ありふえた正義の鉄槌   作:悪役令嬢

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蛇足編①それでも世間は終わっている

僕たちは被害者だ

 

我賀真理の言葉は、クラスメイトたちにとって、『希望の光』であり『抗えぬ誘惑』だった。

 

全ては天之河光輝が悪い

 

その言葉は『天使の囁き』だった。

 

僕たちは悪くない

 

全てを許す慈母のように我賀真理は微笑んだ。

 

さぁ、天之河光輝(全ての元凶)に罰を与えよう

 

 

月の光で照らされた彼の姿はとても神秘的だった。

 

口元が高く高く、耳に届くほどに裂けて釣り上がっていたことに誰も気付くことはなかった。

 


 

「フフフェイク勇者をwouwou!殺して俺がリアルのブレイバぁぁぁだぁああああああああぁ!」

 

一人の青年が、包丁を片手に天之河光輝に向かって走った。目は血走り、口からは泡と涎を撒き散らし、明らかに正常ではなかった。おそらく薬物中毒などで思考がおかしくなっているのだろう。

もはや支離滅裂な言葉を発しながら、青年は天之河光輝に走っていく。

一方で相対する光輝は立ったままだ。光のない両眼で、青年を見つめていた。

 

 

これは今から数十分前から始まる。

 

 

「この腐った世界を俺がァえてやるぅぅうぅうぅうぅ!!」

 

突然包丁を持った男が路上に飛び出し、その場にいた一般人に凶刃を振いだしたのだ。誰彼構わず目に写った対象を追い回し、既に数名に怪我を負わせていた。彼の凶行は止まらずそのまま交差点へと飛び出したのである。意味不明な叫び声を上げて襲ってくる人間に、交差点はパニックに陥った。

急停止した車は玉突き事故を起こし、ひしゃげた車体からやかましいクラクションの合奏を響かせる。それに歩行者の叫び声が重なり、喧しい大合唱が木霊する。

 

「やぁあぁぁぁしぃ!!全てはくるっているんだぁぁっぁぁ!!」

 

それが青年を更に刺激し、交差点の中心で包丁を振り回しながら叫び声を上げた。

 

逃げ惑う民衆の中、子供が一人、逃げ出す集団から弾き出された。そして運が悪く、血走った青年の目に飛び込んだのである。地面に膝を擦りむいたのか、子供はわんわんと泣く。子供の母親が名を叫び、手を必死に伸ばそうとする。しかし現実は悲惨で残酷だ。青年が泣いている子供へと足を進ませた。

母親が半狂乱になり自分の子供を助けようとするも、周りが必死に取り押さえる。そして青年は子供に刃を振り下ろした。

 

しかし、その刃が子供に刺さることはなかった。

横から突然手が現れ、ナイフを持った青年の手を掴んだのである。

 

「やめるんだ」

 

その手の主は、指名手配犯の天之河光輝だった。最近では目撃されることがなく、一部ではとっくに死んでしまっただのと噂もされていた。その出で立ちは帰還時や追いかけまわされていた時と違い、ぼさぼさだった髪も無精ひげだった顔も綺麗になっていた。同じように悪臭や泥だらけの衣服ではなく、綺麗な服を着ていた。

 

戸惑う青年の手を少しづつ捻り上げながら、光輝は青年にやめるように言う。

 

「まだ君は間に合う、もうこれ以上はやめるんだ」

 

「う、うるさい!いきなりなななななんだよなおめめめ!先にお前クォここここしてギャル!?」

 

 

手首を掴まれたまま青年は投げ飛ばされた。そのまま地面に数回転がって止まる。それを一瞥した光輝は、泣きじゃくる子供へと顔を向ける。

 

「もう大丈夫だから」

 

安心させるようにぶきっちょな笑顔を作る。子供を抱えると、彼は必死に手を伸ばそうとする母親のもとへと歩く。「子供を返せ!子供を返せ!」と彼女は狂乱していた。

母親は、差し出された自分の子を奪い取るようにして抱え、安心させるようにしきりに子供の頭を撫でる。そして子供を助けた光輝を憎々しく睨む。「どうしてお前なんかに!」と言いたげな表情。そして感謝の言葉もなくそのまま人混みへと消えていった。

 

「この糞やおうがァァっしん!」

 

地面に転がっていた青年が叫びながら立ち上がる。転がった時に顔や手足を擦ったのか所々に血は滲んでいる。しかしそんなことに気付く様子はない。もはや痛みさえも鈍っているのだろう。

 

「糞が糞が糞がぁぁぁぁぁ!どいつもこいつも俺を否定して!俺を責めててて!ゴロス!ゴロシテヤル!俺に罪を押し付けた奴らみんな殺してやる!」

 

包丁をぶんぶんと振り回す青年の叫び。だが大衆は犯罪者通しの対決の熱意に呑まれているのか、誰も彼の叫びが聞こえない。いや、聞こうともしない。

 

「……………」

 

ギロリと青年の血走った目が光輝を見据えた。

 

「テハジメニてめぇを殺してなぁぁぁぁぁあぁ!」

 

そして大衆の期待通りに、青年は光輝へと走り出したのだ。

 

本来ならこのような凶行も決闘行為も許されることはない。本来なとっくに警察が駆けつける大事件だ。もしも一般人だったならば、犯罪者をとり抑えようとするのも止めようとするだろう。だれもが襲われる側を安否を祈るだろう。

 

だが天之河光輝ならば話は別になる。

 

さっきまで逃げていた大衆は、途端に熱狂の観客へと様変わり。一目散に離れようとしたはずの交差点へとどんどん集まりだす。散々助けてと叫んだ言葉が、天之河光輝を殺そうとする彼を勇気あるものと応援する歓声に早変わり。偽勇者をやっちまえ!と声援を投げる。

その声援を受けた青年は、大衆の期待に背を押され、脚に力を入れて駆け出す。それに相対する光輝は、自分が刺されるというのに身構えもせず、ただ立っているだけ。そして叫び声を上げ、薬中の青年(正義)天之河光輝()に刃を突き刺した。

 

その光景に大衆は拍手喝采。勇敢な青年に対して称賛の声を上げる。その口角を醜いほど釣り上げながら。

 

青年を勇敢やヒーローとは言うが、殆どの大衆は本心では青年をあざ笑っていた。なにせ相手は天之河光輝だ。まがりなりにも異世界の力を持った化け物。元クラスメイトだった帰還者たちと同じような、強大な力を持つクズ。勇者という職業を与えられたのだからまさに滑稽極まりない。その勇者の皮を被った屑のの下劣さは、帰還した時の記者会見でクラスメイトたちに暴露された。

 

その後、クラスメイトたちからの嘆願を受けた政府によって、天之河光輝はクラス転移事件の犯人とされ、多額の賞金をかけられたのだ。ここまでの流れの中心を担ったのは我賀真理だった。彼は熱心に光輝の危険性と、自分らの潔白、そして彼を指名手配にすることに熱心だった、()()()()()()。もっともこのことを光輝は知る由もない。

しかし、なぜ彼らが光輝を止めないのか?危険だと解かりきっているのになぜ自分らで光輝を止めずに放置するのか?同じ力を持つクラスメイトたちが光輝を止めればいいのではないか?その疑問を抱く者、言葉を挿む者は誰もいなかった。

 

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話を戻そう。異世界で戦争をし、異能を持っている怪物が、たかが半狂乱人の包丁にさされた程度で死ぬならば光輝はとっくに死んでいる。それほどに彼は、多額の金に目がくらんだ周りから命を狙われ続けていた。その数、500億!なんてことはいかないが。

 

しかし、天之河光輝は危険人物として知られているのになぜ周囲は彼を襲うのか。どうして誰も恐れないのだろうか?簡単な話だ。誰も彼を危険だと思っていないからだ。なにせいくら凶悪犯と放送されようと、お茶の間のニュースやバレエティ番組に映る天之河光輝は情けない姿ばかりだったのだ。クラスメイトに見捨てられて呆然とする姿。女子生徒に縋るもこっぴどく振られてボコボコに殴られる姿。自分から落とし穴に落ちて埋められる間抜けな姿。そんな姿が流され続けた。また賞金稼ぎの一般人襲われ周囲から袋叩きにされた際は、「やめてくれ」と叫び、反抗することなく逃げ出したのだ。帰還した彼は、襲われようとも相手を必死に説得をしようとし、一般人に暴力を振るうことを躊躇っていた。

 

自分が正義だと喚いていた彼とは随分違っていたが、そんなことは大衆からしたら知ったことではない。

 

それを大衆は嘲笑する。だから大衆は増長する。天之河光輝は反撃も出来ない雑魚にして臆病者。クズだから叩いてもいいサンドバッグ。自分たちは大切な物を奪われた被害者にして反省もせずに生きている彼を裁く断罪者。もっとも、彼がどれだけ反省しようと、後悔しようと、贖罪をしようともう遅い。

大衆は天之河光輝(許されぬ悪)に正義の鉄槌を振るうことに夢中になり、その正当性を謳い続ける。今では、生まれことが大罪とまで揶揄される天之河光輝。そんな天之河光輝をどれほど痛めつけようと、これは正当なる報復なのだ。だから誰もが自分らが光輝に反撃されるなど露ほど考えていない。

 

ただただ「やめてくれ」と懇願する光輝の情けない姿をみんなで笑い者にするだけ。もはや芸人がドッキリであたふたする様を笑い、退屈しのぎにする、そんな娯楽程度の認識でしかなかった。

 

だが今日は今までと違った。しばらくしても天之河光輝と青年が微動だにしないことに違和感を感じだす。包丁を突き立てている青年とそれを棒立ちで受け止める光輝。普段なら「やめてくれ」という光輝の哀れな声が聞こえるはずだった。しばらく変化のない光景や映像に周りも視聴者も退屈しだし、一部が野次をとばし出す。

 

「おい!さっさと情けない声を挙げろよ!」

 

「俺たちはてめぇのやめてくれ~って声が聞きたいんだよ!あぁ?俺たちの期待を返せよ!」

 

そうした野次が伝染し、大衆が怒りの声を荒げだす。

 

パンッと、なにか叩く音が聞こえた。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

口から白い破片と赤色の液体をを撒き散らしながら、青年は空高く舞い上がっていた。まるでロケットのように、大砲の砲丸のように空へと飛ぶ。そして重力を思い出したかのようにそのままコンクリートの路面に落ちた。べシャリと音を立て、灰色のコンクリートを赤く染めた。ピクピクと痙攣している様は死にかけの虫のよう。その光景に、周りの観客に加えテレビなどのメディアを通して見ていた人たちも目を疑った。

 

まるで、ただのサンドバッグを楽しんで殴っていたらいきなり手が生えて顔面をストレートで殴り返されたような、鎖に繋がれた犬を何もできないと高をくくって痛めつけていたらいきなり鎖が外れて腕を噛みちぎられたような、そんな予想外の出来事。

 

「え?」

 

沈黙の数秒後、誰かが言葉を口にした。そこから戸惑いの声が伝染する。ザワザワと声が響く。

 

「あれ?」

 

「おい、なんだよこれ」

 

「ちょっと待てよ」

 

「え?え?」

 

「どうなってるのよあれ」

 

 

 

そしてようやく現実を認識した。

 

 

「いやあぁぁあぁぁああっぁぁぁ!?」

 

その叫び声が皮切りとなり、その場にいた大衆が一目散に走り出す。我先に天之河光輝から離れようと、押し合い、へし合い、ぶつかりながら駆け出しいていく。天之河光輝(怪物)から逃げる様は、まるで怪獣映画のようだ。

 

そうして大衆は、散々応援し持て囃していた哀れな青年を置いてけぼりにする。自分の身の可愛さで無責任に彼を見捨てていく。そんな彼らを無視し、光輝は無言のまま青年のそばまで歩いていく。

 

体力12/100 (出血、毒、麻痺等)

 

表示された情報によると青年はギリギリ生きていた。例えどんなに重傷だろうと、体力が残れば人は生きてはいるのだ。そうして青年の状態を確認した光輝は懐から小瓶を取り出す。中には透き通るように透明な液体が入っていた。小瓶の蓋を外し、中身を青年に飲ませようと、彼の口に瓶の口を突っ込んだ。

 

ゴポゴポと液体が彼の中へと流し込まれる。空になった瓶を取り出し、蓋を閉めて懐にしまった。しばらくして、倒れていた青年に反応が起きた。ビクンビクンと、陸に打ち上げられた魚のようにはね始めたのだ。そしてまるで魔法のように、折られ、欠け、ボロボロの歯茎からは白い歯が綺麗に生え揃い、あらぬ方向に曲がった手足は空気を入れたビニール人形のようにピィーンとまっすぐになる。青白くコケた顔は血色が良くなり、目の隈は薄っすらと消えていく。

そこにいたのは、薬や光輝のひっぱたきで体内外がボロボロだった青年ではなく、もはや健康体と言っていい青年だった。青年の姿を確認し、光輝はその場から離れるように踵を返す。

 

突如、パァンと破裂音がした。一瞬、光輝の背中にバチッと火花が散った。

 

「動くな!」

 

誰かが呼んだのか、それとも映像を見たのか、警察官たちが駆けつけていた。彼らは既に拳銃を抜いており、全員の銃口が光輝へ向けられていた。その中の一人の銃口からは煙が上っている。

 

「大人しくしろこの化け物め!」

 

その言葉を受けて光輝は足を止めた。そしてまっすぐに警察官たちを見据える。彼の直ぐ側には未だ気を失っている青年が横たわっている。

 

「天之河光輝!両手を挙げて降伏しろ!今まさに行った、()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()で逮捕する!お前には既に射殺命令が下っている!抵抗すれば直ぐにでも蜂の巣だ!」

 

既に発砲しているのを棚に上げ、警告とでもいうかのような警察官らしからぬ言葉。もっとも警察官全員が今にも光輝を撃ち殺したくてたまらないような眼をしているのだが。光輝は警察官の指示に従い、無抵抗を示すように両手を上げる。

 

「動くなといったよなぁ!!」

 

その瞬間、警察官たちは一斉に引き金を引いた。何十発の弾が光輝へと牙を剥く。咄嗟に顔の前で腕を交差し、光輝は警察官の銃弾を耐え続ける。バチバチと火花が散るが光輝はいっこうに防御の姿勢を崩さない。そんな中、腕の隙間から見えたのは明らかに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。光輝は咄嗟に青年の元へと駆け寄り、彼の前で警察官へと背を向けた。今度は背中に痛みが走るが、光輝はただ耐え続ける。警察官たちは何発か撃ち終えた後に声高に叫ぶ。彼らの足元には薬きょうが転がっていた。

 

「卑怯者め!人質を盾にするとは、やはり貴様は屑だな!」

 

警察官の叫び声。その声がきっかけとなり、未だ現場にいた民間人たちが光輝を罵った。

 

「そうよ!なんでお前が生きているのよ!」

 

「死ねよこの卑怯者!」

 

「お前らが生きてると俺たちは安心できないんだよ!」

 

「さっさと死んでくれよ!お前のせいで俺たちが迷惑してるんだぜ!」

 

その声を受けながらも、光輝は何も喋らない。ただ警察官たちに背を向けている。そのだんまりの姿に更に苛立ちを刺激されたのか、警察官たちは正義の怒りを滾らせた。

 

「やはりお前は許されない悪!我々警察は!断じてお前のような悪に屈するわけにはいかない!」

 

警察官たちは、空になった銃に弾を入れていく。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

引き金に指をかけようとし、

 

 

パァン

 

警察官たちの銃が一斉に破裂した。

 

「ぎぃやぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあああ!?」

 

もはや観客たちは、何の言葉も出なかった。

警察官たちは、血まみれの手を抑え込み、痛みにうめき声を上げながら地面に蹲る。光輝はゆっくりと立ち上がり振り返った。無言のまま蹲る警察官たちへと歩き、ついに彼らを見下ろすまで近づいた。その両目はもはや光さえも映らないほどに真っ黒だった。光輝は青年の時と同じように液体の入った小瓶を取り出す。ケガをした手を無理やり掴み、その液体をかける。シュワシュワと音と白い煙を出しながら、彼らの手は傷ひとつない綺麗な手へと元に戻った。それを見届けた光輝は、呆ける警察官たちを通り過ぎ、地面を蹴って空へと跳んでいった。地面が抉られた後を残したまま、その場にいた全ての人たちはただ黙ることしか出来なかった。

 

まさに国家の治安組織が悪に敗北した事件であった。

 

これを切っ掛けに、天之河光輝と思われるよる蛮行が頻発することになる。

警察署の前に縄でぐるぐる巻きにされ、俵のように積みあがった犯罪者たち。詐欺グループだったり、国際指名手配犯、事件の重要参考人など、警察が探し続けていた者たちが次々と警察署の前に転がされる。彼らは全員、心をへし折られたのか、恐怖に取りつかれたのか、自身の行いを素直に吐いた。そして全員が口を揃えて言う。

 

『あの化物を捕まえてくれ』

 

 

 


 

「やはり真理は甘かったんだ。光輝は何も変わっていない!自分の正義しか考えないままだ!」

 

「光輝の危険性を知っていたのに!みんなあいつを始末すべきと言ったのに!それでも助けようとした真理の思いを……あいつは!」

 

「許さない!真理の優しさを!光輝は踏みにじったんだ」

 

「もはやあいつはクラスメイトでもなんでもない、ただの、自分の正義に取り憑かれた化け物だ!」

 

「これ以上光輝が誰かを傷つける前に、光輝を止めなきゃ!」

 

「真里、ごめんなさい。貴方はそれでも話し合おうと言うかもしれない。でもこれがは私が決めたこと」

 

「私たちがあいつを止める(殺す)!」

 


 

特典その1『きみはともだち』だから俺の言うことは絶対だからね?

 

特典その2『オレこそONLY ONE』だから俺が一番だよね?

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