とあるゲームにはまって気づけば火曜日でした。
遅れてすみません。
レトロな雰囲気が特徴のカフェは少しばかり勇気のいる路地にある。学園の最寄り駅に近く、普段から客は少なく閑散としていた。店主は注文の提供以外では奥へ引っ込んでおり、誰の視線も気にせずに勉強に集中できる。
蜜蜂はここを見つけてからというもの、放課後に立ち寄っては日が落ちるまで勉強することが日課となっていた。今日も今日とてその日課をこなしている。勉強を始めてから既に数時間、あと数十分後には日が落ちるだろう。
そんな折カランコロンと扉の鈴が鳴った。それを聞きつけて店主も出てくる。横目で確認すれば同じ星花の制服を着た女の子が一人、恐る恐るといった様相でしきりに後ろを警戒しているような素振りをしつつ、ゆっくりと扉を閉めた。それから店内を一通り見回しこちらを少し凝視したかと思うと、「ふぅ」と明らかにホッとした様子を見せていた。その手にはカメラを持っており、知識のない蜜蜂は高そうとありきたりな感想を脳内でつぶやいた。
その子は奥のテーブル席へ座ったようだが、特に顔に見覚えがなかった蜜蜂はどうでもいいやと、頭の隅へと追いやり勉強に切り替えたようとした。
そんな矢先にカランコロンとまた扉の鈴が鳴った。
蜜蜂は先ほどと同じように横目で来店者を捉えたものの、予想していなかった来店者に目を見開いてしまう。
140台の身長にセミロングの黒髪、少し焼けた肌、パァーと笑顔が咲く柔軟な表情、そして銀色のヘアピンが特徴の女の子だった。
「あ、みっちゃん発見!偶然だねー!」
知らないふりをしようと顔を逸らしたものの、表情が変わった時点で認識されていたようである。蜜蜂は諦めて彼女に対応することを決めた。
「葎、店内ではお静かに」
「おっと、こりゃ失礼」
蜜蜂の注意に葎は大げさに両手で口を覆う。
先ほどの蜜蜂の注意もなんのその、注意された側から当たり前のように葎は蜜蜂の隣に座り、メニューを見始めた。
蜜蜂はその様子を横目で確認しつつコーヒーをひと口含む。が、葎がふと、蜜蜂に視線を向けたために逸らすのだった。
「店主さん、カフェラテのホットとホットケーキくださーい」
視線に気づいて何か言われるかと身構えていたものの気のせいだったようで、葎が注文を出したことで内心ホッしていた。
蜜蜂と葎の関係は中学校が始まりであった。両親の都合で中学2年生の時に空の宮市へ引っ越してきた。蜜蜂の転校先は葎と同じ中学校で、そこで葎は一言で言えば人気者であった。運動神経が良く平均以上には成果を出せて、感情豊かで柔らかい表情と、話の引き出しの多さで人の懐へ入り、知らないうちに仲の良いお友達枠を占領する。
蜜蜂は従姉妹というだけで、葎のような魅力を求められ、そして、呆れられた。
『蜜蜂ちゃんって、つまらない人ね』
その何気ない一言は今になっても抜けない棘となったのである。
蜜蜂とて、葎のようになれないかと努力はしたものの、親子ともども総合商社でバリキャリだった祖母と母に勉強を中心として育てられた蜜蜂は、葎のような自然な表情や人前で大げさなリアクションを取るようなことはできなかった。
だからこそ、蜜蜂は葎と一緒にいることで、いつかまた顔も知らない誰かから、その棘を抉られてしまうのではないかと不安なのである。
そんな完全無欠っぽく見える葎でも、勉強だけは蜜蜂のほうが得意で、学年では成績もテストの点も上位をキープする蜜蜂とは比べ、葎の成績は平均程度であった。それでも正直侮れないのが葎で、教科書では学ばないような細かいことを知っており、特定のテスト範囲に限っては蜜蜂と同等の成績を収めたりもする。
勉強を続けることで上位をキープできる蜜蜂と違い、おそらく葎は興味の振れ幅だけで成績の良し悪しが決まる。それは恐らく蜜蜂にはない、葎の才能なのだろう。だからこそ蜜蜂は葎に追い抜かれて劣等感を味わうことのないように勉強を続けるしかないのだ。
とはいえそんな葎の隣で勉強は続けられるものではない。
「なに?」
視界の端で狙ったようにチラチラと瞳が構ってほしそうに覗いては消え、覗いては消えていた。彼女の性分は、同じ4組の淀巴鮮花さんに似てお喋りなのだが、どちらかというとかまってちゃんというほうが合っている気がする。
ようやく蜜蜂に構ってもらえたことが嬉しいのか、萎みかけた笑顔がまたパッと花咲いた。
「コーヒーひと口もらっていい?」
「いいけど」
葎が蜜蜂のものをねだるのはよくあることだ。引っ越したての中学の頃でも、よくお弁当のおかずをねだられ交換していた。
「やった」
蜜蜂は「はい」と自分のコーヒーカップを葎の隣に置く、葎でも飲み口はわきまえているようで、蜜蜂とは逆の淵からコーヒーをひと口……。
「んぐ!?げほっごほっ」
どうやらむせたようだ。
それもそのはず、蜜蜂のコーヒーはブラックで砂糖が入っていない。しかも葎は純粋に苦いものが特に苦手であることを蜜蜂知っている。
「み、みっちゃんひどいぃ」
「確認しなかった葎が悪い」
内心、してやったと少し満足した蜜蜂は、葎から右手でカップを受け取り、そのままコーヒーを一口含んだ。飲んでから先ほどまで自分が左手でカップを持っていたことに気づく。
「まぁいっか」
「どうしたの?」
葎は急いで水を飲み干しながらも、蜜蜂の独り言を聞き逃さなかった。それに「なんでもない」と返し、シャーペンを持ち直したのだった。
それから数分して、店主が出てきたかと思えば、ホットケーキにショートーケーキにと四皿ほどのデザートが乗ったお盆を手に奥のテーブルへと歩いて行った。どうやら葎が来る前に来た星花の子が頼んだらしい。一人であんなに食べるとは、よっぽど甘いものが好きなのだろうか。それを見てか葎はまた話しかけてきた。
「そういえばみっちゃん、さっきここに星花の人来なかった?」
「ん、えーっと、なんかカメラを持ってた気がする」
頭の隅に追いやった部分的な特徴を思い出しそう伝える。するとピコーンと頭の上にビックリマークを立てると、律はカウンターから立ち上がり、店主が注文を届けに行ったテーブルへと早足で向かっていった。
ほどなくして店内に悲鳴のような何かが聞こえたが、特に気にしないでおくことにした。
店主が葎の座っていたカウンターにホットケーキとカフェラテを持ってきた頃、葎は何かメモ帳に書き込みをしつつ席に戻ってきた。ホットケーキにはバターと蜂蜜がたっぷりかけられておりキラキラと輝いている。
「注文来たから早く食べなさい」
「うん、ありがとう」
「いや、私何もしてないから」
「んーん、注文来たことを伝えてくれたのと、食べないで取っておいてくれてありがとうって」
「食べないでって……はぁ、まぁいいわ」
葎の考えることは今一つ理解できそうになく諦めて、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「はい、そんなみっちゃんにはコーヒーのお礼です」
葎はそう言いながらホットケーキのバターを塗った部分をひと口大にカットし、蜂蜜を塗りたくるとずいっとホットケーキの一切れを突き付けてきた。
「い、いらないってば」
「はい、あーん」
蜜蜂に迫った葎の目は拒否しても引かないぞと訴えていた。さらに急かすように蜂蜜が塗られており、今にも垂れそうになりながらキラキラと輝いていた。ホットケーキを拒み続ければ間違いなく制服が汚れるだろう。蜜蜂に逃げ場はなく、諦めて従うほかなかった。
「もう、わかったから……ん」
葎からもらったホットケーキは確かに美味しく、先ほど飲んだコーヒーの苦みでより一層甘さが引き立っていた。
「美味しい」
「では私も」
そう言って葎は特に気にすることもなく、先ほど蜜蜂に差し向けたフォークでひと口大に切ったホットケーキを食べ、その甘さに両頬を抑えて悶えた。よっぽど美味しいらしい。
「はぁ……次からはやめてね?」
「ん?何か言った?」
どうやら美味しさに感動するあまり聞いてもいなかったようだ。だが、もう蜜蜂にはわざわざ伝え直す気力はなかった。
「なんでもない。それよりさっき向こうのテーブルに行っていたけど知り合いだったの?」
「うん、同じクラスの
そう言って葎は一つ咳払いをすると声色を変えて話す。
「私、甘いものはあまり好きではありませんの……って言ってたんだけどなぁ。照れ隠しだったのかな?可愛いよね」
蜜蜂は本人を知らないため似ているかは判別つかないが、葎の声色の変え方は見事なものだ。
葎は先ほどのことを思い出したようにクスクスと笑う。
「そう、良かったね」
「うん、本当は幸来ちゃんを帰りに見かけたから追いかけて来ただけだったけど、みっちゃんに会えるとは思わなかった」
そう話を続ける葎を見るといつもと違う表情に蜜蜂は内心ドキッとする。その表情は何か懐かしむような、それでいてどことなく寂しそうな表情で、話の流れと合わせて蜜蜂には何が言いたいのかがわからなかった。
「嫌だったの?」
だからこそ的外れな回答をしてしまうわけで。
「んーん、久しぶりにみっちゃんとお話できて嬉しかった。私とお話してくれて、ありがとう」
先ほどの表情はどこへやら、注文したカフェラテをひと口飲みつつ、今度は上品に微笑んで見せる。コロコロと変わる表情のせいで蜜蜂は余計に葎の言いたいことがわからず、顔を逸らした。表情さえ見なければなんということはない。そう考えたのだ。
「そう。別に話くらいでお礼なんて要らないのよ。変なの」
「んふふ、ありがとう」
「だから要らないってば、もう」
そう言いつつ蜜蜂は時間を確認する。既に日が落ちた時間で窓の外は暗く、窓は店内を鏡のように映していた。気づかぬうちに随分と時間が過ぎてしまったようだ。
「葎、先に帰るわ。あなたも気を付けて帰りなさい」
「うん、ありがとう、みっちゃんも気を付けてね」
「だから……いや、もういいわ。じゃあね」
「うん、ばいばーい」
蜜蜂はレジ前に伝票とお金を重ねて置いた後、ベルを鳴らして店を出たのだった。
蜜蜂が去ったカウンター席に残された葎は、蜜蜂が残していったコーヒーをもう一度ひと口飲む。
「やっぱり苦すぎるなぁ」
そう一言誰にも聞かれない言葉を呟き、蜂蜜で色が変わったホットケーキの成れの果てを口に運ぶのだった。
本話登場人物のうち系列作品は以下となります。ぜひそちらもご一読ください。
作者(敬称略)、人物名、主登場作品(執筆者、URL)
マドロック、纐纈幸来、いずれ菖蒲か杜若(パラダイス農家、https://kakuyomu.jp/works/1177354054888133237)
煉音、榛東葎、実る果実はやがて花咲く。(しっちぃ、https://ncode.syosetu.com/n7615ey/)