ロネリーは一人で狩りがしたい   作:聖成 家康

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その2『桜舞う丘』

 

 ポポに荷台を引かれること、数十時間。

 

 ようやく辿り着いた此度の狩り場――その名も森丘。

 生い茂る木々が立ち並ぶ森と、小高い岩山が連なる丘。だから森丘。単純な命名だ。名付け親は、眠たかったのだろうか。

 

 キャンプは、ドーム状の岩に囲まれているひっそりとした土地に建てられている。少し整備不足感が否めないテントに、ホコリ被った納品ボックスにピカピカの支給品ボックス。煤が大量に残っている焚き火。

 よくあるキャンプの風景が、そこには広がっていた。

 

「気をつけてニャ」

 

 運転手のアイルーが、ぴしっとした姿勢で深々と一礼し見送ってくれた。

 こちらもぺこりと返すと、アイルーはポポに跨りゆっくりと去っていった。完全に見えなくなるまで、数分掛かったが、その間彼女はじっとアイルーの背中を見つめていた。

 

 

 もう時期、月が顔を出す頃だ。

 狩り場に行くまで、かなりの時間が掛かる。朝になったら出発しようと思い、ロネリーは焚き火の前に腰を下ろした。

 

 

 いちいち木を擦り付けて火を起こすのは面倒なため、予め用意しておいた火炎袋。空気に触れただけで発火してしまうため、特殊な真空容器に入れたそれをそーっと取り出し、同時に薪を近づける。

 

 空気に触れた瞬間、火炎袋から炎が爆ぜて、薪を焼き尽くす勢いで燃え上がる。

 ロネリーは思わず頭と火炎袋を引っ込めたが、これが最も楽な火の起こし方だ。常人は真似しないほうが身のためであるが。

 

 めらめらと燃える焚き火。火の粉が飛び散り、ぱちぃと弾けても、火耐性高めな防具に身を包んだロネリーはちっとも怖くない。

 

 思いついたように生肉を取り出し、肉焼きセットの一部を取り付けて、焚き火に突っ込む。

 ぐるぐると、炎の上で回し、じっくり焼いていく。

 

「たっ、たた、たったた、たったた、たた――――」

 

 笑いたくなるくらいに、ひょうきんなリズムを口ずさみ、肉を内部まで焼き尽くしてゆく。こうする事で、焼き終えるタイミングが分かる。この歌を始めに考えた者は、きっと世界で一番ひょうきんなハンターに違いない。

 

 肉汁が滲み出てきて、香ばしい匂いが漂う。じゅー、と音を立てて、黄金色になった肉の表面は煮え滾っていた。

 

「上手に焼けました」

 

 肉を炎から取り出し、自然とそう呟いた。

 

 食欲を唆る匂いを醸し出す、黄金色のこんがり肉。唾液が滲み出てきて、思わず表面にかぶりついた。

 中身は程よく焼けており、肉汁と噛みごたえのある肉が混ざり合い、いかにも“肉”と表現したくなる味だ。

 これを、誰にも催促されることなく、じっくりと楽しむ事ができるから、一人での狩りはやめられない。

 

 

 

 

 

 

 夜が明けた。

 ポーチに薬などを詰め込み、もはや持ち慣れてしまったエルトライトソードを背負う。ずっしりと重たく、背中にある複数の磁石で支えられているのが不思議なくらいである。

 

「おっと……忘れてた」

 

 頭に違和感があることに気づき、懐から取り出した髪飾りを頭に付けた。

 その髪飾りは一輪の黄色い花を模した物。本物かのように美しく、狩りに持ってゆくには勿体ない代物だった。

 

 

 地図を見て、獲物が潜んでいるであろうだいたいの位置を推測する。

 リオレイアやリオレウスは、森丘で最も高い場所エリア五を巣とする事が多く、そこを中心に活動している。

 獲物を狩ったり、縄張りのパトロールを行う際には巣から大幅に離れていることがあるが、だいたいはエリア五の隣辺りに屯している事が殆どだ。

 

 リオレイア亜種と手を合わせるのは、何気に数年ぶりくらいだ。近々、亜種モンスターの依頼がどこへ行っても見当たらない物だから、中々狩る機会が無かった。

 

 桜火竜 リオレイア亜種。桜色の甲殻に覆われた、大型の飛竜にして、雌火竜リオレイアの亜種だ。

 突然変異などではなく、ただ単に長く生きて死線を超えてきたリオレイアがそうなるのだという。

 

 その姿はあまりに美しく、危険を顧みずに巣へ忍び込み、リオレイア亜種の姿を一目見たいと思う大馬鹿者も何人かいたらしい。

 

 

 少し酸っぱい強走薬グレートを飲み干し、全力疾走でエリア五まで駆け抜ける。

 

 途中に、ランポスやブナハブラなどもいたが、あまりの速さに襲おうとはしなかった。彼女ほどのハンターともなれば、小型モンスターなど恐れることはないのである。

 

 

 少し細長い、様々なエリアへ通じているエリア三。草食竜のアプトノスが、のっそりと歩き、地面に生えている草を貪っていた。

 

 昨日晩食べた生肉は、アプトノスの物だったか――いや、ポポ――ズワロポスの物かもしれない。

 

 ロネリーは金色の髪を荒れ狂わせ、頭に浮かんだ邪念を払う。

 

(余計なことはいい)

 

 一人で狩ることの唯一の難点といえば、これか。邪念が邪魔をして、集中が途絶えてしまうこと。だが、これっぽっちのデメリットでは、一人狩りはやめれない。

 

 

 

 

 

 エリア五に隣接する、エリア四までやってきた。

 

 小型モンスターの姿は見えず、異様な空気だ。予想通り、奴は巣に潜んでいると考えて良い。

 

 ポーチから紅い種と紅い瓶を取り出す。

 

 手始めに取り出した種、怪力の種を口に放り込んで粉々にし、それを流し込むように瓶に入った鬼人薬を飲み干す。

 どちらも、筋力を増幅させる不思議なアイテムだ。これを飲めば、モンスターの肉を斬り裂くことなど、まるで豆腐でも切るかのように容易となる。

 

 蔦を登り、異様な空気が溢れ出てくる巣穴へと、足を踏み入れた。

 

 

 真っ赤な岩石に覆い尽くされた空洞。骨や腐肉などが転がり、遥か高くの天井に空いた穴から入り込んでくる太陽の光が、煌々と薄暗い地面を照らしていた。

 

 陽の光も届かぬ、藁が並べられた地面に――奴は立っていた。

 

 暗闇でも鮮やかに光り輝いて見える、桜色の光の甲殻。

 背中や翼から生える毛並みは艷やかで、こちらへ向けてくる尻尾からは悍ましく鋭い毒針が生えていた。

 そして、大きな翼を広げたその姿は、まるで女神のようだった。

 

 

 桜火竜――リオレイア亜種。此度の狩猟対象が、ようやく目の前に現れたのだ。

 

 華やかな衣装を纏った乙女のような雰囲気から一変し、凶暴な一面を剥き出しにしてけたたましい咆哮を響かせる。

 

 高級な耳栓をしていても、まだまだ耳に響く。咆哮を防ぐための物のため、すかさず耳から引っこ抜き、背中のエルトライトソードを構えた。

 誰でも手に入る安価な鉱石を用いて造られた大剣。しかし、極めに極めれば、どんな武器であろうと必ず強力な武器となる。

 

 リオレイア亜種の口から放たれる、灼熱の球体。業火を纏いながら、一直線に彼女へと飛んできた。

 剣を垂直に構え、刃でそれを受け流し、凄まじい速度で駆け出す。

 

 そして、奴の頭部に近づいて、一撃。

 

 弾け飛ぶ桜と鮮血。

 

 大剣は、どんな獲物であろうと隙を見い出し、強烈な一撃を確実に叩き込んでいく武器。初心者にも扱いやすいが、実際にはかなりの熟度が試される。

 

 桜火竜の口端から焔が溢れ、煮え滾る牙を剥き出しにして噛みついてくる。

 しかし、それは宙を焼き切っただけで、ロネリーの姿は無い。

 

 彼女は既に背後へと回り、肩に柄を乗せ、鋼鉄の刃を振り下ろす寸前であった。

 

 刃に渾身の力を乗せた斬撃――溜め斬りを放つ。

 白い脚部を斬り裂き、亀裂のように入った傷口から血が溢れ出る。

 

 尻尾を狙ったつもりだったが、外した。

 

 静かに舌打ちをし、一度武器を納めて距離を取る。

 

 桜火竜は息を荒げて、血が流れる傷口の痛みに悶え苦しんでいた。

 だが、モンスターはあんな傷、すぐに塞がる。こうやって動きが鈍くなるのもほんの一瞬で、またすぐに凶暴性を取り戻す。

 

 頭部に入れてやった傷が塞がり、リオレイア亜種が後ろへ二、三歩ほど後退する。

 ぶん、と尻尾を後ろに振り払ったかと思えば、すぐに突進する体勢を取る。

 

 

 ――サマーソルトの合図だ。

 

 

 身の危険を感じ、武器から手を離し、リオレイア亜種に向かってゆく。

 

 

 リオレイア亜種は、突進し、すかさず飛び上がり、毒針付きの尻尾で空気を切り裂き、重力に逆らうように上昇した。

 

 凄まじい衝撃が伝わるそこへ身を投じる。

 身体を捻らせ、迫りくる毒針が我が身を貫く寸前で回避し、桜火竜の猛攻をくぐり抜けた。

 

 地面が抉られ、散乱していた骨が生き返ったかの如く宙を舞い、針から滲み出た毒液が飛沫を上げて飛び散る。あんな物を喰らったら、ひとたまりもないだろう。

 

 安堵する間はいらない。エルトライトソードに手を掛け、奴との距離を一気に詰める。

 着地の反動ですぐに振り返れない、奴の尻尾目掛けて、渾身の一撃を放つ。

 

 銀の刃が、桜の甲殻を穿ち、肉を斬り、骨を断った。

 リオレイア亜種の丸みを帯びた尻尾の先端は、空中でくるくると回転し、切断面から滝のように流血しながら、地面へぽとりと落ちる。

 

 流石の飛竜であれど、尻尾を切られては激痛が走るのか、顎を地面にぶつけ、弱々しい呻き声を漏らす。尻尾を切られる痛みというのは、人間には理解でき得ない感覚。想像することすら乏しい。

 

 

 こちらをゆっくりと振り返り、苦悶の顔を浮かばせる桜火竜。

 口から大量の焔を溢れさせ、荒れ狂う怒りに身を任せて突進してくる。

 

 ぶん、と大剣を前方に振るう。

 

 矛先はリオレイア亜種の両目に埋め込まれた眼球を斬った。

 視界が奪われ、パニックになったのか突如立ち止まる。

 

 その行動が仇となり、がら空きとなった頭部へ、溜め斬りが叩き込まれる。

 

 ――鮮血に塗れた刃が、半月を描くように振り翳された。

 

 真っ赤な軌道さえ見える、力強く、華麗な斬撃、大剣使いの奥義“真・溜め斬り”を繰り出した。

 

 

 それを喰らった桜火竜の頭部は、甲殻はバキバキに砕け、傷が脳まで及んだ。

 致命傷を負ったリオレイア亜種は、脳をやられた影響か覚束ない足取りで明後日の方向へ歩いていき、岩壁に額をぶつけた。

 

 

 大地が揺るいでも、白銀の大剣を構えしハンターは、怯むことなく、矛先を獲物の元へと向けた。

 

 

 目の傷が再生し、視力が戻ったリオレイア亜種は翼を大きく広げ、最後の力を振り絞り、何かを守るように立ち尽くしていた。

 

(……?)

 

 不穏に思ったロネリーは、その足元に目をやった。

 するとそこにいたのは、小さな飛竜たちだった。まだ柔らかそうな鱗を身に着け、飛べもしないくせに小さな翼を羽ばたかせ、母親の大事にざわめいていた。

 

 

「……」

 

 

 依頼文にあったあの文脈を、ふと思い出した。

 

 火竜族は、飛竜の中でも、子育てをする事が明言されているモンスター。(つがい)と協力し、自らが作り出した新しい命を、未来永劫まで紡いでいかんとばかりに、必死に育んでいるのだ。

 

 

 ポーチから携帯式の罠を取り出し、地面に置くと、瞬時に起動した。

 ネットが張り巡らされ、地中に無数の杭が突き刺さって空洞を作り出す。

 

 

 リオレイア亜種には、己の脳がぐちゃぐちゃになろうと、この子供達を守り、新しい命を紡いでいかなければならない使命があった。

 

 傷だらけの桜姫は、牙に焔を纏わせ、残る力で捨て身の突進を仕掛けた。

 

 

 ネットに鉤爪が引っかかり、罠が作動。

 穴に落ちたリオレイア亜種は、首を、身体を、翼を拗らせ、何とか脱出しようと藻掻くも、血が吹きでるばかりで抜け出せなかった。

 

 桜火竜の鼻腔へと入り込んでいく、紅い球体が弾けて散布した、ピンクの気体。

 徐々に彼女の意識を奪い、リオレイア亜種の身体はやがてピクリとも動かなくなった。

 

 捕獲用麻酔玉は、弱らせないと効力を発揮しない。こうやって眠ったという事は、相当瀕死の状態であったということ。

 無事、捕獲が成功した。あとはギルドに任せて、帰還するのみである。

 

 

 静かになってようやく気づく、小さな飛竜たちの鳴き声。

 それは、動かなくなった母親を心配するかのように、甲高く、必死な鳴き声であった。

 

 

 捕獲したモンスターの使い道は、依頼主に依存する。

 今回の依頼主の場合は、きっと、再び野に返すだろう。文脈を見れば、すぐに分かる。

 

 

 桜火竜は、孤独では無い。番となる火竜が、必ずいる。孤独なように見えて、実は違う。孤独ではないから、行動が凛としていて、そう見えるだけだ。

 

 

 黄色い花の髪飾りに付着した、ドス黒い血液をハンカチで拭き取り、彼女はその場所を後にした。

 

 

 子供たちは、依然として鳴き続けていた。

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