沖縄は離婚率の高い県で、僕の家庭もその一例である。
母は中々に激務であったようで、いつも日がすっかり暮れてから、ようやく帰ってきたものだ。
日中こそ面倒を見てくれるシッターさんがいたのだが、彼女にも家庭がある。必然、夕方のおよそ一時間ほどは、幼い僕一人で留守番をする必要があった。
元より一人遊びが得意な性分であったから、別段そんな境遇を不幸だと思ったことはないのだけれど、母としては思うところがあったのだろう。
せめて退屈しないようにと、毎週数本のアニメを借りてきてくれた。
外の活気が家々へと帰り出す夕方は、僕にとってアニメの時間だったわけだ。
その日もいつものように、僕はビデオをセットして、再生ボタンを押した。
※この作品は残酷な描写を含みます
そんな注意書きに続いて流れ出したのは、アニメではなく実写の映像。幼い身でも漠然と、素人じみた拙さを感じるホームビデオのようなものだった。
内容は、男女が取っ組みあいの喧嘩をしている様子。撮影者の声も時折混じっていた。聞こえる声からして誰もが興奮していて、女性が劣勢らしい――――というのが無垢な当時に読み取れたもの。
実際のところ、それはセックスだ。それもレイプ。
画面に写る男と撮影者がグルで、女性一人を無理矢理犯している。後になって振り返れば、そういう内容だった。
これも後になって知ったことだが、ビデオの中身を書き換えたり、あるいは入れ換えたり。なんて悪戯は、レンタルビデオ屋ではたまにあることらしい。
もちろん対策として、返却されたビデオは一度店員が確認するのだが、全部を確認していては時間が足りない。よって漏れることもあった。
子供向けアニメの中身をAVに入れ替える。故意ならばかなり悪質な悪戯と言えるだろう。
もっとも、当時の僕は幼すぎるがゆえにその悪意から被害を受けることなく、しかし漠然とした気持ち悪さから、そのビデオを停止した。
いやに記憶に残るそれを、意識の隅においやって。取りあえず別のビデオを見始めれば、今度はきちんとアニメが流れ出す。
霊障なんかに巻き込まれることもなく、僕はそのうちビデオのことを忘れてしまった。
次にその件を思い出したのは、ずいぶんと時間も飛んで、高校生になってから。
男子高校生らしく猥談をしている最中に、ふと思い出して、笑い話として語った。
しかしどうにも、友人の反応は芳しくない。
まあそれで性に目覚めた、とかならまだしも、そう面白い話題でもない。
嬉々として話すにはパンチが弱かったかと反省したのだけれど、どうにもそういうことではないらしい。
問い質しても要領を得ない返事ばかりで、自分で調べろなんて返される始末。
流石にキーワードは教えてくれた。詳細は伏せるけど、女性の名前らしき漢字四文字。
ヒットしたのは、数件のニュース。
それから、ネット掲示板のまとめ。
なんとなく察するものがありつつ、僕はまとめサイトの方を開いた。
AV捜索スレ、とでも言うのだろうか。
昔見たAVのタイトルがわからないので、誰か教えてくれ、という書き出し。
僕と違って最後までそれを見たらしい彼によると、そのビデオは女性が殺されて終わるそうだ。
残酷な結末を迎えるAVはたまに見るが、その中でも際立って印象に残った――そんな理由で、イッチはそれを探しているらしい。
これではないか?という返信はつくものの、肝心のAVを特定するには中々至らない。
見た覚えがある、という声はなぜか多かったのだが、彼らもタイトルは知らないらしい。
曰く、パッケージが違ったからだと。
その映像を見た人物は、イッチを含めた誰もが、その言葉に追従した。
レンタルビデオ屋でたまにある、悪質な悪戯。それに引っ掛かった結果、偶然その映像を見たのだと。
内容に関する証言は、厳密に言えば異なる。
僕と同じように注意書きから始まったと言う人もいれば、単に映像だけだったと言う人もいた。パッケージ通りの映像が、途中からそれに切り替わったと言う人もいた。
しかし、本来あるはずの映像ではなかった、という一点は同じだった。
気味の悪い偶然の一致に、俄然スレッドは活気づく。
候補となる作品は確認が追い付かないほどの勢いで提示され、奇妙な偶然に膨らんだ妄想を垂れ流す人物が現れる。
まとめサイトで見てなお混乱した流れの中で、決定的な書き込みがなされた。
「もしかして本物の犯罪の証拠じゃない?」なんて発言への返信。あるURL。
リンク先は、ある新聞記事のデジタルアーカイブだった。
秋田で起きたある事件。女性が一人、強姦の末に殺害され、棄てられたその遺体が見つかった件の続報。
逮捕された二人の男の顔に、僕は見覚えがあった。スレッドの彼らも同様だったようだ。
被害女性の名前は、友人から聞き出した検索ワードと同じ。スレッドにはどこからか持ってきたのか、顔写真まで貼られている。
その顔にも僕は見覚えがあった。スレッドの彼らも同様に。
情報のソースを洗い直してみる。信頼できるという結論が出た。
僕の記憶違いかもしれない。しかし見覚えを示したのは僕だけではないのだ。
もちろん、件の映像を確認できる人は最後まで現れなかったので、皆して勘違いしている可能性もある。
そうでないのなら、AVだと思われていたあれは、犯罪の記録だったということになる。
まとめサイトは、件の映像を
だからこの話はこれで終わり。
ただ、僕にはまだ気になることがある。
もはやその真偽を確かめることなどできないし、考えたところで気持ち悪さを助長する結果にしかならない。
所謂、蛇足である。
記事によれば、犯人が逮捕されたのは、僕が件のビデオを見るよりも前のことだ。
加えて、事件の現場は秋田。僕の住む沖縄からは遥か遠い。
二人の犯人が、直接ビデオを各店舗に持ち込んだとは考えづらい。
そして掲示板に集う彼ら彼女らが、まさか皆沖縄県民ということはないだろう。
つまり件のビデオは複数存在し、広範に拡散しているのだ。
不可思議な拡散は呪いのせいにでもしたくなるが、霊障なんて経験していないし、経験したという話も挙がらなかった。
となると、想定できるケースはそう多くない。
例えばこう。
初めは――故意か事故かはともかく――犯人の手によって店へ持ち込まれたのだろう。彼らはその後逮捕されるも、ビデオが回収されることはなかった。
次にビデオを手にした、店員か、客か。まあその人物はそれを面白がって、複製して別の店にも持ち込む。
そして複製品を手に取った人物も、また同じようにしたのだろう。そんな些細な悪意の連鎖が、延々と続いた。
時折、悪ふざけで編集されることもあったのだろう。※この作品は残酷な描写を含みます。なんて。
複製ではなく、ビデオを途中から書き換える形で拡散した人もいたはずだ。
延々と。延々と。ある女性が凌辱の末に殺されるまでを記録した映像は、遥か沖縄に辿り着くまで拡散され続けた。
そのビデオは呪われてなんかいない。
見たところで、多少気分を害するだけだ。
レンタルビデオという商売が下火になってきた今では、そんな被害すら減っているはずである。
被害者は死に、犯人は逮捕された。この話はもはや終わっているのだ。
よって、もはやその流通の過程に想いを馳せたところで、なんの意味もない。
拡散した”誰か”が皆事件について知ったうえで行ったとも考えづらい以上、殊更に悪意的な解釈を付け加えるのは、それこそ悪質で、徒らである。
ただ、どうしてか。
そのビデオは呪われていない。それだけの事実が、どうにも救いがたく感じるのだ。
呪われていないビデオ-美品
ある被害を余さず遺した、なんの変哲もないビデオ。コレクターが高値で買い取ってくれる。