「ま、負けた・・・!」
3月中旬も過ぎた頃、私は阪神ダート2勝クラスに出走していた。あれからトレーニングをこなし、レース走ってみての様子を見ようということになった。今日はちょうど阪神大賞典が行われる日であり、怪我で療養していたチームの先輩ラトルスネークさんの復帰戦の行われた日でもある。3人まとめて同じ日にレースだと忙しくはあるが、色々と都合は良いのでこの日程になった。
「今日は行き脚がついてなかったな。包まれてしまったとはいえ勝負どころの反応もいまいちだったし、まだしばらく調整が必要だな。」
「うぅ・・・はい。」
結果は9着。悔しい、 もっとやれるはず、 はやく次のレースを・・・なんて気持ちが沸き上がってくる。しかし、トレーナーさんの言っていることは正しい。今日はバ群に包まれてしまって抜け出すことができなかったのが敗因だが、去年の調子が良かったころなら抜け出す脚が使えたはずだ。スタートダッシュやここぞのスパートで加速がつかない。調子が悪いことははっきりと実感している。
「まあ仕方ない。去年あれだけ追い込んで仕上げたんだ。どうしても反動はある。それを確認できただけでもよしとしよう。これからゆっくり状態を戻せばいいさ。」
「・・・分かりました。」
一走に賭け限界まで追い込んだあまり大きな反動に襲われ、しばらく思うように走れなくなる例は多々ある。今回、私もそうなったのだ。ウマ娘の脚は消耗品というタキオンさんの言葉を思い出す。悔しいが、ここで無理をしては本当に終わってしまう可能性がある。ゆっくり調整・・・夏までには戻せるだろうか。いや戻すんだ。チームの先輩ラトルスネークさんも1年近くの休養から戻ってきて今日3着に入るほど状態を戻してきた。もともとオープンまで上がっていたウマ娘なので素質は確かなのだが、引退してもおかしくない怪我である繋靭帯炎からの復帰。それと比べれば私の調整なんて楽なはずだ。
「じゃあライブもしっかりな。」
そういってトレーナーさんは控室から出ていく。とりあえずシャワーを浴びなければ。今日はいつもより忙しい、急いで用意しシャワールームへ向かう。メインレースの阪神大賞典まであまり時間がない。はやく済ませて応援に向かわなければ。応援・・・でも、ゴルシちゃんとベルちゃん、 どっちを・・・?
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阪神レース場は天候にも恵まれ、芝・ダートともに良バ場の発表だ。しかし阪神大賞典は内回り3000mのレース、良バ場といってもかなりタフなレースになることは間違いない。
「おっしぇーーい!行ってくるぜ!!」
返しウマへ向かうゴルシちゃんを見送る。相変わらず元気一杯で調子は良さそうだ。今年の初戦となるレースだが、各メディアともにゴルシちゃんが勝つだろうとの予想で、オッズは1.1倍と圧倒的支持を集めている。阪神大賞典といえば春の王道路線定番の伝統あるレースだが今年は回避するウマ娘が多く 9人立ての開催となった。長距離レースを専門とし他にレースの選択肢のないベテランウマ娘が多く、今年からシニア級に上がった私達世代も多くが回避して同期で出走しているのはベルちゃんのみだ。それだけあの有馬記念の強さが衝撃的だったのだろう。みんなもはや1着ではなく2着 3着を狙おうという雰囲気さえ出ている。
<いやーこれは流石にゴールドシップで決まりだろー。
<相手を探すレースだな。でもトウカイトリックは久しぶりにチャンスあるかもな。
<俺はデスペラードを推したいね!ゴールドシップには勝てんだろうが 2・3着は固いだろ!
スタンドではそんな声が聞こえてくる中、 ターフでは既にゲート入りが進んでいた。少人数ということもあってスムーズに進んでいき、あっという間に態勢が整った。ゴルシちゃんは7番ベルちゃんは8番・・・外枠だがこの人数では大きな不利にはならないだろう。あとはこのタフなコースをどう走るかだ。
ガシャン!!
ースタートしました!ゴールドシップ、下がっていきます。スタートを決めましたが下がっていきます。スタート決めても進んでいかない、これはいつものゴールドシップです・・・!
酷い言われようだが実際その通りである。 ずるずると後退し、最後方へ。見ているファンも慣れてきたのか、以前のようにどよめきはあがらない。まあ、距離も長いし外枠から無理にポジション獲りに行く必要はないだろう。
一先頭はマカリニビスティーが行きます。 2番手フォゲッタブル、3番手にモンテクリスエスが追走。この3人が先行集団後続を1バ身から2バ身離して進んでいきます。
すぐにポジションが固まり、バ群は縦長の隊列となって進んでいく。ベルちゃんはちょうど中団のあたりに位置取り、その更に4バ身ほど後ろにデスペラードさんら後方集団。 ゴルシちゃんはその殿で最初の4コーナーを通過し、やがてスタンド前へやってくる。
ーマカリニビスティーが先頭のまま正面スタンド前にやってきてまもなく最初の1000mを通過します・・・1000m通過1分1秒2!!去年よりだいぶ速いペースになっています!
なるほど阪神 3000mという条件を考えると確かに速いペースだ。ここに集まったのはみんなキレ味よりは持久力が売りのウマ娘たち。 先行集団はリードを保って粘りこみたいといったところだろう。
ワアアアアアアアアアアアアア!!
目の前を駆け抜けていくウマ娘たちにスタンドから歓声が上がる。ここからレースは中盤へ向かっていく。たいていの長距離レースのように先頭が徐々にペースを落としていく。みんな終盤に備えて息を入れたいのだ、全体的に緩い流れになっていく。ゴルシちゃんは一人ペースを維持して前にとりついていき、後方待機で脚を溜めているデスペラードさんを交わして行っている。
―さあこれから各ウマ娘2コーナーから向こう流しに入っていきます。先頭は変わらずマカリニビスティー、リードを1バ身半つけています。いったん息をいれたマカリニビスティーさんが小回りのコーナーを利用してリードを広げにかかる。 3、4番手のウマ娘は無理して追いかけずに追走、中団以降のウマ娘たちもここはゆったりと脚を溜めている。 したがってバ群は前3人が離れて縦長、その他のウマ娘たちは後方に固まるという隊列になった。ベルちゃんはその集団先頭で前から5番手の位置。ゴルシちゃんは徐々にポジションを上げその2バ身ほど後ろにまで迫っている。
―さあゴールドシップ徐々にポジションを上げて第3コーナー・・・さあ行った!ゴールドシップここで行った!!
第3コーナー手前、残りあと800mくらいはあるところでゴルシちゃんがスパート。菊花賞、有馬記念の時のように大きく捲りに行った。
「!!」
ーおっ!ベールドインパクトも行っているぞ!!ゴールドシップに並ぶようにして・・・!
ベルちゃん・・・!ゴルシちゃんのまくりに併せて上がっていく。真っ向勝負を仕掛ける気だ・・・!
一同期の二人!同期の二人が行っているぞ!!
1番人気と2番人気の二人が大きな動きを見せ、場内は歓声が上がる。しかし、他のウマ娘たちははまだ動かない。二人のマッチレースの様相でレースは終盤へ向かっていく。
一先頭はマカリニビスティーですがゴールドシップかベールドインパクトか!?もう先頭に並びかけています!
先頭で飛ばしていたマカリニビスティーさんはもう伸びる脚は残っていない。それを見て4コーナーで2番手に控えていたフォゲッタブルさんが抜け出しを図り、その外からゴルシちゃんとベルちゃんが並んで来ようとする。
ー一番外ゴールドシップ、芦毛の白いウマ娘!その内にベールドインパクト・・・!
がんばれ、がんばれ・・・!
―さあ早くもゴールドシップ、一番外から先頭に躍り出る・・・!直線を向く!スパートを掛ける!
がんばれ!あと350m・・・!がんばれ、がんばれ・・・!!
ーゴールドシップ先頭!フォゲッタブルが粘っている!ベールドインパクトを置き去りにする!!
ああ・・・!!
一外からデスペラードが追い込んでくるが突き放す!!先頭は、先頭は完全にゴールドシップだ!!ゴールドシップ盤石――――!!!
ワアアアアアアアアアアアアアア!!
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レースの世界は残酷だ。・・・ そんなこともう十分に分かっているつもりだった。トレセン学園に入学して以降、模擬レースでけちょんけちょんにされたり、成長したと思っても上のクラスで思い知らされたり・・・。努力だけでは決して覆せない壁・・・。私のような才能に恵まれていないウマ娘は人一倍それを身に染みて実感してきているのだ。
しかし・・・しかし、ベルちゃんはそんな私とは違うのだ。違うはずだ。確かに彼女とは同室でクラスも一緒でずっと一緒に勉強してきたし、チームは違えど自主トレをずっと一緒に行ってきた。デビュー戦ではお互い負けてしまって泣いたし、二人で励まし合って進んできた。だけど、私とは全然違ったレベルのウマ娘だ。同じ目線に立ってくれても、身を置くフィールドは全然異なる。彼女は間違いなく才能に恵まれた部類のウマ娘だ。比較的遅咲きのタイプでクラシックで本格化とはいかなかったが、その素質の高さは近いものなら誰もが感じているところで、私にとっては最も近い憧れだった。
もちろんゴルシちゃんが強いことは分かっていた。今日のレースは十中八九ゴルシちゃんが勝つだろうと思われてたし、私もそれを否定することはできなかった。しかし、ベルちゃんも去年の秋以降ついに本格化し重賞に手が届く存在になってきていたし、その上最近は少し怖くなるほど集中して追い込んだトレーニングをしていた。本格化前の体への負担を考慮して菊花賞以降長い距離は使わず実績を積んでいたが本来長い距離の方が合っているタイプで、今回は満を持してのレースだった。仕上がりも間違いなく良かった。それがこんなにも・・・こんなにも差があるのか・・・。そう思わされてしまった。
直線まではゴルシちゃんと競り合いながら先頭にならんでいた。しかし、直線では余裕の表情でぐんぐん伸びるゴルシちゃんに置き去りにされ 4 着に沈んでいった。
厳しい流れの中の真っ向勝負、地力の差を実感せざるを得なかった。レース後、いつものテンションでスタンドにアピールするゴルシちゃんの後ろでターフに倒れこむベルちゃんの姿を見て胸が苦しくなった。
昨年クラシック2冠とグランプリ制覇を成し遂げた期待のウマ娘の快勝にスタンドは沸き立った。チームメイトもみんな喜んでいたが私はその輪に入る気になれなかった。もちろんゴルシちゃんが勝ったのはうれしいが、 気持ちの切り替えがうまくできず盛り上がったはずのウイニングライブもどこか上の空でいまいち覚えていない。お客さんに感謝を伝えるライブなのに集中していないのは恥ずべきことだ。反省しないといけない。それに、しっかりしていれば気が付いていたはずだ。あの時のステージにベルちゃんの姿がなかったことに。