とあるモブウマ娘の物語   作:トルポめぐろ

36 / 52

 誤字指摘ありがとうございました。


第35話  モブウマ娘、再び1勝クラスへ

 

 

 9月も半ばに入ってきたこの日、ここ阪神レース場にて私の復帰2戦目のレースが行われる。クラシック級以上1勝クラス、ダート1800mだ。

 なお今日のメインレースであるG2ローズステークスではドンナさんが秋の初戦を迎える。ローズステークスは秋華賞のトライアルレースでもある。二つのティアラを手にしたウマ娘の秋初戦、しかもその二つを争ったヴィルシーナさんも出走してくるとあって注目度は高く、お客さんも沢山入っている。

 ジョーダンさんから聞いた内容はドンナさんやブリランテさんにも話した。ドンナさんはそう・・・。と素っ気ない反応だったが復帰を目指していると聞いて内心喜んでいるはずだ。最後のティアラに向けて、エースさんが離脱した分も含めて今日は集中して勝ちに来るだろう。

 私も今日こそは結果を出したい。 この1週間前回の反省も踏まえて仕掛け所の見直しや、展開のシミュレーションを重ねてきた。調子も悪くない、今日こそ壁をぶち破るのだ。

 

 「トレーナーさん、いってきます!」

 

 「よし、いってこい!」

 

 いつものようにトレーナーさんに送り出されてターフに入る。 基本的にどこのレース場でもそうだがダートのコースは芝のコースより内側にあるため、 芝のコースを横切ってからダートのコースに入ることになる。発表は芝ダートともに良バ場。芝の良バ場は走りやすいが、ダートの良バ場は砂に足が沈んで走りにくい。前走では自分の状態を確かめるのに必死だったが、今回はこういったバ場の状態を確認する余裕がある。

 やがてゲートインが始まる。今日私は6枠11番。真ん中外目の枠だ。隣には12番の子が出走取消しとなってしまったので13番の子が入っている。少し不思議な感じだ。しかし、この枠はゲートのちょうど連結部にあたり少し左隣に距離がある。いつも隣のウマ娘に競り負け外から被せられてしまうパターンが多いのでこれはこれで好都合かもしれない。

 ・・・なんて考えているうちにもうみんなゲートに収まろうとしている。さあ、スタートだ・・・!

 

 

 ガシャン!!

 

 

 スタートを切る。いつものように慌てず先行していったウマ娘達によって空いたうちのスペースに入り込む。後方3番手、隊列の後ろにぴったりとつける。1コーナーを回ると目の前の中団後方のグループで競り合いが起こりバ群が混雑していく。私は包まれないように少し離れ、若干外目を追走する。前を見ると逃げる2人から中団バ群は5バ身くらい離れている。しかし、これはかなりペースが遅い・・・!

 

 ーいくしかない!

 

 そう判断した私は3コーナー手前でバ群にとりつき、ポジションを押し上げる。スローな流れになった場合はみんなが動く前に動く・・・!瞬発力で劣る私が勝つにはこうするのがベスト・・・!大丈夫、このタイミングもほぼシミュレーションした通りだ・・・!

 

 徐々にポジションを上げる。他のウマ娘たちも気がついたのか仕掛け始めてバ群が凝縮されていく。もう逃げている子のリードも無くなっている。外を回されるが、致し方ない。コーナーを回りながら押し上げる。最終コーナーを回り、直線へ向いていく。

 

 ーあれ?

 

 想定ではここまでに3〜5番手くらいにつけていけるはずだった。しかし、私はまだ中団。私の後に仕掛けた先行グループを抜き去れないでいた。

 

 ー嘘でしょ、まずい・・・!

 

 早めに仕掛けた先行グループのうち、内目につけていた子から抜け出していく。抜き去れないまま大外を回された私はロスが響きどんどん離されていく。

 

 ーそんな・・・こんなはずじゃ・・・・

 

 

 

 

 

 結局、直線でも前を交わすことはできず13着・・・。大敗だった。レースの展開は想定できていたものだった。この展開での仕掛けどころもイメージ通り、脚にもしっかり力がはいっていた。でも、それなのに負けた。掲示板にも乗れなかった。何がいけなかったのか・・・。

 

 「トレーナーさん・・・ 。」

 

 「・・・お疲れ様。」

 

 ショックが大きく混乱する私に、トレーナーさんは多く語らず軽く肩を叩きねぎらってくれる。 私のそんな様子を見て一人で整理する時間が必要と判断したのだろう、その後控室へ通じる地下バ道へは着いてこなかった。

 一体なぜ?展開は想定通りだったのに。なぜ負けた?いや、勝てはしないまでもここまで負けるなんて・・・。

 

 「あなたいったいどうしたの?」

 

 「・・・!」

 

 敗戦の整理ができず、ぐるぐると考えながら歩いている私の前に見覚えのあるウマ娘が現れた。

 

 「ダートダービーにも出てこないし、他の重賞の出走リスト探してもいなくて不思議に思ってたらこんな条件戦にいて・・・。しかもあの時の走りは見る影もないじゃない・・・!」

 

 おさげに整えた髪にかわいらしい帽子を乗せたウマ娘、かつて一緒のレースで競い合ったホッコータルマエちゃんだ。

 

 「わたし、あの時のあなたの追い込みに差されないようにと思ってずっとトレーニングしてきたのよ。それで条件戦を勝ち上がって、重賞も勝って・・・大きなレースであなたにリベンジしようと思って・・・なのに・・・。」

 

 「・・・!」

 

 

 『私、ホッコータルマエ!同期のライバルとして、これからよろしくね!次は負けないから!』

 

 

 ライバル・・・。かつて走ったレース後、彼女にかけられた言葉を思い出す。彼女の最近の活躍は私も知っている。ジャパンダートダービーでは5着、先日はG3レパードステークスを勝利し重賞ウマ娘の仲間入りを果たしている。1勝クラスで停滞している私とは違い、彼女は順調に成長しているのだ。かつてのは同じクラスで競い合ったが、しかし・・・今では大きな差が開いている。

 

 「ごめん。私じゃライバルにはなれないよ・・・。」

 

 「!!・・・あなた・・・」

 

 そういって彼女の横を通り過ぎる。どう転んでも私が重賞を勝つなんて有り得ない。私と彼女ではそもそもの才能が違うのだ。たまたま同じクラスで走っていただけで・・・。今日の敗戦だってそもそも実力不足だったのだ。スローな展開での瞬発力では勝てないから仕掛けを早くして押し切る、その作戦は間違っていなかったはずだ。ただそれをしたところで勝つ実力がなかっただけなのだ。

 何も不思議ではない。何とか未勝利を脱出したけれど結局1勝クラスで勝てないまま引退するウマ娘なんてごまんといるのだ。

 

 控室に戻りシャワーを浴びる。ドンナさんの出走するローズステークスが終わったらウイニングライブが始まる。今日も今日とて慣れ親しんだ定位置だ。正直最近あまりダンスのレッスンは行っていなかったけれど不安はない。振り付け、歌詞は頭に入っている。

 

 

 ワアアアアアアアア

 

 

 歓声が聞こえる。次のレースが始まったのだろう。みんな勝利を目指して走っていることだろう・・・さっきまで私がそうだったように・・・。

 果たして私はこの先走って勝ち上がれるのだろうか。今日のように想定どおりレースが進んでも、また実力がないのを思い知らされるだけじゃないのか・・・?

 ・・・一応勝てなくてもレースに出走すれば奨励金がチームに入る。そうして沢山出走し続ければ勝てずとも一応チームに貢献はできる。だが、それでいいのか・・・。私は未だ目標らしい目標を見つけられていない。そんな状態で奨励金目当ての出走を繰り返して、ターフを去る際に満足したと私は言えるのだろうか。

 

 <残り200を切った!先頭は完全にジェンティルドンナ!ジェンティルドンナ先頭ゴールイン!!

 

 ワアアアアアアアアアア

 

 

 ライブ衣装に着替え終わり、ふと部屋に設置されたモニターを見るとちょうどドンナさんが先頭でゴール板を駆け抜けるところだった。またまた完勝だ。外からは今日一番の歓声が聞こえる。トリプルティアラも現実味を帯びて来た。

 ドンナさんは強い。世代の中心になる、その誓いの通りの結果を出している。同門のエースさんやアダムスピークさんが屈腱炎で離脱しても乱されず、自分の目標に向かって邁進している。私と違って・・・・。

 目標・・・また思考がループする。いずれ見つかるだろう・・・そう言われて来た。しかし、未だこれといって見つからない。それどころか一つの勝利が遠い。大きな目標、そんなのを掲げるのは勝利がずっと身近で、さらに先のことが見えるウマ娘にのみ許されたことだ。そんな風に思ってしまう。とは言え、目標もなく、勝てる見込みもないのにレースに出走し続けるのは・・・。もうそれならいっそのこと・・・

 

 コンコン

 

 「時間だ。準備はいいか?」

 

 私の思考はトレーナーさんに遮られた。もうすぐウイニングライブが始まる。返事をして立ち上がる。とりあえずライブはこなさなければ・・・また踊ろう。ライトの当たらないポジションで。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。