「それであたしの直感が冴えわたったっつーワケよ! あんな走り方、他のヤツにゃできねェって。これが未来のダービーウマ娘の走りってヤツ? しかも一走目より3.5秒も縮めたんだからよォ、あの泥沼を!」
「はいはい、凄い凄い」
この頃のトレセン学園には四つの寮があった。
規模としては栗東寮が最も大きく、次いで東京寮と中山寮の二つ。小規模なものとしては白井寮。後に東京寮と中山寮は合併して美浦寮となり、白井寮はトレーナー育成学校へと姿を変えていくのだが、それはまた別の話。
遠征先の北海道から久しぶりに中山寮へと帰ってきたライズエンペラーは、荷ほどきしながらレースの様子をルームメイトに語っていた。
スーツケースからは出るわ出るわ何着もの汚れ切った体操服たち。中には泥だらけで真っ黒になったものまで。
「……向こうでも洗濯くらいできなかった?」
「はン。あたしを誰だと思ってンだ!」
「要は、ほとんどやってなかったか。しょうがない、ちょっと貸しな」
ルームメイト、そしてクラスメイトでもあるシンリョクメモリーは体操服をひったくる。
実はお互いがルームメイトであることを、入学式のその日までしっかりと認識していなかった。そもそも入居したのも入学式前日。シンリョクは午前中に荷物を運びこんでさっさと学園内の見学へ行ってしまい、午後に入居したライズが部屋に入った時にはシンリョクは不在で顔を合せなかったのだ。
その後はライズも学園の見学に出て、それぞれ夕食を済ませ、先に部屋へ戻ったシンリョクは入学式に備えてさっさとベッドに入ってしまった。後から帰ってきたライズも「よろしく」と声はかけたようだが、シンリョクは顔を出すこともなく「ん」と返事をしただけ。
翌日の入学式はライズが起きるよりも早くに支度を済ませ、シンリョクは部屋を出ていた。
つまり、ルームメイトでありながら、二人がちゃんと顔を合わせたのは教室が割り当てられてからであり、そこで一方的にライズが絡んだとはいえ交友関係になった彼女らは、部屋に戻ってから「まさかルームメイトだったとは」と驚嘆したのであった。
「何だよ、洗ってくれンのか? てか、寮母さんにやってもらうからいいって」
「洗濯機で落ちるような汚れじゃない。それにこの時間からじゃ、音が響いてみんなの迷惑。だけど、こんなモンを部屋に置いときたくない」
そう言うとシンリョクは部屋を出た。若干の申し訳なさもあってか、ライズもついてくる。
既に日が落ちた後。まだ他の部屋では多くのウマ娘たちが起きて談笑しているような時間ではあるが、早寝の子ならばもう横になっている頃だろう。門限も過ぎている。
ではこの状況でどうやって洗濯するか。それはもちろん、古くより伝わる手法。
「これでやる」
タライと、洗濯板。共用の洗濯場には、体操服やジャージを真っ黒になるまで汚すことも多いウマ娘のために、こういったものをちゃんと用意しているのだ。
「いや、まぁ、その、何だ。ありがてェケド……なんつーか、似合うな、アンタ」
「そう?」
一結びにすることで毛先が肩甲骨くらいまでの長さになるシンリョク。緑色の耳カバーに、目つきはやや鋭く、言動のようにかなりサッパリとした性格。
洗い場へ来るまでの間に、いつから用意していたのか割烹着を身に着けたその姿は、ライズの目にはいやに似合って見えた。
「そういえば、クラスメイト帰ってきたんやろ。もう会った?」
「いや、まだだよ。明日は教室に顔を出すんじゃないかな」
一方、栗東寮。
椅子の背もたれを抱えるような姿勢で一人のウマ娘がルームメイトに声をかけていた。
同室のウマ娘は自分のテーブルに向かい、ノートに何か書き物をしている。勉強でもしているのだろう。
「ふーん。ウチんとこも何人かレースに出て、もう帰ってきたモンもおるけどな、いやー、レースの感想を聞くのも楽しいで!」
「そうかい。良かったじゃないか」
「何や、ダイモンジサマは興味ないんか?」
「意地の悪い言い方はよしてくれないか、ポール。ボクだって、実際にレースを走った景色がどう見えるものなのか、気になってはいるよ」
ペンを走らせながら、ダイモンジは応える。
ポールと呼ばれたウマ娘は、J-3組所属。正式にはジュブナイルポールという。鹿毛のショートカットが活発な印象。やや釣り目がちで、見るからにやんちゃそうだ。
まだデビューにこぎつけていない彼女らが、レースの感想を聞くならばクラスメイトに尋ねるのが手っ取り早い。そこで聞いた言葉が、今後自分の走りに活かすヒントになるかもしれないのだ。
それに。
ダイモンジが、クラスメイトのレースに興味を持たないわけがない。
あの日。ライズエンペラーのデビュー戦をラジオで聞いていた彼女にも、色々と思うところがあったに違いないのだ。
J-1組デビュー一番乗りのライズ。その敗北を知った時、ダイモンジは共にラジオを聞かせてくれたシンリョクに短く礼を述べただけですぐに立ち去っている。中一週で形式上のデビュー勝ちをもぎ取ったライズエンペラーに対して、彼女はいったい何を思うのか。
「だけどね。それでも彼女は、一度負けたんだ。このボクを差し置いてデビューしておきながらね。ただ負けたんじゃない、二回目のレースの脚があれば――」
「なぁ」
言葉を繋ぐごとに、だんだんと語気が荒くなっていくダイモンジに、ポールが待ったをかける。
同時に、ずっとノートの上を滑っていたペンが止まった。
「負けるんがそんなに悪いことなんか? そりゃ勝った方がええ。でも勝負の世界やからな。負けたことから何を学ぶかが大事やと思うけどな」
「キミに何が!」
叩きつけるようにペンを置き、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がるダイモンジ。
何か怒鳴りつけるようにも思われたが、彼女はそのまま言葉を詰まらせてしまった。
目の前には、手鏡。ポールは目を閉じ、ダイモンジに向けて、それを突き出していた。
「ヒドい顔しとるんとちゃうか。ファンが見たら泣くで」
とっさに顔を覆う。
彼女を様付けしてまで慕うファンには、決して見せられない形相。こんな些細な会話で、クラスメイトの敗北を思い出しただけで、心を乱してしまうとは。
実は、彼女がそうなることを、ポールは知っていた。
クールに気取って見せるダイモンジとて、一人のウマ娘。表に立つ性格が意図して演じているものだと、見抜いていたのだ。
だから咄嗟に、こんな制止ができたのだろう。
「なぁダイモンジ。ウチには、何でそこまで勝ちにこだわるのか、よう分からん。クラスメイトを応援する気持ちは分からんでもない。せやかて負けたことを認められん理由は知らん。無理に聞こうとも思わん。でもな、もうちょい肩の力を抜いた方がええで」
立ち上がりながら鏡をテーブルに置き、そのままベッドへ。
未だにダイモンジは顔を覆ったまま立ち尽くしていた。
「寝よ寝よ。勉強もええけど、明日にした方がええで。それから、すまんかったな」
「……いや、いいんだ。ボクこそ、感情的になりすぎた」
「さよかー」
横になったポールは背中を向けて布団にくるまってしまう。まるでミノムシのようだ。
ようやく落ち着いたダイモンジも、開きっぱなしのノートを閉じて明かりを落とし、ベッドに腰掛ける。
何か言おうと口を開き、やはり躊躇する。
勝利に拘る理由はある。勝って、成し遂げなくてはならないモノがある。
それを伝えるべきか、理解を求めるべきか。ダイモンジは悩んだ。
その末に。
「おやすみ、ポール」
やめた。
誰かに、一緒に背負ってもらう勇気を出すことが、彼女にはできなかった。
翌日のJ-1教室内では、デビュー勝ちを収めたライズエンペラーが話題の中心になるかと思われた。恐らく、ライズ自身がそうなることを一番期待していただろう。
第一、レースを二度走ったとはいえ、そこで勝ちを得てくるウマ娘というのもそうそういない。二着でも三着でも敗北は敗北。一着でなければ勝利と言えないのだ。
だから、クラスで最も早くデビューし、最も早く一着をもぎ取るということは、J-1の英雄と評されるに値する。
ライズエンペラーがもてはやされ、その勝利を称える声で持ち切りとなってもおかしくないはずだ。
が。
「じゃあホームルームの前に、連絡事項だ。このクラスからデビューが決まったウマ娘を発表するぞ。えー、来月中旬に、ダイモ――」
「きゃー--!」
「ダイモンジ様! 嗚呼、ダイモンジ様のデビューがついに!!」
「神よ……!」
教員がその名を半分も口にするか否かというタイミングで、教室内は歓声に溢れた。クラスのアイドルがデビューするとなればこの反応もやむなし。中には手を組み涙を流す者すらあった。
名簿で教卓を叩き、教員は騒然となる彼女らを鎮まらせようとするも、なかなか上手くいかない。
当のダイモンジはというと、とうとう自分のデビューが決まってまんざらでもなさそうだ。が、チラリと視線を窓の方へ流した。
それは間違いなく、そして向けられた当人しか感じ取ることができないほど一瞬。
(ボクは、キミのような失敗はしない。最初から華麗に勝ちきってみせるとも)
胸の内に呟いたダイモンジ。
そんな彼女を、ライズは不服そうに眺めていた。
デビューが決まったウマ娘は三人。といっても、J-1ではダイモンジ以外のウマ娘が注目を集めることはなく、出走することを告げられた他の二人ですら、どこか夢見心地のままだった。
昼休みにもなれば、いつにも増してダイモンジ親衛隊が彼女を取り囲む。大した人気だ、とシンリョクは呟いた。
その一方で。
「どんな気分だった? 言いづらいかもしれないけれど、負けた時の感想も含めて、全部教えてもらえないかな」
ライズにレースの感想を聞き出そうと詰め寄るウマ娘がいた。モノノフキッドだ。いつもなら、ぼちぼち幼馴染がやってきて食堂にでも拉致していく頃だろう。
というよりは。
教室と廊下を隔てる扉の向こう。
恨めしそうにキッドの方へ視線を送っているウマ娘の姿があった。キッドを連れ去るタイミングを図っているに違いない。
これに気づいてか、そうでないのか、ライズは。
「お、いいぜいいぜ。このあたしの武勇伝、たっぷり聞かせてやるからよォ、メシでも食いながらにしようぜ」
食堂へ向かうために、ライズが席を立つ。その一つ前の席にいるシンリョクも同席できないかと尋ねて了承を得た。
寮でもルームメイトの二人は、昨夜の内にライズのデビュー戦について語り合ったりもしたが、シンリョクはそれを改めて聞き、またキッドがどういった感想を持つのかに興味があったのだ。
廊下へ出るなり強引についてきたキッドの幼馴染、チーラヒメも伴い、四人は食堂へと向かってゆく。
彼女らが消えた扉へ向かい、ダイモンジはまた例の視線を送っていた。
当方、関西に住んだ経験がないために、割とエセな関西弁が出てきております。
その言い回しは間違ってる、みたいな突っ込みがあるかもしれません。ご指摘がありましたら修正します。
ちょっと忘備録的に、これまでに登場したウマ娘たちのクラス分けをここに記しておきます。
J-1組
・シンリョクメモリー
・ライズエンペラー
・ダイモンジ
・モノノフキッド
J-2組
・チーラヒメ(キッド大好きウマ娘)
・ホッポウセブン(第4話でメイクデビュー逃げ切り勝ちの子)
・ジュブナイルポール(ダイモンジのルームメイト)
J-3組
・カスミステルシップ(第5話で腹痛のため出走取消となった子)