夏合宿といえども何もトレーニングだけをしている訳ではない。夏休みの間もレースは開催されているのだ。私のチームでも新加入したローブティサージュちゃんが函館でデビュー、見事勝利し評判通りの実力を見せた。アスカ先輩も勝つことは出来なかったが、新潟のオープンNST賞とG3関谷記念の2レースに出走した。
そして、今私も札幌レース場に来ている。クラシック・シニア混合1勝クラスのレース、休養明けの初戦だ。
「いいか、絶対に無理はするなよ。」
「はい!気を付けます・・・!」
トレーナーさんにターフへ送り出される。4か月ぶりのレースだ。無理はするな、今日は感覚を慣らすだけでいい。というのがトレーナーさんからの指示だ。ウマ娘はレースとなるとリミッターが外れてしまうようなことが多々ある。トレーニングでは疲労や故障が回復したように見えても、レースで走るとまた異常が発生することがあるだ。
でも、走るからには勝ちたい。正直そんな気持ちもある。とはいえ復帰戦で故障発生なんてなったら目も当てられないのは事実だ。久しぶりのレース、とにかく感覚を確かめるのが第一だ。今の自分の状態がどのようなものか、確かめるのだ。そう自分に言い聞かせゲートへ入る。ああ、なんだかこの狭苦しいゲートも久しぶりだな・・・。
ガシャン!!
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「お疲れ様。足に異常はないか?」
「はい・・・。大丈夫だと思います。」
「・・・まあ結果は気にするな。復帰戦なんだ。無事に完走できれば十分だ。」
「・・・はい。」
結果は9着だった。スタートを決めるも今日は序盤から速い流れになり、ここは無理せず最後方を追走した。このままペースが流れて前崩れの展開を期待したが、意外とみんな垂れてこず最終コーナーの仕掛けどころで大きく外を回されてしまった。札幌レース場の直線は長くない。結局コーナーでのロスが響き、中団まで押し上げるのが精いっぱいだった。
「またいつもの負けパターンですね・・・。」
「・・・ああ。」
スタートで後方、最終コーナーで大外を回されロスが響き届かない。これまで何度も繰り返してきたパターンだ。我ながら成長のなさにがっかりする。
「だが、序盤ペースが速いことに気がついて無理して追走しなかったのは悪い判断じゃなかった。」
「え?」
「前はスタートで出負けして後方になっていたからな。それと今回のようにあえて控えるのは大違いだぞ。休養前も改善傾向にあったが、休養明けでもそれができていたのは収穫だ。」
「・・・!」
「あえて反省点をあげるなら、中盤以降ペースが緩んだことに気が付いて位置をあげられたらよかったな。まあもっとも、そこを後ろに気がつかれないようにしながら前は逃げているんだがな。」
「なるほど・・・。」
今日の1着だった子はレース後半でまくっていった子だ。あれはペースが緩んでいたことを察知してのことだったのか・・・。やはりクラスが上がると駆け引きのレベルも段違いに上がってくる。1勝クラスはその名の通り、1つレースに勝つことができたものが上がってくるのだ。デビュー戦や未勝利戦とはやはり全然違う。
「まあ今日は復帰戦だ。その辺の感覚も鈍っていて当然だからな。しっかり走れただけで十分さ。さあ、念のため今村さんに状態を診てもらおう。」
トレーナーさんに連れられ控室へ戻る。今村さんに状態を診てもらったが大丈夫そうとのことだった。自分でも違和感を感じるようなことはなかったので、とりあえず無事に復帰戦を終えることはできて安心する。大きな成長こそ見られなかったが、以前できていたことができなくなったと言うことはなく、トレーナーさんの言うとおり及第点・・・なのかもしれない。
ウイニングライブのステージも久しぶりではあるが問題なくこなす。もう何度目だろうか・・・ライトを浴びる3人の後ろ、バックダンサーのポジションで踊る。これに慣れてしまっている自分が悔しい。 去年卒業したダイワスカーレットさんは結局1度も後ろで踊ることはなかった。 自信家でそれに見合う実力もあった彼女のことだ、もしかしたバックダンサーの練習なんてやったことなかったのかもしれない。
・・・まあしかし、あんなのは史上でも稀な例だ。 多くのウマ娘はバックダンサーを担当することがほとんど。そんなの当たり前のことで私だけの話じゃない。当然分かっている。でも、主人公やヒロインでもない私のようなモブでもセンターで踊りたい。レースで勝ちたいのだ。今日の反省を生かして次に進もう。それしかない。また少し休んだらトレーニングだ。次は勝てるように・・・。
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8月も終わり今日から9月。再び学園で授業を受ける日々が始まる。 私はベルちゃんと二人で未だ筋肉痛の残る身体を引きずり教室へ向かう。
<久しぶりー!
<元気だったー?
クラスメイトとはおよそ2か月ぶりの再会だ。ワイワイとあちこちで盛り上がっている。みんな夏休みでこんがり日焼けしたようだ、私もそうだが相当気を使っていない限りはこうなる。やはりみんなチームの合宿でみっちり鍛えてきたようだ。
やがて担任の先生がクラスに入ってくると、みんなそれぞれ席に着く。久しぶりのホームルームが始まるのだ。先生の話なんかはみんな興味がないのだが、私は前の方の席になっているためちゃんと聞いているようなふりをしなければならない。はやく席替えして欲しいものだ。
「〜だから〜で。しっかり・・・」
夏休み明けだからかいつもより話が長い。1時限目は移動教室なのだが先生はそれを分かって話しているのだろうか。早くしてくれ・・・。時計と先生の顔を交互に見ながら思う。
「・・・ああ、ワールドエースさんは今日から休学することになった。屈腱炎だそうなので復帰できるかはしばらく状態を診て判断するそうだ。みんなも怪我には気を付けるように。ではまた今日からよろしく。」
やっと終わった・・・! もうあと5分だよ・・・・ってえ??休学?エースさんが?
振り返ってみると確かにエースさんの姿がない。え? 屈腱炎とか言ってなかったか今?
ざわざわ・・・
教室内がざわめく。1時限目開始の時刻が迫っているがそれどころではない。
「ベルちゃん・・・!」
どういうことなのか、屈腱炎は事実なのか。席を立ってベルちゃんに駆け寄る。
「そんな・・・私何も・・・。」
やっぱりベルちゃんも今はじめて聞いたようだ。驚いて青ざめてしまっている。
屈腱炎。発症すると復帰までには少なくとも半年はかかる。もし事実ならば菊花賞は絶望的になる。いや、そもそも屈腱炎は完治することが非常に難しい不治の病だ。復帰出来るかも怪しい。オグリキャップさんのように乗り越えて結果をだしたウマ娘がいない訳ではないが、長い治療を経て復帰しても競走能力は著しく損なわれるケースが多い。 数多のウマ娘たちの未来を奪ってきた絶望的な怪我・・・。
彼女は秋に皐月賞やダービーでの雪辱を晴らすとリベンジを誓っていた。実力は間違いなく世代屈指で、シニアにあがって以降も活躍を期待されているウマ娘なのだ。それが・・・。
「エース、出てよ・・・!お願い・・・!」
ベルちゃんはエースさんに電話をかけているが繋がらない。何かの間違いだ。こに居ないのはただのサボりかもしくは日にちを間違えたかで、ほんとは元気にしていてどうやって菊花賞を獲るかを考えている・・・そう信じたい。
「・・・ベルちゃん、とりあえずもう授業始まっちゃうから行こう。まだ確かな情報は出てないんだし、休み時間にブリランテさんたちにも聞きに行こう。」
「・・・!うん。そうだよね・・・。」
初動の情報というのは錯綜しやすいものだ。ダービー後の炎症についての話が誤解されたのかもしれないし、本当に怪我したにしてももっと軽いものかもしれない。そんな風に考えながら気持ちを落ち着けて教室を移動する。授業にはなんとか間に合ったが、内容はほとんど頭に入ってこなかった。
「え?!エースが!?」
「私も初耳ね・・・。まさかそんな・・・。」
授業が終わり、休み時間にブリランテさんやドンナさんに聞きに行ったが彼女たちも初耳のようで驚いている。
「情報が間違っているといいけど・・・。こう言うのって錯綜しやすいし・・・。」
「ダービー後足首痛めてたのは知ってたけど・・・。」
「それと間違って伝わったんじゃない?」
「エースに連絡つながらないのがなぁ・・・。」
「でもあいつはいつも繋がらないわよ。」
みんな知らないならやっぱり誤報じゃないか・・・。もしかしたらそうかもしれない・・・。そんな風に思い始めていたその時、不意にニュースアプリからの通知が届いた。
『ワールドエース、 アダムスピークが屈腱炎。復帰時期は未定。所属チームがURA通して発表。』
それはそんな希望を打ち砕く、残酷な事実を知らせるものだった。