誤字指摘ありがとうございました。
「うおおおおおお!!海じゃあああああ!!」
照りつける夏の太陽の下、砂浜をゴルシちゃんが猛ダッシュで駆けていく。夏休みに入り私たちのチームも合宿場を訪れているのだ。ここはトレセン学園御用達の合宿地の一つで、海沿いに小高い山もある。
海沿いでは砂浜ダッシュや海水の抵抗を利用したトレーニング、山では学園のより規模の大きい坂路トレーニングができる。 基礎能力を徹底的に鍛え上げるにはもってこいの環境だ。
「おい!見ろよ!蟹いるぜー!捕まえて晩飯にしよーぜ!」
「はいはい、ご飯は宿で用意されてますからねー。」
「シップ、 とりあえず宿へ向かいますよ。」
到着してすぐみんなとはぐれそうになるゴルシちゃんを捕まえて宿へ連れていく。 私一人では到底太刀打ちできないのでジャスタちゃんと二人がかりだ。
「今年の合宿場や宿は去年よりだいぶ豪華ですからね。 はしゃぎたくなる気持ちも分かります。」
「あれ?そうなの?」
「ええ。 獲得賞金が増えてチームランクも上がりましたからね。 予算もかなり増えて今年は合宿で奮発する余裕があります。」
「なるほど・・・そういえばそうか。」
「シップがクラシック勝ったおかげですね。」
「そうだそうだ!感謝しろ!崇めて奉れ!」
「うーん・・・そう言われるとなんかなぁ。」
思い返せば去年の時点ではまだ重賞勝利を目標にしているチームだった。それが今では複数の重賞をとって、クラシックG1も制覇したのだ。この半年でチームの知名度も上がっていることを感じることも増えた。ゴルシちゃんの貢献度が多大であることは間違いない。
しかし改めていい場所だと思う。トレーニングの環境もそうだが景観も抜群にいい。宿もきれいで部屋も広い。 昼は美しいビーチを貸し切ってトレーニング、夜は美味しい食事に露天風呂・・・花火なんかも準備してきている。もちろんトレーニングが目的ではあるものの、どうしてもそういった楽しみも期待してしまう。
明日からのトレーニング、砂浜を走って、休憩でかき氷を食べて・・・スイカ割りなんかもいいかもしれない。
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青い空白い雲!そして美しいビーチ!・・・が下に見える。ここは山。
「うへぇ~・・・。 なんで砂浜じゃないんですか〜・・・。」
翌日、本格的に合宿でのトレーニングに入った私は山道を走っていた。
「なんでって、お前いつも砂の上走ってるだろう。せっかくの合宿なんだからいつもはできないことしないとな。」
「え〜!トレーナーさんの鬼〜・・・!」
ビーチでかき氷にスイカ割・・・。私の楽しみは初日から打ち砕かれた。いや、確かにいつも砂の上走ってるし山道の坂路の方が効果的なのかもしれないけど・・・。
「ほら!もう一本行ってこい!」
「ひぃ〜い!」
山道を駆け上がる。学園の坂路コースより坂がきつく、長い。足元はコンクリートでウッドチップよりだいぶ走りやすいが、不規則なアップダウンでスタミナを奪われる。
「はあっはあっ・・・!」
キ、キツイ・・・!!まだ半分くらいだ・・・! 流石に2本目となると息切れも早く、足も思うようについてこない。
「ほら!どうした!?頑張れ!!」
原付にまたがったトレーナーさんが煽ってくる。人間がウマ娘についてこれる訳もないので当然のことではあるのだが、正直少しイラッとしてしまう。
「うおおおお!」
悲鳴をあげる身体を気合で動かし、やっとの思いでゴール地点へたどり着く。
ドサッ
「はあっはあっ・・・」
「お疲れ様。今日はこれで終わりにしよう。クールダウン兼ねて歩いて下って行けよ。そのあとは自由に過ごしていいぞ。」
倒れこんで肩で息をする私にドリンクを手渡すと、トレーナーさんは次走るメンバーの下へ向かっていく。自由時間と言ってももう遊ぶ体力など残っていない。へとへとになった私は宿へ戻ってシャワーを浴びるとそのまま布団へ倒れこんだ。
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「・・・んぅ」
目が覚める。どうやらぐっすり寝てしまったようだ。時間を確認するともう夕方にさしかかっていた。せっかくの日中の自由時間ももう少ししかない。
「ってうわ・・・。」
起き上がった私の目に飛びこんできたのは倒れこんで寝ているウマ娘たち。みんなも相当しごかれたのだろう、死屍累々だ。起こしてしまうと悪いのでなるべく静かに部屋を出ていく。そのまま宿を出て、向かった先はビーチだ。
ほのかな磯の香を感じつつ、日中みんなが走ったであろう砂浜に腰を下ろす。夕方の海は昼の間のそれとはまた違った表情がある。日中は明るく太陽の光を反射した水面が輝いて、煌びやかで生き生きとした表情を見せる。しかし今の時間帯ではだんだんと気温も下がって、海は一面夕日に赤く染まっておりまた違った印象を感じさせる。モネだかマネだったか、こんな風景を描いた絵があった気がする。
夕暮れ時の少し涼しくなった風にあたり、波の音を聞く。私は少し感傷的な気分に浸り、これまでのことやこれからのこと・・・寝起きの頭であることも相まって、漠然と考えを巡らせていた。
私はこの合宿で成長できるだろうか。そして、次のレースに勝てるだろうか・・・。なんとか一つ勝つことができたが、そもそも私より才能のある子たちでもまだ勝ち上がれていなかったりするのだ。一時期は選抜レースをたくさん走っても声がかからずチームにも所属できない状態が続き、デビューすることすら危ぶまれていた。そこから考えてみれば今の状況はかなりうまくいっている方なのかもしれない。 同期の友人たちのように大きな活躍は出来ていないが、 なんだかんだこのチームで充実した日々は送れている。
「お?こんなとこで何してんだ?」
「!!」
そうやって黄昏ていた私に誰かが声をかけてきた。
「ゴルシちゃん・・・。」
なぜか虫かごと虫網を持っている。君の方こそ一体何してるんだ・・・
「山で珍しいクワガタいねーか探してみたけどダメだったぜー。」
そういって私の横を通り過ぎ、靴を脱ぐとじゃぶじゃぶと浅瀬に入っていった。どうやら何かいないか探しているようだ。
「しっかし砂の上ってのは足が沈むし動きずれーぜ。普段芝の上走ってからなー。」
今日のトレーニングは私たちダート路線のウマ娘は山道で坂路、芝路線のウマ娘たちは砂浜ダッシュをそれぞれ行った。 芝路線の子たちは普段は砂の上を走らないので勝手が違って苦労したはずだ。もちろんそれがいいトレーニングになると踏んで行っているわけだが・・・
「やっぱり川の魚が海では生きられねーようにそれぞれ生きる環境ってもんがあんだよな。・・・しかしその点鮭ってすげーよな! 川で生まれて海を泳ぎ、そしてまた川へ帰る・・・!ちょっと海に入る訳じゃねえ・・・川を出てから何年にもわたって海を泳ぐんだ!」
「・・・・。」
・・・この独特なノリに初めは困惑しっぱなしだったが、今はだいぶ慣れてきた気がする。そうだ、思い返せばこのチームに入るきっかけはゴルシちゃんだったけ・・・。なかなか衝撃的な出会いではあったが、あのとき中庭で彼女が声をかけてこなかったら今の環境はないだろう。
「やっぱすげーよ・・・。 あいつらただもんじゃねぇ。 来世はフジツボになって岩盤張り付きスローライフを送る予定だったが、鮭になって川へ海へ波乱万丈な冒険へ繰り出すのもいいな・・・。」
「・・・ゴルシちゃん。」
「お?」
「ゴルシちゃんはどうしてあの時中庭で声をかけてくれたの?どうして私をチーム入れようとしてくれたの?」
「あん?」
「ほんとにあのジュースが気になっただけ?」
「・・・・・。」
私がそう問いかけると、ゴルシちゃんは虫網で浅瀬をすくうのを止めて振り返る。ずっと不思議であったことだ。ジュースの味が気になっただけなら何もあそこまでチームに加入させようとしないだろう。何か他の理由があるはずだ。
少しの沈黙の後ゴルシちゃんが口を開く。
「・・・あの時お前に話しかけたのはお前が暇そうだったからだ。そして・・・」
「お前をチームに入れたかったのはアタシが暇だったからだ・・・。」
そう言うと再び海の方に向きこちらへ背を向け、また虫網で浅瀬をすくい始めた。夕焼けに芦毛が赤く染まっている。
「ふふっ・・・ ・。何それ。」
夕焼けの海にゴルシちゃんが加わった景色は、先ほどとはまた違ったように見えた。