その1『隔離』
「狩人さん、ドンドルマは初めてですか?」
ポポに跨がる中年男性が、少し黄ばんだ歯を見せつけて、少し可愛いとすら思える笑顔で語りかけてくる。
ロネリーは、静かに小さく、横へ首を振った。
「そりゃあそりゃあ。初めての人なら、少しくらい案内してやろうと思いましたが、大丈夫ですね。
そうですよねぇ、あなたくらいの狩人ともあれば、ドンドルマくらい行かれますよねぇ」
よく口の回る男だった。人と話すのが大好きで、自然と身に着けた技術なのだろう。ポポに跨って前を見るだけの仕事など、気が狂いそうになるから、何か他の事をしたくなる気持ちは分からなくもない。
ロネリーは、未だに人と話すのが苦手だ。二十五年間生きてきたが、どうしてか、人と会話しても一向に盛り上がらない。向こうがそうしてくれたとしても、無理矢理盛り上がるのも難しいため結局同じ結末を辿る。
だいたい、こういうのは生まれ持っての才能だと思っている。人と話す才能、勉学ができる才能、狩りが上手い才能。
自分にはたまたまそれがなく、たまたま狩りが上手い才能があるだけ。
そう――ただそれだけ。
「狩人さんは、もう何年狩りをやられているのです?」
「……十六の頃から、ずっと」
「ほう、それまたどうして?」
「……家計が、大変でして。両親を助けたいと……思って」
男はしばらく満面の笑みで頷き続け、深く息を吸って
「うん、うん。立派な人だ。こんな人だからこそ、ここまで強くなれたんだなぁ」
としみじみとした様子で言った。
家計が大変だったというのは本当だが、両親を助けたいと思ったのは真っ赤な嘘だ。
貧乏なのに、子沢山で、自分は長女だからか何かと我慢をさせられた。
それが嫌で、死にものぐるいでハンターを目指した。
胸を張ってこれが言えないのは、“恥”があるからだろうか。
◇
ドンドルマ。そこは、狩人の街。
モンスターの襲撃にいち早く対応できるよう、街の周りは目まぐるしい防衛線が張られており、石造りの砦の上にバリスタや大砲、撃龍槍や巨龍砲までも整備されている。
そんな街だからか、都市部はそこらの街とは比べ物にならない程栄えており、静寂とは程遠い空間に仕上がっている。
酒場は狩りに飢える狩人たちで溢れ、道には沢山の小店が出され、一攫千金を狙う商人たちが必死に客引きをし、熱気溢れる加工場では鍛冶屋たちが汗水垂らして真っ赤に煮え滾る金属を叩いている。
まず街に着いたならば、やるべき事は寝床の確保だ。
この大量にある狩りの為の道具を、何とかして置いておかねばならないからだ。
酒場に行けば、だいたい解決する。
「……すいません」
「はい! ハンター様、何なりとお申し付けを!」
甲高い、あまりに活気に満ち溢れた声に、ロネリーは硬直した。
ドンドルマの受付嬢は、可愛らしい笑顔でこちらを見据え、つぶらな瞳に根暗な表情を映し出してくる。
「あ……あの。寝泊まりできる場所を探しているのですが」
「あぁ、宿でございますね。でしたら、この地図の――」
「あ……ありがとう……ございます」
「お役に立てて何よりです!」
活気のある声に見送られ、ロネリーは紹介された宿の元へと向かうのだった。
歩いている間も、周りは五月蠅く、その声が頭にガンガンと響いた。
自然と速歩きになり、宿へはあっという間に到着した。
木造のその建物に入ると、一気に静まり返り、甘い落ち着く香りが鼻いっぱいに広がった。
受付へと歩き、宿主の老婆と向かい合う。
「えっと……あの。一晩。泊めてもらえませんか」
「勿論ですとも。一晩でしたなら、十ゼニーになります」
言われた金額を老婆の掌に差し出し、荷物を抱えて部屋へと向かった。
その途中
「綺麗なお方ですねぇ」
と言われ、頭を下げるしかできなかったのが、どうも心残りだった。
部屋は広くも狭くもない、丁度いい部屋。窓から差し込む夕日が、中々に絶景であった。
外から僅かに聞こえる、街のざわめき。
閉ざされた、一人だけの空間。思わず、安堵のため息が出てしまう。
炎妃龍の防具、エンブレス一式を脱いで、綺麗に置いておく。
胸と股を隠しただけの、インナー姿となってベッドに倒れ込むロネリー。引き締まった腰に、そこそこ豊満な胸。そして白い肌に重なる金色の髪の毛。
男が見れば、興奮待ったなしのあまりに無防備な姿で、ロネリーは静かに眠りにつくのだった。
◇
翌朝。
酒場のクエストカウンターへ足を運んだ。
早朝だからか、人は少なく、酔い潰れがいびきをかいている程度の酒場は、彼女にとっては丁度いい空間だった。
クエストボードには、様々な依頼が貼られてある。
誰かが出した依頼が、ハンターを統べるハンターズギルドを通して確認され、承認されて、対象のモンスターに見合った報酬金と契約金を付けて、ここに貼り出される。
十数年狩りをしていれば、クエストに行く事は、もはや趣味のように感じてきた。
報酬金も加味するが、やはり重視するのはやりごたえ。ひかし極力怪我はしたくないので、ほどほどに。
『ダイミョウザザミの狩猟』報酬金は大したことないが、依頼内容が『サザミソを食べまくりたい』という少しクスッとしてしまいそうな内容で興味を惹かれるがスルー。
『ババコンガの狩猟』報酬金は大したことないし、何より桃毛獣は余程の事がない限り戦いたくない相手なのでスルーする。
『ディアブロス亜種二頭の狩猟』報酬金は目が止まるくらいの金額だったが、ただえさえ強い黒角竜を二頭も続けて狩猟するなど、面倒な事はしたくないのでまたもやスルー。
ぱっ、と目が留まったのは、『リオレイア亜種の捕獲』だった。
報酬金もまちまちで、相手も上等。何より興味を惹かれたのは、その依頼文だ。
依頼主は、笑顔な男性。
『桜火竜を知っていますか? 彼女はとても美しいです。見た目も然ることながら、その生態も。
是非、捕獲してきて欲しいのです』
リオレイア亜種は、原種の緑色とは対照的に、鮮やかな桃色の甲殻で包まれた雌火竜の亜種個体である。
見た目が美しいと思うのは、言うまでもないが、生態が美しいとは。
長年、ハンターをやっておきながら、モンスターの生態をまだ完全に理解しきっていないために、まったくピンとこなかった。
何が美しいのだろう。
まるで人間のような行動を取るのか、それともまるで舞い散る桜のような華麗なる行動を取るのか。
考えても、全然しっくりこない。
「……これにしよう」
ぽつりと、静かに呟いて、クエストボードに貼られてあったそれを手に取る。
ひらひらと、扇子のようにして扇ぎながら受付嬢にそれを手渡す。
「何名で出発なさいますか?」
「…………一人………で」
見てわかってほしい。
「あの……すいません。こんな事言うの、おかしいって思われるかもしれませんけど」
受付嬢が突然、腰をくねくねさせながら、上目遣いでそう言ってくる。どことなく、頬も紅潮しているように見える。
「狩人さん……凄くお綺麗ですね。その、惚れ惚れしてしまいます」
まるで恋する女学生かのように、頬に手を当て、恥ずかしげに目を瞑りながら言い放った。言ってやった、という感じの表情だった。
「……ぇと……あの」
なんと返せば良いか、本当に分からない。詰まる言葉もなく、単純に言葉がないのだ。
「……手を、見せてくれませんか」
「へ? 手、ですか?」
受付嬢は不思議に思いながらも、こちらに手を差し伸べてくる。
それを自分の掌に乗せる。彼女の脈が、ドキドキと異常なまでに速いのが分かった。
白く、華奢な手を撫でて、息を漏らした。
「綺麗な手ですね。私も……惚れ惚れ……しました」
赤かった受付嬢の頬は、瞬く間に青ざめて、腕をすぐに引っ込めた。
何か悪かったかと、疑問に思いながらも、ロネリーはクエストを受注し、狩り場である森丘を目指すのだった。