リンゴの種が芽吹く頃   作:アランスミ氏

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二次創作本編の前日譚となります。時系列的には、ゲーム本編ED後からエピローグ(ゲーム本編1年後)の間の話になります。
序章は作風のさわりのために書きましたので、読まずに本編からスタートしてもあまり問題ありません。


【序章】ゴーレム好きと呼ばれた日には
【序章】ゴーレム好きと呼ばれた日には・前編


 山道を革のブーツが踏みしめる。いまだ朝露をたたえた木々の間に、小枝の折れる音がした。

 季節は紅葉こうようというにはまだ少し早いが、海抜が高いためか周囲の木々はうっすらと色づき始めていた。すこし涼やかな陽の光に照らされた木の葉のグラデーションの中を独り歩く男の姿があった。彼は胸ポケットから一葉の写真を取り出すと、いま一度そこに写されたモノを確認した。目的の炭鉱は目と鼻の先である。太陽が昇りきるまでには着くだろう。

 

「お待ちしておりました。ラッセルバーグさん」

 

 しばらく歩いたのちに、そういって炭鉱の入り口で男を出迎えてくれたのはくだんの炭鉱の権利者の男性だった。資料によれば歳は50やや手前だったはずだが、気苦労のためかところどころ白くなった頭髪が彼をそれよりもいくぶん歳かさに見せていた。男は続けた。

 

「わたくし、この炭鉱を代々管理しておりますアントン・ドゥッカーノと申します。お会いできて光栄です」

「初めましてドゥッカーノさん、グレッグ・ラッセルバーグです。今日はよろしくお願いします」

 

 グレッグはアントンに右手を伸ばしながら付け加えた。

 

「それから、よければ堅苦しいのは抜きにしてください。政府の視察といっても、オレはゴーレムハンター協会の 嘱託アルバイト みたいなものですから。呼び名もグレッグで十分です」

「そうですか、グレッグさん。では私もアントンと呼んでください」

 

 ではよろしく、と二人が笑顔で握手をしたまさにその時、あたりに大声が響いた。

 

「おーい、そいつを捕まえてくれぇ!」

 

 声の主を探すと、駆けている男が2人。おそらくは炭鉱の作業員であろう彼らは土汚れがついた服に汗をにじませながら一人の少年を追っていた。歳は10いくか、いかないくらいだろうか。その光景をみて、ため息まじりに額に手を当てるアントン。

 

「こんな日にまったく……」

 

 少年は小猿のように駆けて逃げながら、二人の大人の追走をかわしていた。

 グレッグは 被っていた帽子テンガロンつばを指で押し上げてその光景をみやると、少年のその巧みな立ち回りにほうと感心した。

 

「よく相手の動きを観察している」

「そんな大層な子じゃありませんよ。村の子供ではあるのですが、少々いたずらが過ぎる子でして……」

 

 そうこうしているうちに彼らはグレッグ達の近くまでやって来た。その頃には周囲から数名の大人が集まり少年を取り囲んでいた。少年は走る勢いを殺さずに叫んだ。

 

「邪魔だよッ!どいて!」

「退けと言われて退くものかい」

 

 大人たちがスクラムを組むように少年の前に立ちはだかった。

 ならば、と少年は薄手のマフラーを自らの口元にあてがい、取り囲んでいた大人たちに何かを2つ3つ投げつけた。それは小さなかんしゃく玉であった。彼らの体にあたると、それはパンと小さく鳴ってぜた。火薬の力が玉の中から煙を撒きちらす。

 

「痛って、何しやがる!……ん?」

「アレ?俺……いったい……」

「何してたんだっけ……」

 

 煙をすった男たちは呆然とし始めた。動きが鈍った彼らの間を少年は縫うようにすり抜けていく。

 

「あれは強力ミョウガものわすれの妙薬か」

 

 グレッグがつぶやく。

 実戦ではすでに過去の戦法であったが中々よくできているものだと彼が感心していると、目の前の少年はグレッグとアントンにもそれを投擲してきた。すかさずグレッグが口元で何かをつぶやいた。すると魔力のほとばしりがその身を薄く包み込んだ。そうして、迫るつぶてを彼はひらりと避けてみせた。少年は続けて何度も攻撃するが、グレッグは右に左にと余裕の表情で躱していく。グレッグは間髪いれずに少年のほうへ軽く踏み込むと次弾の準備をしていた彼に肉薄し、すれ違いざまに驚いた表情のその首根っこを捕まえたのだった。

 

「うわっ!?」

 

 少年は暴れながらも、すぐさまゼロ距離で玉をぶつけた。

 そして煙が晴れその拘束が解かれるのを彼は待った。しかし――。

 

「残念だったな、対策済みだ」

「んなっ!?」

 

 驚いた少年が煙が消えたあとみたものは、いまだ彼を掴んだままの大男の姿であった。

 グレッグは胸元の英雄の証 シェリフスターを少年に見せるとニヒルに口角を上げた。多少の賭けではあったが、バッジの状態異常耐性はうまく働いたようだ。奥の手をつぶされて、さすがに観念した少年がわずかに脱力する。

 近くで少年をよく見れば、既にいくつか殴られた跡が見て取れた。グレッグはそれを見てわずかに眉をひそめた。

 

「それで、コイツはなんですか?アントンさん」

 

 グレッグは逃れようと再び暴れる少年を軽く持ち上げながらアントンに問うた。

 煙によりやや呆けていたアントンであったが首を振って正気を取り戻すと、大変申し訳ないと言いながらグレッグに説明した。

 

「もともと素直なよい子だったのですが……半年ほど前に両親が火災でなくなりましてな。その頃から素行が荒れるようになりまして。最近では鉱山の道具を隠したり作業員のものを荒らしたりと嫌がらせをしておるのです」

「親方、それだけじゃねぇ。今日なんか鉱山の排気ダクトを壊したんだ」

 

 正気に戻った作業員がアントンの言葉に付け足した。

 

「なんだと!それは本当か!?」

「危うく鉱山でガス中毒になるところだったんだ。今日という今日は許せねぇ」

 

 そういってアントンと作業員はグレッグの右腕に吊るされた少年を見た。

 

「だからそれはオレじゃねぇって言ってんだろ!」

「嘘つきの話など信用できるか」

 

 忌々しげに少年を見据えて作業員が言った。

 

「どうせ親も火の不始末で死んだんだろうよ」

「違うッ!父さんたちをバカにすんな!アレはベルーニの所為だッ!」

 

 少年はもはや逃げることも忘れたように、男に噛みつくように言い返した。

 

「まぁ、まずは双方落ち着いてくれないか」

 

 グレッグが少年と作業員双方を諫める。

 少年が仲裁しようとする新顔グレッグに食って掛かる。

 

「今日は次から次へとなんなんだよ!そもそもお前、誰だよ」

「オレか?オレはグレッグだ。政府の方からきたから一応、役人ってことになる」

「えっ、アンタが役人?」

「見えないってか……?」

「そうじゃねぇけど。いや、そんなことどうでもいいか。それで、おカミがここに何の用だよ」

 

 不機嫌そうな少年を見ながら、アントンは一つ咳払いをして説明した。

 

「グレッグさんはこの炭鉱の査察に来てくださってるんだよ」

「ふーん」

 

 自分で聞いたにも関わらず、少年は興味なさげに生返事をした。

 アントンはその場の空気を変えようと、ややぎこちない笑顔を貼り付けて話題を振った。

 

「いやはや、それにしても先程は見事な体捌きでしたな」

「ん?あぁ、アレには秘密がありまして。と言っても、隠すほどでもないのですが――」

 

 話を振られたグレッグは、彼の意図を多少汲んでそれに応えた。

 彼は光る石板のようなモノを取り出すとこういった。

 

「こいつで早駆けクイック魔法アルカナを使ったんです」

 

 それを見て得心がいったというような表情のアントン。一方の少年は目を見開き、眉間に皺を寄せた。

 

「なるほど、それが……」

「ミーディアム……!! お前、ベルーニだったのかッ!」

 

 少年がグレッグをめつける。その目には先ほどとはまた異なる真剣さが垣間見れた。

 感応媒介ミーディアム――それはファルガイアとの結びつきを強める装置。結びつきは精神的なもののみに限らず、星の権能の一部を使い超自然の魔法アルカナ技能スキルの発動といった現実の力の行使さえ可能とする。先の独立運動で英雄たちはベルーニの支配に抗うためにその力を振るったのだった。

 ベルーニと人が対立した大きな原因のひとつに、星からの拒絶反応があった。現在は政府の主導で量産化されたミーディアムがほとんどのベルーニに配られており、星との霊的なパスを作ることでその症状を緩和していることは周知の事実だ。グレッグが持っているこれは仲間アヴリルが手ずから作ったオリジナルミーディアムであったが、一般人に量産品レプリカとの区別がつくわけもなかった。

 

「あのなぁ、グレッグさんがベルーニなわけないだろうが。聞いてたか? 魔法アルカナを使ってるんだぞ?」

 

 話を聞いていた作業員の一人が鼻で笑う。

 彼の言うように、星との関係が希薄なベルーニはミーディアムの機能を十全に使用できない。だからこそ、いま以上にベルーニに武力が渡りパワーバランスが崩れることもない。それが政府の発表であり、世間の常識である。常識ではあるのだが……、グレッグには少年の様子に引っかかるものを感じた。

 

「ボウズ、ベルーニが気に入らないのか?」

「父さんと母さんは、ベルーニに殺されたッ!そのミーディアムの焔で焼かれたんだッ!」

「なに……? そいつは本当か?!」

 

 激情のままに言葉を投げつけてきた少年に、真剣な面持ちでグレッグは聞き返した。

 その反応に少年は、えっと声を漏らして面食らった。ベルーニがミーディアムを使うなど、先ほどのようにいつも鼻で笑われる話なのだ。それをこんな風に聞いてくれる大人はいなかった。いや、以前ひとりいたが、その時は怒りが勝ってまともに話ができなかった。少年がグレッグの顔をまじまじとみて次の言葉を決めあぐねていると、そこへ作業員が割って入った。

 

「いえいえ、そいつのホラ話ですよ。ベルーニがミーディアムを使えるわけが――」

「違う!」

 

 少年は声のする方に向き直ると、言葉の終わりを待たずに反論した。

 

「本当に使ったんだ、ベルーニが!焔の魔法を!」

 

 本当なんだ、と少年は懇願するようにグレッグの目をまっすぐみた。

 

「こら、セオドア!お客様の前だぞ、いい加減にしないかッ!」

「いいから来い、仕置きが必要だ」

「くそっ」

 

 作業員の男が少年ににじり寄って来る。

 少年は思考する。今日出会ったばかりの役人に自分を庇う道理はない。大人たちに引き渡されれば、何をされるかわからない。そうして結論に至った彼は、三度みたびグレッグの手から逃げ出そうともがいた。しかし、その拳はしっかりと服をつかんでおり簡単には逃げ出すことは叶わなかった。

その頃、グレッグはアントンが言った言葉に少し目を丸くし、まじまじと少年をみた。

 

セオドアテッド……?」

 

 どうしたわけか、男の動きが一瞬止まる。少年は待ってましたとばかりに、彼の胸元のシェリフスターを弾き飛ばす。そして間髪いれずに再びかんしゃく玉をグレッグにあてた。煙が広がりグレッグと少年がそこへ包まれた。せき込むグレッグ。

 

「バッジがなくても、手を離さなけれ……ふみゃ……?」

 

 どうしたことか、グレッグの手が、その体が、みるみる小さく縮んでいく。

 そして彼は――愛らしい猫の姿になっていた。

 

「!?」

 

 その場の大人たちが驚きの表情をグレッグに向ける。

 ”やるせない”状態でぬいぐるみのような姿になったグレッグの手から同じく猫化した少年がまろび落ちる。

 彼は用意していた元気ドングリを一粒かじると一足先に人間の姿へと戻り一目散に逃げだした。

 

「悪いな、ベルーニの犬!」

 

 いや猫か?とひとりごちながら、セオドアはそのまま炭鉱へと入っていった。

 グレッグは≪やるせない≫の状態異常でその場にぺたんと座り込むと、せつなそうにため息をついて地面を眺めた。

 

「やるせないみゃぁ……」

 

 客人にまで粗相をした少年に逃げられ、大人が悪態をつく。

 

「ったくなんて悪ガキだ。今度あったらタダじゃおかねぇ」

「でもあいつ、何で坑道に向かったんだ?」

 

 作業員たちが息巻いているところに、おーいと割って入る男の声が聞こえてきた。

 

「皆さんお揃いでどうしたんですか?いまテッドもいた気がしましたが」

 

 声の主は工具箱を抱えながら小走りに近寄ってきた。30代半ばといった風貌の男は大柄で、柔和な表情と裏腹に引き締まった体躯をしていた。彼の声にこたえたのはアントンだった。

 

「おぉトーマス。ダクトの修理か?すまないな、いつも迷惑をかけて」

「えぇ、今から炭坑なかに行くところです。皆さんにはお世話になってますから、このくらい気にしないでください」

「一番被害を受けてるのはトーマスさんなんですから、セオドアのこともっと怒ってくださいよ」

 

 トーマスと呼ばれた男は笑顔を崩さず首を振った。

 

「あの子はきっと、まだ世界との折り合いがうまくつけられないだけだと思います。なんだかわかる気がするんです……ボクには。」

 

 そういってトーマスは少し物憂げに少年が消えていった炭鉱の入り口を眺めた。

 

「オレもそう思うみゃぁ」

 

 それに追従したのはグレッグだった。彼はそこに落ちていた・・・・・・・・元気ドングリを飲み込むと猫から人間の姿に戻った。

 

「あいつは悪いやつじゃぁないと思います。それにあながち嘘つきでもないかも知れませんよ」

「何かご存知なんですか?」

「いえ、具体的にはなにも。でも、信じられないことが真実ってことが時にはあるかもしれません」

 

 そういって、まるで過去を懐かしむようにどこか遠くを見つめたグレッグに、アントンは、はぁ、とやや曖昧に返事をしたのだった。

 そんなアントンを気にも止めないように、グレッグは胸元にあった写真を取り出した。

彼はそれをもう片方の手で払うようにはじくと、アントンに向けて言った。

 

「さて、色々ありましたが、まずはこちらの仕事を片付けましょうか」

「あ、あぁ、そうでしたね。よろしくお願いします」

 

 アントンは答えた。

 その写真は政府にアントンが送ったものだ。そこには新しく掘られた坑道の一角がおさめられていた。そしてその岩壁のなかに、今にも動き出しそうな美しいゴーレムの姿が写っていたのだった。今回の調査結果次第では、自分の石炭鉱山が新たなゴーレム鉱床になるかもわからないのだ。それなりに気を引き締めてとりかからねばならなかった。

 彼は気を取り直すと何人かの工員を見繕い、グレッグと共に坑道へと向かった。

 

 

************************************

 

 

「くっそ、あいつらちょっと強めに殴りすぎだっつぅの」

 

 この借りは絶対に返すからな、と坑道の中でセオドアは独り言ちた。

 ダクトの故障、もしそれが人為的なものであるのなら、彼には思い当たる節がひとつあった。

 今朝、坑道の入口で資材にいたずらしているとき、見知らぬ風体の人物が鉱山に入っていくのをみたのだ。

 てっきりアレが皆が噂していた役人かとも思っていたが、先ほどの男の弁ではどうやらそれは違うようだ。

 さきほどはその不信人物を追ってみようとしたら途中で濡れ衣を着せられたのだ。

 そうだった、濡れ衣を着せられたのだ。想い出したらまた腹が立ってきた。絶対に犯人をこの手で捕まえてやる。

 

「そしたら仕返しにあいつらに詫びをいれさせてやる」

 

 どんなことをさせてやろうかと口元を歪めた嫌な笑顔を作りながら、小さな復讐心を燃やした少年は計画を考える。

 ドゥッカーノ炭鉱の歴史はかなり古い。入口は閉鎖した系統も含めれば既に4つあり、現在の入口からも四方八方に坑道が張り巡らされていた。それはさながら迷宮で、素人には内部構造の把握は困難だった。少年は思った。犯人のねらいが何かはわからないけど、素人であれば迷っているうちにきっとどこかで追い付けるはずだとタカをくくった。そしてその読みはすぐに当たったのである。いくつかの主要な採掘地点へと至る分岐点にその人物が現れたのだ。おそらく行き止まりから戻ってきたであろう足音を聞いたセオドアは、息を殺して物陰から仕掛けるタイミングをうかがっていた。そして、犯人が別の分岐に入ろうと少年に背後を向けたところで、彼は物陰からでると特製の催涙弾を投げつける体勢をとった。しかし、その行動は思わぬ事態に止められてしまった。少年が小さくつぶやく。

 

「なんで……あいつが……」

 

 

************************************

 

「どうしてなんですか?」

 

 坑道を歩きながらグレッグが尋ねた。道すがらの会話でトーマスがベルーニであることを聞いたのだ。

 その質問にトーマスは答えた。

 

「ボクみたいなベルーニが鉱山で働いている理由ですか? 実は、元々穏健派の治安警衛隊所属だったのですが、ちょうど先の独立運動の頃に色々ありまして……」

 

 少し口ごもった彼の言葉と表情に仄暗いものを察して、グレッグが詫びた。

 

「いや、失礼。深く詮索するつもりはなかったんですが、ベルーニが鉱山にいるというのも珍しいなと思いまして、つい。」

「構いませんよ。確かにめずらしいですからね。ここには除隊したあとに、政府にいた知り合いの伝手つてで厄介になっています」

 

 みなさん、よくしてくれています。といってトーマスは笑顔を向けた。実にさわやかな笑顔であった。グレッグは内心で知り合いの少年の顔を想い出していた。

 そんなことを考えていると、目線の先に分岐点が現れた。本当にここはアリの巣のように分岐が多い。いくつかは地盤が緩かったためか、立ち入り禁止の表示がされており、一人で進むには勇気がいりそうだった。

 

「そろそろお別れですね」

 

 また、お会いできるといいですねと言って出されたトーマスの右手に、グレッグも笑顔で右手を重ねた。

 

「えぇ、また。いつか機会があったらゴウノンで酒でも飲みましょう。故郷なんです」

 

 それはいいですね、と言いながらトーマスはダクトの修理のために去っていった。

 彼を見送ったあと、グレッグは自然な気持ちを近くにいたアントンに伝えた。

 

「いいかたですね」

「えぇ、実に」

 

 アントンもそれに同意した。少ししか話をしていないけれども、彼の人となりに好感が持てた。

 

「あまりこういうことを言うものじゃないかもしれませんが、ここに来た時は全く違いました」

「と言うと?」

資源庁おかみのほうから紹介されて彼が来た時には、それはもうえらく暗い雰囲気でしてね」

「そのあと本人が漏らした話では、どうやらそのころ奥さんとお子さんを亡くされたみたいなんですよ」

 

 これは内緒ですが、といった風なジェスチャーをアントンが取った。そうでしたか、とグレッグは沈痛な表情になった。アントンの話を引き継いで他の作業員が話した。

 

「そんな折に、いたずら小僧セオドアにみつかったんです。ベルーニだからとちょっかいを掛けられたんですよね」

「でも、あの頃のトーマスさんがこれまた無反応で!」

「そうそう、悪ガキもどんどんエスカレートしてな」

「最終的に弁当の中身がカブトムシにすり替えられてことあったな」

「あったあった!気づかず食べようとするから、俺たちで止めたんだっけ」

 

 おいおい、そんなことあるか?とグレッグはツッコミたい気持ちを抑えて次々にでてくる二人の話を聞いた。

 

「とまぁ、そんなこんなでトーマスとは関わるようになりまして。いつの間にか彼の表情も和らいでいたのです」

 

 そういう意味ではセオドアのいたずらも悪いことばかりではなかったのかもしれませんね、とアントンは少し懐かしそうに当時を振り返って言った。

 

「でもよぉ、今回の件は度が過ぎてるぜ」

 

と作業員は愚痴った。たしかにそうかもしれない。今までに聞いた話ではそこまでヒドいものはなかったように感じた。せいぜいが、子供の試し行動といったレベルのものだ。ダクトのように人命にかかわることは避けていたようにも思われたのだ。

 

 作業員たちがふたたび怒りをあらわにしていたところ、アントンが真剣な表情で歩みを止めた。

 

「少し待ってください、なにか妙です」

 

 彼は他のメンバーも制止するとひとり坑道の先にすすんだ。そこには仮設のフェンスがあった。

 

「アントンさん、どうかしましたか?」

「えぇ、これから向かうのはいわばダイアが置かれた宝物庫です。本格的な採掘がはじまるまではとこうして盗掘をさけるフェンスをこしらえて施錠したのですが……」

 

 アントンが目線を向けると、その鉄製のフェンスに穴が開いている様子が見て取れた。丁度、大人一人分程度。しかも奇妙なことにそれは切断ではなく溶断・・されていた。融け落ちた鉄はしずくとなり地面で冷え固まっていた。こじ開けてからやや時間は経っているようだった。

 

「また、あのガキの仕業か?」

 

 当然の帰結と言わんばっかりに、作業員の一人がつぶやいた。しかし、それをグレッグが否定する。

 

「鉄を融かすほどの道具をあの子が持っていたとはいささか思えませんな。それにこいつを見てください」

「デカい穴ですが、なにか?」

「そう、デカすぎる。子供がくぐるだけであればもっと小さくていいはずだ。そのほうが逃げるとき大人の邪魔にもなる」

 

 あっ……とみんながその矛盾に気がついた。しかしそれは逆説的に『何者か』がこの坑道に侵入したことも暗示していた。溶断された立ち入り禁止のフェンスを見て、一行は得も言われぬ不安に襲われるのだった。

 

「なんだ……これは……」

 

 時を同じくして、彼らと別れたトーマスもまた、異常事態に気づいたのであった。報告からアタリを付けた修理箇所についたとき、装置自体に異常は見られなかった。問題はその動力線だ。融けた金属・・・・・によってショートして焼き切れていたのである。その金属は状況から、近くにあった立ち入り禁止のフェンスから零れ落ちたものだと推察された。

 

「誰か……いるのか……!」

 

 左手にライトを取り出すと、崩落の危険から既に閉鎖されたフェンスの闇の向こうへとそれを向けた。右手には警備ほんしょくのために携帯していた 拳銃 ARMを構えた。返事はない。そもそも期待もしていなかったが。

 緊張の時間が過ぎる。ゆっくりとだが確実に闇の中へと歩を進めたところでトーマスはふと気づいた。足跡が2列ある・・・・・・・。良く目をこらすと、片方は反対向きに足跡がついていた。どうやらその人物はすでに穴倉から抜け出していたようだ。お目当てのものがなかったのかもしれない。

 

 トーマスは額に滲んだ汗をぬぐった。地下の蒸し暑い感覚が戻ってきた。

 さてどうしたものか。トーマスがひとまず責任者アントンへの報告を検討していたところ、ふとひとつの事実に思い至った。

 

「まずい、坑内ここにはテッドが……!」

 

 少年を正体不明の不審者と鉢合わせる事態は避けたかった。

 フェンスを異様な形で破壊して、不当に侵入してきているのだ、こちらが友好的でも穏便に対話できる可能性は低い。テッドが危ない。そう直感しトーマスは急いできた道を戻るのであった。

 

 坑道を少し戻ると、先ほどの分岐点の近くに人の気配がした。すわ不審者か!?と思ったがどうやら相手は複数。このタイミングならアントン達であると思われた。丁度よい。果たして目の前に現れたアントンに、トーマスはこれまでのことを手短に報告した。

 

「なるほど。状況は理解しました。では一度戻って対策を練りましょう」

 

 アントンは報告された事実から今回の件がおそらく単独での犯行であると推測した。彼らも不測の事態にさきほど遭遇し、ひとまず地上の事務所へと引き換えしているところだった。

まずは対応策の検討と応援の要請が必要だと考えたのだ。

 

「いいえ、ボクはこのまま坑道を進みます」

 

 トーマスはアントンにそう告げた。危険だと止めるアントンに、彼は答える。

 

「テッドが危ないんです」

 

 その言葉に鉱山の全員がはっとする。グレッグが尋ねた。

 

「闇雲に探してもリスクがあがるだけかもしれない。居場所はわかるのか?」

「あの子の居場所はわかりません。でも、敵の目的地なら」

「なんだと?!」

 

 トーマスは驚くグレッグの胸ポケットを指さした。

 

「田舎の炭鉱を狙ったのです。目的がヒトでないならば狙いは鉱床。それもリスクに見合ったもの」

「――! ゴーレムかッ!?」

 

 はい、とトーマスは頷く。ならば、オレも行こうと提案したグレッグにトーマスは感謝を述べる。

その時だった。

 

「うわぁ、なんだあれは!?」

 

 作業員の一人が叫ぶ。鉱山の奥から羊羹虫ジェリーブロッブが大量に向かってきた。トーマスが悪態をつく。

 

「クソ!こんなときに」

「おそらく鉄が溶けるほどの高熱に驚いて這い出てきたんだ。トーマスさん、あなただけでも先に!」

 

 グレッグは仕方なくこの場を引き受けることにした。坑内を急いで移動するなら熟練者の方が適任だろう。

 トーマスはグレッグの意図を汲むと、まかせてくださいと頷いた。彼はモンスターの間をすりぬけ通路の奥へと駆けていく。その彼を襲おうと2,3匹のモンスターが動く。それを――

 

「巨石でつぶれろ――、岩砕クラッシュッ!」

 

 グレッグの攻撃魔法が打倒する。魔力と大地の気が混ざり生まれた石塊が、荒ぶる魔物を押しつぶしていく。しかし、敵は軟体生命、その柔軟な体を利用して岩の隙間から這い出てきた。

 

「さすがに物理系魔法は効きづらいか……ッ!」

 

 自分のつるぎのミーディアムとは相性が悪い。そう思いはしたが、ひとまずの目的は達することができた。敵の群れを抜けて坑道の奥へと進んでいくトーマスの姿が見えた。

 

「さてと、片っ端からブッ潰すぜッ!」

 

 グレッグは気合をいれると、手にしたARMブラックシェイプ遊底スライドを動かした。そして狙いあやまたず、次々に敵の体にあるコアを銃弾で打ち抜いていくのだった。

 

 

******************************

 

 鉱山への侵入者を発見したセオドアの全身は怒りに満たされていた。それはあまりにも衝撃的な事態だった。今朝は気づかなかったその事実。現れた容疑者の姿は、まさしく半年前に彼の両親を殺した男のものだったのだ。

 

「あいつが……ッ!!」

 

 口の中で小さく声を噛み殺す。ずっと恐れ、そして焦がれた相手。無意識に手にしていたフォールディングナイフが手汗で滑り落ちそうだった。心臓が早鐘のように鳴っている。呼吸が乱れ、頭が真っ白になった。

 どれくらいそうしていただろうか、とっくにヤツ・・は坑道の闇へと消えていた。そしてそれと入れ替わるように一人の人物が少年の前に現れた。それは、いま一番会いたくない人物だった。

 

「テッド!よかった!」

 

 トーマスは坑道の分岐路で、立ち尽くしていたセオドアを見つけて呼びかけた。ひとまず少年を先に見つけることができてホッと胸をなでおろす。坑道から脱出できれば当面のリスクを下げられるだろう。あとは包囲するなり手はいくらでもある。心配して声をかけた彼に少年は向き直り敵意をあらわにした。

 

「ベルーニ……ッ!」

 

 涙で腫らしたその瞳に、炎のような激情を宿して少年は自分を見据えていた。いつもの様子とは明らかに違う。そんな彼に、どうしたんだとトーマスは声をかけた。しかし、セオドアは興奮さめやらぬ表情のまま彼に叫んだ。

 

「俺の目の前から失せろ!今、すぐにッ!」

「そうはいかない。キミはボクと一緒に地上そとへ戻るんだ。ここには危険な人物がいるかもしれないんだよ」

「そんなことはとうに知ってるッ!そいつが俺の両親を殺したベルーニだってこともッ!」

 

 セオドアの言葉を聞いて、トーマスは驚いた。言葉の勢いのまま、少年が続ける。

 

「やっと巡ってきたチャンスなんだ。刺し違えてでも……この手で、あいつをッ!」

 

 激情のままに彼はトーマスへとナイフの刃先を向けた。しかし、元兵士のベルーニはさも慣れたことのように、少年ににゆっくりと近づいていった。そのトーマスの行動に、少年はじわりと後ずさる。

 しかしなおも前進したトーマスは、ついに震える少年の手首をつかんでその動きを制すると、彼の瞳を覗き込んで厳しくも優しく言葉を伝えた。

 

「ダメだ、そんなことはボクが許さない」

「うるさい……お前に何が判んだよ」

 

 そう喚きながら、セオドアは泣きそうな瞳でトーマスを睨んだ。

 

「お前みたいなベルーニも、ベルーニと仲良くする他の奴らも、みんな死んじまえばいいんだ!」

 

 トーマスの胸にその言葉が突き刺さった。決して、ひどい言葉を投げつけられたからではない。それはかつて自分も思ったこと・・・・・・・・・・・だったからだ。

 自身の暗い部分を触れられたようで、トーマスはとっさに手を上げた。すると、叩かれることを覚悟したセオドアは目を固くつむった。しかし、その掌が少年に当たることはなかった。少年が恐る恐る目を開けてみると、男は振り上げた手を痛みに耐えるように一度握りしめるとそっと下し、少年の肩へ掌をそっと乗せた。

 

「死んでいいヒトなんていないんだよ。キミ自身だってそうさ」

 

 いっそ叱ってくれればどんなに楽だったろうか。暴力で支配されればどんなに楽だったろうか。心に渦巻く感情に、少年はもうどうしていいかわからず目の前のベルーニを突き飛ばした。だいの大人の、それも大柄なベルーニの体躯を少年がどうにかできるわけはなかったが、運悪くトーマスは地面に足をとられて大きく転んでしまった。そしてその拍子に彼のミーディアムが転がり落ちた。

 

ミーディアムこんなものがなければいけないくせに! こんなものがあったから俺は……クソッ!」

 

 セオドアはトーマスに先んじて地面に落ちたミーディアムを手にすると、それを脇道に向かって思いっきり投げ棄てた。そして振り返りもせずに闇の奥へと駆けだしていった。

 

「行くな……テッド! 行くんじゃないッ!」

 

 転倒したままトーマスは叫ぶが、セオドアは止まらなかった。叫んだせいでトーマスは少しむせた。いや、咽たのは叫びのせいだけではなかった。ファルガイアの出す毒素、Ub反ベルーニ成分による拒絶がすでに始まっていたのだ。ミーディアムを拾いに行くべきか彼は逡巡した。しかし、次の瞬間にもテッドと不審者が鉢合わせないという保証はなかった。いまならまだ間に合うはずだ。そう結論をだすと、彼は少年を追いかけた。

 

「頼む、もってくれよ――」

 

 祈るようにつぶやくと、彼は重い体を起こし少年を追って駆けだした。

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