「ぼ、ボクにこれを食べろと……!」
「何だよ、お坊ちゃんはこンな庶民のモンは食えねェってか」
ライラック賞の翌日。
ライズエンペラー、ダイモンジの二人は昼食のため札幌の町に繰り出していた。
せっかく遠征に出かけてきているのだから、その土地のものを食べるのも一興だろうとの考え。
以前にもこの土地を訪れているライズが案内役を買って出て、連れてきたのがこの店だ。
その昼食とは、札幌名物、味噌ラーメン。
注文から数分で提供された、濃い目の茶色いスープに大きなチャーシュー、バターにトウモロコシが乗った、まさに典型的なソレ。
ダイモンジは味噌ラーメンに目を落とすと、驚愕の表情を浮かべていた。
ケタケタと笑うライズは箸を割り、レンゲでスープを掬って啜った。
「いや、その……ライズクン、これは、どうやって食べるんだい?」
「ブッ!」
スープが気管が入ったか、盛大にむせるライズ。
まさか、ラーメンの食べ方を知らないとは。
欧米出身者なら、麺料理はパスタくらいしか馴染みがないだろうから、食べ方がイメージできないのも理解できる。
しかしダイモンジは、そういうわけではない。
「ラーメン、食ったことねェのか?」
「こういうものは、身体に障るから食べない方が良いってママが」
「ママぁ!?」
「あんまり大きな声を出さないでくれたまえ!」
これはライズにとっても意外だった。
育ちが良いのだろうことは以前から想像していたことだ。
とはいえ、ラーメンの食べ方も知らない。おまけにトレセン学園にも入学する歳になって母親をママと呼ぶし、その言いつけをずっと守っていたとは。
もうライズは決めた。心に強く決心した。
ダイモンジが度々嫌がって訂正してくる「お坊ちゃん」という呼び方。絶対に改めてやらねェ、と。
「その、キミに頼むのも何だが……、本当のことを言うと、ラーメンに興味がなかったワケじゃないんだ。それに、ラーメンの食べ方も知らないというのは、少し恥ずかしくもある。キミは食べ慣れているのだろう? どうか、食べ方を教示してくれないだろうか」
面白い、とライズは笑みを浮かべた。
普段からからかってやってはあしらわれたり、取り巻きに非難されたりと、お高く留まった態度が鼻に着いていたところ。
それが、こうして申し訳なさそうに、頼み事をしてきている。優位に立つなら絶好のチャンスだ。
少なくとも箸が使えれば問題あるまい。
「じゃあ。まずラーメンはな、このレンゲを使ってスープを一口飲むのが基本だ。ラーメンってェのは、スープで八割決まるからな」
「へぇ、そうなのかい。では」
レンゲでスープを掬ったダイモンジは、音を立てることもなくするりと口へ流し込む。
他の客もいてガヤガヤとした店内には少し似つかわしくないほど、妙に品がある。そういえばウマ娘にも名門と呼ばれる一族がいくつかあるが、そこの出身者たちもこんな風にスープを飲むのだろうか。
「味噌ラーメン、なるほどね。確かに味噌の風味が生きている気がするよ」
「んじゃ、麺だな。あたしのやり方だけどよ、上に具材が乗ってるだろ? こいつを崩さないように麺を引っ張り出して……そうそう。で、一気にだな」
器用に具材を分けて麺を持ち出したライズが、ずるずると音を立てて麺を吸い込んでゆく。
この様子にダイモンジは少し、目を丸くし、視線を周囲に走らせた。
他の客も一様に、音を立てて啜っている。
「な、なぁ。本当に、そうやって音を出すのが、正しいのかい?」
「あァん? アンタ、何言ってんだ。こうやって食うからうめェんだろ」
トレセン学園の食堂でラーメンを食べるウマ娘だっている。そばやうどんだってある。
直接見たりしていなくとも、啜る音くらいは聞いたことがあるはずだ。
何を当たり前のことを聞くのか、とライズが思っていると、ダイモンジは急にモジモジとして。
「しかし、これはその、なんだ。はしたないじゃないか」
「乙女かっ!」
「乙女で悪いか!」
そりゃウマ「娘」なんだから乙女なのだろうけれども。
よほど音を立てることに抵抗があると見えて、ライズは仕方なく、レンゲに麺を乗せてひとくちラーメンを作って食べる方法を提案した。
ようやく妥協できたのか、相変わらず音も立てずに食べ進めてゆく。
麺も半分以上胃に収まったところで。
「お坊ちゃんよ。ここらでもう一度、スープ飲んでみな」
「スープなら最初に飲んだが?」
「いいから」
促されて、ダイモンジは怪訝に思いながらもレンゲにスープを掬って口へ運ぶ。
少し味わって、その変化に気が付いた。
最初はややしょっぱいスープに味噌の風味が溶け込んだ味だった。
ところが今は、違う。甘味とまろやかさが染み出して、舌全体を包み込むかのようだ。
先ほどと何かが違う。
「どうだ。バターが溶けてまた違うだろ」
「これは……確かに」
ダイモンジが唸る。普段から食べているものとは全く違った味に感動を覚えている様子だ。
ラーメン食べさせただけでこれだけ喜んでくれるのなら、連れてきた甲斐があったというもの。
本当ならもう一人、彼女も連れてきたかったところだが。
「そんで。キッドのヤツはやっぱり、来れねェよな」
「流石にそろそろ解放されていても良いとは思うけれど」
レース観戦に訪れていたモノノフキッドの姿がない。
このままダイモンジのデビュー戦まで見届けると言っていたので、トレセン学園へ帰ったわけではないのだが。その辺の事情を、二人は知っていた。
わざわざお忍びで北海道まで来たというのに、かわいそうなことである。
「それで、私に黙って出てきたの? へぇ~……」
ウマ娘のレースを取りまとめるURAは各地にレース場を設けるだけでなく、その周囲にトレセン学園の在校生や関係者が宿泊できる施設も用意していた。レースに出走する者、付き添いの者、観戦を希望する者などには、事前に申請さえすれば自由に使う権利が与えられる。
ホテルURA札幌支店の一室。
そこには、正座をさせられる二人のウマ娘の姿があった。
一人は、モノノフキッド。ベッドの上で目を伏せ、しょぼくれている。
もう一人はシンリョクメモリー。こちらは床に座らされ、目をそらすようにしてふてくされていた。
「予め言われていたら、確かに私もついてきたわよ。キッドと離れるなんて、私、耐えられないから。でも私が納得するように言って欲しかったし、隠れてコソコソするなんてホント信じらんない」
彼女らの前で仁王立ちするウマ娘は、チーラヒメだ。
内密に札幌まで出かけてきたことはすぐにバレるであろうということ。学園に帰ったら一悶着あるだろうということ。
ここまでは、キッドも覚悟の上だった。
しかし。
まさか、お目付け役を頼んだシンリョクを伴って、わざわざ北海道まで乗り込んでくるとは。
お説教はかれこれ一時間以上続き、正座していた二人の足は限界だ。何とか許しを得るしかないのだが、こういう時は何を言っても焼け石に水どころか、火に油なのだということを、キッドはよく知っていた。
それでも、何も言わずに嵐が過ぎるのを待っているわけにもいかない。
「黙って出てきたことは謝るよ。でもヒメのことが嫌いでそうしたんじゃ――」
「謝るってことはやっぱり後ろめたいってことよね。何で悪いことって分かっててそんなことしたの、本当は私のことなんてどうでもいいんだ! それに謝るのはそこじゃない! こんなに悲しい気持ちにさせて、わざわざ北海道まで来て怒らせるほど寂しい思いをさせてごめんなさいでしょ! ねぇ、私がかわいそう!」
ダメだ、お説教タイム追加一時間コースだ。
もう足が限界。お腹も空いてきた。
どんどんヒートアップしてゆくヒメをどうにか宥める手段はないものだろうか。
「いい加減にしろ」
呟いたシンリョクがふらりと立ち上がり、痺れた足を馴らしてゆく。
「自分まで引っ張ってきて何かと思えば、こんなところで正座させられていわれのないお説教されて。関係ないことに巻き込むな。それに、少しはキッドを自由にさせたらどうなの」
ぐりぐりとつま先を床にこすりつけ、血流が戻ってゆくぞわぞわとした感覚に瞼がヒクつく。
確かにこれはとばっちりだった。
多少の世話を焼くことも構わないとは思っていた。
だが首根っこを掴まれ、拉致され、飛行機に乗せられ、まぁ北海道まで連れてこられることは途中で分かったもののそれはそれでいいかと考えていたら、到着するなり幼馴染同士の喧嘩に巻き込まれてお説教。
理不尽にもほどがある。
「キッドもキッドだ。どうせ説得できないって最初から諦めてこっちに全部押し付けて……。話して理解し合えないのに何が幼馴染だ。相手は自分に都合がいいだけの人形じゃないんだ」
言いたいことを吐き捨てて荷物を手にシンリョクは出て行ってしまった。
後に残されたのは、未だベッドの上で正座したままのキッドと、呆気に取られて固まるヒメ。
口を挟む間もなく、気づけば扉が閉まった後。
傍目に見れば、シンリョクが怒るのも無理のない話だった。
「で、それで飛び出したってワケか!」
「これは、しばらく部屋に戻れそうにないね。それにしても……」
食事時も過ぎた頃になって、ライズとダイモンジはホテルから逃げ出してきたシンリョクを加えてブラブラと札幌の町を散策していた。
部屋での一件を聞いた二人はもっと時間を潰そうと歩き出したわけだが。
シンリョクの方へ視線を移すと、胴体に匹敵するサイズの惣菜袋を抱え、これでもかと詰め込まれたトウモロコシ。これにやけ食いよろしくかじりつく。
無言で、歩く先を見つめ、取り出されるトウモロコシはあっという間に芯だけとなってゆく。
苛立ったら食事で自分の期限を取るタイプのようだ。
「もしかしたら、本気で怒らせたらシンちゃんが一番怖いかもな」
ケラケラと笑うライズに、これを諫めるダイモンジ。
三人は駅の方へと向かっていた。
ストレスを解消するために、癒しを求めるとしたら最適な場所があるというライズの提案だった。
札幌駅近くのバスに乗って揺られること、約四十分。
到着したのは小高い丘だった。
夕暮れが近くなっており、地平線の方から茜が差してきている。
この場所こそ、後にクラーク像が建立されることになる札幌屈指の観光名所。
「羊ヶ丘展望台! どうだ、札幌の町が全部見えンだぜ」
開かれた視界に映る景色はまさに絶景。
……なのだが。
「ねぇシンクン! すごいよ、羊がいっぱいだ!」
「そろそろ厩舎に帰るんじゃない。この時期は毛が刈られているからあまりモフモフしてはいないね」
「だがこうしてスッキリした姿も愛らしいじゃないか」
「確かに、撫でてみたくなる。ぬいぐるみとか売ってないかな」
連れてこられた方の二人は、町よりも手前に広がる放牧地。ここでのびのびと草を食んだり寝転んだりする羊たちの方に興味を向けていた。
どちらかというと札幌ドームなどを見せたかったらしいライズはというと、羊にテンションが上がる二人に向けて。
「乙女かっ!」
「「乙女で悪いか!」」
それからしばらくして。
ライズは先ほどの乙女発言を撤回すべきかと悶々と考えていた。というのも。
「実はね、一度食べてみたいとは思っていたのだよ」
「ファンがついてきてなくて良かったんじゃない。幻滅されるよ」
「ボクのイメージは強く美しく高貴でなくてはならないからね。このことはナイショだよ」
夕飯に二人が希望したものが、ジンギスカンであったからだ。
先ほど放牧された羊を見てテンションの上がったダイモンジに、機嫌を直したシンリョク。そんな彼女らが、その肉を食らいたいとは。うすら寒いものを感じずにはいられない。
ひとまずホテルの近くに戻ってきた一行は、手近なジンギスカン料理を提供する店を訪れていた。
扉をくぐり、店員に人数を伝え、案内をされるまで待機。店内に客は多いものの、案内待ちは少なく、すぐ食事にありつけることだろう。
だが。
「やべっ、ちょ、アンタら隠れろ」
ライズは店内に見知った顔を見かけて、二人を柱の陰に隠した。
そこにいた者というのが。
「ねぇ、見て見て。羊の写真いっぱい飾ってる。可愛いね」
「あ、うん。そうだね……はは」
先ほどまでホテルの一室で喧嘩していたチーラヒメとモノノフキッドだった。
いつの間に仲直りしたのか。特にヒメの方はやけに嬉しそうに料理が運ばれてくるのを待っているようだ。
しかし。何がどうなってこんな風に関係を修復したのだろうか。
この様子をこっそり覗き見たライズらは、彼女らの席の近くに案内されないことを願った。切に願った。
何がきっかけでまたヒメの怒りに火をつけるか分かったものではないからだ。
むしろこっそり店を抜け出して別の店舗へ移るべきだろうか。
「お待たせしました、三名様でお待ちのライズエンペラー様~」
決断が遅かったようだ。
「いや、本当に助かったよ。おかげで仲直りもできたし、ヒメも機嫌を直してくれたし」
悲しきかな。三人の祈りは届かず、よりにもよって案内された席というのが、キッドとヒメが座る席の隣であった。
とはいえ危惧していたようなことは起こらず。キッドはシンリョクに感謝を述べて自分たちの席へ引っ張ろうとさえしていた。
聞いたところによると。
ホテルからシンリョクが出て行って、部屋に二人だけとなった後。キッドは黙って札幌へやってきたことを改めて謝った。その上で、ヒメを連れてきたらレース観戦どころではなくなりそうだと思ったこと、集中してクラスメイトのレースを目の当たりにし、いずれやってくる自分のデビューに活かしたいと考えたことを素直に伝えた。
これは、シンリョクがちゃんと話し合うようにと怒って部屋を出たからこそ、ヒメにようやく伝えることができたことである。
何より。
「レースで私にかっこいいところを見せたかったからだって言うんだもの。もう、それならそうって最初から言ってくれたら良かったのにこう見えてシャイなのよキッドって。シンちゃんも最初から分かってたんなら……あぁでもキッドは私のために頑張ってるんだからライバルとして切磋琢磨するのは構わないけれどあまり必要以上にベタベタするのだけは控えてくれると」
「これ、解決したと思うかい?」
「知らね。多分悪化したんじゃね」
ひとまず今回の騒ぎが収まったとはいえ、ダイモンジとライズは食事前から胸焼けのような感覚を覚えたのだった。
その夜。
「ちょっと、何で私があなたと一緒の部屋なのよ! キッドは、ねぇキッドは?」
「事前申請もなしにいきなり来たんだから、URAのホテルは使えない。明日には申請を出すから、それが受理されるまでは実費。それくらいは諦めて」
「いーやーよー!」
チーラヒメとシンリョクメモリーは、ビジネスホテルの一室に泊まることになった。
出費を少しでも抑えるために、ダブルルーム。要するに。
「私はキッドと寝るの! 何が悲しくてシンちゃんと同じベッドで寝なきゃならないのよ!」
ベッドはダブルサイズのものが一つだけ。これも旅費自体はURAが負担してくれるとはいえ学生の身分で宿泊費を捻出するためにわずかでも費用を抑える必要があったからだ。
これにもヒメは難色を示したのだが、ほぼ着の身着のままで飛び出してきたために背に腹は代えられないのである。
「嫌なら床で寝て。じゃあお休み」
「ふん! いいわよ別に。この時間にもなれば人の目も少ないから、こっそり行けばキッドの部屋に忍び込め――」
「いい加減にしろ」
普段、ヒメとキッドは寮の部屋でどう過ごしているのだろう。
そんなことを考えて、少しはキッドに優しくしてやろうと考えるシンリョクであった。
あまり堅苦しい話ばかりでもよくないですし、
何よりライズエンペラーとダイモンジ以外のキャラクターがほとんど掘り下げられていないと感じたので、今回は閑話休題とさせていただきました。
レースの展開ももう少し面白く書けるようになりたいものです。