「なんだか集中できてないな?」
「・・・すみません。」
次の1勝クラスのレースまで2週間を切り最後の追い込みでトレーニングの負荷が上がっていく中、私はいまいち集中できずにいた。原因ははっきりしている。
「・・・やはり気になるか。」
「・・・はい。すみません・・・。」
エースさんが屈腱炎であるとの発表があったあの日以降、具体的な続報はない。エースさんとの面会も叶わず、連絡もつながらないままの日々が続いている。それはベルちゃんやドンナさん、ブリランテさんたち門下生も同じのようで、誰も情報を掴んでいなかった。
「・・・。まあ仲の良いクラスメイトのことだ、 仕方ないと言えば仕方ないか。こんな経験も初めてだろうしな・・・。」
トレーナーさんがため息交じりに言う。レースが迫っているのだ、人のことを気にしている場合ではないのは分かっている。分かってはいるが・・・
「ちょっとクールダウンでもして待ってろ。」
そう言うとどこかへ電話をかけるトレーナーさん。私は言われた通り軽くランニングとストレッチを行った。
「今日はもう上がっていいぞ。それと隣の部室に行ってみろ。話はつけておいたから聞いてこい。」
「え!?」
「あいにく池田さんは居ないそうだが、代理の者が対応してくれるってよ。」
「ほんとですか?!」
「ああ。その代わりまた借りを作っちゃったんだから、明日からトレーニングに集中してくれよ!」
「ありがとうございます!!」
クールダウンを終えるとベルちゃんに連絡し、大急ぎで部室へ戻る。そうだその手があった。
「ベルちゃん!」
「おまたせ!」
部室棟の廊下でベルちゃんと合流する。二人で向かう先は私の所属するチームの部室の隣の部屋・・・池田トレーナーの率いるチームの部室だ。
池田トレーナーはうちのトレーナーさんより若いがトレーナー歴は長く、最優秀トレーナ一賞や最多勝トレーナーなどの賞をとっている凄腕のトレーナーだ。率いるチームもチームランクトップを常に争っており、特に去年はオルフェーヴルさんがクラシック3冠と有馬記念を制覇したこともありランキングトップの座を獲得した。 他にも有力なウマ娘が多数所属している強豪チームで、エースさんもその一員である。
本人とは連絡が取れないが、 所属しているチームのトレーナーとは連絡が取れる。彼女の容態や様子についてはその人たちが把握しているはずだ。つまりその人たちから話を聞ければいいのだ。トレーナーさんがそれを可能にしてくれた。
「着いた・・・!ここだね・・・。」
「なんか他のチームの部室って入ったことないから緊張するよ・・・。」
「確かに・・・。」
二人並んでドアの前に立つ。確か池田トレーナーはオルフェーヴルさんの凱旋門賞挑戦に伴って国内にいない。代理の人を立ててくれていると言っていたが・・・。
いずれにしろ、ほとんど話したことのない人なのは間違いない。部室がお隣のため普段すれ違って挨拶程度はしているが、それと相手のテリトリーである部室に入り込んで会うのではやはり違う。友達とはいえ部外者であることには変わらない。無理言ってお願いしたのだ、邪険にされても文句は言えない。緊張しながらドアをノックし、扉を開ける。
「失礼しま〜す・・・。」
中の広さはうちの部室と変わりなかった。ロッカーの散らかり具合も同じような感じだ。しかし、棚の上に並べられたトロフィーの大きさ、数が強豪チームであることを物語っている。 皐月賞、日本ダービー、菊花賞、さらに有馬記念と宝塚記念が二つ。朝日杯に天皇賞の盾もある。さらに棚の脇にはそれらの優勝レイが所狭しと吊るしてある。
「あ〜・・・もしかしてエースのトモダチ?池ぴーから聞いてるよー。テキトーにその辺座って座って。」
それらを背景に設置されたソファに座っているウマ娘が迎えてくれる。鹿毛を両脇で束ねたツインテール、メイクで強調されたぱっちりした目元と手には鮮やかなネイルを施している。ギャルだ。ギャルがいる。
「ん?どしたん? 遠慮せず座りなって。ほらほらー。」
「ああ・・・すみません・・・。」
どんな人が待ち構えているか身構えていたが、フレンドリーなギャルが出てくるとは予想外。荘厳なトロフィーや優勝レイとは似つかわしくない存在に拍子抜けしてしまう。
「なんか食べる? つってもこんなのしかないけど。池ぴーおやつにも厳しくてさー・・・。」
促されるままソファに腰かけた私たちに雑に箱に詰められたお菓子をすすめてくる。なるほど、確かに大豆バーのような栄養機能食品ばかりだ。流石強豪チームというところだが、彼女もそのチームの一員なのであろう。チーフトレーナーから代理を任されるくらいだし、ギャルではあるがチーム内でも信頼されているのかもしれない。
「すみません、おひとついただきます。」
いろいろと味つけはあるが適当な大豆バーを一つ手に取る。その際ちょうど後方の棚に飾ってある天皇賞の盾が目に入る。天皇賞秋2011・・・。ん? 去年の秋の天皇賞・・・ ? 池田トレーナーのチームのギャル・・・。!!おいおい、まさか・・・。
ベルちゃんと顔を見合わせる。 彼女も気が付いたようだ。
「も、もしかしてトーセンジョーダンさん・・・ですか・・・?」
「ん?あたしのこと知ってんのー?そうで〜す、トーセンジョーダンで〜っす。よろ。」
ひょ、ひょええ・・・。
トーセンジョーダンさん。去年の天皇賞秋の覇者で、あのダイワスカーレットさんとウオッカさんが記録したレコードを1秒以上も更新した泣く子も黙るG1ウマ娘だ。その後ジャパンカップもブエナビスタさんの 2 着、有馬記念でも掲示板に乗り、今年に入ってからも大阪杯3着、天皇賞春で2着と好走を続けている。 間違いなく今の中長距離路線トップ層の実力も持つウマ娘だ。
「で、怪我しちゃったエースの話聞きたいんだよね?まーそりゃ心配だよねー。けっこうやばめの怪我みたいだし。」
「!やっぱり重症なんですか・・・?!」
「あたしもよくわかんないけど、痛くてレース走れなくなるとか・・・下手すると引退とか・・・なんかそのくらいの怪我らしいじゃん?」
「屈腱炎ですからね・・・。でも引退するって発表はないし、復帰目指してはいるんですよね?」
「あ〜・・・ごめん。なんかその辺もよくわかんないんだよね。まあとりま様子見てこ?みたいな?」
「な、なるほど・・・。」
やはり屈腱炎なのは間違いなさそうだ。今後の予定は白紙。あの発表通りということか・・・。池田トレーナーもオルフェーヴルさんの海外遠征もあり、今後について判断をする時間もなかったのかもしれない。しかし、気になるのは・・・
「エースの・・・エースの様子はどんな感じでした? 落ち込んではいたろうけど・・・何か言ってましたか?今後のこととか。今私たち連絡取れてなくて・・・。」
そう。ベルちゃんの言う通り気になるのはそこだ。彼女の様子がどうだったか、それが一番聞きたい。
「あーね・・・。病院行くときちょうどあたしもいたけど、その時はだいぶショック受けてたかも。センセーの話一緒に聞いた訳じゃないから分かんないけど、たぶんけっこうきつめなこと言われたぽいね。」
「・・・。」
「あたしバカだからなんて話せばいいかわかんないし、変なこと言っちゃわないように話さないようにしてたから・・・その、本人からはこれからどうするつもりかとかは聞いてない。ゴメン。」
「い、いえ・・・。」
屈腱炎は無理をすると歩くことにすら支障をきたす恐れがある。もしかなりの重度のものだった場合医者は引退を進めるだろう。彼女はどんな宣告を受けたのか・・・
「・・・実はさ、あたしけっこうあの子の気持ち分かんだよね。」
「・・・え?」
「あたしもさ、デビュー戦は負けちゃったけどその後3連勝してオープン入りしてさ、そんで重賞で2着に入ったりして自分で言うのもなんだけどけっこー期待されてたんだよね。クラシックとか狙えるかもーってさ。そんなんだからぶっちゃけあたしもクラシックいけんじゃね?って思ってた。」
「・・・。」
「でもその後足の爪が割れちゃって、これがけっこーひどくて走れなくなっちゃって。そんで全然よくなんなくってずっと痛いし期待されてたクラシックは3つ全部おじゃんになるしで、メンタルやられちゃって。トモダチからの連絡も全部ブッチしちゃってガッコーにもいかなくなって。・・・ほら、なんか同じよーな感じじゃね?」
「まあ、確かに・・・。」
「で、あたしそんな感じだったんだけど、ある時このまま終わってたまるかーって思ったんだよね。もちろん周りの皆がよくしてくれたってのもあるんだけど、あたしみたいなバカから走るのとったら何にも残んねーじゃんって。そんでもうバカなりに爪のこと色々ベンキョーして、リハビリもがんばってキツいトレーニングもがむしゃらにやって・・・。」
「・・・。」
「・・・と、まあそんな感じで今まで走れてるんだけど、あたし思ったんだよね。あの子がここ出てくときの顔見て。その時のあたしと同じだって。」
「・・・!」
「怪我のじょーたいについてとか難しいことは分かんないけど、あの子があたしと同じよーにこのまま終わってたまるかーって思ってたことは分かる。絶対。」
「!!」
ベルちゃんと顔を見合わせる。エースさんはあきらめてない、屈腱炎を乗り越えて復帰するつもりなのだ。少なくともジョーダンさんにはそう見えたのだ。
「もしそうならよかったよ〜。エースがこのまま引退なんて・・・。」
「まったく連絡繋がらないからどんなつもりなのか分かんなくて・・・。」
「まーいろいろ考えちゃうから、その辺はしゃーなし。許したって。」
「あの、なにか私達にもできることはあるんでしょうか・・・?」
「ん?ん〜・・・・
ないっしょ!」
「え!?ないんですか!? でも・・・」
「ちょいちょい。気持ちは分かるけど、あたしらが怪我治せるわけじゃないっしょ?何もできんて。」
「た、確かにそうですけど・・・。」
「君らも自分のレースあるっしょ?とりまそっちを頑張んなよ。それに今は信じて待ってあげる、それで十分!あの子が復帰めざしてがんばってるならそれを信じて待つ!そんで復帰したらばーっとお祝いしてあげる! そんでもし・・・もし復帰無理で引退なんてことになったら・・・一緒に泣いてあげる。そういうのがトモダチってもんっしょ。」
「・・・!!」
「ね?そうっしょ?」
「確かに・・・。ありがとうございます!ジョーダンさん!」
「ありがとうございました!」
「おー。ま、いいってことよ〜。」
ジョーダンさんの話してくれたことは信じられるだけのものがあった。今後について具体的な情報はなかったが、それでも十分な説得力があった。
信じて待っててあげる。ジョーダンさんの言う通りたぶんそれが正解なのだろう。寮に戻るとベルちゃんと相談の上、その旨をエースさんにメッセージを送った。返信は帰ってこないかもしれないが、きっと読んではくれるはずだ。
明日もまた授業がある。それと同じように怪我で離脱するウマ娘が出ようと日々トゥインクルシリーズは行われていく。私の次走ももうすぐだ。さあ、明日からまたトレーニング頑張ろう。