「ここ、いいかしら?」
「あっうん。どうぞ!」
昼休みの食堂、いつものようにベルちゃんと食事をしているとドンナさんが現れた。普段食堂で見かけることは少ないのだが・・・。
「・・・全く嫌になるわね。 食事の時にまで付きまとって・・・。」
「え?・・・ああ・・・。」
食堂は片面ガラス張りになっていて、 内外の様子が見えるようになっている。ドンナさんの視線の方を見ると記者らしき人がこちらにカメラを向けていた。
「確かにちょっとは遠慮してほしい人もいるけど、やっぱりそれだけドンナが注目されてるってことだよ。」
「なんてったってトリプルティアラだもんね・・・」
「・・・まあ、分かっていたことだから今更文句を言っても仕方ないわよね。」
ドンナさんに注目しているのは記者だけではない。後輩と思しきウマ娘たちが遠巻きにこちらを見ている。史上4人目のトリプルティアラ達成、すでに彼女は後輩からの憧れを受ける存在なのだ。
「ドンナさん次はやっぱりエリ女?」
「え?」
エリザベス女王杯。ティアラ路線を進んだウマ娘にのみ出走の許されたこの路線最高峰のレース。クラシック・シニア混合で行われ、勝った者には女王の称号が贈られる。国際競争にも指定されており、去年一昨年とイギリスから来たスノーフェアリーさんが連覇している。
トリプルティアラを達成した上でクラシック期にこのレースを制したウマ娘は未だいない。達成すれば前人未到のティアラ4冠となる。
「エリザベス女王杯はレベルの高いレースだけど、ドンナなら勝っちゃいそうだよね・・・!」
「スノーフェアリーさんは引退しちゃったし、またヴィルシーナさんとの対決になるのかな?」
「エリザベス女王杯ね・・・。確かにティアラ4冠達成できれば素晴らしいことだわ。でも、私はエリザベス女王杯には出走しないわよ。」
「え?!」
「私はティアラ路線の最強には興味ないから。」
「?」
「先生の門下生として最も相応しい称号は、路線最強じゃなくて現役最強よ。」
「えっドンナ、まさか・・・」
「私の目標は先生の教えを受けたウマ娘が一番強いって証明して見せること。この秋にはそれにふさわしいレースがあるでしょう?」
「もしかして・・・ジャパンカップ・・・?!」
「!!」
ジャパンカップ!・・・まじか。エリザベス女王杯と同じく国際競争に指定されているオークス、日本ダービーと同じ東京2400mで行われるレースだ。オークスと秋華賞の内容を見るに、ドンナさんにとってはエリザベス女王杯の行われる京都より東京のほうが適性はフィットしているように思うが・・・問題は対戦する相手だ。
今年のエリザベス女王杯もヴィルシーナさんなど重賞戦線を賑わせているウマ娘が多数出走してくるが、ジャパンカップのメンバーはそれ以上だ。現在分かっているだけでも先日の天皇賞を制したエイシンフラッシュさんやルーラーシップさん、トーセンジョーダンさんなど多数のG1ウマ娘が出走してくる。そして去年の3冠ウマ娘で、すでにG1を5勝しているオルフェーブルさんもいるのだ。相当ハイレベルなレースになる。
そもそもクラシック級でジャパンカップを制したのは史上3人しかいない。その中にティアラ路線のウマ娘はおらず、シニア級含めてもティアラ路線を進んでジャパンカップを勝利したのはウオッカさんとブエナビスタさんの2人しかいない。あのエアグルーヴさんでもこのレースを勝つことはできなかったのだ・・・。
「厳しい戦いになるのは分かってる。でも、今門下生で現役最強の称号に挑むチャンスがあるのは私だけ・・・。相手が去年の3冠ウマ娘だろうとやってやるわ・・・!」
「・・・!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・ドンナはやっぱり凄いや。 トリプルティアラ達成してもまだ上を見てる・・・。」
ドンナさんと別れ、ベルちゃんと次の授業の教室へ移動する。
「強いよ・・・ほんとに・・・」
確かに彼女は強い。レースでの実力もそうだが、あの意志の強さにも感服させられる。色々と背負っているだろうに、それでも前に進める強さがある。
「・・・ベルちゃん!今日の放課後また自主トレしない?」
「私、最近先行するようになって手応え掴んできたからもっとこの作戦磨いていきたいんだ〜。」
「私はいいけど・・・休養中じゃないの?」
「いいのいいの!どうせまたすぐトレーニング始めるんだし、ちょっとくらい前倒ししても問題ないって!それに、絶対無理はしないからさ!」
「うーん、分かった・・・!付き合うよ!」
「やった!よろしくね!よーし、次のレースもばっちり先行決めるぞー!」
「・・・ふふ。」
少し大げさに気合を入れてみるが、やっとベルちゃんの笑顔が見れてほっとする。ブリランテさんに引退が決まった後から少し元気がない。エースさん、ブリランテさんといった仲間が怪我で離脱し、さらに続々と同じ路線を戦ってきた門下生も居なくなった。それに伴い責任感やプレッシャーは大きくなっているはずだ。もともとベルちゃんは自分が自分がと前に出るタイプでないだけに色々と感じるところがあるのだろう。
元気づけてあげたいが、私にできることはあまりない。 せめて一緒に行う自主トレが気分転換になってくれるといいのだが・・・。
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一先頭はキタサンシンガー、ゴールイン!
「はっ、はっ・・・。」
ま、また負けた・・・!またしても全然届かなかった・・・!
「くぅ〜〜!!」
「お疲れ様。」
「トレーナーさん・・・。すみません、またスタートで後手を・・・」
先行策に磨きをかけ臨んだ一戦、見事にスタートで出負けして後方からのレースになってしまった。最後なんとか2着まで追い込んだが 1着から4バ身離された。 ベルちゃんに協力してもらった成果を全く出せない内容になってしまった。
「まあ、そんなに気にするな。俺は今日のレースもよかったと思うぞ。」
「えぇ・・・?」
「確かに先行してポジションを確保することは出来なかった。しかし、そこで慌てずにチャンスを待って2着に追い込んだ。もともと後方からレースしていた経験があるとはいえ、この立ち回りは立派だぞ。」
「ま、まあ確かにそれはそうかも・・・。」
「道中いかに落ち着いてレース出来るかも大事なことだ。それに、最後も直線入り口で前塞がれてたろ?」
「・・・確かにちょっと苦しかったです。」
「逃げ有利な福島のダートで後方からバ群を割ってきたんだ。しっかり脚を溜めていはいえ、以前のお前なら2着まで来るのは無理だったはずだ。負けはしたがメンタル・フィジカル両面で成長が感じられるレースだったぞ!」
「・・・!」
そ、そうなのかな・・・?正直レース中は必死で、ゴールしても負けた悔しさと作戦通りできなかったふがいない気持ちしかなかったが・・・。トレーナーさんが言うならそうなのかも。
「よし、じゃあライブまで休め。」
「はい!ありがとうございます。」
地下道を通り控室へ向かう。成長できているぞ、か・・・。自分では大きな実感はないが、トレーナーさんがそう感じているのはうれしい。 だが、まだまだ満足することは出来ない。まだ勝てていないのだから・・・