納得のいかないウマ娘がいるのも当然だ。

「待ちたまえ!」

 机を叩くような勢いで立ち上がったのは、ダイモンジだった。

 どこか役者のような、優雅で品のある振る舞いが特徴の彼女が不満の声を上げるのは、実に珍しいこと。これが違う誰かであればすぐ宥められて終わりだろうが、彼女に関してはそうはいかない。

 もちろん、彼女の性格だけがそうさせたのではない。

 トレーニングで見せた速力はクラスどころかJ組全体でも頭一つ抜けているし、デビューが決まったライズエンペラーと比較しても一切見劣りするものではない。確かな実力を誰もが認めるところであるが故、彼女の抗議を咎められる者はいなかったのだ。

「ボクは……あぁ、少々思い上がりかもしれない。しかし! 少なくともトレーニングでは結果を出しているつもりだよ。だというのに、何故!」

 自らの胸に手を当てたり、額を押さえるように首を振ったり、かと思えばバッと腕を広げてみせたり。

 言葉に合わせた一つ一つの動作がどうにも芝居がかって大げさ。初めて彼女と接する者は驚いたり、嘲笑したりするものである。だがほんの少し接してみると、それがダイモンジらしさであり、これは彼女の言語なのだと理解できる。

 何より、彼女の言いたいことがストレートに伝わってくるのはどこか心地よさすらあった。

 要は、普段の結果を重視してデビューが決められたのであれば、何故自分が選ばれなかったのかという訴えである。

「その答えは、自分の体に聞いてみるといい」

「……ははっ、面白いことを言う。ま、いいとも。そう言うのならば仕方ないね。失礼、つい熱くなってしまったよ」

 教員の一言で大人しく引き下がるダイモンジ。

 一気に教室中が騒がしくなる。

 体に聞くとは。つまり、ダイモンジ自身、周囲に知られぬ不調を抱えているというのか。己の弱みを見せない彼女は、教員の言葉を上手くかわしたつもりだろうが、そうはいかない。

 監督者にしか知られていない問題があると露見してしまったのだから。教員の言葉というのは、ダイモンジ自身の言葉ではかき消せないほど強く印象付ける力を持つものなのだ。

「うるせェ!!」

 ざわつく教室内に響いたのは、ライズの声。先ほどシンリョクに取り押さえられたばかりだというのに、懲りないのだろうか。

 ……いや。今度はシンリョクが止めに入らない。ぼんやりと外を眺め、お好きにどうぞといった姿勢だ。

 ニヤニヤと笑みを浮かべたライズは椅子の上に立ち、片足を机に乗せて妙に勝ち誇ったように腰に手を当てる。

「お坊ちゃんはよォ、確かにトレーニングでは速いかもしンねェ。でもよ、どうせその鼻につく態度でウイニングライブの練習にばっかり熱を上げてンだろ。ほれ、ミンナー、キョウハボクヲオーエンシテクレテーアーリガトーゥ!」

 大げさな身振りを交えて、全く似ていない棒読みのモノマネ。

 忘れてはならないのは、このクラスにはダイモンジファンのウマ娘が一定数いるということ。このように小バカにする態度は、彼女らにとって到底許せるものではない。

 だが。

「あっはっは! いや、恐れいったよライズエンペラークン。確かに、キミの言う通り。ボクは些か、ライブの練習に力を入れすぎていたようだ。今回デビューに選ばれなかったのは、そこを見抜かれたからかな? もっとトレーニングに精を出さねばならないね!」

 当のダイモンジは手を叩いて笑っていた。

 そこかしこで「許しちゃうなんてダイモンジ様やさしー」とか声が上がる。

 一方でライズはどっかりと再び席に座って、不機嫌そうな表情を浮かべて窓の外へ視線を移した。

「わざとだね」

「何だよシンちゃん、気づいてたのか」

 振り向きもしないままシンリョクが声をかける。

 ライズは窓の外を眺めたままぶっきらぼうに応えた。

 この二人には分かったいたのだ。彼女、ダイモンジが抱える問題を。

「もちろん。自分にとっても、きっと超えるべきライバルになるウマ娘だから」

「へぇ。意外と意識してンだな。じゃあ、答え合わせといこうか」

 周囲に目を配り、誰もこちらを見ていないことを確認したシンリョクは、そっと背後に手を伸ばし、ライズの左膝をそっと撫でた。

 少しの沈黙の後。

「……ア・タ・リ♪」

 

 ホームルームが終わって、ほんの数分の休憩時間。トレセン学園に所属するウマ娘にとっては、レースに向けたトレーニングをするのが主たるカリキュラムである。が、一般的な教養を身に着けるため、最低限の座学も受けなくてはならない。

 というのも、J組の内に夢破れてトレセン学園を去ったウマ娘は、それぞれレースとは別の道を歩まねばならない。そんな時に一切の教養がなくては生きていくことも難しくなるからであった。

 次の授業は、それこそ座学だ。この休憩時間に教科書を用意したり、用を済ませたりと、休憩とは名ばかりのあわただしい時間である。

 J-1教室から離れた人気のない廊下。

 昼休みならまだしも、ホームルームと授業の間であるこの僅かな時間に、こんなところを訪れる者などいない。

 そこにたった一人、ウマ娘。

 共用の水道蛇口が並んでいる。ハンドルを捻って、水を出す。すると彼女は、迷うことなく水の流れに頭を突っ込んだ。

「そんなところで何してるの、キッド?」

 誰もいないはずの廊下。彼女――モノノフキッドに声をかける者があった。

 水を止めるのも忘れて、顔を上げる。キッドにとって、よく見知った顔だ。

「目、赤いよ。泣いてたの?」

「泣いてないよ」

「ウソ。相変わらずわかりやすいんだから」

 沈黙。

 長い黒鹿毛が美しくもどこか幼さを感じさせる彼女。優しさと包容力、娘のようでもあり、妹のようでもあり、姉のようでもあり、母のようでもあり。

 全てを肯定し、沈んだ心を溶かして消し去ってしまいそうな、不思議な魅力を放つ彼女は、キッドにとって、この学園で最も心を許せる存在であった。

「私のJ-2組からは五人もデビューが決まったの。聞いたよ、そっちは一人だけだったってね。それも、キッドは選ばれなかった」

 人目を憚り、こんなところで一人悔しさに打ちひしがれていたのは、それが原因。

 キッド自身、選ばれなかった理由など分かっていた。

 トレーニングでのタイムは決して悪くない。ライズにも、ダイモンジにも引けをとらない。だがどこかで、己の走り方に納得がいっていなかった。きっとそれを見抜かれたのだろうと。

 だが、どうしたら良いのか分からない。どう改善したら良いのか分からない。このままでは、きっと置いていかれてしまうと。

「ね、私が見ていてあげる」

 少女の手がキッドの頬を包む。

 俯きがちな顔を持ち上げられ、絡み合う視線の先に吸い込まれそうな感覚に、キッドの心臓が跳ね上がった。

「キッドの走り。私が一番傍で見ていてあげる。だからもう泣かないで。あなたは、天を駆けるウマ娘でしょ」

 それで何もかもが蒸発してしまったかのように、キッドの悩みや苦しみはすっと消えていってしまった。

 まるで脳も心も抜き取られてしまったかのように、ふわりと体が軽くなる。意識がぼんやりとしてくる。

 そうか、これだ。何故彼女には心を許すことができたのか。それはきっと、彼女こそが己を、そして未来をも大きく変える存在になると、いわば運命を感じたからだ。

「チーラヒメ……」

 彼女の名を呟いた時には、キッドの語る夢は、最早ただの夢ではなくなっていた。




ちょこっと解説。
読まなくてもいいよ!

【J組】
いわゆるジュニア級のこと。
舞台となる時代では3歳、現代では2歳の馬のことをいいます。
サラブレッドは毎年8千頭ほど生まれ、この内厩舎が決まるのが70%、デビューできるのが65%といわれています。
つまり、ウマ娘でいえばトレセン学園でJ組に所属するのはだいたい5500人ほどとなります。デビューできるのは5200人ほど。
とんでもない人数です。
じゃあクラス分けされてるとはいえ、J-1組に何人いるのかといえば、だいたい20人くらいの想定です。
単純計算でJ-275組まであることになってしまいますが、そんなにはありません。
ウマ娘界ではもっと狭き門であったり、地方所属のウマ娘はそもそも中央のトレセン学園には入学していない想定になるので、ぶっちゃけ本作においてはJ-10くらいまでしか想定していないです。
(だってオープン馬になれるのって3%程度なんだもん。地方も合わせて240頭くらいなのよ?)

なお、年明けに進級すると、以下2つの組に分かれます。

【C組】
現実における牡馬の区分です。いわばクラシック路線。
皐月賞やダービー、菊花賞を目指す組。
本作においては、より長い距離を走れるウマ娘が所属することになります。

【T組】
現実における牝馬の区分です。ウマ娘でいうティアラ路線。
桜花賞、オークス、エリザベス女王杯を目指す組。
この時代にはまだ秋華賞がなく、エリ女が牝馬三冠の最終レースとなります。
本作においては、マイル~中距離で力を発揮するウマ娘が所属します。

さらに進級すると、次のようになります。

【SC組】
シニアクラシック組。
クラシック組が進級した組であり、現実でいうところの古馬。
本作においては最も力をつけたウマ娘がこの組の所属となります。

【ST組】
シニアティアラ組
ティアラ組が進級した組であり、現実でいうところの古馬となった牝馬。
ST組限定のレースが制定されているが、これはST組のウマ娘ではSC組に太刀打ちが難しいからというちょっとネガティブな理由だったりする。
ただし、SC組の出走するレースにも参加が可能なので、下剋上みたいなことも可能。
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